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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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反撃の狼煙(のろし) 【scene19】

19


 チリンスの丘、魔侯軍本陣のテントでは、総司令のガニメデスがいらいらした表情で爪を噛んでいた。あたりは夜ですっかり暗くなっている。ほうぼうでかがり火が焚かれ、魔侯軍の兵士たちは緊張感のない様子だった。長い待機状態で、すっかりくたびれているのだ。

 メネアの攻略は失敗に終わり、1万の兵は4割を失って逃げ帰って来た。指揮を任せた『緑龍』は戦場を離脱したのち、行方知れずだという。メネアの『名もなき陵墓』は破壊したと報告はあったが、報告はそれっきりで、ドドナからの報せがない。まるで、攻略隊はドドナで全滅したかのようだ。暗黒処刑人ダーク・アサシンの技量は高い。たやすく全滅するとは思えないが、そうであれば誰ひとり帰還しないのはおかしい。そう、ガニメデスにはメネアおよびドドナの情報がまるで入ってこないのだ。状況がわからなければ手の打ちようがない。現在、コリントとアッチカを守る王国軍に動きはない。このまま街に籠ってやり過ごすつもりのようだ。コリントとアッチカはしばらく放置できるとして、メネアの動きが見えないのはまずい。ガニメデスはすばやく指示を出し、丘の兵力を1万8千にまで増やした。その分、コリントとアッチカが手薄になるが、数を減らしたことも罠と警戒しているのか、一向に動く気配がない。ガニメデスは牽制になるだけを残して、チリンスの丘に戦力を集中したのだ。

 ガニメデスは迎撃態勢を整えたが、そこで手詰まりになった。敵の動きがつかめないままでは、うかつに軍を動かすことができない。要衝であるチリンスの丘を押さえ、周囲ににらみを利かせている形ではあるが、取りようによっては周囲を敵に囲まれている状況とも言えた。ポラトリスから補給路は確保できているが、もし、そこを断たれる事態になると、2万を超える魔侯軍は敵国のど真ん中で孤立することになるのだ。

……だから、早期にケリをつけるべく、メネアに1万の軍を送ったのだ! 同時にドドナの遺跡攻略作戦も展開し、効率的に事を運ぶはずだったのだ。

 どこで何を間違えて、思惑通りに進まないのか。ガニメデスは、答えはおろか、何が問題なのかもわからない状況に頭を抱えるばかりだった。

 「殿下。斥候が戻って参りました」

 側近のホブゴブリンがテント越しに報告した。ガニメデスは噛んでいた爪を離すと、外に向かって返事をした。「通せ」

 戻ってきた斥候はゴブリンだった。ゴブリンは側近のホブゴブリンとともにテントに入った。

 「メネアの様子はどうだ」ガニメデスはゴブリンに尋ねた。ホブゴブリンはそれをゴブリンの言葉に翻訳して聞かせている。

 「メネアに大きな動きはない模様。周囲に柵を立てて、ドドナ方面への道を固めているそうです」ゴブリンの報告をホブゴブリンが翻訳した。

 「ドドナ方面だと?」

 「敵は、自らの補給線を断たれることを非常に警戒しているようで、まずは防衛体制の強化を進めているようです」

 「……報告初めに大きな動きはないと言ったのは、攻撃準備をしているような動きはない、という意味か」

 ガニメデスが確認すると、ホブゴブリンはうなずいた。

 「攻めに転じる様子は皆無とのことです」

 「そうか……」

 ガニメデスはようやく安心したようにつぶやいた。よく考えてみれば、敵は3千の兵力しかない。要塞にこもっての防衛戦であれば1万の敵とも渡り合えたかもしれないが、この丘を攻めるには戦力が足りない。要塞の防衛要員を残さず出陣するのはありえないから、敵の戦力は3千を下回るはずだ。寡兵のうえ、さらに戦力を落としてでも攻めてくるとは考えられない。そんなことをするのは馬鹿だけだ。馬鹿相手なら簡単に返り討ちにできる。

 「メネアには少しの敵兵しかいない。今後はメネアへの街道を封鎖して、迎撃態勢の維持に努める。次の攻撃目標はアッチカだ」

 部下のホブゴブリンは「はっ!」と頭を下げた。そして顔を上げると、「アッチカへの戦力はいかほどに?」と尋ねた。

 「8千の兵を割り当てる。合わせて1万と千だ。この戦力で押し切る。数ではほぼ互角だが、アッチカはただの街だ。メネアのように要塞化されていない。この戦力でも攻略できる。アッチカを攻略してコリントの防衛態勢を脇から崩す。コリントに閉じこもった将軍は、完全包囲されただけで降伏するかもしれん。最小の負担で最大の結果を得る。狙うのはそこだ」

 ホブゴブリンは再び頭を下げると、斥候のゴブリンとともに退出した。ガニメデスは机に広げられた地図に視線を落とした。地図には敵勢力や拠点の位置を示す駒が並べられている。ガニメデスはそれを並び替えて、現在の情勢に合わせた。これにより、頭の中を改めて整理ができ、自分の戦略に間違いはないと確信を持った。

……これで父上に戦果を報告できるようになる。

 ガニメデスは腕を組んだ。彼は20歳を少し過ぎた若者であるが、厳しい顔つきのせいか年齢以上に見られる。四侯アルタイルの実子だけに容貌は父に似てはいるが、父ほど整っておらず、魅力も乏しかった。能力的にも父には劣る――これが、ガニメデスがマイグランの人びとから受けている評価だった。ガニメデスはそう評されることをもっとも嫌った。父は偉大な四侯であり、実力は四侯の中でも頭ひとつ抜け出ているとされる。そんな父に較べられれば、自分が見劣りするのは仕方がない。しかし、自分は世に出て間もないのだ。早々と父より劣ると決めつけられて良しと思えるものではない。自分には活躍する機会がまだ不足しているだけなのだ。これからなのだ。機会さえあれば、自分は「さすが四侯の嫡子」と讃えられる実力を見せつけられるはずなのだ。

 父が突然ギデオンフェル王国へ侵攻すると決めたとき、ガニメデスは困惑すると同時に心の中で快哉をあげた。父がマイグラン国王シリウスの方針に反して、目的不明の戦争を起こそうとした真意は理解できなかったが、ガニメデスにとって自分の実力を明らかにする絶好の機会であることは間違いなかった。父はミュルクヴィズの森の奥深くにある古城を占拠し、そこを拠点に魔侯軍は侵攻を開始した。そして、前線の総指揮官をガニメデスが拝命したのだった。ガニメデスは、ついに父に認められたと思った。これまで、父はガニメデスを褒めることや評価することなど一度もなかったのだ。出陣前には、まるで褒美のようにアルキオネとの婚約が決まった。国王の娘との婚姻は、自分の地位をさらに高めてくれるだろう。アルキオネは幼少時から良く知る従姉妹であるが、当時は相当なお転婆娘で手に余ったという思い出しかない。最近は女らしく、そして美しく成長していると聞く。凱旋帰国して会うのが楽しみだ。野心にあふれる彼にとって、前途は明るいように思えた。

 開戦当初は連戦連勝で、その内容にガニメデスは非常に満足した。しかし、敵も態勢を整えてくると、楽に勝つことはできなくなり、戦況は膠着状態になった。さらにアングリアを奪還され、戦況は不利に傾きつつあるように見えた。メネアの敗北は結果以上に深刻だった。このままでは総指揮官の更迭もありうる。父は身内だから甘い顔をする男ではない。たとえ嫡男であっても、無能と判断すれば容赦なく斬り捨てるだろう。その果断さが四侯の中でも一目置かれていることを、ガニメデスはよく理解していたのだ。自分の立場を守るためには結果が必要だ。それはもちろん「勝利」という結果だ。

 「一気に王国南部を切り取って、この手柄で俺は上に行く。いずれは父も超える存在になるんだ」

 ガニメデスは胸の内に野心の炎を燃やして立ち上がった。作戦の細かい指示を出すべく、テントの外に控える側近たちを集めるためだ。

 テントの外に顔をつきだしたガニメデスは、あたりの空気が変わっていることに気づいた。側近のホブゴブリンが手をかざして遠くを見つめている。ほかにも様子をうかがっている者たちの姿が見える。

 「どうした?」

 「敵襲のようです」ホブゴブリンは報告した。

 「敵襲だと? どこから? 敵の戦力は?」

 予想外の報告に、ガニメデスは驚きの表情を隠せなかった。

 「敵はメネアからのようですが……、敵の数がわかりません」

 「どういうことだ、それは!」

 ガニメデスは苛立ちを抑えられない。はっきりしない報告をするホブゴブリンに大声をあげた。

 「申し訳ありません。報告がまばらでして。敵戦力は少数のようなのです。現時点で見えているのは十数名から数十名ほどかと……」

 ガニメデスは報告の精度を疑った。

 「そんな数で、1万8千の我が軍に挑むと言うのか!」


 柵を挟んで、ゴブリンたちは槍を構えて立っていた。反対側には白銀の鎧を身に着けた若者が歩いてくる。長く、美しい金髪をなびかせ、右手にはきらめく長身の剣が握られていた。ゴブリンたちは、たったひとりで歩み寄る人間の姿に困惑しつつも、油断なく身構えていた。

 急に、ゴブリンたちの顔つきが変わった。若者の背後からよろめくようについて歩く者たちに気づいたのだ。その者たちは、どれもが顔色に生気がなく、表情は虚ろだ。心もとなげに歩く姿には意志があるように見えず、それはまるで屍霊グールのようだった。少なくともこの時点まで、ゴブリンたちは若者の背後にいるのが屍霊グールだと思わなかった。いや、信じられなかったと表現するほうが正しい。

 白銀の鎧の若者――リオンは、剣を高々と上げると、その切っ先をゴブリンたちに向けた。背後の屍霊グールたちが唸り声をあげる。

 リオンは声高らかに宣言した。

 「さぁ、反撃の開始だ!」


第四章 反撃の狼煙のろし (終)

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