3-5 麦酒と天狗
「今日はありがとー。いつも以上に繁盛してたよ!」
格好も店番をしていたときと同じメイド服のままのコノミは、店のよろい戸を締めながらご機嫌に笑う。
「だけどもう手伝わないにゃ」
いつもの白黒の巫女服に着替え終わったチャコは、腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。
「ひとが必要になったらいつでも言ってくれ」
「うん!」
ワダチの言葉にコノミはとても元気な声で返事をした。
「手伝わないしあの衣装はもう着ないにゃ!」
「似合ってたのになー」
コノミは残念そうな言葉に対して、かなり満足したような口ぶりだった。
「ホタルちゃん、どうだった?」
「コノミさんの商売のやり方は面白いと思いましたよ。
わたしだったら、こんな衣装を着てお土産屋さんの前に立つなんて想像もしませんでした」
「えへへーありがとー。
ホタルちゃんも似合っててきれいだったから、やっぱりこういう仕事が似合うのかもしれないよ」
「衣装を着る仕事ですか?」
「それもそうだけど、人前に立つ仕事が上手だったなー。
人間ちゃんだと、一つ目小僧とかろくろ首とか前にするとびっくりするけど、妖怪が歩いててもコノミが座敷わらしでも驚かないじゃん?」
「世の中いろんなひとが居るって知ってますから。
お隣には神様がいらっしゃいますし」
チャコはそれを聞いて偉そうに胸を張った。
ワダチはチャコに対しなにも言わず、細い目で冷たい目線を送る。
「だからさ、ホタルちゃんはいい仕事ができると思うよ。
そのうえでコノミのお店手伝ってくれるなら、いつでも言ってね」
「はい、ありがとうございます」
ホタルは姿勢を正し丁寧なお辞儀をした。コノミもそれを見て、他人の幸せを喜ぶような笑顔で笑い、礼を返す。
「さて、行きましょうか」
ワダチは少し待ちわびたような声で、声をかけた。
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ワダチはまっすぐ神社に向かわず、途中の分かれ道を西の方へ足を向けた。
石畳で作られた坂道があり、先には明かりも人通りも少ない。
「夜もお仕事があるんですか?」
このまま帰るものだと思ってたホタルはワダチに声をかける。
「違いますよ」
「ワダチのやつは、金曜の夜は毎晩飲むのにゃ」
「お酒ですか?」
「ええ。そうです」
ワダチは今晩の楽しみと言った笑みを見せた。
対しチャコはため息をついて、
「ホタルも酔わされないように気をつけるにゃ。
こいつも店の店長も酒飲みだにゃ」
と呆れた口調で言った。
両手を上げてチャコも手がつけられないと言いたげな格好。
「神様、俺はお酒好きです。酒飲みとは違います」
「一緒だにゃ。あんな苦い飲み物どこがいいのか」
「あの、わたしお酒は――」
「いいですよ。
店には珈琲とか紅茶みたいに馴染みのある飲み物もあるので、そっちを楽しんでください」
ホタルはほっと一息ついた。
「油断するにゃよ~。
ホタルを酔わせて持ち帰ろうなんて考えてるかもしれないにゃ」
「あの時、またたび酒で酔っ払った神様を放置して帰ればよかったかもしれないですねぇ」
「ひどいにゃ!」
ホタルたちがやってきたのは木造の平屋の店だった。
ガラスの戸から橙色の明かりが漏れている。
「『いろまる』……どういうお店なんですか?」
入り口の横には朱色の旗が立っておりそこに、ひらがなで名前がかかれていた。
「いわゆる喫茶店です。
なので先程も伝えましたとおり紅茶も珈琲もありますが、別の世界で仕入れたお酒もおいてくれてます」
「店長の趣味にゃ」
チャコはそう言いながらワダチの後ろに隠れ、そこから扉を警戒するように見ている。
「神様?」
「ここにはみゃ~が警戒しないといけない相手がいるにゃ」
ホタルの疑問符にそう答えるが、ワダチは気にせずに入り口の戸を開けた。
「いらっしゃい~」
洋風の給仕の格好をした背の高い女性が挨拶をしてくれた。
足元を見ると高足の下駄を履いており、ワダチよりも背が高く見える。
店内は温かい色の灯りで包まれており、卓や椅子も洋風の模様や形。
和の印象が強いこの世界では珍しい建物だとホタルは感じる。
「ようミーコ」
ワダチが声をかけたのはワダチよりも背の高い女性だった。
スラリと整った体型と顔つき、キリッとしたつり目、黒髪から出ている犬のような耳、背中にはトビの羽根が折りたたまれている。
さらに後ろにはふさふさの尻尾。
木の葉天狗、白狼天狗とも呼ばれる妖怪だ。
「チャコちゃんは!?」
女性は挨拶を無視して、ワダチの後ろに隠れる女の子の名前を呼ぶ。
「えっと、こちらに」
ホタルはチャコの居る方を見る。チャコはビクッとして、
「にゃ!? なんで言うのにゃホ――」
「チャコちゃああああああああああああああああああああん」
「にゃあああああああああああああああああああああああああ」
早かった。
ふわりとホタルの黒髪が揺れたと思ったら、その動きを目で負えないほどの速さでミーコはチャコに抱きついていた。
「ああもう、待ってたよ。今日もかわいいよぉ~」
ミーコは頬スリをしたり、体や頭をなでたりと全身でチャコを愛でる。
「やめるにゃ! みゃ~は神だぞ、この島の神だにゃ!」
ワダチはいつもの光景だといいたげな無表情で見ていたが、
「あの、止めなくていいんですか?」
ホタルはちょっと心配になり状況を唯一抑えられそうなワダチに声をかけた。
「いいです」
「ワダチ助けるにゃ! ホタルも――にゃあ、くすぐったい!」
「おい、ミーコそれくらいにしてやれ」
チャコが涙目になったとことで、ワダチはようやく声をかけた。
ミーコの手が止まりホタルもほっとする。
「なんだワダチ、今週も来たのか」
ミーコはまるで別人のように顔と声を変えてこちらを見る。
先程の文字通りの猫撫で声と違い、低くて強さを感じるような声だ。
口調も言い捨てるようにいい、まるでチャコ以外の来客には興味がない感じを覚え、ホタルは顔を固くする。
「ああ。今日はひとり多いがな」
一方でワダチはこれもいつも通りだと思っているようで、変わらぬ声で答える。
「こ、こんばんは」
それでも挨拶はちゃんとするべきだし、もしかしたらこれからお世話になるかもしれないと思い、営業のときにしていた笑顔を作る。
どんなに苦手な相手が出てきても、動じず他のひとと同じように接するべき。
それがホタルの持っている処世術のひとつだ。
「見慣れない顔だね。ま、座りなよ」
ミーコは気さくな声で答え、席に座るように促した。
チャコがワダチの後ろに隠れたところで、
「生麦酒をくれ、神様にはいつもどおり甘い飲み物を、ホタルさんは?」
「わたしは……紅茶を牛乳と砂糖入りで。あります?」
「あいよ」
#
注文を受けて返事をしたものの、ミーコは奥に行かずにホタルの座った席の前にやってきた。
ホタルが反応得する前に、
「あたしはミーコ。見ての通り給仕の仕事してるけど白狼天狗さ。よろしく」
そう名乗るミーコはホタルの前の席に座る。
足高の下駄を履いていたので身長が高く見えたと思ったが、こうして目の前に座られると下駄を抜きにして自分よりも身長が高いことが分かる。
前で組んだ手は細く、指も長い。
馬の尻尾のように後ろ頭にまとめた黒髪もとてもつややかで、自分よりも偶像の仕事に向いているような気がして、ホタルは少し身を縮こませる。
「わたしはホタルです。前は別の世界でアイドル――偶像の仕事をしてました」
ホタルも簡単に自己紹介をする。
「へぇ~、偶像の仕事ねぇ~」
ミーコは茶色い目を少し明るくしてホタルの顔を覗く。
「珍しいですよね」
その眼差しを見て寂しげにホタルはつぶやく。
この世界では偶像に当たる仕事は少数派なのだろうと、ホタルは再度実感する。
「いいや、世の中いろんな仕事があるもんだ」
口角を上げて面白そうな物を見つけたような顔になって、ミーコはホタルの感じたことを肯定的に捉える。
ホタルはそんなミーコを見て口を丸くした。
以前であればこの仕事は色眼鏡で見られていた。
仕事の内容に詳しくないひとからは、楽をしてお金を稼いでいる、遊び回っていると言われたこともある。
だがミーコも、今日出会ったコノミも、アヤアも偶像の仕事をある程度知っててもそんな言い方をしなかった。
ワダチは大変な仕事だということも知っているようである。
誰も妬みの目や馬鹿にするような目で見てこない。
それに気がついたホタルは驚きを隠すことはできなかった。
「あたしみたいに天狗のくせにこんなところで仕事してるやつもいるし、別の世界が嫌でここに住み着いたやつもいる。
この島にはいろいろなやつがいるのさ」
「そうですね」
子供っぽい猫神、何事にも動じなさそうな神主、お茶屋をやってる雪女、衣装が大好きな女の子、そして目の前で自分と話をする給仕の天狗。
イロ島に来てたった数日なのに、いろいろな出会いがあった。
元いた世界では、似たような顔、似たような格好、似たような仕事を強要されてきた。
それだけにいろいろなものがあるこの島はホタルにとってとても新鮮だと感じている。
「面白い話があったら聞かせてくれよ」
机から身を乗り出しミーコは好奇心を隠さない顔で言う。
「お仕事の話は現実的だったり、物語としては面白みに欠けるかもしれませんよ」
自分からすればこの島の方がよっぽど面白そうだと感じるし、逆にミーコの話をホタルは聞いてみたい。
なのでつまらなそうにホタルは前置きをする。
「いいよぉ~。
人間も妖怪も、別の世界や知らない場所の話を聞くのはみんな好きなのさ。
特にあたしみたいな変わり者はな」
「神様?」
チャコは楽しげに話すミーコを警戒する眼差しで見ていた。
「ミーコの興味がホタルに行ってるにゃ」
「あいつ見た目と言動によらずかわいいもの好きだからな」
すると自分の名前が話題に上がってるのが聞こえたのか、天狗の俊敏さでチャコの背後に周り猫耳をなで始める。
「お~、チャコちゃん今日もかわいいよ~よちよち」
「やめるにゃ! ホタルにもっとかまってやれにゃ!」
ホタルはというと、その様子をポカーンとした表情で見ていた。
「チャコちゃんを愛でながらホタルと話をするのしゃ~」
と言いながらチャコを椅子ごとホタルの隣へ動かそうとする。
「おいミーコ、麦酒がまだ来てないぞ」
仕事そっちのけで自分のしたいことばかりしているミーコに、ワダチはにらみながら文句を言う。
「自分で取ってくれば?」
「仕事しろ店員」
(ミーコさん、お仕事中のはずなのにこんなにはしゃいでる。怒られないんだ)
店内にはミーコだけが居るようだった。
彼女は店主というわけではなさそうだが、店主――雇い主はミーコを注意しないのだろうか。
そう思っていると入り口の鈴が鳴る。
「お、来てたのかいらっしゃい」
「じゃっく~助けるにゃ~」
「神様のことは放っておいていいんで、麦酒もってきてくれるとありがたい」
「はいはい、少々お待ちを~」
ジャックと呼ばれた背広の男性は、ワダチにそう言われると奥に入っていく。
店の関係者だと思うのだが、ミーコの行動については無視していた。
「あの方は?」
「ここの店長のジャックですよ」
「ミーコさんのこと注意しないんですか?」
「ああ、店長と従業員の立場だが、力関係は逆転してるし、別にミーコも仕事をまったくしないわけじゃないしな。
店長がいいと言ってるからいいんだろう」
「はぁ……」
納得ができないホタルは曖昧な相槌をうつ。
「いいのいいの。この時間はあんたたちしか来ないから。
ホタルもあまり硬くならないでさ。のんびり過ごしてよ」
「いいんでしょうか?」
「ホタルさんは力が入りっぱなしの仕事をしてたようなので、意識的に肩の力を抜くことも大切だと思いますよ」
「そうそう、偶像なんて見られっぱなしの仕事でしょ」
#
「ほ~、偶像――ってことはアイドルか。
僕はこのお店の店長のジャック。以後お見知りおきを」
そう言ってジャックは、ワダチの前に泡立つ黄色い飲み物――匂いからしてお酒――を置き、ホタルの前には洋風の茶碗と牛乳の入った小さな水差しを出す。
「ジャックさん、珍しい名前ですね」
この世界では聞かない語感にホタルはそう感じた。
漢字にするとどういう文字になるのか想像もできない。
「他の世界に惚れ込んでそこの飲み物とかで商売する変わり者で、ジャックっていうのもその世界の名前を勝手に名乗ってるだけですよ。
ちなみにそこの世界では、タローとかみたいなありふれた名前です」
「おいおい、ワダチくん~。
僕のかっこよさが薄れてしまうじゃないか~」
ジャックはカッコ付けがすぐにバレてしまい、頭をかきながら苦笑いをする。
「わたしはホタルと申します。
ご縁があって、神社のお世話になっています」
「アイドルのホタルちゃん? 雑誌とか見たことあるよ~」
「本当ですか……」
偶像の仕事を続けていたのならば自分の仕事を知ってくれていることを喜び、例を言うべきところだ。
だが今は仕事から逃げてきてしまっている身。そう思うと喜んでいいのか分からず、恥ずかしいようなむず痒い気持ちになり、うつむく。
「あの、私がここにいることは内密に」
「はいはい、お客さんの個人情報は勝手にしゃべらない」
「どうだか~、ジャック店長は口が軽いから」
「な~、ミーコちゃん信じてないな~」
ミーコの呆れたような声に、ジャックは苦笑いのまま返す。
「みゃ~も信じてないにゃ。ジャックは酒飲みで、酔うと客より喋るからな」
「猫神様までひどいよ~」
「日頃の行いだな」
「ワダチくん助けてよ!」
「くすくす……あ、ごめんなさい」
店内の軽口の応酬が微笑ましくなったホタルは思わず笑みをこぼすが
「うん、いい顔で笑うようになったにゃ」
「えっ?そうですか?」
「営業用の笑顔とは違っててかわいいぞ」
「はい……」




