サマーイベント2日目
サマーイベント二日目の朝。眩しい夏の太陽が、イベントエリアの港町を包む石畳と青い海を鮮やかに照らし出していた。
昨日、イベント初日の深夜にコウタと二人で繰り広げた変異種マグマ・ゴーレムとの死闘、そして周囲の樹海ごと焼け野原に変えてしまった大暴れは、すでに掲示板やプレイヤーたちの間で都市伝説のように語り継がれ始めている。だが、当事者であるレイの朝は、驚くほど穏やかだった。
「じゃあなレイ! 俺は今日、いつものメンバーとダンジョン下層の攻略に行ってくる! 最前線に追いついて、絶対ボス倒してみせるからな!」
港町の広場で、コウタがガッツポーズを作りながら元気いっぱいに手を振る。その背後には、彼の本パーティである見慣れた三人の仲間たちが、呆れ顔と苦笑いを浮かべて待っていた。
中上位からほぼ上位層に位置するコウタたちは、根っからの攻略好きだ。昨日はレイと一緒にレベリングで下層に入り、途中で地上へ戻ってゴーレムと戦ったが、今日はいつものメンバー四人で改めて下層の深部を攻略し、ボスを撃破しようと朝から気合いが入っているようだった。
「コウタ、昨日レイさんと二人で樹海の変異種倒して更地にしたってマジかよ……相変わらず無茶しやがって」
「今日は四人揃ってるんだからな。また単独で突撃して全滅すんなよ?」
仲間たちに背中を叩かれながら、コウタは嬉しそうに笑っている。
「ああ、気をつけていけよコウタ。吉報を期待してる」
レイが穏やかに見送ると、コウタは「おう! レイもイベント楽しめよ!」と言い残し、仲間たちと共にダンジョンの入口がある樹海方面へと走っていった。
賑やかに去っていった背中を見送り、レイは一人、心地よい海の風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「さて……今日はどうしようか」
『Infinity Life Online』のサマーイベントは、ダンジョン攻略のような戦闘勢向けの要素だけでなく、港町のNPCたちから受けられるイベント限定のクエストや、ソロでも楽しめるアトラクションが盛りだくさん用意されている。コウタと二人でゴリ押し混じりの壮絶な戦闘を楽しむのも悪くはないが、本来のレイは、こうして一人でゲーム内の世界をあてもなく歩き回り、生産系や収集系の要素をじっくり楽しむのが好きなソロプレイヤーだ。
レイはメニュー画面を開き、港町のNPCたちが提示しているイベントクエストのリストをスクロールした。その中で、ふと目に留まった一つの依頼を選択する。
『クエスト:幻の極上海鮮丼の再現』
『依頼主:港町の料理屋クロード』
『内容:昔食べた伝説の海鮮丼をもう一度作れるよう、特別な食材を集めてきてほしい。』
「海鮮丼、か。悪くないな」
ゲーム内の食事バフは、攻略においても非常に重要な要素だ。何より、このゲームの料理グラフィックと味覚再現エフェクトの出来栄えには定評がある。レイは軽い足取りで、指定された食材の採取場所へと向かうことにした。
最初の目的地は、「海沿いの採取エリア」だ。
港町の東門を出ると、ゆるやかな下り坂の先に広大な白い砂浜――「モンスターが湧く浜辺」が広がっている。周囲は早朝からレベリングや素材集めに励むプレイヤーたちで賑わっていた。水着風のイベント装備を着た魔法職たちがヤドカリ型のモンスターに魔法をぶち込んでいるのを横目に、レイは一人、波打ち際に沿って浜辺の奥へと進んでいく。
砂浜を東へ数百メートルほど歩いていくと、次第に足元は白い砂からゴツゴツとした潮干狩り場のような岩場へと変化していく。そして浜辺の行き止まり、海へと大きく突き出すようにそびえ立っているのが、目指す巨大な切り立った崖だった。
波が激しく打ちつけるその岩壁は、見上げると二十メートル以上の高さがあり、濡れた岩肌には手足をかけられそうな突起がほとんどない。
本来の正規ルートであれば、一度浜辺から引き返して樹海側を大きく迂回し、崖の裏手から山道を登ってくるか、登攀スキルのレベルを上げて濡れた岩壁を慎重に登る前提のフィールド配置なのだろう。
「迂回すると二十分はかかりそうだな」
レイは少し思案したあと、大剣の柄にそっと手を置いた。
自身の極振りされた異常なSTRステータスと、重厚な大剣の質量。それらを力任せに制御し、爆発的な運動エネルギーへ変換する。
レイは大剣を逆手に構えると、一切の躊躇なく足元の岩盤へ向けて力任せに全力で叩きつけた。
ドゴォンッ――!!
砕け散る岩盤と、極振りの腕力が生み出すイカれた踏み込みの衝撃。弾けた巨大な運動エネルギーをそのまま跳躍力へと変え、レイの身体は砲弾のような勢いで垂直に打ち上げられた。
二十メートル以上の断崖絶壁を、ただの凄まじい脚力と叩きつけの反動だけで一直線に飛び越える。
ドシン、と崖の頂上に豪快に降り立つと、レイは大剣を背中に戻し、目の前の岩肌に群生していた鮮やかな緑色の『大輪のイワノリ』を手際よく摘み取った。ついでに近くに生えていたレアハーブもインベントリに収める。
「よし、一つ目完了だ」
崖を下り、次は第二の食材である『虹色オオエビ』を求めて、樹海の浅瀬エリアへと向かう。
澄み切った水が流れる浅瀬に到着すると、そこでは何人かの近接職のプレイヤーたちが苦戦していた。
「くそっ、また逃げられた! こいつ素早すぎるだろ!」
「近づいた瞬間に水中バックステップで逃げるのズルいわ! 攻撃届かないって!」
『虹色オオエビ』は、水中に影が見えるものの、プレイヤーが一定の距離まで近づくと凄まじい速度で逃げ去ってしまう特殊なミニゲーム的モンスターだった。攻撃判定が小さく、弓や魔法などの遠距離攻撃でなければ捕獲は困難とされている。
レイは水面をじっと見つめた。透き通った水底に、七色に光るエビの影が見える。
レイが静かに一歩を踏み出すと、察知した虹色オオエビが即座に水中を高速で後退しようとした。
「逃がさないぞ」
レイは背中の大剣を引き抜くと、エビの逃走ルートの上から水面へ向けて、大剣の広い腹を豪快に叩きつけた。
バシャアアンッ!!
激しい水柱とともに、圧倒的な物理質量と腕力が叩き出す衝撃波が水中を直撃する。凄まじい水圧の力押しによって瞬間的に水流が固着し、エビは衝撃で気絶してポカンと水面に浮かんできた。
レイは大剣の柄で、浮かんできたエビの頭をちょんと軽く突いて手際よく回収した。
「『虹色オオエビの極上身』、確保」
周りで格闘していた近接プレイヤーたちが、「え……今、純粋な筋力と打撃の衝撃波でエビ気絶させた……?」「STRゴリ押しで捕獲するやつがあるかよ……」と呆然とした表情でレイを見ていたが、レイは気にした様子もなく「お先に」と軽く会釈をしてその場を立ち去った。
港町に戻り、料理屋の親父に集めた素材を渡すと、NPCは目を輝かせて激賞してくれた。
「おおお! これだ、この素晴らしい素材だ! お前さん、大した冒険者だな! すぐに腕を振るってやるから、ちょっと待っていな!」
料理屋の親父が厨房で豪快に包丁を振るい、あっという間に極上の料理を作り上げていく。
「はいよ、お持ち通り! 『特製・潮風の海鮮極み丼』だ!」
報酬として、出来立ての海鮮丼と、美しい青い宝石がついたアクセサリ『潮騒のペンダント』を受け取る。
丼を受け取ったレイは、料理屋のテラス席にある港が一望できる木製のベンチへと移動し、腰掛けた。
どんぶりに視線を落とすと、湯気立つご飯の上に、透明感のある新鮮な虹色オオエビと、磯の香りが漂う鮮やかなノリが贅沢に盛り付けられている。
「いただきます」
箸を取り一口、口に運ぶと、エビのプリプリとした甘みとノリの香ばしさが口いっぱいに広がり、鼻に抜けていった。
「うむ……すごく美味しいな」
視界の端に「水属性耐性+20%」「水中移動速度+15%」という優秀なバフステータスが表示されるのを確認しながら、レイは海風を感じつつ、職人が作った穏やかな料理の味をじっくりと堪能した。
コウタたちが今頃ダンジョンの下層で奮闘しているであろうことを思えば、なんとも贅沢で平和な休日の過ごし方だ。
海鮮丼を完食し、満足の息をついたレイは、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、次は西側の『常夏の迷宮庭園』に行ってみようか」
今日新たに開放されたという、生け垣でできた巨大迷路のアトラクション。タイムアタックで上位に入れば、限定のアバター装備が手に入るという。
「生け垣はシステム不可壊属性らしいから、壊して進むのは無理だな。久しぶりに純粋なパズルを楽しめそうだ」
レイは少しだけ口元を緩めると、大剣を背負い直して夏の日差しが降り注ぐ港町の道を、ソロプレイヤーとしての次なる目的地に向かって悠々と歩き出した。
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