積み重なる時間
自主練は、特別なものじゃなくなっていった。
週に二回。放課後のメニューが終わったあと、自然と同じ時間にプールに残る。
「今日はどうする?」
「昨日きつかったから、ドリル多めで」
そんな短い会話から始まる。
最初は泳ぎの話だけだった。 呼吸のタイミング、ターンの入り方、後半の粘り。
でも、いつの間にか話題は少しずつ増えていった。
「今日の古文、難しくなかった?」
「助動詞がまだ曖昧」
「分かる。あそこ地味にいやらしい」
プールサイドで、タオルを肩にかけたまま交わす会話。 声を張らなくても届く距離。
優希は、ふと気づく。
(この時間、嫌じゃない)
むしろ、落ち着く。
集中力が切れないどころか、泳ぎも、勉強も、少しずつ整っていく感覚があった。
それが、同時に少し怖かった。
――誰かと一緒にいることで、安定するなんて。
これまでの優希は、一人で積み上げてきた。 誰かに合わせることは、ペースを乱すことだと思っていた。
でも、碧人は違った。 踏み込んでこない。 引っ張ろうともしない。
ただ、同じ速度で歩いてくる。
「優希ってさ」
ある日の帰り道、碧人が言った。
「自分に厳しすぎない?」
「そうかな」
「うん。かなり」
即答だった。
「結果出してるからいい、って思ってるでしょ」
「……思ってるかも」
否定できなかった。
「でも」
碧人は少し間を置いて言う。
「壊れたら、元も子もない」
その言葉に、優希の足が一瞬止まる。
(壊れる)
そんな発想、今までなかった。 考えないようにしてきた、と言った方が正しい。
「心配性だね」
軽く流すと、碧人はそれ以上言わなかった。
それが、ありがたかった。
数日後。 昼休みの教室。
「優希さ、最近よく漣と一緒にいるよね〜」
椿が、からかうように言った。
「自主練してるだけ」
「へえ〜?」
椿はにやっと笑う。
「いいじゃん。お似合いだと思うけど」
「……そういうのじゃない」
そう答えながら、胸の奥が少しざわつく。
(そういうの、じゃない?)
自分に問いかける。 でも、答えは出なかった。
一方で、碧人も同じように見られていた。
「水城と、いい感じじゃん」
更衣室で、樹が言う。
「別に」
「その割に、顔ゆるんでるけど?」
「……気のせいだ」
そう言い切りながら、否定しきれない自分がいる。
尊敬している。 刺激をもらっている。
でも、それだけじゃない。
夜、机に向かっても、ふとした瞬間に思い出す。 プールでの横顔。 淡々とした声。 時々見せる、柔らかい笑み。
(これは)
碧人は、ペンを止めた。
(恋、なのか)
認めた瞬間、胸が少し苦しくなる。 同時に、妙に納得もした。
でも、すぐに次の考えが浮かぶ。
(水城の時間を、邪魔したくない)
水泳も、勉強も、全力でやっている人だ。 その軸を、崩したくなかった。
だから、今は――
告げない。 踏み込まない。
その選択が正しいのかは、分からない。 ただ、少なくとも今は、それが一番誠実な気がした。
プールの水面は、今日も静かだ。 小さな波が、何度も何度も重なって、少しずつ広がっていく。
気づかないふりをしても、もう、戻れないところまで来ている。
初めまして。お読みいただきありがとうございます♪
白瀬翠と申します。
水泳部を舞台とした健全なストーリーが少ないと感じたので今回このような作品を執筆させていただきました。
皆様に楽しんでいただけると幸いです。
また、誤字・脱字、不適切な表現等がありましたらコメントで教えていただけると嬉しいです。
その他なんでもお待ちしております。
この作品が日々努力するあなたの背中をそっと押せるような一作となりますように。




