6-3 マネージャーさんも大変
「ワダチ、居たにゃ」
島の西側にある岩場と淵。
死んだような顔で歩いていたホタルが黄昏居た場所だった。
そこに同じように黄昏れていた灰色の背広を着た男性が居た。
死んだような顔こそしていないものの、考えるのに疲れたような顔をしていた。
衣嚢からタバコを取り出し、着火機で火をつける。
彼はホタルを連れ戻そうとわざわざイロ島までやってきた管理職の男性、カズヘイだった。
「なんにゃ。
こうしてみると、あいつも結構背中に厄や瘴気を背負ってるにゃ~」
「ホタルさんのいる世界は大変ですからね……」
ワダチは見たくもないものを見てしまったという顔をしながら、苦いものを噛んでいるように言った。
そんな鬱蒼な気持ちを捨てるように息を吐いてから、カズヘイに声をかけようとワダチは歩きだす。
だがチャコがワダチの袴の裾を引っ張る。
「タバコはイヤにゃ」
「……じゃあちょっとやめてもらえるよう声をかけてきますよ」
ワダチがそう言うとチャコは手を離す。
「こんにちは。吸ってるのは『ヒーライト』ですか」
今朝の出来事を特に気にすることなく声をかけた。
カズヘイは持っていたのは黄緑色に白い英字が書かれた箱だったので、すぐに銘柄が分かった。
「ええ、たまに『平和』も吸います」
「俺は以前『ラック』を吸ってましてね。島に来てからやめたんですよ」
「どうしてです?」
「神様がうるさいから」
ワダチが横を向くと、カズヘイも同じ方向を向く。
そこには岩陰からこちらを覗いておき警戒するような目で見ている、チャコの姿があった。
「神様が嫌がるのでこの島ではタバコが売ってないんですよ。
先代の神様は匂いが好きだって言ってたらしいですけどね」
「……なるほど、灰皿がどこにも置いてないわけです」
そう言いながら、カズヘイはポケットから携帯灰皿を取り出しタバコを入れた。
「神様、いいですよ」
ワダチが声をかけるとチャコは駆け足でこちらにやってくる。
「まだちょっと臭うが、まあいいにゃ」
と腕を組んでワダチの隣に立つ。
「では本題に入りましょう。
先日からホタルさんを見ていたのはあなたですね」
「バレていましたか」
カズヘイは、余裕ではなく自嘲の苦笑いをしながら答えた。
「バレバレにゃ」
チャコの両手を上げてわざとらしいため息をつく。
「常闇の世界でサングラスは目立ちますから」
「他にいい変装方法が思いつかなかったんですよ」
ワダチとチャコの軽口に言い訳をするカズヘイを見ていると、自分以上に不器用な人間だとワダチは思う。
器用に立ち回れたのならば、ホタルとのすれ違いもなかっただろう。
だが逆に器用だったら、ホタルを連れ戻そうなんてことは思わなかっただろう。
偶像になりたいと思う人間や妖怪はたくさんいる。
それこそ偉そうにふるいに掛けてもたくさん残るほどだ。
「なんでホタルを見張ってたにゃ?」
「『見守ってた』が正しいんですよね」
「そうですね……」
カズヘイはワダチの言葉を肯定する。
「ホタルがここに来て海に身を投げないかとか、誰かに迷惑をかけていないかとか、心配で仕方なかったんです」
「だったらホタルがあんなに瘴気まみれ、厄まみれになる前に、どうにかするべきだったにゃ。
みゃ~たちがいなかったらこの真っ暗な海に飛び込んでいたかもしれない。
そうなる前に止めいないといけないってワダチに言われたにゃ」
「神様、ひとの受け売りをそのまま語っても全然偉そうじゃないです」
「……猫神様のおっしゃるとおりです」
そういうとカズヘイはうつむいた。
「にゃにゃ、そんなに悲しい顔するにゃ……。
お主もホタルみたいに『どりけぇと』なやつだにゃ~もう~」
「神様、それを言うなら『デリケート』です。
無理に別の世界の言葉を使おうとすると恥をかくって何度も言ってるじゃないですか」
「使わないと覚えないにゃろ!」
「仲いいですね」
ふたりのやりとりを見て、カズヘイは溢れ出たように笑みをこぼした。
「そんなことないにゃ」
「これくらい普通です」
チャコのワダチも固い顔でそっけない返事をする。
「おふたりならホタルを任せられるかもしれません」
決心をしたような、諦めたような、寂しい顔をしてカズヘイはつぶやく。
「もしホタルがこの島にいることを選んだら、よろしくお願いします」
そして頭を下げた。
「任せるにゃ!」
チャコは勝利宣言をするように偉そうな顔で声を上げた。
「その時はいいですが、もしホタルさんが偶像であることを選んだら、カズヘイさんがホタルさんのことをちゃんと応援してあげてくださいよ」
「ホタルは偶像であることを選ばないと思います」
「お主には悪いがそうかもしれないにゃ」
貰った勝利宣言を撤回せずにチャコは言うが、
「ホタルさんは偶像に戻ると俺は思っています」
「どうしてにゃ!?」
ワダチの思わぬ言葉にチャコは目を見開いた。
「偶像になるためには、俺も想像できないほどの努力や、運が必要です。ちょっとやそっとの気持ちでなれるような仕事ではありません」
「ということは、本当になりたいと思ってなったにゃ?
無理やりやらされたとか、それしか仕事がなかったとかじゃないにゃ?」
「そうですよ。
おそらく神様が普通の猫から化け猫になって、そこから神様になったのと同じくらい大変なことです」
「それは大変にゃ」
ワダチのたとえに納得したようで、チャコは口をぽかんと開けて驚いた。
だがチャコが神々になったのは修行や努力ではない、違う理由で大変だったんじゃないかとワダチは思ったが、ここでそれを言ってもしょうがないのでツッコミを飲み込んだ。
「そんな意思を持ったひとがそうそう辞めたがるはずはないんです。
今は、体も心も疲れて、厄を溜め込んでしまっただけだと俺は思っています」
「そうですか」
ワダチの力説とも言える言葉にカズヘイはただうなずいた。
無表情にも近いこの顔ではカズヘイが納得したかどうかは分からない。
だが、反論しないということは一理あるだろう。そう思ったワダチは、
「今週末にイロ島神社のお祭があります。
カズヘイさんもぜひともいらしてください」
「そうにゃそうにゃ。
お主の背負ってる瘴気や厄も、お祭りでちゃんと祓ってやるからにゃ!」
チャコが乗っかるように言う。
チャコとしてはカズヘイの背中にうずく黒い瘴気が気になるのだろう。
「はい、ではまたそのときに」




