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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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素直【scene17】

17


 「こいつは……」

 ルッチは草むらの中の「あるもの」を見つけて、声を震わせた。

 「どうしたのです?」

 レトがルッチの隣に並んで、ルッチが見つめている方向に視線を向けた。そして、蒼ざめた表情で沈黙した。

 メネアから1里ほど離れた平野でのことだった。8番隊カイル班は、参謀ザバダックの指示で屍霊グールたちが現れた方角の特定調査に向かっていた。メネアを攻めた屍霊グールたちはすでに全滅させている。改めて調査をする必要があるのか、カイルをはじめ、訝しむ者は少なくなかった。ザバダックは詳しく理由は説明しなったが、「大事なことなのだ」と繰り返し、カイルたちも了解したのだった。

 「何? 何か見つけたの?」

 ガイナスも駆け寄って、ふたりが見つめているものに目をやった。すると、興味津々だったガイナスの表情がみるみる曇った。「これって、屍霊グール……よね……」

 3人が見つめているのは、口からよだれと血の泡を垂らしながら這っている男だった。顔と言わず、身体と言わず、あらゆるところが傷だらけで、衣服には血が滲みでている。顔から片目が飛び出してぶら下がっており、口の横が大きく切り裂かれて、歯がのぞいていた。とても生命のある状態とは思えない。しかし、その男は小さく唸り声をあげながら、レトたちに向かって這い進んでいるのだ。立って歩いていないのは、両腕、両足を折っているからで、いずれも通常の向きを向いていなかった。男の顔色に血の気はまったくなく、それでも濁った眼をルッチに向けて、何とかたどり着こうと身体をくねらせていた。助けを求めている様子はない。むしろ、ルッチたちに襲いかかろうとしているようだった。

 「おいおい、何をしているんだ。屍霊グールだぞ、これは!」

 ノギスがファルシオンを抜き放って大声をあげた。ノギスの声で、デュプリやペックも駆け寄ってくる。ふたりも屍霊グールを確認するなり、武器を手に身構えた。

 「わかっています。ただ、戸惑っているのです」

 レトは重苦しい口調で答えた。屍霊グールを辛そうな表情で見つめている。

 「訳を聞こう。ただし、こいつにケリつけてからな」

 カイルが屍霊グールの脇に近づきながら言った。彼は剣を抜くと、すばやく屍霊グールの首を斬り落とした。屍霊グールは首だけの状態でしばらく口をぱくぱくさせていたが、やがてけだるそうな表情で動かなくなった。胴体もしばらく首を求めて這いずりまわっていたが、こちらも大人しくなった。レトはまったく動くこともできずに立ち尽くしていた。

 「どうした、レト? この屍霊グールはいったい何だ?」

 鞘に剣を納めながら、カイルはレトに尋ねた。レトは苦しそうな表情のまま口を開いた。

 「この屍霊グールが着ている服は、メネアを襲った兵士の屍霊グールと同じものです。おそらく同じ部隊に所属していたか、同じ大隊にいたのだと思います。僕は当初、メネアを襲った屍霊グールたちは、魔侯軍によって送り込まれたのだと考えていました」

 「ああ。みんな、その考えに納得している。同じ時期に、あれだけ大量の屍霊グールがメネアを襲ってきたんだ。あれが偶然で、誰の意図も関わっていないなんて考えられないからな」

 ノギスも剣を鞘に戻しながら言った。レトはノギスに顔を向けた。

 「ですが、この屍霊グールは理に適っていません。僕たちに襲わせる意図で、この人物を殺したのであれば、ここまで全身の骨を砕くようなマネはしないはずです。屍霊グールは、多少の損傷であれば通常並みに動くことができます。ですが、ここまで損傷が大きいと、はっきり言って脅威になりません。これでは、まるで大きな芋虫です」

 「ついついやりすぎたんだろ」ルッチは軽い調子で言った。真剣に考える風ではない。

 「そもそも、メネアを襲った屍霊グールとは違う事情で死んだ人物かもしれない」

 オーギュストもそばへ寄りながら口を挟んだ。

 「……そうなのかもしれませんが……。ただ、僕たちは今、屍霊グールが進んできた跡をたどって来たんですよね? この屍霊グールは肩の紋章から見て、セルネドの兵士だと思います。ここは、セルネドからはずいぶん遠い。メネアを襲った屍霊グールと、この屍霊グールは別々の場所で偶然に発現したとは思えません」

 レトは強張った表情を変えないで言った。レトの肩にルッチが手を置く。

 「なぁ、それがいったいどうしたと言うんだ? お前は何が言いたいんだ?」

 レトはルッチに顔を向けた。「僕が重大な過ちを犯したかもしれない、ということです」


 カイル班は巨大な崖の前に立って、揃って上を見上げていた。高さは実に数十メルテはあるもので、ゴツゴツした岩がところどころから突き出ていた。彼らが見上げている崖の上からハイデラが顔をのぞかせた。高所の得意な射手アーチャーであり、班で一番身軽な彼女が崖の上を登って調べていたのだ。「あったわ」

 「ありましたか」レトは暗い表情でうなだれた。

 レトたちが立っている崖のふもとには、数え切れないほどの血の跡があった。血だけではなく肉片も飛び散っている。崖から大勢の人間がここへ落下したと推察できた。そして、メネアを襲撃した死霊グールたちの足跡はここから始まっていたのだ。さきほどの屍霊グールもここから這いだしたことがわかった。

 カイル班はハイデラが登った崖の上を目指して歩き始めた。さすがにハイデラのように崖を登ることはできないので、徒歩で進める道を探しながらである。おかげでハイデラのもとへたどり着くのにだいぶ時間がかかった。それまでの間、ハイデラはひとり大人しく待っていた。

 「遅くなった」

 ハイデラに合流すると、カイルが詫びた。ハイデラは首をすくめただけだった。

 「大勢がこのあたりを走った跡がありますね。そして、そのまま崖に向かっている。この様子だと、ほぼ同時に数十人がいっせいに崖に向かって突進したようです」

 レトが地面の様子を調べながらつぶやいた。

 「こんなところを全力で走ったのか?」

 ルッチはあたりを見渡しながら言った。崖の上は森になっていて、崖の手前には茂みができていた。全力で走るには視界不良で不向きだと言える。

 「レト。君は重大な過ちを犯したかもと言ったな。何のことなんだ?」

 カイルがレトに尋ねた。

 「『かも』ではありません。僕は過ちを犯しました。僕は、メネアを襲った屍霊グールは魔侯軍の策だと断定しました。ですが、あの件で魔侯軍は無実だとわかったのです」

 「あれが魔侯軍の仕業ではない?」

 レトはうなずいた。

 「おそらく、屍霊グールになった人びとは、どこかで捕虜となっていたが、集団で脱走をしたのです。崖の様子から見て、夜中に脱走したのでしょう。月明かりだけを頼りに森を抜けようとしたのです。敵にはすぐ気づかれたのでしょう。彼らは必死で逃げたはずです。それこそ全速力で。そして、勢いそのままに、この崖に飛び出してしまったのです」

 「地面の跡から推理したのか? ほかに根拠はあるのか?」

 カイルは続けて尋ねた。

 「崖下には、剣や盾などの装備がありませんでした。兵士服姿の彼らが武具なしだったことを示しています。だから、彼らが捕虜だったと考えました。敵に追われていたと考えたのは、足跡にゴブリンのものと思われる小さな足跡も含まれているからです。それらの足跡は、茂みの手前で引き返しています。崖から落ちる者たちの悲鳴でも聞きつけて、先へ進むのを止めたのでしょう。ゴブリンたちの足跡が茂みの奥まで続いて入れば、捕虜たちを突き落としたことも考えられるのでしょうが、そうではないのです。だから、ゴブリンたちは人びとを追いかけはしたが、捕らえることができずに死なせてしまったと考えられるのです」

 「状況は呑み込めたが、何でお前の過ちになるんだ? やつらが原因で、あの人びとが屍霊化グールかしたのは間違いないじゃないか」

 ルッチはいかにもわからないというように首を振った。

 「大違いです。僕は魔侯軍が意図的に屍霊グールを作り出したと決めつけた。ですが、これは事故です。魔侯軍にそんな意図はなかったんです」

 「まぁ、魔侯軍が屍霊グールをけしかけたわけではないということは理解した。だが、それを気に病むほどか? どうでもいいじゃないか」

 「よくありません!」レトはすぐに否定した。

 「僕は、自分の軽率な推論で、周囲に憎悪を煽ってしまったんです。戦争で敵に同情は禁物でしょうが、無実の行為で非難するのは誤りです!」

 「……お前はどうするつもりだ?」

 ルッチの声は静かだった。仮面で表情はわからないが、冷たい視線を送っているように感じられた。

 「メネアに戻ったら、僕は自分の過ちを打ち明けるつもりです。そして、敵に無用な悪意を向けないよう話します。あそこには身内を屍霊グールにされたと恨んでいる人もいるのですから」

 「やめとけ」

 ルッチはすばやく言った。

 「その行為には何の意味もない。お前が敵をかばったと非難されるのがオチだ。たとえ、みんながお前の過ちを認めたところで何が変わる? 敵が優しくなるとでも? みんなが敵を殺すのを止めるとでも? いいや、何も変わらない。戦争はまだ続くからだ。結局、お前がつまらん損をするだけだ」

 「だけど!」

 「いいえ。ルッチちゃんのほうが正しいわ」

 ガイナスがレトの抗議をさえぎるように言った。

 「あなたの、敵に無用な憎悪を向けないという考えは立派だわ。でも、それは自分だけのものにしなさい。今、みんなは魔侯軍に対する敵意で団結している。その団結にヒビを入れるって言ってるのよ、アナタは。その行為にどんな益があるというのかしら?」

 レトはまだ何かを言いかけて口を開いた。ガイナスはレトの口の前に指を1本立ててみせた。レトは口を閉じた。

 「アナタに強い正義感があることはわかったわ。でも、それを曲げてくれる? その正義感が『勇者の団』の命取りになるかもしれないのよ」

 「僕は、自分の過ちを訂正したいだけです」

 「そうね。それもわかるわ。でも、もうアナタは過ちを犯してしまった。それが覆ることはないわ。アナタがするべきは、過去の過ちについてどうするではなくて、これを今後どう生かすのかということなのよ。過ちは覆らなくても、償うことはできる。そうするべきではなくて?」

 ガイナスの言葉に、レトはうつむいて深く考え込んだ。ようやく顔を上げると、レトの目はこれまでにない厳しい光が宿っていた。

 「わかりました。僕はこれを自分の戒めとして、決して忘れないようにします。そして、軽々しく自分の推理を口にすることは控えます。すべて話すのは、きちんと裏付けが取れてからにします」

 それは宣言とも言えるものだった。

 「しかし、参謀はそんなことをレト君に悟らせるために、こんな命令を出したのですかね」

 チェンが首を振りながらつぶやいた。たしかに、参謀の目的がそれだとすれば、チェンでなくても呆れてしまうだろう。

 「参謀は確かめたかったのかもしれません」

 レトが考えながら言った。

 「これは推論というより、想像なのですが、屍霊グールがどのような経緯で現れたのか、参謀は確かめたかったのではないかと。それにより、敵の勢力範囲と行動範囲が見えてきますから。実際、この調査で僕たちは敵がここまでは行動していることが把握できました。このことにより、ある推論が組み立てられます」

 「それなら俺にも考えられる」

 カイルがうなずいた。カイルの手には地図が握られている。

 「敵はチリンスの丘からアングリアに通じる街道を通って、捕虜を運んでいたのだ。この先に街道があるからな」

 「捕虜をアングリアに運んでいたのですか?」チェンが不思議そうな顔をした。

 「アングリアは俺たちによって奪還されている。おそらく、アングリアに向かう途中で道を折れて、そのまま運河に向かうのだろう。そして、運河を横切った先には……」

 「ミュルクヴィズの森がある!」チェンが納得したような声をあげた。

 「そうだ。行方不明になった街の人びとや兵士たちは、ミュルクヴィズの森に連れ去られたのではという考えがあったが、このことでそれが裏付けられた形だ」

 初めは話しが見えていない様子のペックが、ここで大きくうなずいた。

 「そうか! 参謀が確かめたかったのはそれだ! 今後の作戦の根拠に裏付けを取るために」

 「たぶん、そうなのでしょうね」デュプリも得心がいったようにうなずいた。

 「じゃあ、なぜ、その目的のことを私たちに教えてくれなかったの? 別に教えてくれても差し支えないと思うけど」

 ハイデラがもっともな疑問を口にした。

 「外れだったときのことも考えたんだろうな。さっきのレトの話じゃないが、俺たちはどうも魔侯軍を敵視するあまり、想像に過ぎないことで結論を急ぐところがある。目的を聞かされてからの調査じゃ、勝手な思い込みから人びとは森に連れ去られたと結論づけたり、証拠でないものを証拠だと信じ込んだりする危険がある。俺たちの調査は結論ありきじゃいけなかったんだ」

 カイルの説明に、「なるほどね」と、ハイデラも納得したようだった。

 「それを確かめさせるために、わざわざ俺たちを選んだのは?」

 オーギュストはまだ完全に合点がいかない様子だ。

 「参謀は俺たちと言うより、あいつに確かめさせたかったんだろう」

 カイルはぐいっと親指をレトに向けた。

 「あいつは分析力が高いだけでなく、自分の過ちを素直に訂正できるほど公平な男だからな」

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