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イロ島の猫神様  作者: 雨竜三斗
お土産屋さんの座敷わらしと、お茶屋さんの白狼天狗
14/33

3-3 似合う似合わないの話

 鍵飾りはかなりの速度で売れていた。店先に出してたものがなくなりつつある。


「ワダチちゃん、チャコちゃん鍵飾りが奥にあるんだけど、補充したいから持ってくるの手伝ってくれない?」


「ああ。じゃあ神様、ホタルさん、しばらく店番お願いしますね」


「分かりましたー」

「にゃあ~!?」


 売り場の裏には箱の山があった。

 全て商品名が見える向きで並んでおり、商品名が別の世界の言葉で書かれたものには張り紙がされてある。


 その中に『チャコちゃん人形』と書かれた箱を見つける。


「ところで衣装替えで店番なんてことを思いついたんだ?」


「んっとね、最近観光客さんがお店に入ってくれないんだよね~」


 コノミは口元に指をやり、考えるような仕草で話を続ける。


「それで足を止めてくれたひとに話しを聞いたりしたら、どうも別の世界ではあまり景気が良くないみたいなの」

「だろうな……」


 ワダチには思い当たるフシがあった。

 ホタルのように厄まみれで島に来るようなひとは、ひとりやふたりではなく、何人も見ている。


 自分がイロ島に住むようになってからも、未だに世の中があまり良くない傾向にあるのだろうとワダチは目を細めながら思う。


「だから、せめて足を止めて買い物を楽しんでもらえるたり、嫌なことを忘れてもらえるように、ちょ~っと奇抜でも思い切ったことをしてみようかな~って」


 コノミは接客中よりも明るく振る舞うような笑顔で言った。


「奇抜だという自覚はあるのか」

「もちのロンだよ~。

 案を思いついてからすぐに別の世界の友達と連絡を取って、衣装を取り寄せたんだ~」


(このみのようなやつでも、別の世界ではあまりよくないことが起こってることは察知してるんだな……)


 コノミはノーテンキに見えて様々なことを考えていたり、経営や仕事などがしっかりしていたりする。

 在庫の管理状況もしっかりしていて、他の世界の情勢などもしっかり調べる。

 それを感じながらワダチは無愛想な顔を作りそのにこやかな笑顔を見つめた。それから気になったことを聞いてみる。


「ところで、このみは着ないのか? メイド服」


「わたしは……猫耳がないから。

 それに眼鏡だし、太ってるし絶対似合わないって」


「なくてもいいだろ。

 世間は猫耳がない妖怪や人間の方が多いぞ。

 この服ができた元の世界だって、人間しか居ない世界だ。

 というかそもそも体型も眼鏡もこういうのは関係ないだろう?」


「そうじゃなくて、わたしはチャコちゃんやホタルちゃんみたいにかわいくないから……」


 コノミはそう言って身を縮こませる。


 自信がないのだろう。


 普段仕事のことだとハキハキとものを言うし、観光客への対応もとても明るい。

 だがこうしてコノミ自信のことを聞くととたんに答える声は弱くなる。


「着てみないと分からないだろう? 見せてみろ」


 ワダチはばっさりと言う。


「……ワダチちゃんがそう言うなら」


「いきなり人前に出るのが自信なかったら、まずは俺が見てやる。

 似合ってなかったらちゃんと言うから、安心しろ」

「分かった……」



「ワダチちゃんワダチちゃん」


 しばらくすると店の裏からコノミの小さな声が聞こえてくる。

 ひょっこりと顔をだすこともなく、手だけ見えることもない。


「神様、ホタルさん、ちょっと裏に行ってくるのでお願いします」


「はい~」

「またかにゃあ~」


 ホタルのハキハキした返事とチャコの悲鳴を背に裏に戻る。


 するとチャコとホタルと同じ衣装を着たコノミが、モジモジしながら部屋の隅に立っていた。

 光のの反射でメガネの向こうの瞳が見えないので表情もよく分からない。


「どうかな」


 コノミの小さいながらもメリハリのある体型が服の上からでも分かった。

 前掛けが広く感じられ、スカートも浮くように見える。


 体型が違うからか、チャコやホタルが着たのとは違う印象を受ける。


 だがワダチはそんなコノミの様子を見て、

「なんでそんな隅にいるんだ」


「えっと、座敷わらしだから部屋の隅のほうが落ち着くからー?」


「そんなの聞いたことないぞ」

「こ、コノミだけかな、あはは」


 コノミは乾いた声で笑うが、だんだんとその声が消えそうになっていく。


「似合うと思うぞ。

 少なくとも俺はいいと感じているし、部屋の隅っこに突っ立ってるよりは店先に出てたほうがいいんじゃないかと思う」


 そこにワダチが他意のない素直な声で感想を伝えた。


「あ、ありがと~」


 コノミは少しだけ顔を上げてワダチに礼を言う。


「どうした疲れたのか? 顔が赤いぞ」

「な、なんでもないよー。あははー」


 コノミが笑ってごまかすと、少しの間ができる。


「……あのね、ワダチちゃんは背広着るの嫌だった?」


「あ~、あまりいい思い出がないだけだ。

 ずっと着てたから神官の袴はまだなれなくてな……。

 実はこっちのほうがしっくりくる。それに――」


「それに?」


「これは背広という気がしないな」


「そっか、よかった。わたし、背広着てるワダチちゃんのこと、かっこいいって思ったから」


「ありがとな」


 礼を言うと、コノミはにっこりと牛酪まぶした甘い落花生の実のように笑った。


「ワダチぃ~、このみぃ~、手伝うにゃ~」


 表からチャコのヘトヘトの悲鳴が聞こえる。

 店がそこまで混んでいるわけではないと思うが、馴れないことをしてチャコが疲れているのだろう。


「だそうだ、コノミもそのままの衣装で働いてみたらどうだ?」

「えっ、ちょっと恥ずかしいかもー」

「かわいい召使服が三人も居たら迫力あるぞ」


 ワダチは何気なく言ったつもりだったが『かわいい』という言葉にコノミはピクリと体を動かした。


「それなら、がんばってみるよ」


 コノミは顔をしっかりと上げてはっきりとした声で答えた。


「だから先行ってて。もうちょっと直して万全の体制で出たいから」



 ホタルは商品を並べ直しながら、店先で話をしている背広姿のワダチの後ろ姿を見ていた。


(ワダチさん似合うぁ……)


 黒い背広からは頼りたいという雰囲気が感じられる。

 さらにワダチは料理ができて、洗濯や神社の仕事なども一手にこなしていた。


 だがワダチの性格上、頼られても素直に応じてはくれないだろう。

 それでもなんだかんだ言ってどうにかしてくれる。

 そんな展開になったら、自分はときめいていしまうかもしれない。


「店員さん」

「あ、ごめんなさい」


 男性に声をかけられ、妄想の世界から戻ってくる。

 するとホタルはまたもハッとして、

(この声何処かで聞いたことあるような)

 と考え出す。一体どこだろうかはすぐに思い出せずにいた。


「これください」

「あ、はい! 六百円ですね」


(それにサングラス、芸能人。お仕事で一緒になったことあるかな)


(だどしたら詮索はやめよう。わたしみたいにバレると困ると思うし)

 そう思いながら頭を下げ、男性を見送った。


「おまたせー」


 ホタルの後ろからコノミのおまんじゅうのような声が聞こえてきた。


 振り向くと、

「コノミさんその格好」

 自分と同じ格好で現れたコノミを見てホタルは声を上げた。


「ほら~恥ずかしいにゃろ~」


 モジモジしているコノミに、ここぞとばかりにチャコはいやらしい目で聞く。


「じゃなくて、ホタルちゃんと並ぶとちょっときついかな」


 コノミはそう言って目をそらす。


「きついってどんなふうに? 大きさが合わないとかにゃ?」

「そうそう」


 ワダチの予想にコノミは何度も頷く。


「いやどう見たって合ってるにゃ……」


 チャコは細い目でコノミを見ている。


「コノミさんもとても愛らしいと思いますよ」


 ホタルはお嬢様の担当した召使のように優しい笑顔でコノミを褒めた。


 元偶像の自分の隣に居ると比較できてしまう。

 だからきついのだと思っているはずだ。だがそんなことはない。

 それを伝えたかった。


 自信なさげな顔で斜めを見ていたコノミは、ホタルの声に顔をゆっくりと丸い上げた。

 ホタルの優しい笑顔を見て、口と目を丸くし、お世辞ではない言葉だと感じたのか驚いたような顔になった。


 そこから褒められたことが恥ずかしくなったのか顔を赤くしつつも、口角をあげて溢れ出すように笑った。


「えへへ、別の世界の偶像さんにそう言ってもらえるのはうれしいな」


 コノミは恥ずかしくも嬉しい気持ちが勝った笑顔を見せた。

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