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水面  作者: 白瀬 翠
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同じレーンで

 自主練は、正式なメニューが終わったあとの時間だった。

 プールには、いつもより少ない人数しか残っていない。

 夕方の光が窓から差し込み、水面にオレンジ色の影を落としている。


「じゃあ、アップからでいい?」 


 優希がそう言って、ゴーグルをつけ直した。


「任せる」


 碧人は短く答える。


 同じレーン。 それだけで、少しだけ緊張した。


 最初は400mSKPS。

 優希の泳ぎは、近くで見るとさらに分かりやすい。

 無駄な力が入っていないのに、水を確実につかんで前に進んでいく。


(やっぱり、違う)


 碧人は息を整えながら、ちらりと横を見る。


「200はね」


 壁に手をついたまま、優希が言った。


「ただがむしゃらに泳ぐと、最後がもたない」


「分かってはいるんだけど」


「分かってるだけじゃ、レースでは使えないよ」


 はっきりした言い方。 でも、きつくはない。


「ここ」


 優希は自分の胸に手を当てる。


「後半、呼吸が浅くなるでしょ。そこを意識する」


「……さすが」


「普通だよ」


 即答だった。


「普通にやってきただけ」


 その言葉に、碧人は何も言えなかった。 “普通”の基準が、もう違う。


 メインは、200メートルを意識したセット。

 ペースを刻み、フォームを崩さずに泳ぐ。


 碧人は必死だった。 呼吸が乱れ、腕が重くなる。


(きつい)


 それでも、優希は淡々と泳ぎ続ける。 表情一つ変えずに、一定のリズムを保ったまま。


 ゴール後、碧人はプールサイドに肘をついて、しばらく動けなかった。


「無理しなくていいよ」 


 優希が言う。


「今日はここまででも」


「いや」


 碧人は首を振った。


「もう一本、行く」


 少しだけ、優希が驚いた顔をした。


「……じゃあ、一緒に」


 二人でスタートを切る。 同時に水に入り、同時に掻く。

 視界の端に、優希の腕が見える。 速さを競っているわけじゃないのに、不思議と負けたくなかった。


 ゴール。


 今度は、さっきより呼吸が深い。


「さっきより、いい」


 優希が言った。

「後半、崩れてない」


「ほんと?」


「うん」


 その一言で、胸の奥が少し軽くなった。


(認められた)


 ただそれだけなのに、 練習の疲れが、少し報われた気がした。


 プールから上がり、二人で片付けをする。


「水城さ」


 碧人が、ふと口を開く。


「なんで、そこまでやれるんだ?」


 優希は、タオルで髪を拭きながら少し考えた。


「やらないと、不安になるから」


「不安?」


「うん」


 少しだけ、視線を落とす。


「止まったら、追いつかれる気がして」


 その言葉に、碧人は息をのんだ。


(同じだ)


 形は違うけど、 自分も同じ不安を抱えている。


「……俺も」


 小さく言う。


「止まるの、怖い」


 優希は一瞬、目を見開いてから、ふっと笑った。


「じゃあ」


 柔らかい声。


「一緒に、進めばいい」


 それは、励ましでも、約束でもなかった。 ただの事実みたいな言い方。

 でも碧人の胸には、しっかり残った。



 プールを出る頃、外はもう暗かった。


「またやろう」


「うん」


 短いやり取り。 それだけで、十分だった。


 同じレーンで泳いだ時間は、 確実に、二人の距離を変えていた。


 まだ名前のつかない感情が、 水面の下で、静かに大きくなり始めている。



初めまして。お読みいただきありがとうございます♪

白瀬翠と申します。

水泳部を舞台とした健全なストーリーが少ないと感じたので今回このような作品を執筆させていただきました。

皆様に楽しんでいただけると幸いです。


また、誤字・脱字、不適切な表現等がありましたらコメントで教えていただけると嬉しいです。

その他なんでもお待ちしております。


この作品が日々努力するあなたの背中をそっと押せるような一作となりますように。



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