第四章「天使創造計画」 6
ただ、自分が今、信じられる事と言えば――――
(この不安に怯える少女を……リンネのことを守ってやりたい、ってことだけだ!)
時雨は焔刀に再び核力を注ぎ込むと、刀身から舞い上がる火の粉を軽く払い、敵である奏夜の方を鋭い眼光で睨みつける。
「おうおう。これはまた……天使を守る騎士様のご登場って訳かい? 悪いんだが、今テメェに構ってやってる暇はネェんだわ。そこ退かないと、痛い目どころじゃ済まないゼ?」
「あぁ、上等だ。そっちこそ、俺の仲間に危害を加えておいて、ただで済むとは思うなよ」
時雨と奏夜はお互いに睨み合うと、相手の出方を窺うように姿勢を低くして構える。
魔術街一体に張り巡らされた《術式結界》や先程のリンネとの戦闘から察するに奏夜は『霧』を自在に生成および操作することを得意とした『術』の使い手であることは間違いない。
エレナに対して用いた『毒の霧』にも十分な警戒が必要だろう。
だが、一点だけ不可解なことがあるとすれば、奏夜はおそらく『科技術』に目覚めた『科技術特区』の人間だということ。ともなれば、どこかに術を起動するための媒体装置が存在するはずなのだが……。
『霧』の特性を上手く活かしてカモフラージュでもしているのか、現状では窺い知ることができない。
相手の手の内がはっきりしない以上、下手に突っ込むのは得策ではないが……。
「焔刀滅ノ相!《焔ヶ一閃》!」
相手の出方を窺うように、時雨は熱を帯びた焔刀を勢いよく横に薙いで焔の一閃を放つ。
すると、奏夜は表情を不敵に歪めて、周囲の霧を自らの右腕に集約させる。
そして、奏夜は右腕を上部から真下へと力強く振り下ろし、眼前に迫ってくる《焔ヶ一閃》をそのまま手刀で叩き割るかの如く軽々と粉砕してみせた。
「ヒハッ! こんな小手先のような技がオレに通用するかヨ!」
「まぁ、そうだろうな」
「――――ッ!?」
時雨は奏夜が《焔ヶ一閃》を迎撃している間に、奏夜の背後に素早く回り込む。
そのあまりの速度に奏夜も驚いた様子で瞬時に体勢を立て直そうとするが、時雨はその一瞬の隙を決して見逃さなかった。
「焔刀斬ノ相! 焼き尽くせ、《焔剣舞・一刀》!」
自身の核力を一気に焔刀に注ぎ込むことによって、膨大な熱量と火花を纏った刀身が奏夜の背中目掛けて振り下ろされる。
不意を突かれた奏夜の反射速度では、この一撃を防ぐことは不可能――――そう、思われたが……。
ガキンッ!
「――――なっ!?」
「ヒハッ! 小僧、完全にオレの死角を捉えた……つもりだったか? 素早いことに関しては大したもんだが、そんな単純な戦術で一撃貰ってやれる程、オレは甘かないゼ?」
時雨の剣撃を受け止めたのは奏夜の背後に突如として出現した二つの球体小型装置。
浮力を備えたそれら二つの小型装置は風船のようにぷかぷかと宙を浮遊し、それぞれが主である奏夜の背後を守るため、強力な防護壁を展開していた。
そのため、時雨がどれだけ力を込めようとも、その力は二つの装置が生み出した防護壁に阻まれ周囲に拡散されてしまい、本来の威力を発揮することができない。
「これぞ、我が《科技術》を持ってして生まれた科学の結晶。装着型拡散磁場機構、絶対防壁! テメェがどんな攻撃を繰り出そうとも、その刃がオレに届くことはネェ!」
「……くっ! なるほどな。通りであっさりと懐まで潜り込ませてくれた訳だ」
「ほう。オレが敢えて通したことには気付いてたってか? どうやら、ただのバカじゃねぇみたいだが、この防護壁を攻略できない限りテメェに万に一つの勝機すらないって、状況は変わらネェぞ!」
《絶対防壁》が生成した防護壁を押し上げ時雨の焔刀を弾き返した奏夜は時雨の腹部に狙いを定めて霧を纏った右腕を豪快に振り上げる。
すると、時雨はそれを透かさず焔刀で受け止め、ひとまず間合いを取るべく地を蹴って後方に退いた。
「我が主、どう対処致しますか?」
《刀剣覚醒》状態の紅焔精霊アグニが焔刀の姿から時雨に指示を仰ぐ。
「たしかにあの妙に長ったらしい名前の装置は非常に厄介だな。下手に立ち回れば、こっちの核力が底を突きかねない」
時雨が扱う《魔術》と奏夜が扱う《科技術》とでは、決定的に違っている点が一つだけ存在する。
《魔術》というのは本来、術者自身が核力をその場で直接消費し、『術』の構成から発動までを行うのが一般的だが、《科技術》に至ってはそれが限りなくないに等しい。
八つに分類される《核心術》のどれもが発動時には術者の核力を必要とする訳なのだが、《科技術》は『術』の構成段階――――つまりは、自らが想像する機械や装置を発明した時点で必要な核力を事前に消費しているのだ。
《科技術》というのは本来、世界を更なる発展に導くための《画期的な道具》を生み出すための術であり、《科技術》を習得した術者が修練を積んで創り出した《画期的な道具》はまさに『術』そのものと言っても過言ではない。
そのため、このような実戦において《科技術》の術者は機械や装置の起動時にのみ核力を消費するだけで、盛大にその『術』を行使することができてしまうのである。
無論、機械や装置にも活動限界は存在し、構成段階で内部に貯蔵された核力はそれが大型であればある程消費が激しく、決して無尽蔵なわけではない。
だが、ああ見えて奏夜は用心深く魔術街に大型の術式結界を張り巡らせるなど、以前から入念に準備を施した状態でこのコルネリウスに侵入して来ているはずだ。
あの《絶対防壁》に関しても、戦闘の途中で内部に貯蔵された核力が底を突くという可能性は万に一つもないだろう。
真ともにやり合ったところで、こちらが先にジリ貧になるのは火を見るより明らかだ。
「ですが、我が主がこんなことくらいで怯む器ではないと、私は認識していますが?」
「まぁな。どれだけ不利な局面だろうと、弱音なんて吐く暇があったら――――行動あるのみだ!」
時雨はそう叫ぶと、足元の地面に対して縦に一回、横に一回、と疾風のごとく刀を振るって焔の十字架を刻み込んだ。
「くっ、うぅ……時雨、無理はしないで!」
「リンネ……心配するな、お前のことは必ず俺が守ってやる。あんなやつにリンネや俺の仲間を好き勝手させたりしない!」
「……時雨」
「言うねぇ、まだまだ青二才のガキが。この《絶対防壁》を打破できる策があるってんなら、早く掛かってきナ?」
「言われなくても、そのつもりだ! 焔刀重ノ相!《焔上蓮華・焔桜》!」




