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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
第六章 お祭りと決意
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6-2 ホタルは悩み、考える

「ホタルさん、今週はお祭りの準備を手伝っていただきます」

「はい……」


「あまり重く考えなくて大丈夫ですよ。境内を掃除するだけなので」

「分かりました」


 ホタルはしっかりと返事をするが、何割かは偶像の仕事について考えているようだった。


 表情を暗くしているのは悩みだけが理由ではないようだ。

 そう感じてワダチは目を細める。

 目線の先には黒くうごめく黒いモヤが微かに見えた。


「おーい! ワダチー!」

 遠くからヒロシに呼ばれたのに気がついたワダチは、

「……神様、ちょっと行ってきますので、しばらくお願いします」

「にゃ!」


 元気に返事をしたチャコを見てから、ワダチはヒロシの元へと足を運ぶ。


「ホタルさんの仕事探しはどうだ?

 灯台で働くって話になってるか?」


 祭りの準備のことで自分を呼びつけたと思っていたワダチは、見当違いのヒロシの言葉に目を細めた。


「そんなわけあるか」

 ぶっきらぼうにそう答えてから、

「っていうか先日の件は済まなかったな」


 切り替えてそう詫びを入れる。


「いや、神様の性格を考慮してなかったのがいけない。

 っていうかそもそも島で逢瀬っていうのがよくなかったな」


「もしかして、男女で島に来るとその中が険悪になるって噂を信じてるのか?」

「ああ。今度は本州で一緒に歩く計画を練ってる」

「さいですか」


 ワダチは適当な返事を返して話を流した。


 次は後をつけて監視をするつもりもないし、チャコが尾行をしようとするならば止める。

 それほどまでヒロシが大きな目を輝かせて語る野望がどうでもよかった。


「で、ホタルさんの仕事探しはどうなってる?

 っていうか今日元気ないな」


「ホタルさんの前職の関係者が来てな――」

「なにぃ!?

 ホタルさんを連れ戻しに来たのか!

 許せん!」


 今度は大きな目を血走らせて怒りを露わにする。

 話すんじゃなかったと後悔のため息をついてからワダチは、

「落ち着いて最後まで話を聞け。とりあえずホタルさんの決心がついてないので、一度帰って頂いた」


「そうか。ならよかった」

「だが、ホタルさんはやっぱり偶像の仕事に未練があるのかもしれない」


「なにっ?

 ……ってことはイロ島を出ていくかもしれないってことか」


「そうなるな」

「どうしてだ!」


 今度の怒りの矛先がワダチに向いた。

 めんどくさいと思ったワダチは首を引いた。


「どうしてもこうしても、これを決めるのはホタルさんだ。

 俺達じゃない。

 この件は、ホタルさんから相談してこない限りは、手出し無用だ」


「あ、ああ……分かった」


 真剣に語るワダチに、少し動揺したようなヒロシは素直に返事をした。


「で、他に話はないのか?」

「ない!」


「祭りの準備は?」

「順調だ!」


「……まったく関係ない話を振ってきたのは、本当の順調だからだと思っておく」

 ワダチは呆れているのが分かるように大きなため息をつく。



 今日一日は仕事探しではなく、週末に行われるイロ島神社の準備をした。

 島に繋がる大橋を渡ったところから祭りの屋台が並ぶので、その位置確認や場所の確保。

 イロ島普段から祭りのような仲見世通りも提灯を吊るしたり、ひとの交通整理の段取り確認。

 さらに神社に並べる飾り付け。

 そして猫神の演舞が行われる灯台公園の設営で島中を回った気がする。


 その間もホタルは偶像を続けるかどうかなどを考えたりしていたが、当然結論はでない。


 こういうときは家や自室で考えないほうがいいと思い。

 ミーコの居る喫茶店『いろまる』へとやってきた。


「ホタル、祭りの準備を手伝ってたんだって?

 お疲れ様」


 ミーコが声をかけるが、ホタルはまず店内を確認する。

 以前ここでマネージャーを見ているので、今日も来ていないか店内を見渡す。


「ホタル?」

 返事がなかったのでミーコはもう一度ホタルに声をかけた。


「あ、はい。お疲れ様です」

 声に気がついてホタルは反射的にいつもの挨拶を返した。


 業界では時間を問わず初めて合うときは『おはようございます』で、顔を合わせた時などは『お疲れ様です』である。喉に染み付いた挨拶は意識してなくても出てくる。


 挨拶を返した後、再び店内を見る。今日は誰もいない。


「そろそろ閉店時間だからね。この時間からは身内専用だ」


「あ、ごめんなさい」


 最後に付け加えられた言葉が気を使ってくれたように聞こえたホタルは、反射的に謝る。

 なにか言われた時には四の五の言わずに謝って、必要な話はそれからと教えられてきた。

 これも喉に染みてしまった言葉だ。


(マネージャーが居たとしても返事ができないし。どうもしないか)


 そう思ってつけ台前の脚長の椅子に腰掛ける。

 それでも落ち着くかなくて地面につかない足をぶらぶらさせる。


「……疲れたのかい? 浮かない顔だね」


 そんな様子を見たミーコは首を傾げつつ笑みを浮かべて聞く。


「ちょっといろいろありまして」

「先日のことか?

 あたしもちょっと悪かった……」


 申し訳無さそうな苦笑いでミーコは思い当たる節について詫た。


「いえそうじゃなくて――」

「あ、違うのか。じゃあいいや」


 ミーコはケロッと表情をかえた。

 意外と自分が悪いと思っていないようだとホタルは感じた。

 同時にそんなサバサバしたミーコの性格が羨ましいと思ってうつむいた。


「聞かせな。

 お供は珈琲と紅茶どっちがいい?」


 ミーコは有無を言わせない口調で聞く。

 ホタルに与えられた選択肢は飲み物を選ぶことだけのようだ。


「珈琲、牛乳多めで」




「あいつは口下手だからなぁ。

 そういう言い方でしか背中を押せないんだよ」


 今日のことを簡単に話すとミーコはワダチをそう評価した。

 この声は怒っているというより呆れている。


「言いたいことがあるならはっきり言えっての」

 と言って珈琲茶碗を少し乱暴気味に喫茶店の売り場台に置く。


「ワダチさんは、わたしのこと嫌いなんでしょうか?」


 ホタルは出された珈琲に砂糖多めに入れる。

 そして温めるように茶碗を両手で包む。


「少なくともそれはないな」

 ミーコは即答した。


「嫌いなやつだったらそもそも、助けようともしないだろう。

 さらに言えば島に入れたりもしないはずだ。

 あいつはイロ島のこととても愛してるからな」


「じゃあわたし、どうしたら――」

「祭りが終わるまでに結論出せって言われたんだよな?」

「はい」


「じゃあ祭りが終わるギリギリまで考えてみればいいじゃないか」


 悪ガキのような笑顔でミーコは元気に言った。


「答えを急がれているのにいいのでしょうか」

「早く答えを出してほしいんじゃなくて、ずるずると考えてるのがいけないってあいつは言いたいんだろう」


 ひとは期限が決まってないとだらけてしまう生き物だと聞いたことがある。

 これはワダチなりの励ましだったのかもしれない。

 そう思うとホタルの顔も上を向くことができる。


「学校の宿題だってそうだろう?

 期限がなければいつまでたってもやらない」

「そうかもしれませんね」


 ミーコの外見と子供みたいな表現の隔たりに、ホタルは思わず笑みをこぼす。


 そんなホタルを見たミーコも笑みを返して、

「ま、あたしは期限があってもやらなかったけどな」

 とガキ大将のように威張りながら付け加えた。


「ミーコさん、急に説得力なくなること言うのやめてください」

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