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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第二話

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攻城戦

「ずいぶんとまあ、壮観だな」


 どこか皮肉めいた言葉は、江口からのもの。優七は彼の言葉に自然と頷き、改めて城を眺めた。

 前方に広がる砦は黒塗りの鉄門と灰色の分厚い城壁によって周囲を覆っており、なおかつ背後は鋭い頂を持った山によって守られていた。城壁から見える要塞の上部は白塗りで、山や門の色合いとは逸脱しており、建物をずいぶんと強調している。


「全員、制圧条件を確認してくれ!」


 そこへ再び江口の声。優七は我に返り、メニュー画面を呼び出した。

 続いてルームの状況を確認する。ダンジョン化していることと、さらにこのダンジョン化を解消――つまり、勝利条件が書かれている。


『勝利条件:敵メンバーの全員撃破』


 まずそう記載されていた。続いて細かいルール設定があったため、優七は目を通す。


「……一応、人道的な処理はされているんだな」


 そして、優七は零した。


 ルール上、勝利条件等はカスタマイズが可能。その中で特筆すべきものは、防衛側の撃破条件。

 もしHPがゼロになった場合、相手側は戦闘不能と見なし強制武装解除。そしてHPは回復するというルールになっている。つまり相手を倒しても死ぬことはなく、武装解除で無抵抗になるだけという寸法だ。


 加えて攻撃側――優七達のルールは、HPがゼロとなった場合は強制転移で、ルームに入場できなくなる。サバイバルゲームを行う場合は片方だけが厳しい条件というのが無理なので、片方が一方的に倒すようなやり方はできない。それによる苦肉の策だろう。


(とはいえ、理に適っているか)


 転移してルームに入れないとなると、全滅すれば戦力を別個に集めるしかない。そうなれば敵は時間稼ぎができるし、こちらも戦いにくくなる。

 後見るべきルールに、大きなものはない。優七にとっては制約なく戦うことのできる状況だった。


 優七は最後に周囲に視線を向ける。全員が一様にルールに目を通し、納得した表情を見せていた。


「よし、では行くぞ」


 江口が号令を発する。瞬間、全員の顔が引き締まり、戦闘状態に入った。

 優七も剣を取り出し、準備を整える。使用する剣はホーリーシルフ。もう一つの霊王の剣は、既に桜へ渡してある。


 そして当の彼女は、以前使用していた魔法剣を握っていた。霊王の剣を持っているとマークされる可能性があるので、その配慮だろう。


「優七君、頑張ろうね」

「……うん」


 桜の声に優七は頷く。そして江口の声の下、進軍を開始した。

 ほぼ同時に、城門が開く。視線を送ると、多数の魔物が要塞からこちらへ向かおうとしていた。


(ダンジョン化の条件として、出現するモンスターにも制約があったよな……)


 ――ダンジョン化が行われた場合、魔物のエンカウント設定も行うことが可能。ただし無作為に出現する設定の場合命令ができない。命令する場合は『召喚』という設定が必要となる。今回は魔物が理路整然と優七達を迎撃しようとしている以上、その設定で間違いない。

 だが『召喚』は生み出せる魔物がダンジョン管理者のレベルによって左右される上、それほど強力な設定ができない。実際優七の目に見えている魔物は、魔王と戦った人間からすると力不足というくらいのレベルに留まっている。


(問題は、敵の目的は何なのか……)


 優七は魔物から視線を外し、白き砦を(にら)みつけた。

 このルームに入ることのできる牛谷の知り合いは数多くいたはず。もし予めダンジョン化に向け城を準備していたとしたら、そうした人達に気付かれる。だからあの城はゲーム時代から元々存在していたはず。中身くらいは、防衛用に作り変えてあるかもしれないが――


(けど、逃げ道がないのに……)


 再度魔物へ目を移しながら優七は考える。どのような形であれ、袋小路であることに変わりはない。こちらの部隊を全て追い払うために備えているという見方もできなくはないが、仮にそうだとしても退路をわざわざ断つというのは考えられない――


(いや、待てよ……敵はこちらを一網打尽にする策でもあるのか? だとしたら誘い込まれたことに)


 もしかすると現状は、全て敵の計画に入っているかもしれない――


「けど、考えても仕方ないことか……まずは魔物の掃討だな」


 どちらにせよ、制圧する必要はある。優七は考えに踏ん切りをつけ、改めて出現した魔物を眺めながらダンジョン化のルールを記憶から引っ張り出す。

 魔物を生み出す数にも制限がある。しかも戦いが始まると新規に魔物を出現させるには色々と手順や制約がかかる上、数にも制限がある。


「無作為に出る設定なら、戦いが始まっても無制限に出せるけど……その場合操作はできないし、敵はやらないだろうな」


 優七は結論付けると、江口へそのことを伝えようとした。しかし、その前に魔物達の動きが活発となり、突撃を始めたため、あきらめる。


「全員、準備は整っているな?」


 江口が問う。その中の何人かは頷いたが、全員無言。彼はそれを肯定と受け取ったらしく、勢いよく剣を振る。


「それでは……行くぞ!」


 彼は告げると共に先陣を切り――戦いが始まった。



 * * *



「始まったわね」


 影名は要塞の上部から眼下を見下ろすように立ち、戦いが始まったのをしかと見ていた。


「あ、あの……」


 隣には、不安げに声を上げる稲瀬。影名は一瞥すると小さく嘆息し、


「そう不安になるものじゃないわよ。死ぬわけじゃないし」

「わ、わかっていますけど」

「こういう戦いは初めて?」


 問いに、稲瀬は深々と頷いた。


「影名さんは、戦ったことがあるんですか?」

「仲間内でサバイバルゲームをやっていたからね。ただ、これだけ規模の大きい要塞を用いての戦いは初めて」


 その言葉に稲瀬は口をつぐんだ。


(余計緊張させてしまったか)


 影名は苦笑し、一度メニュー画面を開ける。連絡を行うためにいくつか操作をして――


「みんな、聞こえる?」


 影名は言った。直後、画面の奥から複数の声が聞こえた。

 ロスト・フロンティアの連絡機能は一対一なのだが、ルームの中でこうしたゲームを行う場合、防衛側だけ複数人とやり取りができる。


「いよいよ始まったわ。普段ロストは死という状況だけど、今回はHPがゼロになっても強制武装解除だけで済むようにしているから、存分に暴れていいわ。ま、捕まったら何されるかわかったもんじゃないけど」


 発言にメニュー画面奥から笑い声が漏れる。


「あと、リーダーは時間稼ぎと言っていた……けどまあ、私達の力を見せるには丁度よい機会だし、この辺で彼にも私達という存在をしかと見せつけておきましょ。相手は強敵だけど、作戦を上手く立てれば十分倒すことは可能だから」


 そこで影名は稲瀬へ視線を送る。不安は消えていなかったが、口上から多少なりとも安堵した様子だった。


「現在、相手側は魔物と戦っている。これは戦力分析の意味合いもあるから、状況を見てどう戦うかの参考にして」


 言葉に画面の向こうから『わかった』という声がいくつか聞こえ、影名は通信を切った。そして一つ息をついてから、稲瀬へと向き直る。


「さて、稲瀬君」

「は、はい」

「一つ、頼まれてくれない?」


 影名の言葉に、稲瀬は背筋をピッシリと伸ばす。


「わ、わかりました」

「じゃあ、代わりにリーダーやってもらえないかな?」

「……は、はい?」


 さすがの稲瀬も狼狽え、目を見開いた。


「わ、私が?」

「ええ。私は他にやらないといけないことがあるから。リーダー権限を持っていると不都合があるの」


 影名は怪しく笑みを浮かべる。態度に稲瀬は顔を引き締めた。


「何か、策があるんですか?」

「ええ。とっておきの策が」


 さらに影名は言う。稲瀬はなら、という顔つきで首肯した。


「わかりました……けど、具体的にどうすれば?」

「準備は全て終わっているから、やることはほとんどないわよ。ちなみにリーダー補正により、能力なんかが少し上昇するわ。体が軽くなった感じで結構快適よ」

「は、はあ」

「あ、でも一つだけ注意点が」


 さらに影名は語ると、右人差し指をピッと立てる。


「リーダーは色々と恩恵があって、所定の場所で特殊な魔法が使えたりもする……リーダーがこの要塞の主ということから、恩恵を受けられるわけ。で、リーダーが逃げたりすると、他のメンバーの士気が下がると言うことで能力がダウンする」

「逃げも隠れもするな、ということですね」

「そうね。ただあなたは待機していて大丈夫だと思う。私の仲間はレベルも高いし、牛谷が帰って来るまでは持ちこたえられる。私の策は、念の為ということで」

「はい」

「で、注意点なんだけど……もしあなたがやられた場合、他のメンバーは降参するかどうかという決断を行えるようになる上、能力がかなり下がる。つまりあなたが負けた場合、戦況が瓦解する可能性が高い」

「なるほど……わかりました」


 稲瀬は決意を秘めた眼差しで影名を見返し、答える。


「役目、まっとうさせてもらいます」

「わかったわ……あ、それと。私がリーダーを降りることは皆には伏せておいて。敵に捕まっても策ありとして笑みでも浮かべていたら、怪しまれるだろうし」

「わかりました」

「お願いね」


 そう言うと、影名はメニュー画面でいくつか操作を行う。少しすると『リーダー権限を委譲しますか?』という表示が出て、影名は迷わず承認ボタンを押した。

 反応はそれだけ。影名は念の為自分のステータスを見て、リーダー表示が消えていることを確認する。


「それじゃあ、よろしく」

「はい。影名さんもご無事で」


 ――女王に仕える騎士のようなきっちりとした礼で、稲瀬は影名へ頭を下げた。彼女はそれにもう一度


「お願いね」と言うと、踵を返し歩き始めた。


 室内へ入る。そこで、小さくため息をついた。


「……牛谷は、私が馬鹿だと思っているかしら」


 呟きは、どこか自嘲めいたもの――いや、わかっている。牛谷がどう思っているかというのは、彼女は明確に理解している。


「その辺り、是正しておかないといけないわね」


 さらに口を開くと、歩調を速めた。それほど急ぐ必要はなかったが、階下に敵がいるためか、少し気が逸る。


「さて……どうなるかな」


 言葉を漏らしつつ宛がわれた部屋へ入ると、同時に支度を始めた。

 ――影名がこうした行動に出たのは、確固たる理由がある。けれどそれは、策があるためではなかった。


「やっぱり、最後に頼るべきは自分よね」


 彼女には、牛谷の魂胆がはっきりわかっていたためだ。

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