陵墓の正体【scene15】
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1頭の馬が急峻な坂道を登っていた。馬は毛並みがよく、歩みもしっかりとしたものだった。馬にまたがっているのは、王立魔法学院の教授、シドニー・パジェットそのひとである。
教授が馬を進めているのは王都より北に抜けた山岳地帯であった。街はおろか、およそ人里と呼べるところはなく、遠くに何らかの獣の遠吠えする声だけが聞こえる。並みの獣であればいいほうで、このあたりには凶暴な魔獣が徘徊すると言われていた。老人がひとりで馬を走らせるには、あまりに危険な場所である。
教授はそんな危険を承知していないのか、鼻唄混じりで馬に乗っている。表情にも何らかの恐れを抱く様子はない。もっとも、教授は魔法の使い手でもあるので、この程度の危険はなんでもないのかもしれない。
「よく整備された道じゃわい。馬も歩きやすかろう」
教授は馬の首をさすりながらつぶやいた。たしかに、ひとの気配がない場所にしては、この坂道は整い過ぎていた。まるで、日頃から使用されている道のようだった。
教授を乗せた馬は、やがて崖の手前で足を止めた。道は崖にさえぎられるように途切れている。
「ふん、こんなまやかしなど」
教授は口の中で何かをつぶやいて手を崖に差し伸ばした。すると、崖がまるで煙のようにかすんで消えてしまった。崖が消えた先は、途切れていた道が奥へと続いていた。
「ほれ、あと少しじゃ。よろしく頼む」
教授は優しく馬に話しかけると、馬は再び歩き始めた。
それから、いくぶんもしないうちに大きな城が教授の前に立ちはだかった。
「ふう、着いたわい」
教授は馬から降りながらつぶやいた。
城は大きな門に閉ざされていた。分厚そうな鉄扉で、老人の手で開くようには見えない。
教授は門の前に立って、門を見上げた。それが合図だったかのように、門がきしみ始め、鉄扉が大きく開いた。門には若い男が立っていた。黒いローブをまとった、いかにも魔法使いの風体だ。
「ようこそ、パジェット教授」
若い男は、そう言うとうやうやしく頭を下げた。教授は「ふん」と鼻を鳴らした。
「ワシが来ることなぞ、お見通しだったようじゃな」
若い男は何も答えなかった。ただ、奥を指し示すだけである。
「では、案内してもらおうかの」
教授は尊大に胸を張ってみせると、若い男は先頭に立って奥へ歩き始めた。教授は無言で後に続いた。
ふたりが城に入ると、玄関が姿を変え、まっすぐ奥へ続く廊下になった。
「自動転移か……。侵入者を逃がさないカラクリじゃな」
教授は若い男に言ったが、男からの返事はなかった。教授はつまらなそうに首をすくめて男の後に続く。
廊下の角を曲がったり、扉を開けたりすると、周りの光景が変化した。城の内部は次元に干渉する何らかの魔法が掛けられており、教授はどこをどう進んだかわからない状態になっていた。
「ううむ。面倒なことをするわい」
「どうぞ、こちらの奥です」
若い男はひとつの扉を開けて立っていた。奥の様子は見てとれないが、明るい部屋に通じているのは間違いない。
「ご苦労じゃったの」
教授がねぎらいの言葉をかけると、若い男は無言で頭を下げた。
教授が入った部屋は、教授が魔法学院で講義する部屋に似ていた。教授が立っているところが一番低いところで、階段状に続く段の上には長机がぐるりと囲んでいた。長机には、教授と同じ年齢ぐらいの老人たちが、三角帽子をかぶって座っていた。いずれも黒いローブを身につけており、いかにも魔法使いらしい姿だった。教授は自分を見下ろしている老人たちに、皮肉な笑みを見せた。「よう、くそ魔法使いの諸君。元気だったかね?」
「相変わらずだな、シドニー・パジェット」
一番右端の机に座っている老人が話しかけた。ほかの老人たちは無言で教授を見下ろしている。
「トールキンか。魔法学院の最終過程以来じゃの。もう40年になるか。お互い歳をくったのう」
「互いに歳はとったようだが」
トールキンは手を組んで話し続けた。「君は相変わらず鼻持ちならない」
「鼻持ちならないか。けっこうじゃ。ワシは他人に嫌われたくないと態度を変えたりはせん。ワシにとって『クソじじい』は褒め言葉じゃ」
「『魔法界の面汚し』のほうが似つかわしかろう」トールキンは淡々とした口調だった。
「ふん。ワシの呼び名など何でもいいわい。それより、ワシはお前たちに文句を言いに、わざわざここまで出向いてやったのじゃ」
「文句のために、ずいぶんとご足労なことだ」
「そうじゃな。だが、直接文句を言わねば、ワシの気が済まんかったのでな。もし、ワシの考えが王国中に知れ渡ると、民もお前たちに直接文句を言いに来ることじゃろうな」
「ほう。君の考えがどうだって?」トールキンの口ぶりはあからさまに挑発的だった。
教授は上から見下ろす魔法使いたちをにらみつけた。
「お前たち『魔導士連盟』は、『名もなき陵墓』の正体を知っている。陵墓の維持や管理も行なっていた。しかし、そのことを国民はおろか、王宮魔導士にも教えなかった。ザバダックは『名もなき陵墓』のことをまるで知らなかったようじゃからの」
「ザバダック。あの不良魔導士か。あんな者は我ら連盟の一員に迎えられることなどありえない。当然、我らと情報を共有することもない」
トールキンとは別の老人が口を開いた。胸を隠すほど白いあごひげを垂らしている。
「情報、と言ったな。あんたたちは、あの陵墓を何かの記号とでも思っているのかね? あれは我らが祖先の残した遺産だ!」
「遺産だと? 何を勘違いしておる。あれは誰のものでもない。王国のものでもない。あれのことを良く知る我らによって正しく管理されるべきものなのだ」
「こそこそと隠れて管理するようなマネをするから、やすやすと敵の手で破壊されたのだ」
教授は拳を振り上げた。
「たしかに、あの遺跡の正体をワシは正確につかんではおらん。じゃが、暗黒処刑人があれを破壊したとき、光の柱が天に向かって伸びていくのを確かに見た。あれは封印の術式が破壊されたときに見られるものじゃ。つまり、『名もなき陵墓』の正体は、何かを封印した術式の防衛装置なのじゃ。そうじゃろ?」
教授の問いに答える者は誰もいなかった。
「……沈黙は、嘘をつくより雄弁に真実を語るものじゃ。お前たちの沈黙で、ワシは確信を得たわい」
教授は一歩、彼らに向けて足を踏み出した。
「千年も前に建造されたものが劣化することなく残っていることに、うかつにもワシは最近まで疑いを持たなかった。じゃが、お前たちが定期的に補修を行ない、陵墓の維持に努めていれば、今日まで崩壊せずに残って当然じゃ。攻めてきた暗黒処刑人を攻撃した陵墓の魔法は、最近開発された雷系のものじゃった。千年前の防御機構に、そんな最新の技術が組み込まれているはずがない。ワシはあの戦いで、お前たちが陵墓の管理者だとわかった。破壊された陵墓を調べて、かなり複雑な術式が埋め込まれていたことを知った。あれは魔法学院で習熟した者でも簡単にできるような術式ではない。むしろ、秘術と呼ばれる分野にまで足を踏み込んだ、魔導士級の高度な知識が要求される。教科書にも載っておらんような魔法が使えるのは、よっぽど秘術を研究した者か、あるいは秘術を継承した者かじゃ。前者はワシのような研究者じゃが、あいにく、陵墓に近い関係でなかった。ほかの学者どもも同様じゃ。むしろ、魔法史学を専門とするワシが一番近いのじゃろう。残るは後者じゃ。つまり、魔法学院など学術的に魔法を究める者と袂をわかった『魔導士連盟』の連中が管理者じゃとな」
「それに気づくまで、こうも歳をくったということか」
トールキンが皮肉たっぷりな様子で言った。教授は片方の眉をあげた。
「まさに、そうじゃな。ワシも自分の不明が恥ずかしいところじゃ。だが、魔侯が侵攻し、ポラトリス、セルネド、アングリアの3つが陥落した際、お前たちは魔侯の狙いが陵墓だと疑わなかったのか? そちらが適切に人員を送り込んで残りの陵墓を守れば、こうはならなかったのかもしれんのだぞ。不明と言うのであれば、お前たちのほうがはるかに上じゃな」
「パジェット。君程度の者が我らを愚弄できると思うな。我らは初めから魔侯の目的に気づいていた。しかし、陵墓は誰も足を踏み入れてはいけないと不文律を課しているのだ。我らが出入りするわけにはいかぬだろう。それに陵墓が破壊されたぐらいで、魔侯の目的は達せられない」
「それはどうしてじゃ?」
教授の問いに、トールキンは笑みを浮かべるだけだった。
「なるほど、目に見えるものだけを破壊しても、魔侯は目的の物を手に入れられんということか。封印はほかにも存在するのじゃな。じゃが、魔侯は底が知れんぞ。何もかも知ったうえで行動しているとは思わんか? うかうかしていると本当に裏をかかれることになるぞ」
「それは親切に。忠告は承っておこう。しかし、余計な心配だな」トールキンの声が冷たく響く。
「そうかね。変な気を回したようですまなかったな」
教授はくるりと背を向けると、出口に向かって歩き始めた。
「おや、もうお帰りかね?」トールキンは声をかけた。
「言いたいことは全部話した。じゃから帰るまでのこと」
「君から一方的に話を聞かされるだけかね。私からの質問は受け付けないのかね?」
教授は足を止めた。「ワシに聞きたいことでもあるのかね?」
「君は、自分の考えを誰かに話したのか? そのことを知っている者はほかにいるのか?」
教授は「フン」と鼻を鳴らした。
「そんなことか。当然、誰にも話してはおらんよ。世俗から自らを切り離し、隠遁しているはずの『魔導士連盟』が、王国の陰の歴史に関わっておるなど、想像力のたくましい者さえも信じはせんじゃろうからな」
トールキンは呆れたように両手を広げた。「つまり、君は本当に単身で乗り込んできたわけだ」
「そうじゃ。何か問題かね?」
「君のようなおしゃべりに、勝手なうわさを流されてはかなわんからな。君には、もうしばらくここに滞在してもらおうと考えているのだ。ここなら、誰にも邪魔されず君の望む研究に没頭できる。すばらしい環境だと理解できるだろう。何なら一生ここで過ごすことを提案するよ」
「一生、ワシを閉じ込めると?」
「見解の相違だな。一生、自由に研究が続けられると解釈できんのかね?」
教授は自分のあごひげをなでた。相手は予想通りの行動に出た。たとえ一端であっても、彼らの秘密に迫った者を自由に帰す気はないということだ。
「せっかくの申し出じゃが、ワシはやはり帰らせてもらおう。ここには若い女がひとりもおらん。君たちこそ、むさいのばっかりと顔をつき合わせて、よく飽きずにおられるもんじゃ。ワシの生きがいは研究だけではない。女性たちとの語らいも外せない生きがいなのじゃよ」
「この生臭学者が」
トールキンは不快そうに顔を歪めた。どうやら怒らせることができたようだ。教授はようやく一矢報いた気分になった。これまで教授は、はらわたが煮えくり返るような怒りを堪えていたのだ。彼らの独善的な考えが、魔侯の侵攻をたやすいものにし、多くの人びとを苦しめた。『名もなき陵墓』にどんな秘密があるにせよ、民を犠牲にしていいものではないはずだ。情報を独占し、その特権的立場に酔いしれて、彼らは取るべき行動に手をつけなかった。本当は「文句を言い」に来たのではない。かなうものなら、彼ら全員をぶちのめしたいところなのだ。
「ワシからも提案じゃ。こんなくだらん秘密ごっこは終わりにして、何もかも公開してはどうじゃ? 魔侯との戦いは、まだ終わりが見えん。お前たちがもたらす情報は、王国にとって救世のものになるのかもしれんぞ」
「我らは王国のしもべではない。あくまで独立した立場の者だ。王国が滅びようと、魔侯が支配しようと、我らの知るところではない。つまり、君の意見を聞く道理はない、ということだ」
「トールキン。互いが青臭い学生だったころ、理想の学問について議論したことがあったな。そのときも、お前は魔法学院のような開かれた環境に批判的だった。魔法は、選ばれた者のみが究める学問なのだと。ワシはこう言ったぞ。『魔法は選ばれた者だけの学問ではない。学問として魔法を選んだ者にあるのだ』と。結局、お前は魔導士サウロンの元へ去ってしまった。誰も来ようとは思わない、この埃まみれの古城へ。ワシの意見に何も答えずにな。だが、お前が今もなお、あのときの考えに凝り固まっているのだとよくわかった。むしろ昔以上に頑迷だ。ワシらは、まったく折り合わないものじゃな」
教授の昔語りに、トールキンは一瞬どきりとした表情を見せた。しかし、すぐに自分を取り戻したように表情を消した。動揺は一瞬だけだったようだ。「たしかに、君とは分かり合えない。どうやら、君は間もなく一生を終えることになりそうだ」
「ほう、ワシを殺すか?」
教授は不敵な笑みを浮かべて正面を向いた。手には小さな杖が握られている。
「お前は重大な誤りを犯しているぞ、トールキン」
「誤り? 何かね」トールキンは眠そうな目つきで尋ねた。
「ワシが単身乗り込んできたのは、そのほうが誰も巻き込まずに暴れられるからじゃ。お前たちが命より大切にしている、このクソッタレな城を破壊するためにな!」
教授は杖を高々と挙げながら、「爆砕魔法!」と呪文を唱えた。
トールキンだけでなく、ほかの魔導士たちも思わず腰をあげた。「何だと!」
ドーンと激しい爆音が響き渡り、部屋全体が激しく揺れた。トールキンたちはよろめいて尻もちをついた。教授の周囲から続々と爆炎が起こり、教授の姿が煙で覆い隠される。
「あのクズめが! あいつ、始めからここを破壊するつもりで乗り込んできたのか!」
トールキンは怒鳴り声をあげた。思えば、パジェット教授の行動にはおかしなところがあった。「文句を言いに来た」と言いながら、文句らしい文句を言ったわけではなかったし、話の内容にも聞くべきところがなかった。あれは、すべてこの術式を仕込むための時間稼ぎだったのだ。
「大変じゃ。城が燃えておる。早く火を消すんじゃ!」
「わしの部屋には書きかけの論文がある! 部屋に戻らせてくれ!」
「なに抜け駆けしようとする! わしとて自分の部屋に大切なものがあるんじゃ!」
魔導士たちは慌てふためいて騒いでいる。その間にも爆発が続き、壁のあちこちに亀裂が生じた。
「いかん!」
さらに別の魔導士が叫んだ。
「部屋の外は複雑な次元魔法で覆われている。境界が破壊されると、我らは異空間に飛ばされるぞ!」
「次元魔法を解除するんだ!」
魔導士たちは周囲の炎をそのままに、壁に向かって呪文を唱え始めた。亀裂から不気味な光が漏れていたが、その光はたちまち見えなくなった。
「ご苦労さん」
次元魔法が解かれるのを確認すると、教授は扉のノブに手をかけた。扉を開くと、どこへも転移することなく廊下に出られた。教授は右往左往している魔導士たちを尻目に悠々と立ち去った。
「カビ臭い部屋にこもってばかりじゃから、頭の中にもカビが生えるんじゃ。こうもたやすく裏をかかれよって」
教授はひとりつぶやきながら城の外へ出た。城門は相変わらず重い鉄扉に閉ざされていたが、教授が手を差し伸べると鉄扉はゆっくりと開いた。最初に出迎えた若者から、扉の開け方を盗み見ていたのだ。
「魔法ばかり研究するのではなく、ケンカの研究もするべきだったのだよ、トールキン。お前は学問の成績は優れていたが、それ以外はさっぱりじゃったな」
教授は外につないでいた馬にまたがると城に目をやった。城のあちらこちらから煙があがり、火災もまだ収まっていないようだった。
「さぁて、気が済んだとは言わんが、お仕置きはこれぐらいにするかのう」
教授はたづなを握り直すと馬を走らせた。城からは思い出したように新たな爆炎が噴き上がっていた。




