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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第7章 イロイロあって決めたこと
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7-2 イロ島のお祭り

 灯台下の敷地でチャコの演舞は執り行われる。


 神社の境内のような庭の中央に、練習に使っていた拝殿と同じ大きさの畳が敷いてある。

 周囲には紐が引かれ、神聖な儀式の場所が作られていた。


 ワダチはそんな会場の準備のために慌ただしく動いていたが、チャコとホタルは演舞を見るために用意された関係者席でぼーっとその様子を眺めていた。


 ホタルも手伝いを名乗り出たが、

「ホタルさんはお客様です。

 イロ島の祭りを見ていってほしい方に、お手伝いさせるわけにまいりません」

 と言われて断られてしまった。


「ホタルは出店を見てこないにゃ?」

 しびれを切らしたチャコがそんなことを提案する。


「ワダチー!

 出店を見てきていいかにゃぁー!」


 チャコは大声を上げてワダチに問いかける。

 ワダチはやれやれといいたげな顔をしながらこちらにやってきた。


「あの、わたし、人混みがちょっと苦手で――」

「偶像の仕事は多くのひとの前に立つのにですか?」


「舞台に立ってるときはいいんです。

 ただ、あの中に入れというのはちょっと……」


「そうにゃ。

 みゃ~やホタルみたいにかわいいと、ひとが寄ってるにゃ」

 ホタルの言いたいことを代弁するようなことを、チャコは言う。


「神様がひとにたかられるのは多分違う理由かと」

(ああ、神様も注目されちゃうんだ……)


 猫耳、尻尾、きれいな白黒の髪、子供のように元気な声はとても目立つだろう。

 神々なのにイロ島の偶像のように扱われるのも仕方がない。


「それはともかく、人混みが苦手だと、一緒に屋台巡りはできないかにゃ?」

「神様とですか?」


「ワダチは祭りの仕事で忙しいにゃ。

 にゃから、毎年みゃ~ひとりで歩いてるにゃ……ミーコに見つからないように」

「そ、そうなんですね」


 ホタルは寂しさを感じながら話を聞いていたが、ミーコの名前を聞いて顔が苦笑いしてくる。

 あのミーコに見つかれば屋台巡りどころではなくなるだろう。

 それはホタルにも容易に想像できる。


「ホタルさん、神様の屋台巡りに付き合っていただけます?

 お小遣いは渡しますので」


「やった!

 ワダチにしては珍しいにゃ。

 やっぱりホタルが居ると良いことが多いにゃ」


「お小遣いの管理をホタルさんに任せるんです」


「人混みが苦手だと聞いていますが、他におまかせできる方がいないので、どうでしょう?」


「ホタルは偶像として見られるのが嫌なのかにゃ?」


「あ、えっと、そうですね。

 仕事のときはいいんですが、仕事ではない時に特別扱いされるのはちょっと」


「にゃけど、イロ島でホタルを特別扱いするやつが居たかにゃ?」


 偶像の仕事を珍しがるひとはもちろんいた。

 だからといって、歌ったり踊ったりしてと言われたり、偶像だからきれいということをいう人はいなかったように思える。


「いなかったかもしれません。

 珍しい仕事をしてたって言われるくらいで」


「だったら大丈夫にゃ。ホタル、一緒に行くにゃ」

「はい」




 狭いイロ島に所狭しと並ぶ屋台が道沿いにできてた。

 階段など物理的に設置できな居場所でなければ、小さな屋台を無理やり置いているような出店もある。


 金魚すくい、水風船、射的、くじ引き、お面屋などホタルの知っているような娯楽の屋台。

 焼きそば、焼き鳥、りんご飴、あいすくりん、氷飴、この世界には珍しい『そうせえじ』や『ふらんくふると』もある。


 一体どこからやってきたのだろうという店や妖怪たちでイロ島は溢れていた。


「わたあめ食べるにゃ!」

 チャコは人混みを縫うように歩き、お目当ての出店を見つけて指出した。


「いいですけど、ひとつだけにして半分っこにしません?」

 ホタルはその大きな袋を見て提案をする。


「なんでにゃ?」

「お小遣いは限りられてますから、ふたりで色んな種類の食べ物を味わったほうがおいしいかもしれませんよ」


「にゃるほど!

 ホタルは祭りが近づいてくるたびに、考えが冴えているにゃ」


 子供のように喜び、満面の笑みでチャコはホタルを褒める。


「そうでしょうか?」

 自覚はないホタルは首を傾げる。


 チャコは笑顔で続けて、

「それに、瘴気や厄もとても小さくなってるにゃ。

 多分今日の演舞で完全に祓えるにゃ。

 その証拠に、ホタルはいい顔をするようになったにゃ」


 ホタルは両手で自分の頬に触れる。

 島に来た時よりも柔らかくなった頬、動く表情筋、眉が下がり細くなった視界も今はよく見える。


「にゃろう?」


「ありがとうございます。ワダチさんや島の皆さん、神様のおかげですよ」


「うぬうぬ!」

 チャコはホタルの手を取り一緒に屋台へ。

「親父! おっきなわたあめをひとつ!」



「神様ぁ~、ホタルさぁ~ん」

 ゆるくも涼しい声がふたりの耳に入った。


 声のする方を見ると鉄製のかき氷機のある露店に、知り合いの雪女がいた。

「アヤアさん」


 返事をして店に近づいていくと、人混みの中でもひんやりとした空気が漂っているのを感じた。


「こんにちはぁ~。

 はいこれ、差し入れです~」

 アヤアは店に並ぶ瓶を二本ふたりに手渡した。


「奉納品と言うにゃ!」


 チャコはそう言いながらも瓶を受け取る。

 手に取ると風鈴のような音が耳に入ってきた。


「ラムネですか」

「はい~」


 中にビー玉が入る独特の作りになっている青い瓶を、ホタルは見つめる。


「ホタルさん、お仕事は決まりましたか」

「えっと、今夜決まります。またご報告に行きますね」


「分かりましたぁ~。お待ちしてますねぇ」

 アヤアは優しく降り積もる粉雪のような笑顔を見せ、再びかき氷機を回し始める。


 笑顔で答えられたのは、なんとなく今日答えが見つかるだろうという、根拠のない自信があったからだ。


 今も答えは見つかっていない。


 ミーコの言うとおり、ギリギリまで悩むつもりでいる。


「ホタル、やっぱり悩んでるかにゃ?」

 瓶を見つめ少し真顔になっていたようで、チャコのかけた声でホタルはハッと戻ってくる。


「はい。ですがちゃんと答えは見つけますよ」

 ホタルは自信ありげに笑って見せた。



「大丈夫にゃ。自分でやれるにゃ」

 チャコは強気にそう言って灯台の中へと入っていった。


 一時的に灯台の中を控室として使っているようで、チャコはそこで着替えていた。


 着付けを手伝うことを進言したが、他の箇所の手伝い同様、客人に手伝わせるわけにはいかないと断られてしまった。


「ホタルさん、入ってもいいですよ」

 そこそこの時間を待つと、灯台で働いている女性に呼ばれて中へ。

 すると丁度、ワダチに連れられてチャコが着替え室から戻ってくる。


「神様、とても素敵なお召し物です」


 いつも着ているの違う袖のが長く、不死鳥の羽根のように輝く刺繍の白衣はくえその上に薄い千早を羽織っている。さらに後ろには裳を引きずっている。


「練習着でなれたと言っても、結構重いにゃ」

 そう言いながら袖を振り腕の重さを確認する。


「う~、それに緊張するにゃ」

 と顔をしかめて助けを求めるようにワダチの方を向く。


「さっきまでさんざん遊び歩いていたでしょう」

「そうにゃけど~」


 チャコは緊張からくる苛立ちを発散させるように、両手をジタバタさせる。

 さらにその腕でワダチにポカポカと当たる。


「神様、そういうときは手に『人』という漢字を書いて、飲むといいらしいです」

「やってみるにゃ」

 ホタルの助言を聞いてチャコは早速試してみる。


(あ、でも人間用のおまじないって神様に通じるのかな)


 はっと思っているとワダチが隣にやってきて小声で、

「大丈夫ですよ。

 神様は演舞を舞う結界に入ったら、文字通りひとが変わりますから」


「本番に強いとか?

 あ、それともなにか憑依するのでしょうか?」


「似たようなものです。

 実は練習もあまり必要ないんですね」


「えっ、そうなんですか」

 思わず大きな声をあげそうになったが、それをすんでのところで抑える。

 気づかれてないかちらりとチャコの方を見ると、ホタルの教えたまじないを何度も繰り返していた。


「ですが、俺には練習が要りますし、練習させないと神様もあまりやる気になってくれないし、なによりサボり癖がつきますから」


「あはは……」

 こんなところでも手厳しいワダチにホタルは乾いた笑いをあげる。


「ほ、ホタル、これくらいやれば大丈夫かにゃ?」


「はい! わたしもそれくらい飲んだら舞台に立てるので、大丈夫です」

 そう言ってホタルは力強さを見せつけるように、両手を握って見せる。


「う、うぬ……」

 だがそれでも不安があるのか、物寂しげな顔を見せてワダチの手を握った。


「ではホタルさんは関係者席で見ていてください」

「分かりました」


 そう言って灯台の外に出ようとすると、ワダチとチャコがなにかを話しているのが見えた。

 内容は聞こえなかったが、チャコの様子は先程より落ち着いているように見えたので、安心して灯台を出る。




 関係者席に行くとお世話になったひとたちが椅子に座っていた。


「お、ホタルさん」

「ヒロシさん、お疲れ様です」


 丁度空いていたヒロシの隣に座り、癖になっている挨拶をする。


「ホタルさんこそ、お疲れ様。神様の準備はどう?」

「そろそろ始められるそうです」


「そうか」

 ヒロシがそう答えると灯台の中からチャコの手を引いてワダチが出てくる。

 ホタルはいつもどおりの無表情をしているが、チャコは未だに緊張した固い面持ちのままだった。


 ゆっくりと歩き、演舞のために用意した畳の上――結界の中へと入っていく。


 するとチャコの表情が変わる。ワダチと同じ無表情というわけではなく、かと言って涼しい顔ではない。芸術作品で見られる神々しい顔だ。


 神社で寝泊まりするようになって、チャコの様々な表情を見てきたが、こんなにも神々しい顔は見たことがない。

 まさになにかが降りてきたときの顔だった。


 チャコを結界の中心に連れてきた――降臨させたワダチは、結界の隅に座り周囲を見渡した。


「これより、イロ島の猫神様の演舞を始めます。

 念のためにお願い致しますが、神聖な儀式のため、ご静粛に観覧願います」


 そう注意するが、チャコが灯台から出てきてから誰ひとりとして言葉を発していない。


 ワダチが楽器を構え、演舞が始まる。




 自分が助言をしたはずの踊りなのに、練習の様子をずっと見てきたのに、ホタルの見ている演舞はまったく違うものに見えた。


 場の雰囲気は物音ひとつ許さない空気。

 仮に音がしたとしても、この空間の誰の耳にも届かないかもしれない。

 今はワダチの吹く神楽笛の音だけが、この空間で音をだすことを許されている。


 チャコの姿はまさに神だった。


 もちろんチャコが神々だということは当然理解している。

 それでも語尾に『にゃ』とついた今時わざとらしくしないと出てこないような語尾、低い身長、ワダチやミーコのような目下の種族にいじられるところを見ていると、人間や妖怪とあまり違いがないのではと思っていしまうことも多い。


 だが人間や妖怪にはこんな舞はできないだろう。


 ホタルも踊りの練習はたくさんしている。

 寝ながらでも踊れるように、振り付けを体に叩き込んだ曲も少なくない。


 今この場でチャコの舞を覚えて、ホタルが再現したとしても同じにはならないだろう。

 同じ動き、同じ表情を再現できたとしても、この空気感と、神々の力は再現できない。


 肩が軽くなったような気分にもなっている。

 憑き物が落ちたようだと思ったとき、自分には瘴気や厄がついていたことを思い出した。


 チャコのこの舞が祓ったのだろう。


 これがイロ島の猫神であるチャコの役目なのだとホタルは強く感じた。


 では自分の役目はなんだろうか。


 自分はこの島で役目があるのだろうか。

 あるいはやりたいことがあるのだろうか。

 どうして自分はこの島に来たのだろうか。


 多分この舞を見るためだ。


 猫神の演舞を見て、厄を祓い、自分の本当にやりたかったことを再確認するためだ。


 アヤアは言ってくれた。自分の笑顔は素敵だと。

 コノミは言ってくれた。かわいいと。

 ミーコは言ってくれた。がんばれと。

 ヒロシは言ってくれた。自分には輝ける才能があると。


 そんな自分のいいところを活かしてやりたいことは、ひとつしかなかった。


 今舞台の上で舞う猫神のように、自分も踊りたい。

 笑顔を振りまき、自分以外のひとたちを笑顔にさせたい。


 答えは決まった。


 チャコが演舞で集めた全ての厄を天へ返すように右手を上げる。


 島の厄と瘴気が全て祓われた。


 チャコが腕をゆっくりと下ろし、演舞を見に来たすべてのひとたちに向き合う。


「以上で、イロ島神社の猫神、チャコ様の演舞を終わります」

 ワダチの言葉で会場の空気が戻った。

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