6-5 イロイロあってイキイキしてきた
「へぇ~、チャコちゃんに踊りの助言ねぇ」
今日も喫茶店『いろまる』の閉店時間にホタルはやってきた。
ミーコは感心したような表情で珈琲を出すが、若干その手が震えてるようにホタルは見える。
「はい。
少しでもお手伝いになればと思ってなんです。ところでどうして手がふる――」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
チャコちゃんの演舞楽しみだわあああああああああああああああああああああ。
っていうか練習風景から凝視してたいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「そ、そうなんですね……」
急に表情を大きく歪ませたミーコはうめき声のような声を上げた。
ホタルは椅子ごと体を引いて、苦笑いで当たり障りのない返事をした。
「あたしも踊りを覚えてればなー。
チャコちゃんに~あれこれ言って~好みの踊りをさせることができたかもしれないなー」
ミーコは天井を見て空想するように妄想を語る。
(この調子だと、神様とワダチさんが一緒のお風呂に入ってることを知ったら、どうなるのかな?)
ふとそんなことを思ったが、
「それはワダチさんが止めるんじゃ」
「あのクソ神主なら言うな」
すると今度は怖い顔になり遠くにいるワダチを睨んだ。
「クソって……。好きなひとに言う言葉じゃないんじゃ」
「言うの。好きだから遠慮なく」
ミーコはさも当たり前と言わんばかりの強気の表情で言い切った。
「お話を戻しますね……。
助言はちょっと恐れ多いと思ったけど、ワダチさんがビシバシやってくれっていうから」
「ま、お祭りの演舞はいちばん大切な儀式だからね」
「厄除け、でしたっけ」
「そうもう誰かから聞いたと思うけど、この島は特別悪い空気が溜まりやすい作りになってる。
常闇で小さな島で、橋ひとつでつながってるっていうちょっと空気の入れ替えがしづらい土地なのさ」
そういう細かいところまでは、ワダチやチャコからは説明されなかったので、ホタルは頷きながらミーコの話を聞いていた。
「あと灯台があるからっていうのも聞いてます」
灯台でも似たような話をしたのを思い出して、補足するように口にする。
明るい灯台の影に引き寄せられて、悪い空気がやってくるというものだった。
「そうそう。
だからなんだろうな、この島にはホタルと似たようなこと考えてきたやつがたくさんいる」
「そうなんですか?」
自分のような経緯で島にやってくるひとが他にもいることが想像できず、聞き返す。
ホタルの世界では仕事についての問題が多く、社会問題化していたのも影響しているのだろうか。
「うちの酒飲み店長もそうだし、ワダチだってそうだ」
「ワダチさんも……」
(だから別の世界の言葉や、話題に詳しいんだ……)
偶像の仕事やマネージャーという単語を知っていたり、麦酒を好んで飲んでいたり、背広を着慣れていたり。
別の世界の出身だと分かれば納得がいく。
「だが逆に島に来て、いろいろなものを見てから、元の世界や場所でもう一度頑張ってみようって、言うやつもたくさん見てきた。
みんないろいろあるのさ」
「いろいろ」
ワダチも別の世界から訳あってここにやってきて、神社の神主をしている。
そしてチャコもいろいろあって今は神様をしていると言っていた。
だからいろいろあった自分に優しかったのかもしれない。
もしかしたら今目の前で話をしていた、ミーコにだってなにかあったのかもしれない。
独自の社会を築くのが天狗という種族。
だがミーコはその社会から離れている。
ミーコの顔を見ながらそんな予想をしていた。
「偶像の仕事に戻るかどうか考えてるんだよな?」
「はい」
「だからせっかく島に来たからと言って、島に無理にいなくてもいい。
またいつでもこれるだろう?」
「ちょっと遠いですけどね。列車の乗り換えも多いですし」
「ちょっとで済むならいいさ。
あたしなんて片道で三日はかかるぞ。
ま、それくらい遠くに来たかったんだけどな」
ため息をつくミーコを見て、ホタルの予想は概ね正しいことが分かる。
だがこれ以上は聞けない。
そういったところで店の戸が音を立てて開く。
「おっ、ホタルちゃん~。こんにち~」
「コノミじゃん。いらっしゃい」
黄緑色の着物を着たコノミが、振り袖と手をひらひらさせながら店に入って笑顔を振りまくようにやってきた。
跳ねるように歩いて、その勢いでホタルの隣の席に座る。
「ミーコちゃんもホタルちゃんもお疲れ~。
コノミに『イロ島さいだあ』頂戴~」
「はいよ」
ミーコはそう答えるとつけ場の奥へと入ってく。
「イロ島さいだあ?」
「店長のジャックさんが作ったラムネみたいな飲み物だよ~」
コノミがそう答えたところで、ミーコが青い瓶を一本持って戻ってきた。
「ありがとー。ここにホタルちゃんも来るようになったんだ~」
「はい。ミーコさんと気があったので」
「コノミ、ホタルもワダチに惚れた口だぜ」
「ちょっ!?」
急に情報を漏らされてホタルは目を見開いて声を上げたが、
「そ~なんだ~。コノミもだよ~」
さらに驚く情報が隣の席から出てきた。
ホタルの驚きは一周し逆に冷めていく。
「……恥ずかしがらずに言っちゃうんですね」
「女の子同士だもん。
それにコノミは、ワダチちゃんもチャコちゃんも、まとめて大好きなんだよ」
純粋無垢な笑顔でコノミは好きを語る。
「まとめて好き」
「うん。恋愛的には叶うか叶わないかって言ったら、チャコちゃん相手には敵わないもん。
でもね、チャコちゃんが居るからワダチちゃんがここに居るし、今のワダチちゃんがいる。
逆また然り。
そう考えたら、ふたりいっぺんに愛しちゃえるなぁ~ってコノミは思ってるんだ」
「すごいですね、コノミさん」
ホタルの目が点になる。
包容力と表現するのが適切なのだろうかホタルには分からないが、好きな相手全てを包み込む大きな腕と愛を感じる言葉だった。
「そうかな~」
「意外となんも考えてないだけだ」
「えへへ」
ごまかすように笑ってコノミは瓶に口をつける。
瓶の中で空気と飲み物が入れ替わる音と、炭酸のシュワシュワした音がおいしそうだとホタルは感じた。
「ホタル、コノミにも相談してみたらどうだ?
また違う助言が聞けると思うぞ」
「どしたのどしたの~?」
相談と聞いてコノミが瓶を置いて顔を近づけてくる。
「えっと、偶像の仕事に戻るかどうかを祭りの日の終りまでに決めるように言われまして……。
それで悩みながらも神様の演舞の練習のお付き合いをしてるんです」
「お~。やっぱり偶像さんは踊りが得意なんだね~」
「ええ、そうなりますね」
「でもそのお得意の仕事に戻るかどうか、決心がつかないと……」
コノミはわざとらしく、腕を組んで目を閉じて考えるような格好を取る。
「ええ」
(ホントに考えてるのかな)
その格好と表情にホタルは少し不安を覚える。
「じゃあさ~、チャコちゃんの舞の練習に、ホタルちゃんがとことん付き合ってみたらどうかな?」
するとパッとコノミの表情が明るくなり提案が飛んでくる。
「とことん付き合う?」
「そうそう。
チャコちゃんが似たようなことしてるじゃん?
だから偶像のお仕事を客観的に見られるかもしれないよ」
「ま、チャコちゃんは島の偶像みたいなものだからな。
本物の神様なのに」
「おっかしいね~。あはは~」
ミーコとコノミが声を揃えて笑った。
「でもいいのでしょうか?」
「いいのいいの。ホタルも見てきたでしょ?
チャコちゃんの扱いってこんなもんだって」
「かわいいから、ついついいじりたくなっちゃうんだよね~」
「そうじゃなくて……」
ホタルが迷ったのは、チャコに対する扱いではない。
こんなことを話していたら、今頃盛大なくしゃみをして、またワダチに軽口を叩かれているであろう。そんなことではなく、
「神様の舞の練習に口出ししてもいいのかどうか……」
そう言ってうつむく。
「助言してたんじゃないのか?」
「したけど……恐れ多くて本当に言って良いのか」
「いいのいいの。ワダチのやつも助かってるだろう。
毎年この時期は苦労してるらしいし」
「それにチャコちゃんは『神様に偉そうな口聞くなー』って言わないもんね」
「チャコちゃんが偉そうに見えないのが問題だが」
「ホントにね~」
そうしてミーコとコノミは再び声を揃えて高々に笑った。
練習前のチャコの憂鬱そうな顔を見れば、ミーコの言うとおり大変なのだろうと分かる。
そしてホタルの言葉に対して、意見を聞いてくれない番組の偉いひとのようなことは言わなかった。
ふたりの悩みを吹き飛ばすような声を聞いて、自分の思ったことはそんなに間違ってなかったことを感じ始めた。
「分かりました。
明日から神様の演舞に助言をいっぱいしてみます」
ならばチャコの練習にとことん付き合ってみよう。
少なくともチャコか、自分、どちらかのためになるはずだ。
なにか間違いがあればワダチが指摘してくれるだろう。
「頑張れよ」「頑張ってね」
ミーコとコノミは揃えて励ましの言葉をくれる。
「それでコノミさんにひとつお願いがあるんですが」
とことんやるには自分にもそれなりの準備が必要だ。
ホタルは思いついた案について、コノミに相談してみる。
「いいよ~。コノミのできることなら協力するよ」
「衣装を貸していただけないでしょうか?」
#
ホタルは『いろまる』から神社に帰ってきたあとも、高揚感のような気分が残っていて仕方なかった。
昨日の沈んだ気分が急に上がったのが原因だろうか。それとも久しぶりに楽しく踊りの話ができたからだろうか。
そんな気分を少し冷やすべく、ワダチにひとこと伝えて外に出てみることに。
イロ島神社の境内はあまり広くはない。
島自体が山のようになっており、神社も頂上である灯台までの通り道に作られている。
そんな境内にある高台からホタルは、下に見える仲見世通りや海沿いに並ぶ屋台を眺めていた。
祭りはまだ始まっていないが、その準備のためにひとや物が行き来しており、とても賑わっている。
この雰囲気に近いものをホタルは見たことがある。
それがなんだか懐かしく、湯上がりで寝間着でであるていることも忘れて涼しい表情で眺めていた。
「どうしたにゃ? ぼーっとして」
「あっ、猫神様」
神社の表からやってきたのは、チャコだった。
「祭りの準備か」
チャコもホタルの見ていたものがすぐに分かったのか、チャコも好きなのか、そばにやってきて同じように景色を眺める。
「はい。なんだか音楽公演の前みたいだなって」
「音楽の発表会かにゃ?」
「そうですね。
わたしは何度か出させてもらったことがあるのですが、そのときもみんなで会場の準備をしたり、段取りを打ち合わせたりしてたんです。
同じだなぁって」
ホタルは昔のことを思い出すようにため息混じりに語った。
「そのときは楽しかったのかにゃ?」
「はい。準備や練習は確かに大変でしたが、舞台に立ってみると必死に歌って踊ってる自分がいて、それがとても心地よかったんです」
「じゃあ、なんでやめたくなっちゃったのかにゃ?」
これだけ楽しげに語れるのにそれがイヤになってしまったことが、チャコとしては不思議だろう。
ホタルは寂しい目をして、せわしなく動く仲見世通りの景色を見直す。
「そうですね……。
同じ目標のためにがんばってるはずなのに、人気の取り合いのために争って睨み合ってるのがいやになったのかもしれません」
「同じ舞台に立って踊るにょに、どうしてそんな仲良くできないのかにゃ」
「人気がでないとお仕事がもらえないからです」
「偶像って不思議な仕事にゃ」
「ホントですね」
口を丸くして感想を言うチャコに、ホタルも少し自嘲するような笑みで答える。
「ですけど、今感じてるワクワク感は多分本心です。
これから始まるお祭りが、楽しそうに見えて仕方がないんです。
もちろん仕事のことを考えるのを忘れちゃいけませんが、祭りの様子や神様の演舞を見れたら、ちゃんと答えが出せそうな気がします」
「……そんなこと言われたら、みゃ~も頑張らないといけないにゃ」
チャコは怒られた子供用な表情になり、口を尖らせる。
「わたしも頑張りますから、神様も頑張りましょう!」
「ホタルも頑張ることがあるにゃ?」
「はい」




