7-3「今日は、なんだか飲みたい気分なんで」
イロ島神社の祭りは終わった。
観光客は橋を渡りそれぞれの場所へと帰っていき、屋台を立てていた商人たちは撤収の準備を進め、島の住民たちは打ち上げをしている。
ワダチはその様子を神社の前の階段に座り眺めていた。
今年もうまくできた。
神事をしっかり行うのはワダチにとって、島に対してと、チャコに対しての恩返しでもある。
多少厳しくチャコに当たってもそれが本人のため、島のためになるなら鬼の仮面をかぶる覚悟があった。大喧嘩したこともあったほどだ。
だが今回はホタルのおかげでとてもうまくいった。
本番になれば文字通り神が降りてきたようにチャコは踊れるのだが、練習ではいつもうまくいかない。
練習の段階からうまくことが運んでいたのはホタルのおかげだ。
「ワダチさん」
「ホタルさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。となりいいですか?」
「どうぞ」
ホタルは腰掛ける。
その表情は憑き物が取れたように明るかった。
「神様は?」
「ミーコたちに愛でられてますよ」
チャコを溺愛するミーコたちが、今日の演舞を褒めるという名目でかわいがっているのだ。
助けを求めるチャコを無視してワダチはこうして外に出てきた。
ワダチには酒の入った女性陣を止められる自信がない。
特にミーコはひどい酔い方をしていたように見えたのでなおさらだ。
それにワダチはホタルに確認することがある。
「決心は尽きましたか?」
ホタルがこれからどうするのか。
島に残り、仕事を探すのか。
あるいは一度はイヤにやった偶像の仕事に戻るのか。
元の世界での仕事がいやになり、逃げ出すようにイロ島へやってきた。
そこで神様になりたてのチャコと出会い、自分は救われた。
そしてワダチも似たような選択をして、今ここでイロ島神社の神主をしている。
そんなワダチとしてはホタルを放って置けなかった。
自分の境遇や気持ちを全て隠してワダチはホタルを応援してる。
今も無表情を装い、ホタルの答えを待っていた。
「はい。わたし偶像――アイドルの仕事に戻ります」
迷いのない清々しい答えだった。
「分かりました。よく決心しましたね」
元の仕事をやり直す。
ワダチにはできない決心をホタルはしてくれた。
ワダチはそれがとても嬉しく、あまり得意ではない笑顔でホタルのことを褒めた。
「ワダチさんたちのおかげです。
この島に来て、わたしはいろいろなことに気付かされ、いろいろなことを知ることができました」
ホタルは舞台の上で演技をするように、歩きながら台詞を紡いでいく。
「ワダチさん、わたしは貴方のことが好きです。
別の世界またいだ恋愛になってしまいますが、お付き合いしていただけますか?」
対してワダチは豆鉄砲で撃たれたような表情になる。
いつもの固い顔からは想像もできなかった顔だ。
頬を赤くし、目を丸くし、口は言葉を探すようにパクパクと動いている。
ホタルの頬も少し赤くなっているのが自分でも分かるし、答えを待つ間の心臓は最大稼働中。
それでも多数の舞台を巡ってきたからか、たったひとりに伝えるための舞台の上ではとても余裕を感じられる。
なのでワダチの次の言葉もじっくりと待ってくれているのだろう。
あるいは答えが分かっているのだろうか、そんな表情にも見える。
「すまない、いや、申し訳ないがそれはできない。俺には……」
「分かっていますよ。全部言わなくても」
ホタルはワダチの言葉を遮った。
「それにアイドルは恋愛禁止ですからね」
この仕事を続けるためには、この恋愛の枝は切り取らないといけない。
ホタルはそれをイタズラをする少女のように告げた。
「そ、そうでしたね」
ワダチはごまかすように乾いた笑いをあげた。
ホタルはなんだか面白くなってきたのか、クスクスと笑う。
「神様のことこと以外で初めて動揺したのを見ましたよ」
「そ、そうですか?」
「はい。でもそれだけ神様のことが大切なんですね?」
ワダチは目をそらした。
ホタルは事実を直接言われると恥ずかしいひとなのだと思った。
いつもチャコに軽口を叩いたり、ひとに優しくするときもぶっきらぼうな言い方になったりするのは、そういう面があるから。
そう思うとホタルは微笑ましいくなり、笑みが溢れる。
「……そんなことないですよ」
「本当ですか?」
「本当ですって」
ワダチの意地っ張りな言葉がとてもおもしろく、とてもほほえましく、とてもあいらしい。
本人はいつもどおり言っているつもりなのだが、動揺がまだまだ残っている。
「これからも神様と仲良くしてくださいね」
ホタルのその言葉に、ワダチは言葉の真意に気がついたのか、
「はい」
とても凛々しい声で返事をした。
「さ、みんなのところに戻りましょう。
神様がそろそろ助けを求めてると思うので」
返事を聞いて安心したホタルは、歩き慣れつつある灯籠で照らされた道を進む。
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灯台の境内に畳を敷いた宴会の会場に戻ってくると、ミーコが空になった麦酒の瓶を振ってこちらを呼んでいる。
「ミーコさん」
危なげだと苦笑いをしながらホタルはミーコの隣に座る。
ミーコは顔を真赤にしながらもとてもお腹いっぱいだと言いたげな顔で、
「ワダチと二人っきりで話ができるようにしておいたぞ。
で、どうだった?」
とホタルに確認をする。
「フラれちゃいました」
ホタルは世間話をしているように笑って答えた。
「だろうな。
あいつはああ見えてチャコちゃんにぞっこんだしな」
そう言ってフラフラとした足取りで境内を歩いているワダチを、もっと遠くにいるような目で見つめる。
「ミーコさんはどうするんですか?」
自分がフラれたのとまったく同じ理由で、ミーコの恋も実らないだろう。
それをミーコ本人も分かっているのならば、どうするのかホタルも気になるところではあった。
少し遠慮しがちに聞く。
「あたしはもうちょっと今の関係を楽しむさ。
天狗は人間よりも寿命が長いし、老いるのも遅いしな」
そう答えてミーコは別の酒瓶を栓抜きなしで開けて、そのまま口をつける。
「でもこれで偶像に戻れます」
「決心したからか? フラれたからか?」
「両方です」
「フラれたから仕事に戻れるのか?」
「ええ。ワダチさんにも言いましたが、偶像は恋愛禁止ですから」
ホタルは観客を魅了するように、左目を瞑り笑って見せた。
「ホタルううううううううううううううううううううううううううう。
お前はかわいいやつだああああああああああああああああああああ」
するとミーコは、チャコを愛でるときのような声を上げながらホタルに抱きついてきた。
「ありがとうございます。ですがお酒臭いので離れてください」
「ワダチ!
どこ行ってた……ってどうしたにゃ、顔が真っ赤だにゃ」
宴会場の隅っこでなにも食べずに待っていたチャコは、不機嫌な声をそのままぶつけようとしたが、ワダチの様子を見て首を傾げた。
「なんでもないです」
ワダチは平静を装うため少し不機嫌そうな声をわざと出してチャコの隣に座る。
「さては、もう飲んだかにゃ?」
顔が赤いところからそう感じたのだろう、ワダチの顔を覗き込んで確認する。
「……そういうことにしておいてください」
ワダチはいつもなら平気なチャコの顔に、恥ずかしいような照れる気持ちを感じてしまい、目をそらして適当な答えを返す。
「なんてやつにゃ。
今ジャックのやつが酒を奉納してきたのに、その前に晩酌を始めてるとは酒呑みもほどほどにするにゃ!」
するとチャコはポカポカと拳でワダチの肩を叩く。
「いいえ、また飲みます」
ワダチはそれを無視して、ジャックが置いていったであろうこの世界では使われていない文字――ドイツ語で書かれた黒い瓶を握る。
「今日は、なんだか飲みたい気分なんで」




