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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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たとえ我が手を汚してでも【scene16】

16


 「……つまり、チリンスの丘には1万8千の軍勢がいるってことになる」

 トルバはボードに貼りつけられた図面を棒で指しながら説明した。

 「思っていたより多いな」

 ケインは腕を組んだ。

 会議室では各隊の隊長を集めての軍議が行われていた。斥候の報告を整理し、敵の情勢についてトルバから報告を受けているところだ。この会議にザバダックの姿が見えない。ザバダックはまだ屍霊グールに襲われることを警戒して、メネアの防衛態勢の立て直しを図っていたのだ。

 報告では魔侯軍はコリントとアッチカ付近に軍は進めているが、その数は思っているほど多くはなく、それぞれ数千の規模のものだった。魔侯軍はむしろチリンスの丘を重視し、そこから主力を動かさない構えのようだ。

 「ま、当然ですね。コリントやアッチカなんて、向こうにすれば敵陣の奥深くです。そこに軍を進めて、その間にチリンスを獲られることになれば……。軍は分断され、補給路、退路が断たれることになります。メネアの攻撃部隊が撤退した今、チリンスの丘はメネアとアングリアの二方向から攻められるんです。魔侯軍は主力を動かすなんてできませんね」

 5番隊隊長のハリスが愉快そうな笑みを浮かべて言った。『勇者の団』の中で、今もっとも士気の高いのは5番隊だと言われている。彼自身も気分が高揚しているようだ。

 「ハリスの指摘は正しいと思う。たしかにコリントには王国の大軍がいる。しかし、さすがに敵も『この大軍は動かない』と見抜いているんじゃないか」

 グエン・マクドナルドはメガネのレンズを磨きながら意見を述べた。グエン曰く、レンズを磨いているときが、一番心が落ち着くとのことだ。

 「実際はアングリアからも兵は動かないから、メネアからの9百で1万8千を相手にしなくちゃならないわけだ」

 ピピンが面白くなさそうに続ける。ウォレスが頭の後ろで手を組んだ。「20倍の戦力差か……」

 「さすがに無謀の極みだな。戦力差を縮めようにも、差があり過ぎる」

 デアンドリアは自分の髪をかき上げながらつぶやいた。ピピンと同様、表情に明るさはない。

 「けっこう勢いよく煽っちまったからな。ここで戦わないわけにはいかないよな……」

 ケインは申し訳なさそうにリオンを横目で見つめた。

 「そんなことで危険を冒すべきではない。現実がわかれば、みんなも納得する。20倍の戦力差は、奇襲や奇策で覆せる差ではない。誰でも理解できる算数だ」

 グエンが口を挟んだ。

 「たしかにアングリアも、こちらのほうが数で負けていた。しかし、あのときは2千対千。戦力差は2倍だったが、敵の数は知れていた。今回は万を越える敵だ。勇者の『聖光十字撃グランド・クロス』の威力は絶大だが、さすがに2万近い軍勢を掃討できはしないだろう」

 「敵を1箇所に集めちまえば可能なんじゃないか」

 ベイノンが思いついたように言った。「敵をこう1列にまとめるとかしてさ……」

 「実現可能な作戦を話し合おうか」

 グエンがメガネをかけながら冷たく言い放った。

 「正直なところ、私も今はチリンスを攻撃するときではないと思う」

 これまで無言だったウィル・フリーマンが口を開いた。

 「なにせ、我々は勇名をはせたテッド・バスを失っている。勇者側も2人も仲間を失っているんだ。我々の戦力低下は否定できまい」

 ウィルはリオンの座っているあたりに顔を向けながら話した。リオンの両脇にはケインとエリスが座っている。ボードの前に立っているトルバを除けば、ほかに席に座っている勇者の仲間はラリーとメリーのふたりだ。ふたり欠けるとずいぶん寂しくなったように見える。

 「勇者殿。あなたの戦意を削ぐつもりはないが、やはり、ここはもう少し様子を見るべきだと思う。将軍の考え方に同調するつもりはないが、下手に動くより、距離を取って牽制するほうが有効だと思うのです」

 ウィルはリオンを諭すように話している。リオンの演説で、団員たちが拳をあげていたとき、ウィルは言い知れぬ不安を感じていた。リオンだけは考えも感情も読み取れない。あれが士気を高めるためだけに行なわれたものとは思えないのだ。自分が何も発言しなければ、『勇者の団』は明日にでも出立すると思ったのである。

 「これは、みんなの総意なのか?」

 リオンは静かに尋ねた。ベイノンはリオンと視線が合うと、自分の頭をかいた。

 「そりゃあ、俺も魔侯軍と戦うのが恐いわけではないがね……。さすがに無謀って言うか、勝てる見込みが立たないって言うか……」

 「そうか。わかった」

 リオンはあっさりとした口調で言ったので、周囲の者たちは呆気にとられた。正直なところ、この話題で一番抵抗するだろうと思われたからだ。リオンのひと言で、密かに懸念を抱いていた者は心の内でほっと胸を撫でおろした。しかし、リオンは簡単な相手ではなかった。

 「各隊のリーダーは席を外してくれないか」

 リオンが静かに指示を出した。ウィルは顔をしかめた。「私たちに出て行けと?」

 「この問題を俺の周囲の者と詰め直したい。時間をもらえないか」

 「いいだろう」

 ベイノンがそう言いながら立ち上がった。そのまま、周りに一べつもくれずに部屋を出て行く。扉を閉める音は大人しいものだった。少なくともベイノンは平静に出て行ったようだ。

 ベイノンの退出がきっかけになったように、残りの隊長たちも部屋を出て行った。最後にディレイノ・ハーディーが部屋を出た。彼は去り際にちらりとリオンの姿に目を向けた。その目には何の感情もうかがえない。ディレイノは静かに扉を閉めた。

 「エリス。君には魔法使いたちの状況を確認してもらいたい。魔法使いの死傷者数を正確に把握したいんだ」

 リオンはエリスに顔も向けずに言った。エリスは誰の目にもわかるぐらいに蒼ざめた。

 「リオン! 私にも出て行けと言うのですか!」

 「違うよ、エリス」

 リオンは静かに否定した。

 「俺はケイン、トルバ、ラリーと話がある。つまり、近接戦闘に従事する者たちだ。彼らに俺の作戦を聞いてもらい、意見を出し合いたいんだ。その間に、エリスには俺が欲しい情報の収集を頼みたいのさ」

 「射手アーチャーの私も席を外せ、ということですね」

 メリーが感情のない声で言いながら立ち上がった。ラリーが慌てたようにリオンに顔を向けた。

 「おい、リオン! どういうことだよ。メリーも不要だと言うつもりか?」

 「誰も不要だなんて言ってない」

 リオンは視線だけをラリーに向けた。あらゆる感情を排した冷徹な瞳だ。ラリーは一瞬背筋がぞくりとして口をつぐんだ。

 「そう。ならいいわ」

 メリーはつぶやくように言うと、エリスの後ろを通って出口に向かい始めた。メリーはエリスの後ろを通り際に「行くよ」と肩を叩いた。肩を叩かれたエリスは我に返ったように立ち上がった。不安そうにリオンの横顔を見つめる。しかし、リオンはエリスに顔をまったく向けようとしなかった。エリスは諦めたようにため息をつくと、何も言わずに出口に向かった。そこにはメリーが扉を開けて待っていた。

 「メリー。君には物資の残り状況を確認して欲しい。これまではスライスが担当していたが、今後は君に頼みたい」

 リオンは正面を向いたまま話しかけた。リオンはエリスだけでなく、メリーとも顔を合わせようとしなかった。

 「わかったわ」

 メリーは短く答えるとエリスとともに部屋を出て行った。こうして、会議室には4人の男が残った。

 「どういうことだ、リオン。隊長たちはともかく、エリスやメリーにも席を外せなんて。ふたりへの指示は、いかにもとってつけたようだったぞ。あれじゃ、誰だってお前に不信感を抱くぞ」

 ケインは不快な様子を隠そうとしなかった。怒りの滲んだ口調である。リオンはようやくケインに顔を向けた。

 「これから話すことは、今まで誰にも話していない。君たちだけに話すんだ。聞いてくれるか?」

 リオンの重い口調に、ケインは表情を変えた。「いったい何だ、リオン?」

 リオンは再び正面を向いた。リオンの視線の先にあるのは会議室の無機質な壁だけだ。リオンはその壁に話しかけるように口を開いた。「実は……」


 「何を考えている、リオン! 正気か!」

 席から立ち上がりながらケインは叫んだ。驚愕している表情だ。トルバとラリーも同じ表情だ。リオンの話に完全に言葉を失っている。

 「戦死した50人の遺体をチリンスの丘近くに投棄しろだと? お前、味方を屍霊グールにするつもりか!」

 リオンは表情をまったく変えなかった。

 「だから、そう言っている」

 多数の戦死者を出したメネアでは、火葬場が混雑を極めていた。10番隊の隊員たちが優先に火葬されて、その他の戦死者は順番待ちの状態だった。10番隊が優先されたのは、死亡時期が早く、遺体の損壊が激しいためだ。それにより腐敗の進行が早く、疫病が発生しかねない。ほかの遺体は火葬場近くの礼拝堂に集められた。おかげで、小さな礼拝堂は棺桶で埋め尽くされていた。しかし、死者を屍霊グールにしないための結界が張られているのはそこだけだったため、やむをえず押し込めているのだ。ケインの言った「50人の遺体」とは、ザバダックが仕掛けた『第二の矢』のため、メネア近くの坂で戦死した4番隊12名と王国軍兵士38名のことだ。本来、損耗の少ない彼らのほうが屍霊化グールかの危険は高いのだが、疫病も侮れないので彼らは後回しになったのだ。リオンはそれらの遺体を屍霊グールに変えて、魔族と戦わせるつもりなのだ。

 「お前、さっきの戦いを忘れたのか? 屍霊グールがどれだけおぞましいものなのか、もう充分に理解できたはずだ!」

 「よく理解したさ。その有効性もな」

 ケインは二歩ほど後ずさった。

 「……有効性だと?」

 「屍霊グールは標的めがけてまっすぐ飛びかかっていく。どれだけ障害があろうと、どんな攻撃を受けようと怯むことがない。おかげで、魔法での防衛はあまり効果がなかった。最初に魔法を放った後、次の呪文の詠唱時間までに完全に詰められてしまったからな。特に強化型の屍霊グールは本当に侮れないものだった」

 「それが有効だと言うのか?」

 「考えてみてくれ。俺たちは最終的には浄化の魔法陣で殲滅することができた。しかし、魔族は神聖魔法が使えない。魔の領域に属するやつらは神官がいないし、屍霊グールを浄化する手段がないんだ。屍霊グールは人間や魔族の区別なく、生きているものを襲う。チリンスの丘近くで屍霊化グールかした者は、間違いなく丘に陣を敷いている魔族どもに襲いかかるだろう。丘の周囲はやつらのおかげで人間はいない。みんな殺されるか、捕まるか、あるいは逃げ出してしまっているからな。人間に被害は出ない」

 ケインはリオンに迫った。「被害は出ないって。自ら怪物を世に放つことになるんだ。それがどんなに罪深いか、わからないお前ではないだろ!」

 大声で言いながら、ケインはエリスとメリーを同席させなかった理由をはっきりと悟った。リオンはこの策の邪悪さを充分に理解している。だからこそ、彼女たちを突き放すような行動を取ったのだ。そんなケインの考えを裏切るように、リオンは皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。

 「罪深いか……。このまま魔侯軍を居座らせ、今後も民に犠牲と苦痛を強いることと較べて、どちらが罪深いことなのかな?」

 ケインもトルバたちと同じように言葉を失って沈黙した。

 「なぁ、ケイン。俺たちの使命は何なのかな? 民を犠牲にしてでも『真っ当な』戦い方を貫くことかな? 道徳のお手本として振舞うことなのかな? それより、たとえ薄汚れることになっても守るべき人びとを守る。倒すべき敵を倒す。そうじゃないかな?」

 リオンの声は終始静かで、落ち着いたものだった。ケインはその穏やかさに自身も落ち着いてきた。しかし、それでも納得はできない。

 「リオン。お前の考え方は自分の手を汚してでも敵を倒すということだな? だが、邪道に走れば周囲からの理解も支持も得られない。英雄視されない行為はとん挫するものなんだ。お前の行動は身の破滅を招きかねない。危険だ」

 「危険だから民を救わないと?」

 「そんなことは言ってない! 俺は手段を選ばない行動は、成果につながらないと言ってるんだ!」

 リオンは静かにため息をついた。「屍霊グールを利用することが、手段を選ばないと思うのか……」

 「そうだろ、なぁ?」

 ケインはトルバとラリーに同意を求めた。ふたりはぼんやりとした表情で曖昧にうなずくだけだ。

 「さっきの軍議で明らかになったように、チリンスの丘には俺たちの20倍の戦力が陣取っている。これを撃破しなければ、俺たちは先へ進めない。俺たちの進むべき場所はどこだ? チリンスの丘なんかじゃない。俺たちが目指すのは魔侯のいるところだ。そして魔侯の首を獲ることだ。ここでぐずぐずしている暇は、俺たちにあるのか? 現在の俺たちの剣は、魔侯のどこにまで届く位置にあるんだ?」

 「それは……、しかし、リオン。焦り過ぎじゃないか? 焦ったところで魔侯には近づけないぜ」

 ラリーが遠慮がちに声をかけた。リオンはすばやく首を横に振る。

 「俺は焦ってなどいない。ただ、時間が惜しいんだ。時間が過ぎれば過ぎるほど味方に犠牲が出る。戦力差20倍で戦いに挑む無謀さは百も承知だ。だからこそ、味方に損耗の出ない方法を考えた。俺たちが死者を冒涜する行為で大勢の仲間が助かるんだ。味方を失うことに較べれば、罰当たりになるぐらいどうってことないさ。そうは思わないか?」

――味方に犠牲が出る。

 この言葉はケインの胸にぐさりと突き刺さった。門の前でケイナンと言い争いになったとき、10番隊を無駄死にさせたとなじられた。『名もなき陵墓』へ送る部隊に、10番隊を推したのはケインだった。テッド・バスの勇名は聞いていたし、彼が指揮する部隊であれば百名で十分だと思ったのだ。10番隊全滅という結果に、一番胸を痛めたのはケインだったのだ。

 「彼らの肉体には、すでに彼らの魂は宿っていない。それに、目的は味方の犠牲を減らすためなんだ。彼らだって納得してくれるさ。俺たちが心を砕くべきは死者よりも、今生きている者たちに対してではないか?」

 リオンはさらにひと押しとばかりに言葉を続けた。もう充分だ。ケインは苦笑を浮かべながら首を振った。

 「参ったよ、お前の言う通りだ。俺たちは生きている者に対して責任がある。きれいごと言っている場合じゃないよな」

 それを聞いて、トルバとラリーは互いの顔を見合わせた。やがて、観念したようにため息をつく。「わかったよ。俺たちも味方の犠牲を増やしたくはない。その策に乗ろう」

 「ありがとう、すまない」

 リオンは両目を閉じて、小声で礼を言った。わずかだが、リオンの肩は震えていた。


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