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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
イロ島巡り
22/33

5-3 才能について

「あ~、今日の漁も市場もおしまいかー。

 最近はこの時間くらいまでやってたんだがなぁ」



 市場の入口に置かれた立て看板には、今日の漁や市が終わっていることと、明日の予定がかかれていた。


「みなさん帰ってしまったんですね」


 ホタルが看板の向こうに目をやるも、空になった籠ぐらいしかなく、ひとはだれもいない。風にのって流れてくる魚の生臭い匂いが、寂しさを感じさせる。


「申し訳ない。

 なにか仕事とか紹介できたかもしれないんだが」


 ヒロシは渋い顔をしながら頭を掻き、ホタルに詫びる。


「いいえ、また今度ワダチさんたちと一緒に来ますね」

「いやいや、そのときは俺が行くから」


 右手を強く握りヒロシは強気に言う。


「でもヒロシさんもお仕事がありますし、お手をわずらわせるのは悪いです」

「そんなことはいさ!

 ホタルさんに仕事を紹介するのも、仕事のうちさ」

「……こっちにはなにがあるんですか?」


 ホタルは市場の建物の右の方が気になった。

 積み重なった岩に阻まれており、それが海沿いにずらりと建っている。


 その向こうから波の音が聞こえている。


「防波堤の上に登れるくらいかな。

 あとはイロ島の地元民が釣りを楽しんだりする場所で、観光客もあまり行かないところだな」


「行ってみてもいいですか?」


 ホタルはなんとなくその波の音が気になっていた。


「あ、ああ」




 階段で登れるようになっていた防波堤は、展望台のようになっていた。

 地面は平らに舗装され、周囲は海に落ちないよう柵で覆われている。

 海側には波を打ち消すようにデコボコした岩が並べられており、海の災害に対して対策がなされている。


 柵の間から釣り竿を出して、釣りを楽しむひとたちがチラホラと見え、遠くには蓄音機を持ち出して音楽を聞きながらゆったりと釣りをしているひともいる。


「ここからも橋向の街がよく見えますね……」


 手すりをつかんで、身を乗り出すようにホタルは海沿いに並ぶ町あかりを眺める。


 橋向の街は飲食店や娯楽施設が多いのか、とても明るい光が海岸線に沿って並ぶ。

 海にその光が反射し、波がぼかす。揺らめく光が賑やかな街を盛り上げているようにホタルには見えた。


 その光景は舞台から自分を照らす、たくさんの光を思い出させる。


「ヒロシさんあの向こうは……どうしました?」


 質問をして振り返るとヒロシがぼーっとしているのが見えた。

 口はぱっくり空いており、大きな目には橋向の街の明かりを背にする自分が写っている。


「あ、いや……。

 ホタルさんは絵になるなぁって思って」


 瞬きをしたところでハッと気がついたのか、ヒロシは途端に変なことを言ったので、ホタルは首を傾げ、

「そうですか?」


「なんていうかイロ島が似合う」




「ヒロシはひとを褒めるのが下手くそだな」


 防波堤の階段に隠れてチャコは、ヒロシの言葉にそうつぶやく。


「俺もそう思いますよ」


 ワダチは先日の灯台での会話を思い出す。

 本人はとても詩的に語ってるつもりだろうが、ワダチにはあまりにも不格好な言葉選びにも見えた。


 本人が必死なのがなおさらだ。


「にゃけろ、ホタルが島に似合う女だというのは同意だにゃ。

 猫か化け猫だったら、猫神の後継者に育ててもよかったと思えるにゃ」


「神様、引退のことを考えるのは早すぎかと」


「そんなことないにゃ~。

 みゃ~はよく働いたにゃ。

 にゃから余生を過ごすのもいいかもって思ってるんだにゃ~」


 わざとらしく、ワダチの顔を伺いながらチャコはヨボヨボの人間の年寄りみたいな口調で言う。


「そしたら俺は新しい神様に仕えるので、ご飯はもうご用意できませんね」

「それは困るにゃ!」


 チャコは目を見開いてワダチに懇願するように言った。


 また野良猫から餌を恵んでもらうのが嫌なのだろう思い、ワダチは目を細め、

「だったらちゃんと神様続けてください」

 冷たい声で言い放った。


「しょうがないなにゃ~。

 ワダチがそういうなら、みゃ~は猫神を続けてやるにゃ」


 チャコは口角をあげてご機嫌に歌うような口調でワダチに言ってみる。


「……なにか言うにゃ」


 だがワダチは冷たい目をチャコに向けただけだった。




「やっぱりホタルさんは島に引き寄せられたんだ。

 来るべくしてきたって感じがする」


「だから、その、島のこともっと知ってほしい。

 別に偶像の仕事をしてなくても、ホタルさんはホタルさんでいれるのがこの島だって思う。

 もし住む気になったら、ワダチたちだけじゃなくて、俺もいろいろ手伝うから」


「覚えておきますね」


 自分には価値がある。

 ヒロシが必死にそう言ってくれてるのが、ホタルは嬉しかった。


 ホタルは精一杯の笑みでひろしに答えた。

 ヒロシも嬉しそうに頷き、抑えきれなかったように笑みをこぼす。


「わたし、最初は島に来て迷惑だったかなって思ってたんです。

 見えないけど悪い空気とか取り憑いちゃってて、それが誰かに広まるって聞いたらなおさらでした」


「ホタルさん、それは考え過ぎ」


 そんなことはないと首を振るヒロシに、ホタルはこの海風のように笑って、

「ヒロシさんの言うとおりでした。

 悪い空気や悪い考えが溜まりすぎちゃって、こんな風になってたんですね。

 だから島でお世話になるようになって、イロイロなひとと話をして、島のこういう風景を見ていて、とっても楽になったんです。

 これが歓迎されてないで、出て行けって思われてたら、こんな気持にはなれなかったですね」




「イロ島に歓迎されてるみたい?

 みゃ~がホタルのことを認めてるから当然にゃ」


「さ、神様そろそろ帰りますよ」


 胸を張りながら偉そうにするチャコの言うことを無視して、ワダチは背を向けて言う。


「まだホタルたちの逢瀬が終わってないにゃ」

「これ以上はいいでしょう。

 夕飯の準備もお風呂の準備もしないといけないんですから」


「ワダチひとりで帰ってやっててほしいにゃ」

「神様ひとりだとなにをするか分からないから、俺がいるんでしょうが」


「なんにゃそれ!」

「あまり騒ぐと見つかりますよ」


 ワダチにそう言われてチャコは顔をしかめながらも、小声で、

「にゃけろ、このあとふたりはどこに行くにゃ?」


「多分『いろまる』です」

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