穢れた作戦【scene18】
18
「本当に団長たちだけで運ぶのですか?」
1番隊の団員が不安そうに話しかけてきた。輸送用の大型馬車3台に50名の遺体を運び終え、ケインが馭者台に乗り込んだときだった。これ以上、死者を安置するのは屍霊化の危険が高い。だから、火葬を急ぐと周囲に説明し、1番隊の団員たちに遺体の運搬をしてもらったのだ。1番隊はリオン直轄の部隊なので、各隊の隊長と諮らずに事を進められることが利点だった。1番隊の団員は皆、リオンに心酔している者たちだ。少々の無理も口答えせずに従ってくれる。しかし、今回はさすがに不審の念を抱かせたようだ。
「馬車には神官殿も同乗されるが、それでも屍霊化を完全に防げるか保証がない。万が一のことを考えれば、俺たちだけで行くのが最善なんだ」
少々苦しい説明だが、ケインはこれで押し通すつもりだった。
「それに……」
ケインは荷台を振り返った。荷台は大きな幌で覆われているので、馭者台から中の様子は見えない。しかし、内部の様子はよくわかっている。
「馬車に効率よく積みこむためとは言え、全員を棺桶から出して重ね置きしているんだ。死者に憎まれるようなマネを他人にさせられないさ」
……本当は、もっと憎まれることをするんだがな……。
馬車は4頭立てで馬力は高い。1台につき20名近くを積み込められる。ケインの説明では、これからハデス火山に沿ってドドナへ向かい、途中のくぼ地で火葬を行なうことになっていた。実際はハデス火山から南へ折れて、そのままチリンスの丘へ通じる道へ進む。くぼ地に遺体を運び込むのは同じだが、火葬はしない。ここで遺体を屍霊化させ、チリンスの丘へ送り込むのだ。遺体と一緒に積み込む油や薪は、むろん火葬に使用するのではなく、それこそ万が一の場合に森ごと屍霊を焼き滅ぼすためのものだった。幹部たちの真意を知れば、彼らはどんな顔をするだろう。
「本当に俺たちがついて行かなくていいのか? 勇者含めて男性幹部全員って危なくないか?」
ウォレスが不安を隠そうとせずに尋ねた。話を聞きつけて様子を見に来ていたのだ。彼の主張はもっともだが、当然、彼らを連れて行くわけにはいかない。
「馬車の中を見たらわかるが、遺体を荷物のように積み込んでいるんだ。こんな罰当たりなこと、ほかの隊にはさせられないさ。俺たちの作戦に従って命を落としたんだ。彼らを送ってやるのも、罰が当たるのも、俺たちの役目……、違うな。俺たちのけじめなんだよ」
ウォレスは、ケインの表情を見て黙った。ケインは微笑を浮かべていたが、目元に苦悩をうかがわせる小じわが見えていた。このことで昨夜はまともに眠れなかったらしい。ケインは「けじめ」という言葉を使ったが、ウォレスはケインの「覚悟」を見た気がした。火葬のことで覚悟なんて……と思ったが、ケインは10番隊を失ったとき、かなり苦しんでいたことをウォレスは知っていた。これはケインのけじめであり、覚悟であり、そして贖罪なのだろう。ウォレスはそう解釈して馬車から離れた。
「わかった。仲間たちを丁重に送ってやってくれ」
「丁重に」の言葉に、ケインは胸を刺される思いがした。しかし、ケインは笑顔を向けてうなずくと、馬車を走らせた。後ろからトルバとラリーが乗る馬車と、リオンと神官が乗る馬車が続いた。
「しかし、俺たちはともかく、神官はよくついて来たな。事情を知らないのか?」
トルバはたづなを操りながらラリーに話しかけた。ラリーは不愉快そうに顔をそむけた。
「知らねぇよ」
トルバは首をかしげた。ラリーの態度が理解できなかったのだ。ラリーはトルバに顔を向けようとしない。ラリーは、もしトルバと会話を始めれば、知っていることを打ち明けてしまうのではと恐れていた。ラリーは神官が協力するに至った事情を偶然に知ったのだ。
夜中に手洗いへ行ったラリーは、部屋へ戻る途中で窓の外に人影を見つけた。不審に思って目を凝らしてみると、それはリオンだった。リオンは礼拝堂に向かって歩いている。遺体を運び出すのは翌朝の話だ。それをなぜこの時間に礼拝堂へ向かうのか。ラリーは理由を知りたくなってリオンを尾行した。尾行を選んだのに大きな理由はない。ただ、話しかけにくい雰囲気をリオンがまとっていたのだ。
リオンは礼拝堂へ入っていく。ラリーは礼拝堂をぐるりと回って窓を探した。明かりの漏れている窓を見つけると、ラリーはそこに当たりをつけて、そっと窓際に近づいた。ラリーの読みは当たり、中からはリオンの声が聞こえる。ラリーはよく聞こうと耳をそばだてた。
「私が、そんな罰当たりな話に協力するはずがないでしょう! 何を言っているんですか、あなたは!」
やや、しわがれた声が飛び込んできた。屍霊を浄化した、年老いた神官の声だ。どうやら、リオンたちの計画に、この神官も巻き込もうとしているようだ。
「協力できませんか?」
リオンの声は静かで落ち着いていた。ラリーは「そりゃそうだろう」と心の中でつぶやいた。神官には、この計画に乗る大義も利益もない。おそらくリオンは、神官に結界を馬車に張るよう依頼したのだろう。運搬中に屍霊化されないためだ。そして、計画の全容を知らされて、神官は激昂しているのだ。
「死者を穢す行為を、私が手伝うなどありえない。あなたは、私がそんなことに協力すると本気で考えているのですか!」
「では、なぜ、あなたはこの『勇者の団』にご協力いただいているのですか? 王都の教会で静かに暮らすこともできたはずです。そこを離れたのは、いったい、なぜなのですか?」
リオンの質問に、神官は動揺したようだった。神官は窓際まで後ずさると、「何が言いたい?」と小声でつぶやいた。ラリーは少し窓から離れた。神官の背中が窓からのぞいたからだ。
「あなたが、『勇者の団』に加わったのは、王都を離れざるをえなかったからです。あなたには男色の性向があり、ある修道士との関係が表沙汰になろうとしていた。その事実が明らかになれば、あなたは教会にいられない。それで、ほとぼりが冷めるまで、我が団に従軍することにしたのです。ここなら、あなたの噂をする者はいない」
「い、いったい、そんな話をどこから……」
「前線で戦う者だけを審査したわけではありません。入団希望者は、非戦闘員も調査したうえで入団を許可しています。魔族の息がかかった者を招き入れるわけにはいきませんからね」
「つまり……、あなたは私のことを承知で迎え入れたと言うのか……」
神官の声は震えていた。最初の怒りは消え失せ、今の神官には怯えの感情しか見えなかった。
「入団の資格に、男色は不可と決めていませんでしたからね」
リオンはさらりと答えた。ラリーは初めて知るリオンの一面に戦慄していた。ラリーがもっとも驚いたのは、リオンがこういう行為にかなり「慣れ」ているようだったことだ。もっと以前から他人を脅すようなことをしてきたようだ。
……そりゃあ、リオンの頭の良さを考えりゃ、他人を脅す技術も高いと思うが、実行するかどうかは別の話だと思っていたからな……。
ラリーはあごに手を当てて考えた。リオンは貴族の家系とは言え、当人は生まれたときから下級市民だ。階級最下層での暮らしは簡単ではなかったはずだ。下級市民の中には、生活のため犯罪に手を染める者は珍しくない。だからこそ、下級市民は中級以上の市民たちから蔑まれ、差別されてもきた。王国が道徳規制を敷いているおかげで、差別行為は表立ってはいない。たとえば、階級の違いで結婚を阻むのは不当であると、王国が宣言しているのだ。階級制を敷いているのは王国自身なので矛盾しているようだが、階級制は税制など、統治に関わるうえで必要なものだと王国側は主張している。しかし、制度上の不平等が、実生活の不平等と結びつくのは自然なものだ。リオンがこの不平等な環境と渡り合うため、手段を選ばない行動を取るようになっても不思議ではないのだ。
……それにしてもよ……。
ラリーは窓に視線を戻して、再び様子をうかがった。神官の背中は窓から消えている。しかし、ふたりの会話は続いているようだ。
「私が死者を屍霊化することに協力すれば、このことは誰にも言わないでもらえるのかね?」
神官の声は請願と呼ぶにふさわしい調子になっている。
「そんな約束はしませんよ。それじゃ、こちらが口止めを材料に脅しているようじゃありませんか」
……脅しているだろ、実際。
リオンの言葉に、ラリーは心の中で突っ込んだ。
「こちらが申し上げたいのは、ここは男まみれの戦場です。あなたにとって、ここはほとぼりが冷めるまでの避難場所ではなく、誘惑の多い危険地帯ではないかということです。誘惑の対象を前に、ただ忍んでいるのは辛いでしょう。そうではありませんか?」
「な、何を……」
神官は明らかに困惑していた。ゴトリと何か重いものが置かれる音が聞こえ、続いて神官の息を飲む音が聞こえた。ラリーがそっと窓からのぞくと、ラリーは目を丸くした。
リオンは白銀の鎧を脱ぎ、軽装姿で神官の前に立っていたのだ。さきほどの物音は、鎧を床に置いたものだった。
「互いが力を合わせれば、困難なことも乗り越えられます。あなたは神官が使える力を。こちらは、あなたの苦しみを和らげてあげましょう……」
リオンは神官の頭を引き寄せると、そっと優しく抱きしめた。神官は一瞬暴れるそぶりを見せたが、すぐに両手をだらんと下ろして大人しくなった。
「我々は目的を同じくしているはずです。どうか目的を果たすため、ともに困難と立ち向かってもらいたいのです」
ラリーは窓からそっと離れた。離れ際にリオンの胸に頭を押しつけられた神官の顔が見えた。彼はリオンの体臭を吸いながら恍惚とした表情だった。ラリーは足音を殺して礼拝堂から立ち去った……。
「とにかく、あれだ。神官は俺たちの味方だということだ」
ラリーは結論づけるように言った。トルバはそれ以上質問せずに馬車を走らせることに集中した。それからは目的のくぼ地まで、ひと言も会話することがなかった。
リオンたちは夜明けすぐに出発したが、目的地に着いた頃は日もだいぶ高くなっていた。
「すぐ作業に掛かろう」
ケインは馬車を降りるなり、後ろの馬車に声をかけた。ラリーたちは無言で馬車を降りて荷台に向かった。
遺体は1体ずつ麻袋に入れられていた。リオンたちは無言で袋を担いでくぼ地へ運んでいった。袋の口は軽く縛られているだけで、そこからは遺体特有の死臭が漏れていた。ケインはその死臭に顔をしかめたが、何も言わずに遺体を運び続けた。老いた神官は、くぼ地のほとりで祈りを捧げ続けている。誰も手伝えとは言わない。神官の腕は麺打ち棒のように細かったのだ。あれでは袋を手にしたとたんに折れてしまうだろう。それに4人の男たちは腕力に優れていた。間もなくすべての遺体がくぼ地へ運び込まれた。
「では、これから手筈通り進めていく。ラリーはコリント。トルバはアッチカへ。ケインは神官殿とともにメネアへ戻って、各隊の隊長たちに事情を説明してくれ」リオンが全員に視線を向けながら指示を出した。
「わかっている」ケインは苦い表情で答えた。
「勇者殿はどうなさるので?」
神官は不思議そうに尋ねた。
「ここに残って、彼らが屍霊化するのを確認する」
リオンの淡々とした答えに、神官は驚きの表情を浮かべた。
「そんな……、危険です、勇者殿! あなたが屍霊に殺されでもしたら……」
リオンは神官の肩に手を置いた。
「心配は無用です、神官殿。このくぼ地は深くて、ただの屍霊ではよじ登ることが難しい。強化型に変化するまで、屍霊はこちらを襲うことができませんよ」
「では、強化型に変化したら……」
「そのときは、彼らを引き連れてチリンスの丘へ向かうだけです。間違ってもメネアに向かわないようにしなければなりません。俺が残るのはそのためです」
神官はまだ何か言いたそうに口を開いた。リオンは穏やかに首を振った。
「大丈夫です。ほかにも理由があるんです」
きょとんとしている神官にリオンは片目をつむってみせた。
「それより、道中からここまで結界を維持していただき、ありがとうございました。さぁ、結界を解いて、メネアにお戻りください」
リオンは優しく声をかけて、神官をケインのほうへ送り出した。
「みんな、頼む」
ケインだけでなく、ラリーたちも強くうなずいた。ラリーとトルバは馬を1頭ずつ馬車から離すと、それぞれ鞍や鐙を装着した。馬の準備ができると、ふたりは馬にまたがって手綱を握りしめた。
「じゃあな、みんな」
トルバはひと声かけると馬を走らせた。ラリーは無言でうなずいてから馬を走らせた。ふたりは瞬く間に姿が見えなくなった。
ケインは3台の馬車を連結させて、先頭の馭者台に神官を座らせた。自身も馭者台に乗り込むと、かたわらで見守っているリオンに話しかけた。
「それじゃメネアへ戻る。いいか、油断するなよ。お前が覚醒者であっても、屍霊にとって、ただの攻撃対象でしかないんだからな」
「そうだな。ヘマはしないよ、気をつける」リオンは素直に応じた。その答えに満足したのか、ケインはすぐに馬車を動かした。神官は不安そうに馭者台から身を乗り出して、馬車を見送るリオンを見つめていた。身軽になった馬車はたちまちくぼ地から離れていき、リオンの姿は樹々に隠れて見えなくなった。
「仕掛けはようやく放たれたところだ。勝負はこれからだな」
馬車が見えなくなると、リオンはひとりつぶやきながらくぼ地に視線を落とした。遺体を入れた袋はくぼ地の底に幾重にも積み重なっていた。そのひとつの口から青白い手がゆっくりと伸びている。
「結界が消えると、さっそくか……」
リオンは口の端に皮肉な笑みを浮かべた。
その袋から、ひとりの男が呻き声をあげながら這いだしてきた。虚ろな青白い顔で、何かを求めるように虚空をつかもうとしていた。呻き声は1体だけではない。くぼ地の底からは何体もの声が溢れつつあった……。




