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目を覚ますと、で始める展開。目を開けて見上げているのは、青色の淡いダウンライトとそれによって薄く照らされている紺色の天井…何処だ?
俺は飛び起きて部屋を見渡す。6畳程の部屋、あるのは机とその背後の重厚感のある紺色のカーテン、そして扉、倒れている大山…俺は大山に駆け寄る。
「大山!起きてくれ、大山!」
「何だ…市来?」
大山は俺に叩き起こされる稀有なシチュエーションに目を開け、すぐに異変に気付いて周囲を観察し、俺の顔を見る。
「ここは何処だ?瑠奈達は?」
「俺にもわからねぇ。気付いた時にはここにいてお前と2人だった。調べるぞ。」
大山の服装は見慣れた繋で、俺も昨日寝た時の服装のまま、ご丁寧に肌身離さずに身に付けてあった包丁もそのまま腰に携えてある。本来であれば今日はあのフェンス内に来て198日目、今日もこれまでと変わらずに日々を過ごす予定だったはずで、こんなコテージには似ても似つかないような部屋など見覚えがあるはずもなかった。俺と大山は迅速に動いて、唯一の扉が閉まっている事、机もかなり頑丈に出来ていて全ての引き出しの鍵が閉まっている事、カーテンの背後は窓ではなく巨大な液晶パネルになっている事を確認する。
「どうなってるんだ?」
「第2章か?」
「縁起でもない事言わないでくれよ。」
「安心しろよ。俺が黒幕だとして第2章をするのであれば俺と大山を一緒にはしねぇよ。」
『その通りだ。その洞察力は相変わらず流石だね。君には何度も恐れ入ったよ。』
突如として聞こえて来た声に俺は反射的に天井を見る。天井にあるスピーカーを通して聞こえて来たのは聞き覚えのない男性の声だ。
「誰だ!」
『今、会いに行くよ。』
冷静な声と共に開く扉、俺達は扉の向こうの明かりに目が眩んで目を閉じる。その間に扉が閉まり、俺達の前に姿を見せたのは声の主と思われる高身長で痩せた眼鏡の男性、背広を着ていて凛としており、妙な威圧感を感じる人だ。
「初めまして。大山敦士くん、市来峻くん。」
「誰だ?」
「私は野村京右、君達の言うところの黒幕だ。これは後々面倒な事になる事もあって渡せずに申し訳ないけれど、こういうものだよ。」
野村と名乗った男性は俺達に近寄って名刺を見せて来る。暗く、肩書の文字も細かく、全てを読む事は出来なかったが役人である事はすぐに理解出来た。
「どういうつもりだ?」
「そんな親の仇のような目で見ないでくれよ。私は戦争をするためではなく話をしたくて今日、ここに来たんだ。それと、君達の不安を先に解消しておくと林瑠奈さん以下生存者14名は全員無事だよ。君達に先んじて元の生活に戻るための手筈を整え、血液検査等各種検査で身体的な問題が見つからなければ家に帰る事になっている。今であれば検査も終わってその判断をしている頃だ。ただ、私としてはどうしても君達と直接話をしたくてね。関係各所に無理を言って御足労願った。勿論、君達も私との話が終わり次第、元の生活に還って貰えるように準備は整えてある。」
野村は高級感のある時計を見て冷静にそう言うと唯一の机に設置してある椅子に腰掛ける。柑橘系に花の香りを合わせた独特の香水の香りが鼻に付いた。俺は一度息を吐いて冷静を取り戻し、同じく落ち着こうしている大山と目配せをする。
「じゃあ俺達の質問にも答えて貰えるって事だな?」
「勿論。時間は十分に取ってある。」
「なら聞かせろよ。全ての魂胆を。」
「勿論だ。」
野村は引き出しの鍵を開けてファイルを取り出し、足を組んで話を始める。
「これは私の役職を見て貰えばわかる通り、国主導のプロジェクトだ。研究課題は「人の心」、人という種族の本能と理性に関する実験とも言える。国主導なだけあって営利的な側面は無視出来るし、あくまで人のありのままの本性を見たかったんでね。陳腐なデスゲームのような劇的な展開は敢えて何も準備せずに、生存のための必要最低限な物資を支給してあの土地に君達を放置し、君達がどのように、人だけではなく生命としての最大の渇望である生存のために理性と本能を葛藤させるのかを観察する事にしたんだ。我々は第1被験者群と呼称していたけれど君達に合わせて1期と呼称すると、1期のメンバーには今後の方針を決める主要人物になり得る人間を選択して送り込む事は事前に決まっていた。」
野村は俺達に資料を提示する。それは俺達1期5人の精密な個人情報に関する資料だった。出生、家族構成等の基礎情報に加え、性格、交友関係、学業成績、更にはSNSの検索履歴であったり幼稚園時代に書いた絵だったりによる精神分析まであった。
「登場人物を5人とした際、そのパーソナリティはある程度定番として決まっている。戦隊モノ然りだ。誠実で時に熱血的なリーダー、才に溢れ理性的な二枚目、明朗な元気印、寡黙な職人肌、そして紅一点の女性。誰がどれに該当するかは言わずとも理解出来るはずだ。私は数ある選択肢の中で君達を選出し、そして期待通り大山くん、君を中心としてあのフェンス内での生活の基礎を作り上げてくれた。」
野村は引き出しからリモコンを取り出し、自動でカーテンを開くと壁一面にある液晶パネルに映像を映し出した。映っているのは森の中を歩く同性代の男女の映像だ。
「2年前の実験の映像だ。この際はリーダーに当たる子の我が強くて理性担当の子も我々の想定よりも理性的ではなく野性的一面を持っていた。結果として対岸に辿り着ければ…と期待だけでフェンスを抜け出し、対岸を目指す事を選択した。この後の結果は想像通りだ。その数分後に彼等は獣達に襲われて全滅する。あ、ここで市来くんに朗報でもあり少し残酷なお知らせを。仮にあの山を探し続けたとしても、決死の覚悟で1泊して対岸に出ても、君の見つけたドームハウス以外には何も見つけられなかったはずだ。勿論、地下にはそれなりに巨大な施設はあるが見つけられないように精巧に細工をしてあり、流石の君でも見つける事は出来なかったはずだ。とは言っても、これまでもあの森に魅入られ、あのドームハウスを早々に見つけた事で更にのめり込んで言った冒険的な人は一定数いたが、君はとても優秀だったと言える。早々にあの獣達の習性と能力を理解し、我々の想定を超える広範囲に渡って森を調査した。佐藤ナシーフくんを亡くしてしまった事は非常に残念だったがその後の引き際も見事だったよ。」
「…それはどーも。」
「この研究をしたのは俺達だけではないのですね。」
「勿論だ。詳しくは言えないがね。毎回終了後には反省をし、次に向けてマイナーチェンジもしている。残念な事に、彼等のように短期間に全滅してしまった例もあれば、時には我々の作為が入りすぎて研究モデル自体が失敗に終わってしまった例もある。」
俺は野村に対して高圧的に不遜な態度を取るが徐々に冷静を取り戻した大山は慎重な言葉のセレクトで野村と話し、野村も大山の声に関して淡々と答える。
「彼等のように、こちらで得られる情報を集約して人選をしても、あの非日常的な環境下でのシュミレートは完璧ではなく誤算は起こり得る。それで言えば君達は、我々の想定よりもよりも大山くんが理性的で、市来くんがキレ者で、丹羽祐司くんにもリーダー性があって…なんて多少の誤算はあったにせよ、最もこの研究の鬼門である最初の2ヵ月を極めて理性に基いて乗り超えてくれた。感動したよ。」
野村は贐とばかりの表面上の拍手を送る。だが、俺達が表情を変えずに睨んでいるのを見て嘲笑するような表情で拍手を止める。
「2期以降も作為を以て人選したんです?」
「勿論、ある程度はね。今言った通り、作為し過ぎると決まった結果になってしまうし、特に今回は良い結果を得られそうな気配もあったので2期以降の人選には苦労したよ。今まであまり選ばなかったような性格の持ち主を投入する挑戦をしたりもした。」
野村はまたリモコンを操作して画面を切り替える。同性代の男女が決死の表情で鉈と包丁で戦闘をしている映像だ。
「これは4年前、君達の時も大山くんが主導する人々と多々良圭介くんが主導する人々による内乱があったように、この研究ではしばしば意見の対立によって武力衝突が起こる事がある。特に関西支部でそれが顕著だ。あ、気付いてると思って言及しなかったけれど、この研究は東海と北陸を境にして関東と関西で行われている。人々の人格を形成する風土による変化を見るためだ。君達の内乱は大山くんの支持者が圧倒的に多かったし戦闘自体もそこまで大規模にならなかったけれど、この研究モデルでは君達の内3期まで言ったところで2大派閥のリーダーとその支持者による雌雄を決する大々的な武力衝突があり、傷によって後日感染症になった者、戦闘とその結果によるショックで自殺した者を含めて8割近くの人間が亡くなった。私はこれを見て人の世に戦争はなくならないと悟ったよ。これはこれで良い研究モデルになった。」
野村はまた画面を変える。次は1人の男子が別の男子に命令している映像だ。
「これは去年。これも良くある事だが主従関係が成立した研究モデルだ。所謂奴隷制度だよ。一部の人間がその他の人間を支配している。そしてこの例も他に漏れずにリスクマネジメントを怠った事、内部での造反をきっかけにして「主」であった者達は討たれ、「従」だったものによる民主主義が行われるようになった。まるで過去に没落した国々の辿った没落の歴史を見ているようだよ。何億年と時が変わっても所詮人というものは変わらない。」
次は男子が集団になって裸の女子を辱めている映像だ。刺激的な映像に俺達は目を背ける。
「これは5年前の映像だ。この研究モデルでは男子が徒党を組んで女子に対して食糧の対価として性を要求した。性欲は人間の三大欲求でもある。更にこの研究モデルにおける面白いところは女子の中にも様々な反応を示した者がいた事だ。半数の女子は男子の要求に屈して生存のために耐える事を選択したが、その中には積極的に性を提供して男子に取り入り食糧と地位を得ようとしたり、逆に最後まで性を差し出す事なく男子に反抗し続けた女子もいた。そして男子も個々に様々な理性と本能の葛藤を見せてくれた。我々の界隈では有名な研究モデルの1つだよ。」
野村は映像を消して立ち上がる。
「だが、この研究モデルにおける君達は不運な死と小規模な内乱はあったものの、今までのどの研究モデルよりも理性的に日々を過ごしてくれた。それは勿論、1人1人の貢献度も高いが最も貢献したのは圧倒的なリーダーとしての器を見せた大山くんと、それを支えた市来くんだと言える。私も1人の研究者としての枠を超えて、リアルタイムで進行するヒューマンドラマの1視聴者として君達の活躍に魅せられて、こうして関係各所に無理を言って今、直々に会っているわけだ。」
「何故、研究を急に終えた?6期を連れて来なかった意図は?」
「勿論、準備はしていたよ。だが、5期を送り込む直前の内乱で反大山派はいなくなってしまったし、5期として新規に大山くんに反抗する事を期待した人々も皆、大山派として順応して平和な日々を送るようになった。そこで研究も終盤と判断して我々は少し作為を以て君達に最後の試練を科す事にしたんだよ。君達も思ったはずだ。これを最後にこのまま見捨てられるのでは、と。」
野村はまた映像を移す。家の中で複数の男女が倒れている。
「この研究モデルでは君達よりも大きな内乱もあったし自殺者も出ていたけれど、君達と同じところまで行って、君達と同じ課題を貸した時の映像だ。この時のリーダーは大山くんのように人間臭くなくて何処か自分に酔っているけれど不思議と人を惹きつける新興宗教家のような雰囲気のある男だった事もあって最後に皆で自死する事を先導した。だが、自分で自分を殺すと言うのは容易い事ではなく、この中の半数は未遂に終わっている。リーダーの提案に反対した一部の人間はやはり森に活路を見出したが獣に喰われてしまった。だが、君達は最後まであそこで生活する事を選択した。君達の後輩もそれを支持した。そこまで行ってしまえば、後は精神を病むか餓死するだけ、それは我々の研究の目的に反する。よって完遂と判断してこの研究モデルを終了とした。」
野村は映像を消す。
「他に質問は?」
「俺達を元の生活に戻すと言いましたね。処遇はどうなるんです?」
「2期に林さんの後輩である兼子美凪さんを送る事でヒントはあげたはずだ。君達は失踪ではなく、私立の我々と繋がっている小中高一貫校に書類上、転校した事になっている。」
野村はまたファイルから紙を取り出す。今度は1枚の紙だ。大山に渡し、俺もそれを覗く。大山の表情は硬直していた。それはこの研究に自分の息子を参加させる事、対価としての金銭に関しての契約書であり、大山の父親と思われる人物のサインと印鑑が残っていた。
「勿論、学校等周囲は騙せるが家族は無理だ。そこで家族には誓約書を書いて貰って協力して貰っている。あ、親御さんを恨まない事だよ。買収されたわけではなくどちらかと言えば徴兵令だ。国を盾として圧力を以てサインして貰っている。君達の親御さんは今でも君達の無事を祈っているはずだよ。そうだ、誓約書を言えば…。」
野村は淡々と別の紙を取り出す。
「この研究に関する一切の口外を禁止した君達の誓約書だ。これにサインして貰えれば晴れて君達は自由の身になる。見て貰えばわかるように研究に対する協力費として1人当たり3000万円支払われる事にもなっている。君達の半年以上の人生の対価としては安く感じるかもしれないが受け取ってくれ。」
俺達は誓約書を受け取る。
「サインしなければ?」
「反抗的だね、市来くん。国家機密の漏洩は国としての信頼に直結する。脅すようで大変恐縮だが、サインして貰えなければ生きてこの建物を出る事は出来ないよ。」
野村は少し高揚した目で反抗的な態度を示した俺を見る。
「君は今、思ってるはずだ。研究のためなんて理由で伊藤くん、丹羽くん、ナシーフくん達の命を無碍に扱った私を背に隠している包丁で殺してやりたい、と。だけど、君は私を殺せない。殺さない。君は時に本能的だが本能を発揮しようとする時であっても理性による裏打ちを行う人だ。私を殺せば、君は大山くんとラーメンを食べる約束も、兼子さんとの再会の約束も果たせなくなる。それに私を殺したところで所詮何も変わらないと知っている。故に、その打算を以て君は私を殺さない。私は君を半年に渡って見て来た。私は時に君以上に、君の事を理解している。」
野村は不適な笑顔で俺を見る。図星だ。俺は野村を睨んで大きく息を吐くと包丁を取り出して机に置いた。恐らく全てわかった上で俺の武器を回収しなかったのだ。
「これはこちらの備品なんでね。回収させてもらうよ。」
野村は満足そうに包丁を受け取り、引き出しに入れる。俺は苦笑して大山を見た。大山も観念した表情でいる。俺と大山は野村にペンを借りてサインを済ませた。
「ありがとう。これで君達は自由の身だ。基本的に制限はないけれど、サインした以上は今後一切のこの事に関する口外は禁止だよ?君達は既に知ってるはずだけど我々は君達の知らない間にここまでのデータを収集する事が出来る。これもまた脅すようで申し訳ないけど君達の一挙手一投足を監視する事も容易い事だ。勿論、他人に聞かれなければ、例えば大山くんと市来くんで当時の話をするのはグレーゾーンにしておくよ。君達同士の面会も自由だ。あ、それとこれ。御足労頂いたお礼に。」
野村は引き出しから白色の封筒を取り出す。
「名古屋駅から新青森駅までの新幹線代だ。勿論、グリーン席に足る金額を入れてある。今回の報酬とは別に君達への敬意として、受け取ってくれ。」
俺は黙って封筒を受け取る。野村はそのまま両手を差し出して来た。握手を求められているのだとわかった。俺はせめてもの抵抗に少し力を込めて握手を交わす。続いて握手をした大山も同じ事をしたようだ。野村は握手を終えると両手をブラブラと揺らして顔を顰めた。
「君達と会えて良かったよ。」
「最後に1つ。あんたは、14名は全員無事だと言った。俺と大山を入れても1人足りねぇ。生存者の中に内通者がいたんだな。」
「あ。そうだった。ヒントをあげたのに聞かないから気付いてないのかと思ったよ。勿論、君の言う通り、割と早い段階で内通者を送っていた。それに、大山くんは気付いていないようだったけど、君はてっきり正体に気付いているんだと思ってたよ?だってこの物語の中盤から終盤にかけて、君は彼と公的な場以外で言葉を交わしていない。」
大山は驚いた表情で俺を見る。そこまで聞ければ十分だった。俺は野村に踵を返して野村の入って来た扉へと歩く。
「君達の未来に幸あれ。お疲れ様でした。」
野村は最後まで不適なまでに紳士であった。




