6-1 偶像の事情
ホタルは着替えて顔を洗うとバタバタする音を聞いた。
「神様いい加減布団から出てください」
「いやにゃ!
先日から灯台の掃除にこき使われたから休むにゃ!」
音に加えてさらに大きな声も聞こえてきた。
(朝から元気だなぁ)
そう思いながらチャコの部屋へと向かう。
「あのくらいでなに言ってるんですか?」
「みゃ~を何歳だと思ってるにゃ!?」
「神様どころか、化け猫としても若いでしょう?
そういう言葉は俺よりも見かけが老けてから言ってください」
「人間のほうが先に老けるにゃろ!」
「いいから起きてください」
「あの、おはようございます……」
空いていた戸からホタルが顔を覗かせると布団を引っ張るワダチと、布団の中に籠城するチャコがいた。
「ああ、ホタルさん。おはようございます」
「おはようにゃ」
「神様挨拶は布団から出てから言ってください」
「朝食なんですが――」
「ごめんなさいね。神様を起こしてからでいいですか?
今日は祭りの準備で島をあるき回らないといけないので、神様をさっさと起こさないといけないんです」
「みゃ~の仕事なんてないにゃ。
ワダチひとりでどうにかなるにゃ」
「神様が主役のお祭りなのに、神様がサボってどうするんですか?
ホタルさんだって、ご自身が主役の公演は忙しく働きますよ。ねぇ?」
「あ、はい……リハにマイクチェック、モーションの確認に、ステージをバミったり、メイクにドレスチェンジに――」
「知らない言葉で言うにゃ――って誰か来たにゃ」
とチャコが言うとワダチも布団を引っ張る手を止めて耳を済ませる。
神社の表ではなく、裏口の戸を叩く音がホタルにも聞こえた。
「申し訳ないがホタルさん、ちょっと出てもらえるかな」
ワダチは再度布団を引っ張りながらホタルに告げる。
「俺に用なら、ワダチは神様のお守りをしてる。そう伝えて、待ってもらってください」
「お守りってなんにゃ!」
チャコは布団の中から文句を言う。
「こういう手間を取らせるからですよ」
「じゃ、じゃあ出てきますね」
島の関係者とはいえ待たせてはいけないと、ホタルは早足で裏口に向かった。
「こんにちは」
裏口の前に立っていたのは色眼鏡――サングラスを掛けた男性だった。
先日から島でチラチラ見ているひとにそっくりである。なので観光客だとと思ったホタルは、
「こんにちは、申し訳ないですがお参りは神社の入り口に――」
「ホタル」
案内しようとする前に、自分の名前を呼んでサングラスを取る。
「カズヘイさん」
男性はホタルのよく知る人物だった。
カズヘイは自分の仕事を管理し、助言や手伝いをしてくれる役職の人間だった。
「どうしてここに?」
ここへ来ることは誰にも言っていない。
置き手紙にも行き先は書いていない。
ここへ来たのだった気まぐれのようなもので、誰かに予想されるとは思っていなかった。
なのに彼は、
「君を連れ戻しに来た」
と、ここまで来たのだ。
「どうして、わたしもうあの仕事は……」
「ホタル、君は才能がある。
あの場所ではそれが活かせなかっただけだ。やり直そう」
「でもわたし――」
「どうしてだ?
あれだけの実力があれば、君は誰かと組まなくてもひとりで十分やっていける!
そうじゃなければ、僕がこうして連れ戻しにくることはない!」
「そんなことないです。
わたしに才能があればこんなことにはならないです」
「同じ言葉を返そう。そんなことない」
ホタルは返す言葉が思いつかず、後ずさりする。
「さぁ戻ろう。君の居場所はここじゃない」
そんなホタルの手を取ろうと腕を伸ばしたとき、
「ちょっと待つにゃ!」
偉そうな幼い声がホタルの後ろから聞こえた。
ホタルとカズヘイが声の方を向くと、そこには白黒の袴を着て、猫耳を動かし、かぎしっぽを左右に振るイロ島の猫神の姿があった。
「あなたは」
「こちらはイロ島神社の猫神チャコ様です。
俺は神社の神主」
腕を組んで偉そうに仁王立ちするチャコの隣に、ワダチがやってきて自分たちを紹介をする。
ワダチは警戒もせずいつも通り淡々とした声だった。
「今、お世話になってる方々です」
「申し遅れました。僕は彼女の管理をしているカズヘイと申します」
カズヘイは姿勢を正して自己紹介。
ホタルから見て、仕事の商談をしているときと同じ口調と姿だった。
「『管理』とはなんにゃ!」
チャコはカズヘイの言い方が気に食わなかったのか、まずは言葉について食って掛かる。
ホタルも言い方には違和感があるが、おそらく『マネージャー』が通じないと判断してそう言ったのだろうと解釈すれば、悪い気はまったくしない。
それでもいつもワダチと口論しているような声ではないチャコ――イロ島の猫神様に、自分が言っても通じるか分からない。そう思っていると、
「神様、彼女の仕事の管理をする仕事をしている方です。
ホタルさんのように忙しい方が、仕事に専念できるように補助する仕事をする方です」
ワダチが淡々とした声でホタルの思っていたことを口にしてくれた。
「みゃ~から見てワダチのような立場か」
「大体そんな感じです」
「なんにゃ、悪いヤツというわけではないのか」
誤解が解けたのか、チャコはいつもの移り気な猫の声に一度は戻る。
そして再び声を戻して、
「にゃけど、ホタルを強引に連れ戻すのはやめるにゃ!」
「いいえ、島の猫神様のおっしゃることとは言え、これは私達のことです。
神様のお手をわずらわせることではございません」
それでもマネージャーは商談中と同じ口調で神様に言う。
ホタルはそんな姿を見てどれほど本気なのかを察し、顔を固くする。
神々はホタルの居た世界には居ない存在だ。
調べればどのような力を持っているのかも分かるはず。そんな相手にも関わらず全くひるまず、声色や敬語を崩さず、一歩も引き下がることなく話をしている。
自分を連れ戻すことのほうが大切だと思っているのだ。
この状況で、もしチャコが自分を守るため神々のちからを使ったのなら、カズヘイがどうなるか分からない。それならばと思って、
「あのわたし――」
「マネージャーさんの言いたいことは分かります。
ですが、もう少し彼女に考える時間をいただけませんか?」
ワダチがホタルの言葉をわざと遮るように声を上げた。
こちらも商談をしているような口調だと感じられた。
さらに自分はふたりの前で『マネージャー』という言葉を使っていない。
先程も自分より先にマネージャーの仕事を簡単にチャコに説明するなど、とても詳しい。
「ワダチ! 知らない言葉を使うにゃ!」
チャコはそんなワダチに矛先を少し向ける。
「ホタルさんの世界で『アイドル』という仕事がどれだけ大変か、俺もよく知っています。
だからこそ、彼女は壁に当たったんです壁を避けるか、乗り越えるか、今は考える時だと俺は思うんです」
ワダチの言葉は強かった。
その断定ぶりは、ホタルがどうしてイロ島に逃げて来たのか分かっているようだった。
ひとによっては『知りもしないのに偉そうなことを言うな』と大きく返すところだろう。
だがカズヘイはワダチが『アイドル』という言葉を明確に使った時、目をピクリと動かした。
その際になにかを察したのだろうと、ホタルは固まった顔のまま感じた。
「ホタルは、どうしたい?」
当人ではない者で話をしても埒が明かない。
カズヘイはそう考えたのかホタルへ問いかける。
そうこれは自分の問題なのだ。
自分の仕事のためにカズヘイも、チャコも、ワダチもみんな本気になって言い合っている。
そんな状況なのに自分はどうしたのかが未だに分かっていない。
ワダチの言うことはほぼほぼ正しい。壁に当たったのだ。
最初は順調でほとんどの壁は努力や工夫、カズヘイの助言や支援で崩し乗り越える事ができた。
壁の種類によっては自分の得意分野ではないと避けてきたところもある。
だがこの壁は崩さないと先に進めないものだった。
人気順位で上位をとらないと乗り越えられない壁。
その壁を乗り越えるために、仲間だったはずの相手を蹴落とし、踏み台にする者も居た。
ホタルはそれをせずに壁を超えたかった。
壁を乗り越える方法を考えていくうちに心と体が痛みだした。
そして逃げた。
今もどうするべきかホタルには分からない。
カズヘイから、ワダチから目をそらし、
「まだ考えさせて」
という他なかった。
半端は回答をするとふたりに迷惑がかかるだろうし、なにより自分が後悔することになる。
誰もが損をする判断はできない。
ホタルはかろうじてそう思うことができた。
「分かった。今日はこれで引き下がろう」
カズヘイも現状のまま連れ戻すのはよくないと思ったかそう言って、
「では失礼致します」
一礼し、戸を閉めた。
「ありがとうございます」
玄関の前に誰も居ないことを確認してからホタルは、ワダチとチャコに丁寧に頭を下げた。
ふたりは自分を守ってくれたのだ。
今までだったら、自分が理不尽を押し付けられたり、本当に嫌な仕事をさせられそうになっても誰もかばってくれなかった。
カズヘイですら、申し訳ないけどやってくれと言っていた。
「いいえ、我々もホタルさんの身をしばらく預かっている以上、ちゃんとしてから送り出したいですから」
「そうにゃそうにゃ。
ホタルは仕事に疲れてここに来た。
だからちゃんと休んで元気になってから仕事をするにゃ」
頭をあげるとワダチはいつもどおりの硬い表情、チャコは偉そうな笑みを浮かべている。
「ホタルさん、まだ偶像の仕事に戻りたいと思っているところがあるんですね」
「にゃ? ホタルは偶像の仕事がイヤでここに来たんじゃないのかにゃ」
「本当にイヤだったらカズヘイさんの誘いを強く断れたはずです」
「はい、ワダチさんの言うとおりです」
嫌なことをさせられてても、前の仕事に未練がある。
カズヘイと話をして、ワダチに指摘されて、とても感じた。
「ちょっときついかもしれませんが、今週末にあるお祭りが終わるまでに結論を出しましょう」
「えっ?」
「ワダチそれじゃ早すぎるにゃ」
チャコが真剣な声でワダチにかみつく。
「そんなことないですよ。
ホタルさんは多分結論が出ていて、でもそれを選ぶのが少し怖いだけです」
「そう、でしょうか?」
「少なくとも、俺はそう感じています」
ワダチの言うことにホタルは頷けず、顔を落とす。
嫌だったのにどうしてそう言えなかったのだろうか。
悩んでる?
迷ってる?
やっぱり仕事を続けた?
だからはっきりと答えられなかった。
でも嫌だったからついていかなかった。
嫌だったからこの島に来た。
ワダチの言葉にも答えられなかった。
自分の中に確実に迷いがあった。
「ところで『あいどる』ってにゃんだったっけ?」
あまりにも空気を読まないチャコの言葉に、ワダチは後ろにひっくり返った。




