表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
えぴろーぐ
32/33

8-1 イロ島の皆さんにご挨拶

 今日イロ島を発つことになったホタルはお礼参りをするべく、島を歩き回ることにした。


 仕事探しのときに出会ったひとたちは皆、自分が仕事を再会するためのきっかけをくれた人たち。

 しっかりと報告しなくてはいけない。


「では少し出てきますね」

 借りていた服を持って玄関に立つと、ワダチとチャコが見送りにやってくる。


「いってらっしゃい」

 いつもどおりの硬い表情のワダチだが、声には少し優しさを感じられた。


「ひとりで大丈夫かにゃ?」

 チャコは少し心配そうにホタルの顔を伺って聞いた。


 最初にこの島に来たとき、暗いのが怖いと言ったのを覚えているのだろう。


 あのときのホタルは悪い空気に取り憑かれていたせいか、この世界の闇に飲み込まれそうで怖いと思っていた。


 だが今はその闇を照らしてくれる聖火があることを知った。

 困ったときに頼れる島の住民たちが居ることを知った。

 そして島のために頑張っている猫神と神社の神主が居ることを知った。


「はい。短い間でしたが、イロ島は第二の故郷になりましたから」

 勝手にそう思っていたホタルは、聖火のような温かい笑顔で答えた。


 これからなにかあったときはここに戻ってきて、仲のいい島の住民や神様や神主に話をしようと決めている。


「そうか、行ってくるがよい」

 嬉しい言葉が聞けたからか、笑みを隠しきれないチャコは偉そうに答えた。




 まずやってきたのはコノミのお土産屋だ。


 開店前の店に入れてもらい、ホタルの決意を話す。


「そっかー。でもホタルちゃんが決めたならそれが一番だと思うよー」

 コノミは笑いながらそう言ってくれた。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると励みになります」

「あと、服を貸していだき、こちらもありがとうございました」


 そう言いながらきれいに畳んだ服を差し出す。


「いいよー。座敷わらしだからね、ひとの幸せに貢献できたのはうれしいしー」

 こちらも笑って受け取ってくれる。


「ところでワダチちゃんとはその……どうしたの?」

 やはりコノミも気になるようだ。

 聞いてもいいのか迷うが恐る恐るといった感じで、コノミは質問した。


「きっぱりフラれちゃいました」

 ホタルはあっけらかんとした表情で答えた。


 思わぬ回答の仕方にコノミはぽかんと口を開けてホタルを少し見てから、

「そうなんだ。

 ごめんね~、ちょっとこういうとき、気の利いた言葉思いつかないや」

 と申し訳無さそうな笑顔を作って言う。


「いいんです。

 偶像は恋愛禁止ですし、わたしはイロ島のことを大好きになれましたから、この恋はきっと無駄じゃなかったって思います」


「すごいな~ホタルちゃん」

 ホタルの強い言葉にコノミは見直すように瞬きを増やしながら、感想を語る。


「そんなことないですよ。

 でも、ありがとうございます」

 作った笑顔ではない、心の底からあふれてでた笑顔で礼を言えた。


「そうだ、神様のキーホルダーってもらえます?

 お守り代わりに持って歩きたいなって思ってたんですよ」


 ホタルは思い出したようにコノミに聞いた。


 チャコ本人は嫌がっていたが、自分を良くしてくれた神様のお守りは、これからも自分を導いてくれるかもしれない。


「いいよー。ちょっと待っててねー」


 コノミがばたばたと売り場に出る間に、ホタルはお金を用意していた。

 するとコノミはあっという間に戻ってきて、

「あ、お金はいいよー」


 そう言いながらホタルの手のひらに『きいほるだあ』を置く。


「いいえ、商品をいただくんですから」

 そう言ってホタルは一度返そうとする。

 だがコノミはその手を押し返して、

「前にお店手伝ってもらったしその御礼だと思ってー」


「そうですか……ではいただきますね」

「そのかわりー、またうちに来てねー」

「はい。もちろんです」



 次にやってきのはアヤアのお茶屋だ。

 開店時間にちょうどなったばかりで、まだ客は入っていない。


「こんにちはー」

「あらあら、ホタルさんいらっしゃい」


 今日も白く涼しげな笑顔でアヤアは出迎えてくれた。


「おひとりですか?

 待っててくださいね、今お茶をお出ししますから」


「あ、お構いなく。

 今日島を発つのでお礼参りの最中なんです。

 まだ回らないと行けない方々がいるので」

 とろとろとお茶を淹れようとするアヤアを止めるように、ホタルは両手を前で振りながら早口気味に状況を伝えた。


「あらあら、そうなんですの。

ホタルさん笑顔が素敵でしたから、お店で働いてくれたらいいなぁって思ってたんです」


 残念そうにアヤアは眉をへこませる。


「ごめんなさい。

 でもわたしの笑顔を、もっとたくさんのひとにと見てもらいたくて」


 申し訳なさそうに、でもこれは譲れないと思いながらホタルは謝る。


「そういうことでしたら仕方ないですね~。

 またお店に来てくださいね」


 アヤアは店を出る客を見送るように笑顔で小さく手を振ってくれた。


「はい。また来ようと思いますので、そのときはゆっくり時間を過ごしましょう」



「ほ、ホタルさん!

 ようこそ来てくれた!

 いや、昨日はお疲れ様でした!」


 いつでも来てくれと言った割には予想外だったようで、ヒロシは大きなひとつめをせわしなく瞬かせて歓迎してくれた。


「はい。お祭りお疲れ様でした」

 ホタルは仕事の関係者に言うように笑顔を作って挨拶を返した。


「それで本日はどんな御用で?

 見学?

 それとも仕事を決めましたか?」


「仕事が決まったのでご報告を」

「ほ、ホントですか……」


 ヒロシは息を呑む。

 まるで自分に大きな影響がある発表を聞くような反応だ。


「わたし、偶像の仕事に戻ります」

「マジっすか」


 ヒロシは信じられない言葉を聞いたようにぽかんと口をひらいた。


「意外でした?」

「いいえ、あ、はい」


 混乱したような返事が微笑ましく、ホタルは笑みをこぼして、

「灯台も防波堤のも、いい景色でした。

 また来たいです」


「うん、ホタルさんが来てくれたら特別に入れてあげるから、俺に言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 島から去ることになったとしても、また戻ってきたとき、歓迎してくれることを約束される。

 ホタルにはそれが嬉しくて、精一杯の笑みで礼を伝える。


「ま、ホタルさんのように自分でキラキラできるひとは、そうしたほうがいいと思うから、応援するよ」


 少し複雑な心境があるのか、ヒロシの笑顔には少し汗がタレている。

 大きな一つ目の光もいつもより少し薄暗い。


「ヒロシさんは、物やひとをキラキラさせるのが得意な方だと思っています。

 お仕事がんばってください」


 ホタルはそんなヒロシを元気づけるように言う。


「そういうこと言うと惚れちゃうんだけど……。

 いや、初めて見たときから好きになってたかもな」


 ヒロシはそっぽを向きながら言う。

 だがその目はホタルをチラチラと見て、良い答えがもらえないかと期待していそうだった。


「ふふっ、残念ですが偶像という仕事は恋愛禁止なので」

「だよね~」


「わたしを好きになってくれてありがとうございます。

 わたしも好きですよ」


 ヒロシの大きな目玉以外の顔が真っ赤に染まった。



「ホタル、迎えに来たよ」

 カズヘイは時間ぴったりに神社へやってきた。


「はい」

 ホタルは少ない荷物を持って、島に来たときと同じ格好で玄関へ。


 ワダチとチャコもホタルを見送るため、玄関にやってきた。


「カズヘイ!

 ホタルのことよろしく頼んだぞ。

 ちゃんとしてやらないと神の罰がくだるから――ふにゃぁ!?」

「気にしないでください」


 ワダチの拳がチャコの発言を遮る。

 ホタルはいつものことだと笑いながら見ていたが、

「いいえ、肝に銘じておきます。

 今度こそホタルをこんなにしないよう、全力で彼女を応援します」

 カズヘイはとても真剣な声で返事をした。


「うむ!」

 頭をいながりながらも、チャコは両腕を組んで満足げに声を上げた。


「神様、ワダチさん、お世話になりました」

 ホタルは改めて頭を下げた。


 ワダチとチャコ、イロ島とその住民たちにはこの短い間に沢山の恩義ができた。

 その御礼を改めてふたりにする。


「お体に気をつけて。

 ちょっとでも無理だと思ったら必ず休んでください。

 悩みがあればカズヘイさんや信頼できる方を探して相談してください」


「みゃ~たちでもよいぞ!」

「ありがとうございます」


 ホタルは心からそういって、ふたりの安心させるために精一杯の笑みを見せる。

「では、失礼します」




「カズヘイさん、お手数おかけしました」


 島を出るとホタルは足を止めて、まずカズヘイに頭を下げた。


 仕事を放棄して飛び出してしまったこと、心配させたこと、ここまで来てもらったことを詫びる。


 自分が偶像――アイドルに戻ることを拒否したときに、できなかったことだ。


「いや、いい。

 あの状況ならホタルが出ていくのも分かる。

 だから俺もあそこを出ていったんだ」


「じゃあ、別の事務所に?」


 苦笑いするように説明するカズヘイの言葉を聞いて、ホタルは顔をあげて目を丸くしながら聞く。

 カズヘイは再び足を進めながら正面を向いて、

「独立したんだ。

 何人か仲間と所属のアイドルを連れて新しい事務所を作った。

 だからホタルも明日からそこで頑張ってもらう」


 力強く言った。

 ホタルは自分だけではなく、カズヘイも悪い空気から開放されたような顔をしていることに気がついた。


「今日から行きます」

 両手を握りカズヘイに歩みを揃えたホタルは、思ったことを勢いよく言った。


「これから長時間電車に乗るんだ。

 明日からでもいいんだぞ」


 確かにここからホタルの居た世界までは、世界移動新幹線を何回か乗り換える必要がある。

 時差もあり今からだと向こうについても真っ暗だろう。


 ホタルもそれを分かったうえでカズヘイの顔をまっすぐ見た。


「いいえ、今日からもう動きたいんです。

 体は鈍ってませんし、なによりやる気に満ちあふれています」


「……分かった。

 このまま事務所に直行して、必要な書類や写真を撮るけどいいかな?」


「はい!

 カズヘイさん、改めてよろしくお願いします」


 ホタルは足を止めて、とてもきれいなお辞儀をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ