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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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ラリーの決意【scene17】

17


 「メリーさん。この物資は持って行って大丈夫なのですか?」

 「あ、それはメネアの物資よ。持って行かないで。この倉庫で私たちの分は、さっき1番隊のひとたちが運んだわ。あなたたちは隣の小倉庫にある物を運んで。あそこにある物は全部私たちの分だから」

 「わかりました」

 メリーは物資の運び出しの指示や確認をしながら忙しく動いていた。正直なところ、こんな在庫管理などしたことがない。不慣れな業務で間違いを犯しそうだ。それでも物資の運搬など、『勇者の団』には戦闘に関わらない部下がいる。彼らのおかげで、この慣れない仕事もどうにかこなすことが出来るようだ。一段落ついたところでメリーは額の汗を拭った。

 「やぁ、メリー」

 「何の用?」

 メリーは振り返らずに応えた。背後から声をかけたのはラリーだった。

 「あと少しで出発だ。そして、森に入れば、こうしてふたりで話す時間も無くなる。だから、その前に話しておこうと思ってね」

 「何の話?」

 相変わらずメリーは振り返らない。ラリーはメリーの背中を見つめながら言った。

 「この戦いが終わったら、俺は『勇者の団』を抜けるつもりだ」

 「そう」メリーは短く答えた。

 「あいつが嫌いになったわけじゃない。あいつはすごい奴で、この世界の英雄になる男だ。だが、英雄であるために、きれいごとだけではいられないのさ。俺はリオンの指示のもと、けっこう汚いことをやってきた。勝利のために将軍ですらハメることだってしたんだ。俺はリオンの闇の部分を知り過ぎている。この戦いが終われば、あいつは英雄として出世していくことになるだろう。失った貴族の地位を回復し、ひょっとしたら名門のお嬢さんと結婚するかもしれない。たぶん、その相手はエリスだ。彼女は名門貴族のお嬢さんでもあるからな」

 メリーの肩がびくんと動いたのをラリーは見逃さなかった。しかし、ラリーは気づかないふりをして話を続けた。

 「リオンは栄光の道を歩き始める。そうなれば、リオンの闇を知る俺たちは邪魔ものでしかない。いずれにせよ、リオンは俺たちと別れることになるだろう。これは可能性の話じゃない。おそらく間違いなく起こる未来だ。そんな現実を突きつけられる前に、俺は出て行くつもりなのさ」

 メリーは無言だった。「そう」という相づちさえつかない。

 「この戦いは正義の戦いで、王国の人びとを救う戦いだ。俺はそのことに疑いは持っていない。でもな、最近感じるんだよ。この戦いはそれだけじゃない。いろんな奴らの思惑が混じっている。正義だの救うだの、そんなこととはまったく別ものの考えがな。リオンの戦いは正義の戦いだって信じている。だがな、周囲の思惑は間違いなく別の目でリオンを見ている。それは、リオンを悪者にして、名誉も何もかも否定しようとする考えだ。そう考えているのは大臣や将軍だ。あいつらはリオンが勇者の末裔の筆頭になるのを恐れている。リオンが栄誉を受ける事態は阻止したいのさ。そのとき奴らが目をつけるのはどこだと思う? 俺たちさ」

 ラリーはここで言葉を切って、メリーの背中を見つめた。メリーは相変わらず沈黙を続けているが、その背中がわずかに震えていた。それを見て、これ以上話すのは止めようかと考えたが、ラリーは気持ちを振り絞るように口を開いた。

 「俺たちがしてきたこと。あるいは俺たちの過去が、あいつを失脚させるネタになるかもしれないんだ。わかるかい? 戦いが終われば、俺たちは不要どころか、あいつの不利益の元になるんだよ。お前の過去はどうだ? あいつの立場をまずくしないものなのか?」

 それは残酷な質問だった。メリーはたまらず振り返った。「そんなことを今言うの!」

 「ああ、今言う」

 ラリーは力強い口調で言った。

 「君に考える時間を作ってもらうためさ。君はいつまでもリオンのそばで戦っていられると思っているんじゃないか? でも、もうわかったはずだ。俺も君も、あいつから要らない人間になるんだ」

 「リオンはそんなこと言わない! 私のことを要らないなんて言わない!」

 「そうさ。あいつは絶対、そんなことは言わない」

 ラリーはうなずいた。

 「でも、君は自分で思い知ることになるんだ。自分は要らないんだって」

 メリーはうつむくと涙ぐんだ。

 「何なのよ……。何で、そんなこと言うのよ……。いったい、私にどうしてほしいのよ……」

 「君も一緒に来ないか?」

 メリーは顔を上げた。「何ですって?」

 「君も一緒に『リオンの団』を抜けるのさ。そして、俺と一緒に旅を始めよう」

 メリーは呆れたように首を振った。「バカじゃないの、あなた……」

 「バカかもしれないが、真剣だ」

 メリーは表情を変えた。怒りの表情だ。

 「……あなた、私を口説くため、そんな回りくどい話をしたの? 最低ね、あなた!」

 メリーはそう言うなり、思いきり平手打ちを喰らわせようとする。ラリーはその手をさっと受け止めた。彼にとっては予想通りの反応だったのだ。

 「わかっている。俺は最低だ。でも、こうでも言わなきゃ、君はリオンを諦めないだろ? 惚れた女が不幸になるとわかっているのに、そのまま放って置けるかよ。万が一、君があいつと結ばれる可能性があるのなら、俺はそれでもいいって思うんだ。だが、そんな可能性はひとかけらもない。ひとかけらも無いんだ!」

 ラリーはメリーの手を引っ張って引き寄せた。

 「メリー。君はいい女だ。汚れた女じゃない。君の過去を知っても、俺はそう思うんだ。俺だったら君と生きていける。君に報われない思いを抱かせることなんてしない。だから、考えて欲しい。この戦いが終わったら、俺と生きる未来のことを。もちろん、ほかの答えを選んだって構わない。俺はその答えを聞かされる覚悟の上で、この話をしているんだ」

 ラリーはメリーの手を離した。メリーは自分の手を握りながら数歩後ずさった。

 「本気なの?」

 「本気さ。これ以上にないぐらい、本気で話している」

 「あなたの望む答えじゃなくてもいいのね?」

 「そうさ。ただ、その答えを聞くのは、戦いが終わってからだ」

 ラリーはメリーに背を向けた。

 「じゃあ、俺は行くよ。この話は戦いが終わるまで決してしないつもりだ」

 ラリーは倉庫を出て行った。メリーは力なく空っぽになった棚にもたれかかった。乾きかけた頬に、再び涙が流れる。

 「ずるい……。本当に、ずるい男……」

 メリーはその場でしゃがみこむと顔を覆った。


 「『ユグドラシル城』までに、主だった街道らしいものは無いようだ。しかし、近くまでは運搬用の馬車が通れるほどの道がある。少し遠回りになるが、セルネドから運河を横切って森に入ろう。その道を北上して、森の中心に向かう。中心から外れるあたりで、攻撃隊が進軍。非戦闘員はその場で待機するんだ」

 ケインは大きな地図を指さしながら説明した。司令部の会議室でミュルクヴィズの森へ進軍する軍議を行なっているのだ。地図を囲んでいるのはリオンと参謀ザバダック。そして、各隊の隊長たちだった。

 「この地図では何日の行程になりそうなんだ?」

 グエン・マクドナルドがメガネの位置を直しながら尋ねた。近眼の彼では地図の細かい部分までは良く見えないのだ。

 「道が順調であれば一週間で行けるが、悪路の可能性が高い。戦闘で足止めを食うことも踏まえて、三週間ってところだな」

 ケインの答えにリオンが厳しい表情になった。「持っていく物資のおよそ七割分だ」

 「七割分?」

 ピピンが不思議そうな表情で尋ねた。

 「食糧や飲み水など、持っていけるのは四週間分なんだ。この進軍には補給が受けられない。すべて自前でやっていかなくちゃいけないんだ。つまり、下手に足止めされると、俺たちは蓄えを食べ尽くして、飢え死にする危険もあるってことさ」

 ケインの答えに、ピピンが顔色を変えた。

 「おい、行きで七割も消費したら、戦いに勝っても生きて戻れないってことかよ!」

 「そうはならない。帰りは道の途中を突っ切って、アングリアの前に出るつもりだ。その道であれば一週間で戻れる。しかし、行きは敵の存在があるからアングリアからの進軍ができないだけだ。周囲の敵を掃討すれば、その道から帰ることが出来る」

 「アングリアから進軍して戦うわけにいかないのか?」

 ウォレスが尋ねた。

 「そうしたいのはやまやまだが、道が狭いだけではない。アングリアから森に入ると、すぐ山にぶち当たる。敵が守りを考えるなら、その山を砦代わりに使うだろう。数で劣る俺たちにすれば不利だ。不利な戦いは避けて、できるだけ危険の少ない道で魔侯に迫るつもりだ」

 ケインの答えにウォレスは納得した。「わかった」

 「でも、その行程だと、最終的に、その山にいる敵との戦闘になりませんか?」

 ハリスは心配そうに尋ねた。

 「せっかく魔侯を倒しても、帰りで全滅の憂き目に遭うんじゃたまらないんだが」

 デアンドリアも同様に考えていたので、うなずきながら話に加わった。

 「これはたぶんとしか言いようがないが、魔侯が倒れれば、敵は撤退する。魔の森は魔侯の領地じゃないんだ。魔侯軍はアルタイルの命令という『大義名分』で森に駐留している。つまり、アルタイルを倒してしまえば、彼らは森にいる理由が無くなるのさ。魔族は自分に損なことには執着しない。魔侯が消えれば、やつらも勝手に森から消えてしまうさ」

 ケインは安心させるように言った。

 「それならば、その戦略でいいでしょう」

 ピピンはうなずきながら同意した。

 「しかし、考えるべき問題はある」

 ザバダックが口を挟んだ。

 「それは何です? 参謀」

 ハリスが尋ねた。

 「『名もなき陵墓』が破壊され、何らかの封印は解かれた。そして、王国から大勢の民が森へ拉致されている。そして、封印が指し示す城には現在魔侯が居座っているはずだ。魔侯の目的が不明のまま進軍するのは危険かもしれん」

 「たしかに、魔侯の企みが何なのか気になりますが、参謀は魔侯が何を企んでいるのか推察できないのですか?」

 ハリスが再び尋ねる。

 「封印と大勢の人間。いくつか可能性はあるのだが、もっとも可能性の高いのは……」

 ザバダックはそこで口どもった。周囲の者はザバダックの沈黙に不安そうに顔を見合わせた。

 「どうしました? 参謀」リオンが尋ねた。

 「これは……、あくまで俺の想像の話なのだが、魔侯は城にある何かを解き放つつもりなのだろう」

 「『ユグドラシル城』に何かが封印されていると」

 「……おそらく。しかし、『名もなき陵墓』の破壊だけでは解けないほど強力な封印だとすれば……」

 一同はザバダックに注目した。

 「魔侯は大勢の民の命で最後の封印を破るのかもしれない」

 「何ですって!」

 周囲から驚きの声が上がった。

 「待て待て。あくまで俺の想像だ。しかも、これは最悪の想像だ。実際には別の可能性だってある」

 「最悪の想像の話を聞かせてください」ハリスは緊張した表情で言った。額に汗が浮かんでいる。ザバダックは顔をしかめたが、小刻みにうなずくと話を続けた。

 「封印を解くには、『名もなき陵墓』のように物理的に破壊する方法や、封印の術式を読み解いて解除するなどの方法がある。しかし、それより強力な封印は、先ほどの方法では解くことができない。その場合、もっと呪術的な、より魔導的な方法を使うしかない。それが、いけにえを捧げるというものだ」

 「……いけにえ……」ハリスは呆然とつぶやいた。

 「バカな! これまで拉致された人びとは10数万人にも上るんだぜ。それらをいけにえにするって、どんなものが封印されているんだよ!」

 これまで平静を保っていたディレイノ・ハーディーが大声をあげた。

 「たとえば、魔王バルバトス」

 ザバダックは落ち着いた表情で答えた。ディレイノは目を見開いた。

 「魔王バルバトスだぁ?」

 ザバダックはうなずいた。

 「魔王バルバトスはハイクラスではない。デーモン族だ。現在、この世界ではデーモン族の存在が確認できない。『解放戦争』の終結とともに、彼らは姿を消してしまった。もしかすると、城に封印されているのがバルバトスや、デーモン族であるかもしれない。そして、魔侯は彼らを解放し、自分の戦力にする気かもしれん。デーモン族はハイクラスよりも強い魔族だ。彼らを傘下にできれば、兄である魔王シリウスを圧倒できるだろう。魔侯が兄に取って代わって王の座に就くことが出来るのだ」

 「でも、魔王バルバトスって、勇者ラファールによって倒されたのでしょう? 魔王を封印って、ラファールは魔王を殺せなかったと言うんですか?」ハリスが尋ねた。周りも同じ疑問を持ったので、周囲からうなずく様子が見える。

 ザバダックは首を振った。「バルバトスがどのように倒されたのか、正確に記された文献はない。だから、勇者の力で生きたまま封印された可能性もあるってことさ。それでも『魔王を倒した』と表現しても間違いじゃないだろ?」ザバダックの答えに、周りもうなずくしかなかった。文献の曖昧さを追及すれば、どんな説も言えそうなのだ。

 「デーモン族はハイクラスよりも強いのでしょう? つまり、魔侯よりも強いってことですよね? 魔侯が自分より強い化け物を解き放つことなんてしますかね?」

 ハリスは疑問が尽きないようだ。立て続けにザバダックに質問を浴びせる。

 「あああ、もう! だから、俺の最悪の想像だって言ってるだろ! 魔侯の腹の内が読めないんだから、目の前にある材料で推し量るしかないじゃないか。その中で、とびきり最悪なのが今の考えなんだよ!」

 ザバダックは苛立ったように言った。ハリスはザバダックの剣幕にたじろいで口を閉じた。

 「では、より現実味の高いのは?」

 デアンドリアが冷静な様子で尋ねた。これまででも、彼だけがまったく表情を変えていなかった。

 「封印されているのが、禁術と呼ばれる魔法である可能性だ」

 ザバダックも落ち着きを取り戻した様子で答えた。さっき、大声を上げたことを後悔しているらしい。

 「禁術?」

 「『解放戦争』は、多くの禁術魔法が使われた。禁術魔法はこの世のことわりも歪めるほど強力なものだ。ミュルクヴィズの森が異常な生態系を有するようになったのはそのせいだと考えられているし、我々が死ねば屍霊化グールかするというのも、何者かが強力な屍霊魔法ネクロマンシーを使った後遺症のようなものだと言われているのだ。こうした禁術魔法は、戦争終結後に封印、あるいは人びとの記憶から消去されたという。さらに、これらの魔法の復活を図ったり、研究を進めたりしてはならないと法で定められた。魔導士連盟は、その法に異議を申し立てていたのだがな。それはさておき、魔侯がとんでもない禁術を復活させたのなら、当然、その使用も考えるだろう。その際に使われるのが……」

 「結局、拉致された人びとはいけにえにされるのですね?」

 ハリスが先に結論を述べた。ザバダックは顔をしかめながらもうなずいた。「……まぁ、そういうことだ」

 「それでは魔侯の元へ急がねばならないのでは? 我々が到着するのが三週間も先では、魔侯は目的を達してしまいます」

 デアンドリアが険しい表情で言った。数名が同意するようにうなずく。

 「わからないのはそれなんだな。教授から魔導士連盟に関する手紙を受け取ったが、魔侯が封印を解き放っても、目的の物は簡単に手に入らないらしい。連盟のやつらが焦っている様子がなかったと書いてあったのだ。それがなぜなのか、教授は聞き出せなかったようだがね。もちろん、のんびり構えていい話ではないが、我々が下手に急げば、魔侯はより動きやすくなるかもしれないんだ。我々に必要なのは焦らない心なのだよ」

 「たしかに、魔侯の目的は謎だ。こちらはそれに惑わされて下手な行動を取らないように気をつけるべきだ。ここは、焦らず行動しよう」

 リオンが結論づけるように言った。デアンドリアは納得いかない様子だが何も言わなかった。それはハリスも同様だった。この選択が正しいのかはわからないものの、焦っても仕方がないという考えには賛成だからだ。

 誰もこれ以上発言しなくなり、会議室はしばらく沈黙に包まれた。

 会議室の扉を遠慮がちに叩く音が聞こえたのはそのときである。見ると、そこからトルバが顔の半分だけのぞかせていた。

 「どうした?」ケインが尋ねると、トルバは扉の陰をのぞきこむようなそぶりを見せた。部屋にほかの誰かがいないか確かめたらしい。

 「なぁ、ラリーを見かけなかったか? さっきから探しているんだ」

 「ラリー? いや、見てはいないが」ケインは首を左右に振った。トルバは隊長たちにも顔を向ける。しかし、誰も首を左右に振るだけだった。

 「クソッ。あいつ、どこで油売ってやがるんだ」

 トルバは悪態をつくと扉を閉めた。

 「大丈夫かね、君の仲間は?」

 ザバダックはリオンに話しかけた。リオンは微笑を浮かべた。

 「問題ありません。彼らは半端な覚悟で俺の仲間になっていませんから」

 力強い、確信に満ちた声だった。

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