本拠地
「他に招集できる方々をリサーチしているようですけど」
大久保はふいに話題を変える。優七は「わかりました」とだけ答え、一度大きく伸びをした。
ひとまず着々と準備は進んでいる。とはいえ相手はルームをダンジョン化していることから、何かしら算段があるのだと優七は確信する。
(ダンジョン化するのだって準備がいるし……)
――ダンジョン化した場合、それを攻略する条件がルームに入った直後確認できる。例えばダンジョンの主――ここではルームの管理者などを指す――を倒す。拠点にいる魔物を倒し制圧する、などがそれに当たる。
勝利条件を満たした場合ダンジョン化が強制的に解除され、ルームから出るまでは全てのプレイヤーが交戦不能となる。これは戦いが終わった後いざこざが起きないようにする処置なのだが――
(ダンジョン化を解除したら逃げてしまうだろうな)
ダンジョン化がなくなればルームから脱出できる。となれば、ルールに関わらずプレイヤーが倒す必要がある。
(そのプレイヤーの実力が問題かな……俺達と同様のレベルだとしたら、苦戦は免れない)
優七が胸中呟いていると、視界の端で新たなゲートが開き、新たな人影が。
「お、いるわね」
優七にとっては懐かしい声。その人物は――
「麻子さん?」
驚きながら、優七は彼女へ声を掛けた。
その人物は黒いスーツに身を包んだ、優七の仲間である麻子だった。どこか窮屈そうな印象を与えるその格好で、彼女は優七へ視線を送る。
「や、久しぶり」
「お久しぶりです……なぜ、ここに?」
「駆り出されたのよ。人手不足とか言われて」
彼女の返答に、優七は首を傾げた。
麻子はLFシステム研究本部という、優七とは異なる所属であった。ロスト・フロンティアのシステムを一端であるが知っていたため、システムそのものの解析に回されたのだ。
「別に麻子さんが必要な程、人出が足りないわけではないと思うけど……」
「違うわよ。今日すぐ動けて、レベルの高い人が少ないってこと」
「レベル……そうか」
優七も合点がいった。言われてみれば『スターライトレイン』などを使うレベルの相手に対抗できる人員はそれほど多くない。優七と行動を共にしていた城藤や江口、さらに桜なんかも同等に戦えるはずだが、そこから下のレベルとなると微妙だ。
「大変だね、麻子さんも」
「別にいいわよ。デスクワークでいい加減うんざりしてきたところだし」
麻子は肩を回しながら答えた。軽めの口調ではあったが、優七は言葉の端々から警戒の色をしかと感じ取った。
「で、メンバーだけど……」
「今の所わからない。桜さんは来るみたいだけど」
「そう。ま、知らない人も多いでしょうね」
と、言いながら麻子は近くにいる城藤を見た。
「大変じゃなかった? 彼女と行動するの」
「あれ? 麻子さん、彼女のこと知っているの?」
ゲーム上では見知った間柄だが、素顔まではわからないはず――対する麻子は首を縦に振る。
「その辺の情報は回ってくるの。組まされていると知った時、少し驚いた」
「そうなんだ……戦力にはなるけど、確かに――」
言ったところで、城藤が視線に気付いた。
「何よ」
「いや、何でもない」
優七はすかさず首を左右に振る。しかし彼女は険悪な顔つきで優七を見て――
直後、麻子が笑った。
「麻子さん?」
驚き優七は尋ねる。すると、
「いや、何でもないわ……あ、城藤さん。少しお話してもいい?」
「……あんた、誰?」
「ユウのパーティーにいたマナよ」
端的に答えると、城藤は「ああ」と思い出したように呟いた。
「あの人か……で、何?」
「そう怖い顔しないでよ」
麻子はどこか茶化すような雰囲気で応じる。城藤はまずます不信感を募らせたか、眉をひそめ口を開こうとした。
けれど、麻子が彼女に近寄り耳打ちするのが先だった。
優七はそれを傍観するしかなく、二人の様子を窺うだけ。すると、
「……な、な、な」
なぜか城藤がわなわなと震えだした。
「いや、私から見たらバレバレだったんだけど」
「な、何を言って……」
「で、今もその気持ちあるの?」
「っ……!」
(……変なこと吹き込まないでくれよ)
任務に差しさわりがあって欲しくないなと思いつつ、優七はじっと事の推移を見守る。
その時、視線に気付いたのか城藤は一度優七へ顔を向け、遠くを指差し、
「あ、あっちで話をしましょう」
「わかった」
慌てた城藤とにこやかな麻子。見事に対称的となった二人は、その場を離れて行ってしまった。
「……なんだかなあ」
最後に優七は呟き、小さくため息をく。
「いやあ、大変ですね」
と、今度は大久保。優七はすぐに視線を送り、
「俺には何が何だか……蚊帳の外ですよ」
「そうですね。しかし、あなたは関係者だと思いますよ」
「は?」
目を見開き聞き返す優七。けれど大久保はそれ以上問答する気がないのか、
「さて、私は準備でもしましょう」
勝手に自己完結してメニュー画面を開き始めた。
相手の態度から優七も矛を収めるしかなく、さらにため息をついて麻子達が会話している光景を視界に入れる。何やら城藤がわめき、それを麻子が落ち着けとばかりに手で制止している姿が見えた。
(麻子さんに、釘刺しといた方がいいのかな)
優七はそんなことすら考え始め――やがて、
「全員、集合してくれ」
江口から声が聞こえた。
声によって麻子達は会話を中断し、大久保も手の動きを止める。
優七は江口へ視線を移す。ログハウス前で、彼はゲートを作成していた。
「一度私のゲートで本部前に集合する。そこから敵の本拠であるルームへ移動することになる。では、このゲートをくぐってくれ」
声と共に、優七は移動を始める。麻子や大久保達も口を結び、江口へと歩み寄る。
「敵はどんな策略を用いてくるのかな……?」
そんな中、優七は呟く。どこか漠然とした不安を抱きながら、麻子達に続いて江口の作ったゲートをくぐることとなった。
――集まった人員の合計は、およそ二十人。中には麻子のように現在は戦っていない人物もいた。政府側はレベルといった一定の基準を設け、ひとまず人数を揃えたのだろうと、優七は推測した。
「問題は、連携だね」
隣にいる桜が声を上げる。優七は静かに頷いた。
本部前に集合した時点で、彼女とも合流。優七はその後建物の中に入り通された会議室で他のメンバーと共に守山の話を聞くこととなった――ちなみに建物は官庁系の人が入る場所であり、少しばかり古めかしい。その中にある会議室もやはりどこか古く、隙間風でもあるのか暖房をつけているのに寒い気がした。
優七は説明を受けつつ、少しばかり体を震わせた。そんな光景を見た桜は微笑み「大丈夫?」と問い掛ける。
「うん、大丈夫――」
「では、戦闘を開始する」
そこで守山が発言した。優七は即座に顔を戻し、江口が廊下に出ていくのを確認する。
やや間があって、一人の男性を連れて来た。中肉中背で、黒いジャンパーを着た人物。優七は眉をひそめ、桜に問い掛ける。
「あの人は?」
「説明、聞いていなかったの?」
聞き返され、優七は口をつぐんだ。あまり頭が回転していないため、右から左に話を聞き流していた。
桜は反応で理解したためか「わかった」と呟き話し出す。
「あの人は、牛谷という人が所持しているルームの鍵を持っている人」
「あ、彼の鍵でルームに入るわけか」
「そういうこと」
桜が応じた時、男性は優七達に背中を向けながら左腕を振った。すると、電子音と共に何かが表示されるのが見えた。
(警告だな)
優七は即座に理解する。ダンジョン化したルームに入る場合『このルームは現在ダンジョン形式となっています。ゲートを作成しますか?』という表示が出る。
そこから男性はいくつか操作をして――ゲートが生成される。向こう側は一面の草原であり、建物のような構造物が無い。
「では、私に続いてくれ」
先んじて江口が言うと、彼は先陣を切ってゲートへ入り込んだ。続いて前方にいた人から入っていく。
優七は彼らの姿を傍観者的に眺める。制服他スーツを着ているなど、正装なのが大半。中には普通の格好の者もいるのだが、色合いは地味で目立つような姿ではない。
人がどんどんと入り込み、やがてゲートの奥で一人が振り返る。そして息を呑む姿を見て、優七は何があるのか僅かに興味を抱いた。
「さて、行こう」
桜が言う。優七は頷き、ゆっくりと歩き始めた。
二人が入ったのは、ほぼ最後。ゲートを抜けると草の匂いと優しい風が出迎えてくれた。 気候は穏やかで、気温も高め。ルーム上では四季を組み込むか、一定の気候にするか選択が出るのだが、ここは後者のようだ。
そして戦う面々が一様に振り返っている姿を見て、優七も反転する。そこには――
「――え」
途端、絶句した。桜もまたそれを見て、息を呑む。
前方には山があった。かなり険しく山脈のように横に連なっており、見る者を圧倒させる程だった。
しかし、問題はそこではない。前方――山に埋め込まれるような形で存在する人工物を見て、誰もが驚いていた。
「……要塞、だな」
やがて、優七は呟く。言葉に桜は小さく頷き、つばを飲み込んだ。
前方に見えていたのは要塞――分厚い灰色の城壁と黒塗りの巨大な鉄門。さらに城壁の奥に見える、純白と言っていい建物。
それは天然の山に囲まれた、不落の城とでもいうべき存在だった。




