6-4 猫神様、舞の練習をする
昨晩ミーコと話をしたからか、ホタルは先日までと同じようにワダチたちと顔を合わせることができた。
もしかしたら気まずくなってしまうのではないかとか、向こうが変に気を使うのではないかと思った。
だがそんなことはなくいつも通り布団に篭もるチャコを起こして、こうして朝食を取っている。
「あの、今日はどんなお手伝いしましょう?」
「お祭りの準備ですか? あとは力仕事なので大丈夫です」
「そうですか……」
ホタルはすこし残念そうな声を漏らした。
意外と自分のできる仕事は少ないのかもしれない。
「それとお客人であるホタルさんには申し訳ないですが今日からはしばらく、神様につきっきりになりそうです」
チャコはそれを聞いて途端に料理がまずくなったような顔になって、斜め下に視線を落とした。
「神様、今日から舞の練習をしますよ」
「う~、大変な日々が始まるにゃ」
ため息混じりにぼやく。
「演舞を行うって伺ってますが、どういう舞なんでしょう?」
「みゃ~が祭りでやる舞は厄払いの舞にゃ。
イロ島の瘴気や厄、悪い空気、悪い考えを打ち払うすごいものにゃ」
「信じられないかもしれませんが、神様の言ったことは事実です」
「そうにゃそうにゃ……って!
それだとみゃ~が、普段から嘘ばかり言っているみたいにゃ!」
「ですから、失敗すると向こう一年間、イロ島の空気が悪くなってしまいます」
「大役なんですね……」
演舞の良し悪しで島の今後が決まる。
そんな大事だと普段は余裕ぶっているチャコでも、憂鬱になるだろう。
自分も似たような行事があっただけに、ホタルは胸を締め付けられるような気持ちになる。
「ホタルの言うとおり大役。だから神様は大変なのにゃ」
「昨日は『お祭りを楽しみにしてるにゃ』って張り切ってたじゃないですか」
「それは……」
似てないモノマネのワダチに反論しようと、チャコは顔を上げた。
だがすぐに言いたいことを飲み込んで、白米と一緒に喉に通す。
「あの場面は大見得を切るしかなかったにゃ」
「どうしてです?」
「……みゃ~はイロ島の猫神だから。
島の平和や、島民が安心して暮らせるよう、そしてイロ島にやってくる人間や妖怪たちに、良き旅ができるように務めるのが仕事だにゃ。
みゃ~の大切なイロ島のために、みゃ~がダラダラと島で生活するために、この演舞を成功させたいにゃ」
チャコは頭を絞るように言葉を選びながら答えた。
うつむいて顔をしかめては居るが、その目はとても真剣な色をしていた。
普段は猫神の仕事はめんどくさがったり、ワダチの頼んだこともいやいややっているチャコばかりを見てきた。
だがそんなチャコもイロ島のことや、島民、島に興味をもってやってくる観光客のことをとても大切に思っていることが分かる。
「良い回答です。
俺もついてますから、がんばりましょう」
ワダチはチャコの回答をとてもうれしそうに聞いて、見たことがない涼しい笑顔と爽やかな声で言った。
「わたしも――」
ホタルはそれを聞いて思わず声を上げた。
見切り発車のように声を出してしまったため、ワダチとチャコに見られて、ホタルは次の言葉に悩む。
「どうしたにゃ?」
チャコは声をかけてくれるが、ワダチは黙ったままホタルを見ている。
今自分は『わたしも』と言ったのだ。
『わたしも』どうしたいのか?
島を愛するチャコの言葉を聞いて、自分もなにかしたいと思ったのだろう。
じゃあなにができるのだろうか?
なのでここで出てくる言葉は、
「わたしもなにができるか分かりませんが、おそばにいてもいいですか?」
ホタルはそう少し遠慮気味に、だが意思は強く言った。
「もちろんにゃ。
にゃろ? ワダチ?」
その言葉にチャコはニッコリと笑って答えた。
「はい。
神様がたるんでるようなことがあったら、遠慮なくビシバシ言ってください」
ワダチもいつもの軽口を交えながらも、チャコに向けた期待するような声と同じ声で答えてくれた。
「なんにゃそれ」
軽口を言われたからには突っかからずにはいられないのだろう。
チャコはワダチを細い目で見つめる。
「はい。分かりました」
ホタルもワダチやチャコのやりとりに混ざりたいと思い、笑顔でワダチの言葉に返事をした。
「にゃあ~!?
ホタルまでみゃ~を『すっぱるた教育』するつもりにゃ」
「スパルタ教育です。別の世界の偉い人を由来とした言葉なんですよ」
チャコは後輩に助言をするようにチャコに言ってみた。
「そんなの知らないにゃあ~」
#
練習は神社の拝殿の中を使うようだった。
広さは八畳ほどで、ホタルが家で踊りの自主練習をしている空間よりも広い。
祀られている神がどういう方なのか知っているのだが、その雰囲気にホタルは恐縮してしまう。
拝殿の隅っこに正座してワダチとチャコの準備を待っている。
「なにしてるんですか?」
木の箱を持ってきたワダチが声をかけた。
「あ、ちょっと真ん中に堂々と座ってるのは気が引けて……」
「あまり気を使わなくていいですよ。
うちの神様は見ての通りですし、歴代の猫神様もあんな感じだったと聞いてますから」
「はあ……」
「足も崩したって誰も怒ったりしませんよ」
そう言ってワダチは腰掛けて持ってきた箱を開ける。
「見たことない楽器……」
ワダチがもってきた木箱から出てきたのは、漆で塗られたような黒と光るような白色で装飾された笛だった。
細く長さは十五寸ほど。
別の世界にある『りこーだー』のような穴の並びをしているが、今目の前にある楽器は横笛だろう。
「『神楽笛』です。
他の世界でも神事に使われるので、もしかしたら音は聞いたことあるかもしれませんね」
早速ワダチは笛を手に取り、音を鳴らす。
ワダチの言うとおり聞いたことのある音。いつだか分からないが聞いたときのように、とても落ち着いている。
「神々しい音ですね」
堂々としているが主張しすぎない。
神社の雰囲気をそのまま笛にしたような音だとホタルは感じ、そう表現した。
「そんなに大層なものじゃないですよ。
むしろ俺は下手くそなので、いい音は出せません」
話をしているとガラリとふすまが開く。
「着替えたにゃ」
チャコは無理やりおめかしされた子供用に目を細めて立っていた。
だがその格好は、文字通り大切な儀式をするための衣装だ。
ホタルの小さな体には重たそうに感じる長い振り袖や、カギしっぽが隠れてしまうほどの裳を後ろに付け、その上には千早と呼ばれる上着を羽織っている。
「そのお召し物で舞われるんですね」
ホタルはきれいだと感じたが、同時に踊りにくいそうだとも感じた。
自分も踊りづらい衣装で舞台に立ったことはあるが、それでも撮影用の衣装などと違い軽量化などをして踊れるように改良している。
だがチャコの衣装はひとによっては歩くこともしんどそうな印象があった。
「いにゃ……本番の衣装に近いものをわざわざワダチが用意してるんだにゃ」
「練習も本番に近い状況で行わなければ意味がありません。
だからわざわざ衣装まで要して、環境が一番近いここで練習をするんです」
「う~。ホタルはどう思うにゃ?」
「えっと、わたしもワダチさんと同意見です」
ホタルは申し訳なさそうに肯定する。
ホタルから見れば、これはとても恵まれた練習環境だと感じられる。
「にゃぁ~」
チャコは崩れ落ちて力が抜けるような声を上げた。
「始めますよ。
急に動くと体がつるので、最初はゆっくり動いてくださいね」
神楽笛の神々しい音色とともにチャコは袖を振り上げ、体を回す。
自分のしていたダンスと比べてテンポは圧倒的に遅いが、動きのひとつひとつに丁寧さが必要で、勢いでできるものではないとホタルは感じながらじっとチャコを見る。
その扇子を煽るような動き、空気を切り裂くような動き、なにかを押すような動きから、この舞が厄払いの舞であることを理解する。
体を回し、周囲の瘴気を払う動きをしたとき、
「にゃ!?」
チャコが重心を崩して尻餅をついた。袖や裳がふわりと浮く。
「いてて……」
「大丈夫ですか?」
「無論にゃ。にゃけど、なんでできなかったにゃ……?」
「神様、去年はできてたでしょう」
「う~、そのはずにゃ」
うまくいかなかったことを不思議に思うのはワダチもチャコ本人も同じなようで、揃って首を傾げる。
「もう一度やってみましょう。猫はドジですからね」
「普通の猫と一緒にするにゃ!」
チャコは反論しながらも立ち上がる。
右手で空気を押すような動作から、周囲の厄を払うような動きに以降するとき、右足を軸に、くるりと回ろうとした。
するとチャコはまたバランスを崩した。両手をバタバタさせてなんとか倒れまいともがく。
「にゃにゃ……ふぅ」
「うまくいきませんね」
なんとかこらえたチャコは体制を立て直すが、ワダチの演奏はストップ。
どうしてらいいか考えているようだった。
「あの神様、ワダチさん――」
ホタルは手を上げて思ったことを言うとしたが、偉そうだ、神々の演舞に意見できる立場ではないと思ってしまい、すぐに手をおろした。
「どうぞ」
「気がついたことがあったら言ってほしいにゃ」
だがワダチもチャコも特に気にしていないようだ。
普段話をしているとの同じ固い表情と笑顔で、目をそらしたホタルを見ている。
ホタルはそれを横目で確認すると、もう一度目をそらし、それからまた横目でふたりを見る。
発言が許可されていると再確認。
それからまっすぐワダチとチャコに向き合う。
「左腕をまっすぐしてみてばいかがでしょう。
そうすると今のように姿勢が崩れることもなくなると思います」
それを聞いてチャコは意見を求めるようにワダチの方を見た。
「ホタルさんのおっしゃる通りにしてみてください。途中から始めますよ」
ワダチはすぐにそう言って笛を構える。
右手で空気を押すような動作から、周囲の厄を払うような動きに以降するとき、右足を軸に左手を上げ、くるりと回ろうとした。
「おおっ」
くるりと回転することに成功したチャコは声を上げた。
「姿勢がよくなりましたね。去年よりもきれいですよ」
「わ、ワダチが褒めた……明日は雹が降るにゃ!?」
目を見開いて後ずさりするほどチャコは驚きを見せた。
まるで神々でも怖いものがあると言わんばかりの表情だ。
「最近わたしの居た世界ではよく降るそうです」
「にゃ!?
そんな恐ろしい……。
いやそんなことはいい。ホタル!」
「はい?」
ずいずいと自分の名前を呼びながら近づいてくるチャコに、ホタルは少し身を引きながら返事をした。
「踊りが得意なのかにゃ?」
「え、ええ。かなり練習してましたから」
「練習!?
偶像とは一体なにをする仕事なのかにゃ!?」
「神様、俺ホタルさんの仕事について説明しましたよね?」
ワダチは目を細めて呆れた口調で聞く。
「忘れてたにゃ」
ケロッと答えられた。
#
「神様、回転が早いです」
「そうかにゃ?」
「今の回転はゆっくりやったほうがワダチさんの笛とあわせられますよ」
「ワダチの笛が遅いにゃ」
「初めて俺の演奏じゃなくて曲そのものに文句がつきましたね」
呆れたワダチは目を細めて言った。
ホタルはそこで手を上げて、
「ちょっとわたしがやってみましょう。いいですか?」
「はい。始めますよ」
そう言ってワダチは演奏を始めた。
ホタルは先程から見ていた演舞は、過去に踊った音楽の振り付けにとても近く、細部を変えるだけでできてしまいそうだった。
そして指摘をした回転をする場所。
足に重心をかけ、勢いではなく曲をよく聞き、音の長さに合わせて一回転。
音が変わるのと同時に次の動きへと行く。
「お~」
ちょこんと座って自分の踊りを見ていたチャコが、小さな手で拍手する。
「さすがですね」
「あ、いえ、そんな」
ワダチに褒められてホタルは小さく縮こまる。
顔は赤くなっていき、笑顔が崩せない。
こんな顔を見せられないと思ってうつむいて必死に顔を隠す。
好きなひとに、自分の努力してきたことを褒められる。
少女漫画では主人公の女の子が喜ぶ出来事としてよく描かれるが、こんなにもされて嬉しいことだとは思っても居なかった。
「でもこれだけ踊れるにゃら、踊り子として生活できると思うにゃ」
「そうでしょうか……」
「神様、踊りだけで生活できるほどホタルさんの居た世界は甘くないんですよ。
ですが、ホタルさんは踊り以外にもできることがあって、そのどれもが得意なんです」
べた褒めだった。
こんなに褒められたことはなかった。
前は踊り、歌などができすぎると周りに合わせるように言われてきた。
当然褒められることはないし、共演者から嫉妬の目で見られていた。
だから謙遜し、わざとできない風を装った。
そしていつしかそれが癖になった。
幸いその技量が落ちることはなかったが、そのうち嘘の実力が真になっただろうと思う。
「なあなあ、ホタルは他にどんなことが得意なんだにゃ?」
チャコが尻尾を揺らしながらホタルへと近づいて聞いてくる。
少し否定的なことを考えたからか、顔の熱は引いており、チャコに顔を覗かれても変な顔にはなっていなかった。
「えっと、踊り以外に歌やおしゃべりとかいろいろなことをしました」
「それで客との話とかも上手だったのか!
みゃ~の代わりにお祭りの舞を――ふぎゃっ!?」
チャコの頭が叩かれ、体が風船のようにしぼんでいく。
「サボる算段を立てないでください」
(痛そう……)
叱るワダチの言葉に、チャコはなにも言えずただただ苦笑い。
「それに祭りの舞は、神様が踊ってこそ意味があります。
他のひとがやっても意味がありません」
「そうですよね。神様の特別な演舞なんですから」
「それはホタルさんも一緒だと俺は思う」
縮こまっているチャコを無視し、ワダチはホタルに向き合う。
「わたしだけにしかできない仕事があるってことですか?」
「そうです。
ホタルさんはそれだけの技術を持っていて、それを習得するための努力をしてきました。
これを『才能』と呼ぶんですよ」
自分には才能がないと思っていた。
もし才能があれば仕事のことで悩んだり、泣いたりすることはなく、全てを放り出してここへ逃げてこなかっただろう。
才能があれば総選挙で一位を獲得することだってできたはずだ。
才能があれば誰になんと言われてもその力で黙らせることができるはずだ。
才能があればなにごともうまくいくはずだ。
「わたしに『才能』があるってことですか?」
ヒロシにも言われた言葉だが、ホタルは同じように首を傾げる。
「そうにゃ。
みゃ~は毎年同じ踊りをやってるにゃ。
にゃのに今見ただけで同じ動きができるホタルのその技術を『才能』と呼ばずしてなんと呼ぶにゃ。
カズヘイも言ってたにゃろ? ホタルには才能があるって」
「でもわたし……」
それを理由に偶像の仕事に戻るときっぱり決心ができない。
「ですが才能があることと、偶像の仕事に戻ることは別問題です。
自分の技術ややる気などを考えて、ちゃんと答えを探してくださいね。
ホタルさんにしかできないことってあると思いますから」
「はい……」
本当にそんなのあるのだろうか。ホタルは自信なさげにうなずいた。
「さて、休憩はできましたね。
ではホタルさんの踊りを参考に神様もやってみてください」
「にゃぁ~」
チャコは情けない鳴き声をあげた。




