王都までの道のり1
王都までの道のりを数話投稿します。
ハーニカの街を出発した.早朝のであることもあり,陽気は麗らかで旅をするにはとても心地よい.
馬車は道の凹凸に引っかかり,不規則な音を立てて俺たちを揺さぶる.心地良い陽気とは裏腹に馬車の乗り心地は最悪だった.
「気持ち悪いな……」
「すみません.ご主人様」
馬車の揺れで酔ってしまった俺は,不平を漏らす.それを聞いたローリアが謝ってきた.
馬車は上等なものではないが,御者と俺とアーレの乗っている車両は繋がっており,御者をしているローリアとも会話ができる.
「ローリアのせいじゃないよ」
馬車が揺れるのはローリアのせいではない.道は荒れており,俺がいた元の世界の道と比べると,雲泥の差がある.ローリアの腕前はどちらかというと上手いほうだろう.
「我慢するしかありません.馬車はこういうものです」
相変わらず全身を隠したアーレが答える.
分かってはいたが,ここまで揺れるとは思っていなかった.ワクワクして出た旅の最初が酔いでは滅入ってしまう.
「そうだ!【フロート】」
風魔法を発動する.馬車が数センチ浮いて揺れなくなった.さっきまで随分と揺れていたので,少し違和感があるぐらいだ.
ファンタジーのラノベではどうにかして旅の問題を解決するのがテンプレだ.今回の場合,生産系のチートを持つ主人公は馬車を改良するし,魔法使いやチートスキルを持つ主人公なら馬車に何らかの魔法を付加して解決する.俺は後者を選んだのだ.
「ユイトさん.何をしたのですか?」
アーレは俺が突然魔法を使ったのと,馬車から揺れが無くなったことに驚いている.ローリアもこちらをじっと見ているから,気にしているのだろう.
「魔法で馬車を少し浮かせたんだよ.そうすれば,馬車は揺れないからね」
「魔法?」
「流石,ご主人様です」
アーレは不思議そうだが,ローリアはすでに納得している様子だ.ローリアには様々な魔法を見せたから,もう気にしなくなってしまったのだろう.
「そんな魔法聞いたことがありません.オリジナルですか?」
アーレは正確には優秀な魔法陣使いだが,魔法使いのふりをしている.彼女が聞いたことがない魔法は一般的ではない魔法なのだろう.
「まあ,そうかな」
魔法はイメージだ.俺はイメージすれば魔法を発動できる.オリジナルなのは間違いではない.
その後,馬車が浮いているので,車輪が動いていないことに気づいて【ローリング】で回すと,アーレは固まってしまった.また驚かせてしまったようだ.
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「もうすぐお昼だけど,ローリアとアーレは料理出来る?」
日も高くなってもうすぐお昼頃だろう.馬車を引く馬を休憩させるためにも昼食にしたい.なら,仲間の料理の腕を確認する必要があるだろう.
「私は今まで皮むきなど雑用や下処理はしたことありますが,本格的な料理はしたことないです」
ローリアは料理の経験なし.皮むきや皿洗いならやってくれそうだ.
「私は冒険者として活動していた期間が長いので,簡単な料理ならできます」
アーレは簡単な料理なら出来るか.
「じゃあ,俺が料理して2人には手伝いしてもらうか」
俺は前世では管理栄養士の母から料理を教わっている.スキル【料理】もレベルが7もあるから大丈夫だろう.
俺の母は身体の弱い俺のために管理栄養士の資格を取ってくれた.料理が得意な母は外で遊べない俺に料理を教えてくれたのだ.
「ユイトさんは料理出来るのですか?」
「俺も少しね.じゃあローリア,近くの空いているところに止めてくれ」
「はい!」
アーレに短く答えて,ローリアに馬車を止めるように頼んだ.
俺は常に【マップ】と【アナライズ】を使って周囲を見張っている.範囲は大体半径1キロくらい.魔物や盗賊に襲われないためだ.だから,すぐ近くに拓けた場所があるのがわかる.
周囲が見渡せる気持ちの良い草原に馬車を止めた.俺たちは馬車から降りて食事の用意を始めた.
俺は道具袋と空間魔法から机やコンロの魔法道具や調理器具を取り出した.そして,食材を確認した.肉は魔物の肉があるし,野菜はほとんどある.醤油や味噌はないが調味料もなかなか揃っている.牛乳やバターやチーズなどの乳製品もある.
(これだけあるなら無難にシチューかな?)
「アーレとローリアは材料の皮むきをお願い.終わったら一口大に切ってね」
2人に仕事を割り振って,鍋をコンロにかけて調理を開始した.
「美味しいです!ご主人様!」
「……美味しいですね.料理の修行でもしたのですか?」
俺の作ったシチューは好評だった.ローリアは笑顔で感想を言い,アーレには驚かれた.
普段は無表情なローリアは食事の時が一番笑う気がする.アーレは後ろを向いて食べている.顔を見せないためだ.
俺もシチューを一口食べる.材料の旨味が溶け込んでおりコクがあって,塩加減も丁度良い.味付けがちょうどいいのはきっとスキルのお陰だろう.なんとなく適量がわかったのだ.きっとブラック・ボアの肉を使ったのも良かっただろう.
俺たちはシチューをあっという間に食べてしまった.気に入ってもらえたようで良かった.
「じゃあ,片付けようか.ローリア,桶に水をお願い」
俺は魔法袋から大きめの桶を取り出した.ローリアに魔法を使わせるのは練習のためだ.
「はいわかりました.【ウォーター】!」
ローリアの右の掌から水が溢れて,大きめの桶に水が溜まった.俺が教えた水魔法だ.
「あなた達って本当に何者なのですか?」
アーレは茫然とローリアを見ている.魔法使いは珍しいのでこの反応も仕方ない.
「私はご主人様の奴隷ですから」
「………」
ローリアの答えは答えとしては間違っている気がする.現に,アーレは首を傾げている.
「そういうことで」
俺もローリアに便乗することにした.アーレから睨まれている気がするが気にしない.
「じゃあ,洗い物をして行こうか」
アーレに睨まれつつ,俺はそういった.まだお昼だし,王都まで少し進もう.
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「そろそろ野営にしようか」
俺は日も暮れてきたのでそう提案した.近くに野営に向いた場所があるのでちょうどいい.
「馬車を止めますね」
ローリアが俺に答えて馬車を止めた.馬車から降りて俺は空間魔法でテントを取り出した.以前組み立ててそのまま仕舞っていたものだ.
「あの……私は別のテントでもいいでしょうか?」
アーレがそう言ってきた.アーレはエルフだ.エルフは他人に肌を見せない.彼女にとっては他人と同じテントは辛いだろう.
「ああ,もちろんいいぞ.もう1つ出そう」
「ありがとうございます」
俺はもう1つテントを出した.こちらのテントは組み立てていないので,3人で組み立てた.アーレはテキパキと組み立てており,経験の差を感じた.流石冒険者歴が長いだけのことはある.
「じゃあ,俺は食事を作るから,2人は焚火の枯れ木を探してきて」
テントも組み立て終わったし食事を作ろう.俺はスープとステーキを作り始める.今夜はこの2品とパンでいいだろう.2人は枯れ木を探しに茂みに入っていった.もちろん,周りの安全は確認済みなので2人は安全だ.
「じゃあローリア,火をお願い」
「はい.【ファイア】!」
2人がいっぱい枝を抱えて帰ってきたので,食事の前に焚火を付ける.ローリアの右の掌から小さな種火が現れて,枝に燃え移った.
焚火もついたので,食事にする.俺のスープとトンテキ風に焼いたステーキは好評だった.特にステーキは美味しかったようで,ローリアもご機嫌で食べていた.彼女の笑顔が見られて俺も嬉しい.
「ローリアおいで,アーレも近くに来てくれるかな?」
俺はローリアとアーレを呼んだ.アーレは何の抵抗もなく近くに来て,アーレは少し戸惑ったようにこちらに来た.
「【クリーン】,【コンディショナー】」
俺が2人を呼んだのはこの魔法をかけるためだ.まとめて発動したほうが俺にとって楽なのだ.3人を光が包んで綺麗になり,髪がさらさら揺れる.アーレはフードを被っているが,チラリと髪が見えたのでちゃんと発動しているだろう.
「………」
アーレの目が細くなっている.所謂ジト目というやつだ.
「アーレ?」
よく分からず俺はその視線の真意を尋ねた.
「はあ,もういいです.私は疲れたのでお先に寝ます」
そういって,アーレは自分のテントに入っていった.どうやら俺たちが平然と魔法を使うことを,考えるのが疲れてしまったようだ.
俺は2つのテントに【トラップ】の魔法をかけて就寝した.
翌日,目が覚めたアーレが【トラップ】にかかった魔物を見て驚いていた.




