二人の進路3
放課後を迎えると同時に、弘海はスケッチブックを机のうえに広げる。
なにが描きたいというわけでもないし、モデルが存在しているわけではないから、弘海の手が動くことは決してない。
三年生になって、クラス替えで未可子とクラスが別々になってから、面白いことに遭遇することが減っていたのが原因なのかもしれない。
とくに描くことがなくてもこうしているのは、未可子を待っている間の暇つぶしだ。
弘海のクラスはわりかし早く帰りの会が終わる。
未可子のクラスはだいたい終わるのが遅い。
だから仕方なくこうしているのだ。
唐突に弘海は吹き出してしまう。
今朝、大野に警告されたのはまさにこのことではないかと、思ったからだ。
未可子のためには少し自重すべきなのかと少し考えていると、弘海の前に立つ人影が一つ。
「弘海くんお待たせ」
笑っているとも、真剣な表情をしているとも取れる、曖昧な顔つきの未可子だった。
「矢野さん。わかっていると思うけど、俺たちはクラスが違うんだから勝手に入ってきちゃマズイよ」
「何をいまさら。さあ、帰りましょう」
さっそうとスカートを翻し、未可子は教室を出ていく。
荷物をまとめてから、弘海はその後ろ姿を追いかける。
弘海のクラスは4組で、未可子のクラスは1組。
廊下の一番端と端。
弘海が1組の前にたどり着いた時には、ちょうど未可子が教室から出てくるところだった。
弘海はここで違和感を覚える。
「あれ、矢野さん。荷物は?」
未可子の手には、何も握られていなかった。
通学カバンは愚か、手提げ袋さえも。
「……実はね」
未可子は深刻そうな表情を作り、口元を抑えながらそう切り出した。
「どうしたのさ?」
すぐに話し出さない未可子の態度に、何かあったのかと弘海が勘ぐり出した瞬間、未可子は小さく舌を出してみせた。
「今日の朝、慌てて出てきたから、荷物全部忘れたんだった」
「どこぞのサンタクロースだよ」
「まだ十二月には七カ月もあるし、っていうかさ、弘海くんも冗談言ったりするんだね」
「……たまにはね」
弘海が歩き出すと、その横に未可子も続く。
「十二月って言えばさ、その頃には私たちの進路は決まっているのかな?」
弘海は去年の上級生たちの様子を思い出す。
「学校に来なくなる日は増えてるだろうな。試験や面接で忙しいだろうし」
「……そうだよね。普通は十二月でも決まってないんだよね」
「どういう意味?」
未可子の言いたいことがわからなくて、弘海は聞き返すが、未可子は何も答えない。
いつも通り、自信に満ちた仮面の笑顔を浮かべるだけ。
そうこうして歩いていると、二人は昇降口にたどり着く。
クラスも違うから、別々の靴箱へ向かっていく。
弘海はすぐに靴を履き替え、入り口付近で未可子を待つが、やってくる気配がない。
弘海はしばらく野球部の連係や、サッカー部のパス回しを見ていたけれど、あまりに遅いから様子を見に行くことにした。
靴を履き替えるだけにそんな時間がかかるわけがない。
ほんの十数秒の距離を歩くと、靴箱の前で固まっている未可子の姿があった。
「矢野さん?」
弘海が声を掛けると、未可子は肩をピクリとさせて振り返る。
「……たまには裸足で外を歩くのも悪くないわよね」
唐突に発した未可子の言葉はあまりに意味不明で、弘海は何も答えることができなかった。
「開放感があっていいと思うんだよね」
そう言うと未可子は、履いていた上履きを靴箱にしまい、靴下さえも脱ぎ去ってしまった。
そして、裸足のまま歩いていく。
呆気にとられた弘海は、ただ見送ることしかできなかった。
「弘海くん?」
入り口付近で立ち止まった未可子が弘海を呼ぶ。
我に返った弘海は、すぐには歩き出さずにその景色を目に焼き付ける。
決して忘れないように。
「コンクリートがひんやりして気持ち悪いから早く」
見ている弘海を未可子が急かす。
「普通ならひんやりして気持ちいいんじゃないの?」
「私のうちは全部の部屋が絨毯張りだからね」
反感を買いそうなセリフではあったが、弘海がそれを気にすることはない。
「さあ、帰ろうか」
「良かったらカフェに寄って帰る?」
弘海が未可子の姿をジロリと見渡すと、未可子は苦笑いを浮かべる。
「こんな格好じゃ無理だよね。また今度にしようか」
「きっとそれがいいと思う」
弘海がそう答えたと同時に、二人は歩き始めた。




