第四章「天使創造計画」 7
「リンネ……心配するな、お前のことは必ず俺が守ってやる。あんなやつにリンネや俺の仲間を好き勝手させたりしない」
「……時雨」
「言うねぇ、まだまだ青二才のガキが。この《絶対防壁》を打破できる策があるってんなら、早く掛かってきナ?」
「言われなくても、そのつもりだ! 焔刀重ノ相!《焔上蓮華・焔桜》!」
時雨は足場に浮かび上がる焔の十字架――――その交点に対して焔刀を勢いよく突き立てる。
すると、奏夜の足場から焔の桜が無数に噴き上げ、視界を塞ぐように奏夜の周囲を取り囲んだ。
「おうおう。こりゃ、また派手に熱いネェ。だが、まぁ……」
奏夜はそこまで言葉を発すると、視界を塞がれた状態にも関わらず、ある一点を見据えながら腰を落として霧を纏った右腕を構える。
「焔刀斬ノ相!《焔剣舞・一刀》!」
「ヒヒッ!《霧太刀》!」
焔の壁を目晦ましにして奇襲を仕掛けた時雨の一太刀を奏夜は意図も容易く受け止める。
まるで、事前にどこから攻撃を仕掛けるてくるのか、分かっていたかのようだ。
「なんで、機敏に反応出来たんだ……? ――――って、疑問そうな面してやがるな? 実に滑稽だぜ。オレにそんな子供騙しが通用すると思ったら大間違いなんだよ」
「へっ……。やっぱ、あんたタダの『科技術者』じゃないな。普通の研究員にしては馬力も桁違いだし、さっきから目障りなその『術』も妙に歪な感じだ」
「ヒヒッ! 勘が鋭いな。だが、それを知った上でも、オレに歯向かうってんだから、テメェはどうかしてるってもんだぜ?」
奏夜は時雨と刀を交えながら、獲物を狩る虎のように己の真紅に染まった瞳をギラギラと輝かせる。
途端、奏夜の腕や脚、体躯の至る箇所から禍々しい漆黒のオーラが漂い始めた。
「やはり、その闇色の気配……あなたは……」
遠目に奏夜の放つ闇色の奔流を感じ取ったリンネは言葉を詰まらせながら、そっと呟く。
敵と肉薄しているため、リンネの顔色を窺うことは出来なかったが、その声は怯えたようでいて妙に弱々しい。
ひとまず危うい空気を放つ奏夜から間合いを取るため、焔刀で相手の《霧太刀》押し切ると、時雨はバックステップで素早く後退し、リンネを庇うように姿勢を整える。
「お前、一体何者だ。何の目的でリンネを狙う?」
「ヒヒッ! オレは研究員だぜ? そこにいる嬢ちゃんの素性を考えれば、目的なんざ単純明快だろ?」
「やっぱり、リンネが『天使』だから、か……。本来、天使はこの世界を外界より守護し、世界の発展と人類の進化を見届け、ありとあらゆる病や邪気、悪しき汚れを祓うとされる大陸全土に語り継がれた偶像の存在だ。一部の地域では宗教などの信仰も篤く、『天使』を崇拝する者も多いと聞く。もしかして、お前もその類か?」
「ヒヒッ! 違うとは完全に言い切れないが、まぁ、オレの方はぶっちゃけ信仰だの崇拝だのに興味はネェさ。オレの目的は人工的に『天使』を創造できると世に証明することだ。世界の発展を象徴とする『天使』が偶像の存在であるのなら、自らの『術』を持って生み出すことで、世界の調和と発展は躍進的なものとなるだろう。そうやって、研究を重ねていた矢先だ――――観測機が膨大な核力源を検知し、魔術街を訪れてみれば、現にこうして、本物の『天使』が眼前に存在しているじゃないか」
奏夜は自分の肩を強く抱きながら、顔を不敵に歪めて興奮を隠せない様子で話を続ける。
「――――ともなれば、オレが創造した『人工天使』が本物の『天使』を凌駕するのか否か、試さない訳にはいかないだろう?」
奏夜の狂った視線は絡みつく蛇のようにリンネを捕らえる。
その視線からは同時になんとも形容し難い禍々しさと不気味さを覚え、リンネは蛇の長い胴に縛られたように身体を硬直させていた。
時雨はそんなリンネの怯える姿を見て、次第に頭に血が上っていくのを感じる。
「狂ってるな、お前。たったそれだけの理由で、リンネやエレナを傷つけたってのか?」
「アァ? 狂ってる、ダァ? いつの世も革新的発展のためには犠牲が付き物だ。それに正直、オレはオレの野望が果たせるなら、他の奴らがどうなろうと知ったことじゃネェ。そう言えば、結界の外にも魔弾騎士団の連中がぞろぞろと群がって来てたみたいだが、今頃、オレの『人工天使』が跡形もなく一掃しているとこだろうよ」
世界の発展と進化、己が持つ『術』の偉大さを示すこと。それが奏夜の野望なのだ。
断片的に見れば、それは別段悪事でもなく、誰が咎めることでもないのだろう。
人の思想は千差万別にして、十人十色。初めは誰からも支持されなかった思想家の考えが最終的には世に認められ、大きな利益と発展を生み出したという事例は少なくない。故に真の思想において、誰の思想が真であり、誰の思想が偽であるのかを個人的な見解から導き出すには酷な話だ。
…………だが、こいつのやり方だけは間違っている。
例え、それが世界に好転の兆しを施すのだとしても、他人の犠牲の上に成り立つ世界の平和など時雨は断じて認めない。許せるはずもない。
時雨は己の譲れない強固な思想において――――奏夜の思想を全面的に否定する。
それに先程、奏夜は騎士団を一掃している頃だと言っていたが――――
「はんっ! あんまり、うちの騎士団長様を侮って掛かるもんじゃないぞ。もしかしたら、お前のところの『人工天使』の方が今頃返り討ちに合ってるかもな」
時雨は敢えて相手を煽るような物言いで奏夜を挑発する。
「ほぅ、言うじゃねぇか! じゃあ、今ここに居るテメェはこのオレを止められんのかヨォ? なぁ……? 天使を守る騎士様ァァァ!」
獅子の如く響き渡る雄叫びを上げた奏夜は強靭な霧の刃を両腕に何層にも重ねて纏い、地面を強く蹴ってこちらに突進を仕掛ける。
それに対して、時雨はその攻撃を焔刀で真っ向から受け止めると、瞬時に刀の角度を傾けることで霧の刃を滑らせ、流れるように相手の懐へと踏み込んだ。
奏夜は一瞬だけ意外そうな表情を見せるも、その顔色に一切の焦りは見られない。
それはおそらく自身の科技術の結晶『絶対防壁』を備えているからに他ならないだろう。
しかし、だからと言って、こちらも引く訳にはいかない。
圧倒的なまでの防御力を誇る『絶対防壁』が先程のように万物全てを弾いてしまうのなら、長期戦に持ち込まれる前にこちらから勝負に出るべきだ。
時雨は刀身に宿る焔の熱量と出力を極限にまで高めるため、今あるありったけの核力を焔刀に集中させる。
刀身から溢れだす凄まじい熱風が周囲一帯を包み込むと、爆焔を噴き上げながら緋色に光輝くその刃は――――時雨の力強い叫び声と共に振り払われた。
「あぁ、見せてやるよ。俺の秘めた思想の力――――そして、必ずお前の思想を打ち砕く!」




