始まる策謀
「本当に、この作戦でいいの?」
影名が疑わしく牛谷へと問う。
対する彼は「無論だ」と答えつつ、
「不安になるのはわかる。しかし、時間を稼ぐにはこれしかない」
そう言い放った。
場所はベッドが一つ置いてある個室。赤い絨毯に大きい窓から続く大理石のような白いテラス。さらに部屋の隅には中世の甲冑が飾られ、洋風ホテルのような内装が整えられている。
現在、両者は部屋の中央で立ったまま対峙している。牛谷は右手を丸テーブルに乗せ斜に構え、一方の影名は腕を組み、険しい顔つきでなおも疑わしく見返している。
「時間を稼いでどうするのよ?」
さらに尋ねる影名。牛谷はテーブルから手を離し、
「話していなかったが、とある人物に協力を頼んである。私は今からそちらに向かい、援護を頼んでくる」
「協力?」
「影名と同様、私の方で賛同してくれる者を探していたというわけだ。ただ緊急時以外連絡するなと釘を刺されていたため、話すに話せなかった。そして連絡するのに時間が掛かる。だからこのルームで事前準備をしておき、時間稼ぎを影名に頼んだ」
と、牛谷は一度肩をすくめた。
「準備もかなり大変だった。このルームの鍵を持っている人間に怪しまれてはならない……だから『ダンジョン化』も今からやることになるし、彼らに見つかるわけにはいかなかったため、ルームもギリギリまで入れなかった」
「なるほど、あんたなりに考えていたわけね」
影名は言う。けれど、牛谷の言葉を全面的に受け入れた様子ではない。
「で、その人は信用できるの?」
「ああ。良い御仁だぞ? 遥か年上にも関わらず、ロスト・フロンティアにのめり込んでいた、周りからは奇特な人物と称されていた人だ」
「……あんたとお似合いなわけね」
どこかあきらめたように影名は言う。そして付け加えるように、
「で、釘を刺されていたのは……立場上こうしたことが出るとまずいから、とか?」
「そうだ」
認める牛谷。すると影名は薄く笑った。
「なんかヤバそうな人じゃない……そういう人がいるの、言っときなさいよ。それなら右往左往することなかったのに」
「事情があったから仕方ないだろう。それに右往左往する必要はない。言っていたはずだ、策があると」
「策とは言えないんじゃない?」
皮肉下に影名は返す。それにあ牛谷は何も答えず――心の中で同意しつつ、話を戻した。
「まあいい……それで、その人物に連絡し、お前達を逃がす算段を整える。ここに訪れた面々にも、言い含めておいてくれ」
「わかったわよ……で、どのくらい耐えればいいの?」
「今から外に戻り移動を始め……そうだな、三時間もあればどうにかなる」
「三時間、ねえ」
「政府側が動き出すのは、今から少なくとも二時間後くらいだろう。残り一時間、耐えればいいだけの話だ」
「あなたの見立ては信用していないわよ。ま、一日くらい保つようどうにかするわ」
「極端だな」
「当たり前じゃない」
肩をすくめ応じる影名。それを見て牛谷は苦笑しつつ、
「ここにいる面々に伝達を頼むぞ。それと、管理者はお前に譲った以上、各種設定は忘れるな。根本の設定を変更しなければ、今回の策も意味を成さないからな」
「わかっているわよ……じゃあ、早速動くわ」
答え、影名は部屋を出ていく。それを見送った後、牛谷は小さく息をつき、
「さて……ここからが始まりだな」
言いながら近くの椅子に座り込む。牛谷が発する音だけが周囲に響き、まるでこの世界に一人しかいないような感覚すら生じ――
「……何を考えている」
途端、牛谷は笑みを浮かべた。
「そもそも、私は一人じゃないか」
呟き、ゆっくりと席を立つ。そして左手を振りメニュー画面を呼び出し、外へ出るゲートを呼び出した。
ここからの予定を牛谷は思い出す――まだゲートの先にある自室に政府は踏み込んでいないだろう。ならばその隙をついて目的地へ向かう。ただそれだけだ。
「後は、影名の働き次第だな……政府の人間と、どう戦うのか……」
そう呟く牛谷――顔には、傍観者的な笑顔が浮かんでいた。
* * *
優七達が待機を始めて一時間後、またも江口の携帯電話を通して守山から連絡がやってきた。
『緊急事態……というわけでもないが、何やら不穏な空気があるようなので連絡する』
「何でしょうか?」
優七が応じる。守山はしばし沈黙した後、
『牛谷と関係のある人物を突き止め……相手はそこに籠城する構えなのだと、こちらは認識した』
「籠城?」
優七が聞き返すと、守山は多少戸惑った声で返答した。
『試しにルームの中を確認するためわざとゲートを開けようとしたのだが、進入警告が表示された』
「進入警告……?」
優七は呟き――すぐさまはっとなった。
「まさか、ダンジョン化?」
「ダンジョンって?」
城藤が問う。優七は彼女と目を合わせ、なおかつルーム使用方法のマニュアルを思い出しながら、説明を始めた。
「ルームというのは通常時ともう一つ……ダンジョンを作るというモードがある。通常の状態でも色々とできるけど、ダンジョン化した場合は色々な制約が掛かって、サバイバルゲームなんかもできたりする」
「敵が待ち構えるなら好都合じゃない」
「そうだけど……変だ。この状況では普通やらないよ」
「どうして?」
「一度ダンジョン化した場合は制約上、決められた勝利条件を達成するか、二四時間経過しないと戻すことができない。それに――」
優七は頭の中でマニュアルの一部分を思い出しながら語る。
「使用後は、特定の場所でしか出入りできなくなる」
「……それって?」
「具体的に言うと、一ヶ所……これが侵攻側の入口兼防衛側の出口になる。侵攻側……つまり俺達が入口の周囲を固めるはずだから、籠城しているとしたら敵はルームから出られない」
優七の言葉に城藤も察したのだろう。眉をひそめ江口が持つ携帯電話を見た。
「敵は何か策があるってこと?」
『だろうな。それに、たった数人の戦力でそんな立てこもりをするとは思えない。どこかから人を呼んできたと見る方が良いだろう』
「進入警告以外に、情報はありますか? たとえば、人数制限とか」
再度優七が問う。電話からは何やら紙をガサガサとさせる音。メモ書きか何かを持っているらしい。
『侵入できる人数は二十人前後となっている』
「とすれば、ルームにこもっているプレイヤーの数もその辺です。確か、ダンジョン化した場合は入っているプレイヤーと同数以下の人数だけ入ることのできるルールだったはずなので」
「けどその人数だと、団体戦をやるわけね」
「そうだ」
城藤の意見に優七はすぐさま同意した。
「事細かなルールについてはそのルームに入った直後表示されるはず。そして基本、HPがゼロになった場合武装解除なんかの処置がなされて死ぬことはない」
『そうしたルールであった場合、好都合だな』
そこで守山が声を発した。
「しかし敵が退路を閉じるのは気になるな」
続いて携帯を持ったままの江口が言う。それに反応したのは、電話の向こうにいる守山。
『敵も何かしら策を用意しているということだろう……どちらにせよ、相手がそのような構えを見せるなら、こちらも相応の態度で臨まなければならない』
決然と言うと、守山はいよいよ締めに入った。
『直に増援が到着するはずだ。それまで待って優七君達は一度ルームへ戻ってくれ。その足で牛谷と戦うこととなる――』
彼の言葉の直後、事務所の外から靴音が聞こえてきた。
「来たようね」
城藤が言う。優七は頷きつつ、守山へ告げた。
「あの、来たみたいです」
『そうか。ならば彼らと交代し、ルームへ移動してくれ』
通話が切れる。同時に部屋の扉が開き、警官服姿の男性三人が姿を現した。
「お疲れ」
江口が声を掛けると、先頭にいる男性が敬礼をした。
「私達が代わってここを守護します」
「わかった……帰る手段はあるのか?」
「他の方から鍵はもらっているので」
「なら大丈夫だな。優七君、城藤君、行こう」
江口は呼び掛けると同時にメニュー画面を操作する。そしてルームのゲートを開くボタンを押し、出現させた。
彼が手招きして優七と城藤を誘導する。二人はそれに従い先んじてゲートをくぐり――見慣れたルームへと到着した。
「おかえりなさいませ」
それを出迎えたのは、一人の男性。
「ああ、大久保さん、どうも」
先んじて優七が声を上げた。
目の前にいたのは同じ討伐課のメンバーである大久保滝という人物。多少の細面に眼鏡を掛けた、やや地味な人物。
「話、伺っています。どうやら大きな山場があるそうで」
「みたいですね」
「私も参加するそうなので、よろしくお願いします」
「大久保さんも?」
「はい。時間も無いので突貫工事でメンバーを選定するようでして……」
「げ、大久保じゃないか」
そこへ、遅れてゲートを抜けた江口が声を上げた。
「何だ、お前が迎えかよ……せめて田野上さんとかが来てくれれば……」
「文句は言わないでください。ほら、江口さんも戦闘に参加みたいですから、頑張りましょう」
「……もう情報が回っているのか?」
「はい。上層部も本腰入れるみたいですね。時間との勝負だというのも認識されているみたいです」
「守山さんが結構後押ししたのかもしれんな」
「でしょうね」
二人が会話をする間に、優七はルームの状況を確認する。大久保以外誰もおらず、周囲は風もなく穏やか。
「他に参加するメンバーは知ってるの?」
城藤の声。大久保に発せられたと思われるタメ口に、問われた彼は気にする風もなく応じて見せる。
「ええ。ですが討伐課のメンバーとは異なる人もいます。きっと、名前も聞いたことがない人だっていると思います」
「討伐課じゃない人が……? 何でそんな人が参加するのよ」
「討伐課の人員自体、魔物の掃討で結構ばらけていますからね。主力級のメンバーで固め迅速に対処しているとはいえ、限界もあります。全員を集めるのは、さすがに無理みたいですから他部署から集めるのでしょう」
と、大久保は優七へ笑みを向けた。
「あ、小河石さんも参加されるそうですよ」
「……はあ、どうも」
優七は生返事をしつつ、頭を抱えたくなった。彼の様子では、きっとアバター結婚云々くらいは知られているのだと確信したためだった。




