序文
6年ほど前に、とある出版社に提出して、しばらく音沙汰のない文書です。
もう、忘れられているのでしょうね(涙
ある日の稽古で。
母:侘び寂びの「わび」という言葉は、武野紹鷗が初めて使いました。
息子:お母さん、武野紹鷗って誰なの?
母:千利休の先生です。
息子:「わび」というのは?
母:ある時、武野紹鷗が、
見わたせば 花も紅葉も なかりけり
浦のとまやの 秋の夕暮
と詠うと、 千利休は、
花をのみ 待つらん人に 山里の
ゆきまの草の 春を見せばや
と詠います。
「わび」は、「正直に慎み深くおごらぬ心」の事です。
武野紹鷗のわび茶は「花も紅葉もなかりけり」とし、「枯れてゆく世界を思い、茶の湯の世界とした」のに対し、千利休のわび茶は「ゆきまの草の春を見せばや」と、「新たな芽吹きを予感させる茶の湯の世界を築こうとした」わけです。
息子:つまり、紹鷗は「秋⇒冬」、利休は「冬⇒春」でわび茶を表現したわけだね。
母:紹鷗の師匠にあたる人物に村田珠光という人がいます。わび茶の精神はここから始まり、利休で大成します。この間およそ100年。珠光は、それまでの煌びやかな茶を、わびたものへと変えて行きます。これは、「夏⇒秋」になるでしょうね。
珠光は「夏→秋」、紹鷗は「秋→冬」、そして利休は「冬→春」。 季節は巡り、春に新たな花を咲かせる。 その花は、
君がため 春の野に出でて 若菜摘む
我が衣手に 雪は降りつつ(光孝天皇)
といったところでしょうか。
息子:千早振 神代もきかす 立田川
からくれなゐに 水くゝるとは(在原業平)
紅葉は見えるけど、冬はまだ遠いかな?
母:では、武野紹鷗がどんな人だったのか説明して行きしょう。
茶道の稽古で母親と息子が「ごく普通に」お茶に関する会話をすると・・・
きっとこうなります。




