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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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第三章 メネア防衛戦 リオン目覚める【scene1~2】

これまでのあらすじ:

突然の魔族侵攻に対して結成された『勇者の団』。王国側から充分な支援を受けることができないまま出陣することになる。目標の城塞都市アングリア奪還作戦は数で劣るものの、緻密な作戦で敵を翻弄。数の不利を覆して勝利をおさめた。王国の中枢は「戦死者3名」という内容に、「わずかな損害での勝利」と評価したが、その中には勇者の古い仲間も含まれて、王国側と『勇者の団』には戦いに対する温度差が生じていた。感情のすれ違いという問題を抱えていたのである。次の戦場は『メネア』。しかし、その戦いを前にして、『勇者の団』は肝心の勇者が意識不明の状態にあった……

1


……俺はどこにいる。ここはどこだ?

 辺りを見渡すと、そこは薄暗い部屋の中だ。おかしい。この風景はおかしい。そうだ。何もかもが大きく見える。本来、見ることのない、テーブルの裏側を見上げている。椅子の座席部分が目の高さにある。違う。周りが大きいのではない。自分が小さいのだ。思い出した。ここは家だ。自分の家だ。幼い日々を過ごした、あの古い小さな家だ。

 何か息苦しい予感にかられて走り出す。いや、走ろうとしたが足元がおぼつかない。まるで、ようやく歩き出した幼児のようだ。そうだ、これは幼児のころの光景だ。

 転びそうになるのをこらえて廊下へ出る。そこはすぐに外へ出る扉があった。その扉には、ひとりの背の高い男がノブを握って、今まさに外出しようとするところだった。その男に声をかけようとする。でも、言葉が出てこない。当たり前だ。言葉を持たないころの記憶だからだ。しかし、男は気配に気づいたように、こちらを振り向いた。そして、すぐ足元の存在に気づいた。男は何かを語りかけようと口を開いた……


 リオンは目が開いた。目を覚ましたのに、頭がはっきりしない。リオンは天井を見上げたまま、ぼんやりとさきほどの光景を思い返していた。そうだ。俺は夢を見ていた。ずっとずっと昔の、立って歩くのもやっとというほど幼いころの自分の夢を。あのとき、自分を見下ろしていた男は誰だったのだろう? 顔を思い出そうとしたが、どうしても思い出せない。その部分だけ闇のとばりが降りたようだ。

 「やっと、目が覚めたか」

 足元から声が聞こえ、リオンは首を曲げて声の主を確認しようとした。自分の身体には薄い毛布が掛けられていて、足元には栗色の髪が見える。髪の主は毛布に顔をうずめてしまっていた。そのおかげで顔は見えないが、リオンにはそれがエリスだとすぐに気づいた。

 「どうだい気分は、リオン?」

 エリス越しに声が聞こえ、首をめぐらすと、ケインが腕を組んで壁にもたれていた。穏やかな笑みを浮かべている。

 リオンは笑みを浮かべようとした。しかし、うまくいかなかった。やや引きつり気味な表情で、「問題ない、ケイン」とだけ答えた。

 「問題ありな顔つきだな」ケインは呆れたようにため息をついた。

 リオンは上半身だけ身体を起こそうとした。なかなか力が入らない。少し身を起こしたが、すぐに身体を横にするしかなかった。

 「おい、すぐに起きようとするなよ。お前、3日3晩、人事不省の状態だったんだぜ」

 ケインが押し止めようとするように言った。リオンは目だけをケインに向けて動かした。

 「……3日も……。俺はずっと意識を失っていたのか」

 「まぁな。大変だったよ。お前は最初、息すらしてなかったんだぜ。心臓が動いていたから良かったが、あれじゃ、誰もがお前が死んだって思ったよ」

 リオンは自分の額に手を当てて、意識を失う前のことを思い出そうとした。しかし、うすぼんやりとした状態で、思い出すことができない。

 「……ケイン。俺はどうしたんだ。俺に何があったんだ?」

 「……そうか……。覚えていないか……」

 リオンはケインの声の調子に違和感を覚えた。ケインの声は寂しいような、しかし一方で、どこかほっとしたような響きがあったのだ。

 「リオン。お前はアングリア奪還の作戦中、2度も聖光十字撃グランド・クロスを使ったんだ。2度目は手加減なしの全力の攻撃だ。お前は力を使い果たし、意識を失ったんだよ」

 ケインの説明に、リオンは記憶の一部を取り戻したような気がした。

 「そうか。俺はそんなことをしたのか……。すまないな、ケイン。お前にはあの技の連発は避けろと言われていたのに……」

 リオンは天井に目を向けてつぶやいた。

 「そうだよ。おかげでみんな、お前のためにきりきり舞いさ。エリスは意識を失ったお前のそばにつきっきりだったよ。それこそ3日3晩もな。さすがに疲れがたまって、今、お前の足元で眠ってしまっているんだ。だから、彼女を起こしてやるなよ」

 リオンは再び栗色の髪に視線を向けた。エリスはほとんど聞こえないぐらいの静かな寝息で、ぐっすりと眠り込んでいる。リオンは弱々しく笑みを浮かべると、「もちろんさ」と言った。

 そのとき、不意打ちのように記憶が蘇ってきた。太い槍に胸を刺し貫かれたチェックの姿が脳裏に浮かぶ。チェックは驚いた表情で後ろざまに倒れていく……。

 「ケイン。チェックは……。彼のケガはどの程度だ。深いのか?」

 リオンはケインに尋ねた。ケインは一瞬、困惑した表情を浮かべた。リオンの質問に何か深い意味がないかと考えたらしい。しかし、すぐに質問した以上の意味がないのだと理解して、ケインはもたれていた壁から背中を離した。

 「チェックは……、あいつは、死んだ。あのとき、槍に刺し貫かれて。ほぼ、即死だった」

 リオンは思わず毛布の端を握りしめた。天井に目を向けたまま、厳しい表情に変わっている。その様子を見て、ケインはリオンに続きを話すのをためらった。しかし、すぐに思い直すと、静かな口調でそのときの詳細を語って聞かせた。努めて感情を抑えた表現で話したせいか、リオンは厳しい表情のままだったが、それ以上の変化を見せずに大人しく聞いていた。ケインの話を聞いているうちに、リオンは自分の記憶がだいぶ鮮明になってくるのを感じていた。

 「……ケイン。チェックにはまだ会えるのか? 別れを言う時間は、まだあるのか?」

 リオンの問いに、ケインは伏し目がちに首を振った。チェックは2日前に荼毘に付されていた。この世に、チェックはすでに肉体も存在しない。

 「あいつを屍霊グールにするわけにはいかなかった。おととい、火葬したよ」

 リオンは天井を見つめたまま、「そうか」とだけつぶやいた。

 これで、リオンに話すことはない。ケインは身体の向きを変えて、部屋の出口に歩き出そうとした。

 「リオン、俺はみんなに、お前が目を覚ましたって伝えに行くよ。みんなを安心させたいんだ」

 「ケイン、次の作戦は決まったのか? 俺たちの次の目標は?」

 ケインは少しだけ顔をリオンに向けた。

 「その話は後にしよう。お前はもう少し休むんだ。身体を起こすのもままならないのに、戦場に出るなんてこと考えるなよ」

 ケインは部屋を出て行った。出て行くときには静かに扉を閉めて出たのだが、わずかな振動がエリスの髪を細かく揺らした。そのせいか、先ほどまでリオンとケインの会話では目を覚まさなかったエリスが頭を起こした。ぼんやりとした表情でリオンと目を合わせる。リオンは、はにかむような笑顔を見せた。

 「やぁ」

 エリスは、ぼんやりとした表情だったが、驚いたように目が大きく見開いた。小さな口がぱくぱくと動いたが言葉は出てこなかった。両目からみるみる涙があふれ出る。しかし、彼女はそれを拭おうともせずにリオンを見つめた。涙は次から次へと彼女の頬を伝い流れていく。

 「ごめん」

 リオンは困惑ぎみにつぶやいた。エリスが自分をどれほど心配していたのか痛感したから出た言葉だった。エリスはリオンから目をそらさずに小さく首を横に振った。まだ無言のままだった。

 リオンは右手を伸ばすと、エリスの頬に触れた。指先が彼女の涙で濡れる。エリスは瞳を閉じてリオンの手を握った。

 それからふたりは、その状態でしばらく無言のままだった。


2


 『勇者の団』の作戦会議室と使用している司令部の一室には、リオンの仲間たちが集まっていた。ただ、「会議室」としているが、彼らに議論する様子も、作戦を協議する様子もなく、深刻そうな表情で椅子に座っているだけだった。誰も口を開きたがらないようにも見えた。そこへケインが入ってきた。

 「みんなに報告だ。リオンが目覚めた」

 開口一番、ケインはリオンのことを伝えた。それを聞いて、周囲から「ほう」と深いため息が漏れ聞こえた。みんな安堵のため息を漏らしたのだ。

 「で、リオンの様子はどうだ? 何かおかしい様子はなかったか?」

 トルバがケインに尋ねた。

 「医者じゃないからな。確信的なことは言えない。さっき、軍医に診てもらうよう頼んだから、そのあたりのことは追々わかってくるだろう。まぁ、俺の主観の話でいいのなら、あいつは大丈夫だと思う。ただ、3日も眠っていたせいか、意識がまだぼんやりとしている。疲労も抜けきっていないようで、身体を起こすのが辛そうだった。あの様子じゃ、あと数日は外へ出られないかな」

 「おかしいと聞いたのは体調のほうじゃないさ。聞いているのは精神的なところだよ」

 トルバは手を左右に振りながら言った。ケインは顔をしかめた。彼らが心配しているのは何なのか悟ってはいたが、わざとずれた答えでかわそうとしていたからだ。あっさり本音で尋ねられ、ケインは不機嫌になった。

 「リオンはチェックが倒されてからの記憶がなかった。あの日、2発目の『聖光十字撃グランド・クロス』を放ったことも覚えていない。みんなが想像したように、あのときのリオンは意識が飛んだ状態で、あの技を使ったんだ。意識が飛んでいなかったのなら、怒りで我を忘れていた、ということだろうな。ただ、精神に異常をきたしている様子はまったくなかったよ」

 最後の部分は、やや乱暴ぎみに吐き捨てるような調子だった。

 「そう怒るなよ。でも、リオンが正気を失ってしまったら、次は、あの技が俺たちに向けられるかもしれないんだ。2発目の『聖光十字撃グランド・クロス』が使われた跡をケインも見ただろ? 俺はあれを見て、正直なところ背筋が凍った。あの『黒狼』を一瞬で消し去ったんだぜ。怒りで我を忘れていたにせよ、向きを考えずにぶっ放したのは危険だ。あれがもう少し左に向けられていたら、黒狼だけでなくお前も消されていたんだぜ、ケイン」

 「だが、あの技は確実に魔族どもだけを消し去った。あいつは意識が飛んでも敵味方の区別はついていたのさ」

 ケインはややむきになって言い張った。トルバの態度に少し腹が立ったのだ。仲間になって日が浅いとはいえ、トルバはリオン団の一員だ。リーダーの精神を簡単に疑ってほしくない。

 「待って、ケイン。トルバも、あなた言い過ぎよ。リオンの正気を疑うなんてどうかしてる。あなたはリオンを信じられないの?」

 メリーが間に入るようにして言った。

 「信じたいさ。だがな、あのときのリオンを、君は見ていない。そして、聖光十字撃グランド・クロスを使った跡がどうなっていたのかもな。あれは近くに味方がいるときに使うような技じゃない。あれは敵味方の区別なく、みんなまとめて塵にしてしまうような技なんだ。あれはただ必殺技じゃない。かつて存在した『禁術魔法』の剣技版だ」

 「あれって剣技なのか?」

 ラリーがのんびりした疑問を口にした。いささか場の雰囲気にそぐわない発言で冷ややかな視線を集めてしまい、ラリーは「だ、だってさ、リオンが剣を振っていたか見えてないしさ……」と、あわてたように言い添えた。

 「あれって体当たりの技のように見えますよね」スライスが応じた。「どちらかと言えば体術の技ですよ」

 「もう、そんな議論はいいだろう」うんざりしたようにケインが手をひらひらさせた。「それに、そんな議論に何の意味があるんだ」

 「いや、だってさ……」

 トルバが何か言いたげに、口の中でもごもごさせた。

 「何だよ」

 「……実際、俺たちはリオンのこと、どれだけわかっているのかなって。俺の中でのリオンってさ、いつも冷静で、頭が良くって、けっこう先のことが読める、いわゆる『デキる』やつだったんだ。それがさ、チェックを殺されたとはいえ、ああも我を忘れるほどキレるなんて思いもしなかったんだ。今まで、俺はリオンのどこを見ていたんだろうってな。俺が信じるリオンと、実際のリオンの実態がかけ離れていたら、俺はこれまで通り、リオンと肩を並べて戦えるのかなって……」

 「トルバ……」

 ケインは力なくつぶやいた。たった今、トルバが言ったことは、ケインの心にもわずかに芽生えた『懸念』だったのだ。青臭い十代のころから共に過ごしたケインでさえそうなのだ。トルバに対して強く抗議することができない自分に気づき、ケインは打ちのめされていた。

 「おう、みんなここだったか」

 いつの間にか会議室の扉が開いていて、参謀のザバダックがひげ面をのぞかせていた。

 「なに、勇者が目を覚ましたって聞いてな。先にこっちに顔を出したのさ」

 ザバダックは部屋に入りながら説明した。ケインたちの顔を順に眺めると、「どうした? みんな浮かない様子だが」と尋ねた。

 「いえ、何でもありません」ケインは否定したが、その声は弱々しいものだった。

 「それより参謀。リオンの顔を見るより先にここへ立ち寄ったのは理由でもあるんですか?」

 ケインはすぐに話題を変えた。ザバダックもこれ以上突っ込んだことは尋ねずに、ケインの質問に答えた。

 「さきほどパジェット教授が訪ねてきたんだが、『名もなき陵墓』について追加の情報を持ってきたんだ。陵墓が破壊されていたのは、みんなも承知の話だが、どのように壊されていたのか、詳細が見えてきたそうだ」

 「詳細……?」ラリーが首をひねった。

 ザバダックはうなずいた。

 「最初、陵墓はゴブリンやオークたちによって物理的に破壊されたと思われた。陵墓のがれきにゴブリンたちの死体が混じっていたからな。それは、侵入者を強制的に排除する、陵墓の攻撃魔法によって命を落としたようだった。しかし、陵墓には物理的に破壊できない結界が張られていたことがわかってな。少なくとも陵墓を攻撃したものたちには、ゴブリンやオークだけでなく、結界を破壊できる魔法を使うものも含まれていたようなのだ」

 「陵墓は自動的に侵入者を排除する仕掛けが施されていたって聞いていましたが、結界もあったのですか?」

 「メリー君……でいいのかね。君は迷宮ダンジョン攻略はしていなかったのかい? 迷宮ダンジョンも侵入者排除の仕掛けはもちろんのこと、侵入そのものを防ぐ結界が張っていたりしただろう? 陵墓はいわばむき出しの迷宮ダンジョンと同じなのさ」

 「陵墓が迷宮ダンジョンと同じということは、陵墓には何か宝やアイテムがあったということなんでしょうか」

 「教授の調査では何も確証は得られていない。ただ、何もない陵墓を、部下の命を張ってまで狙う道理はないな。あそこには何かがあった。ただ、それはもう奪われたということだろう。教授はそこから何も見つけられていないわけだから」

 「それじゃ、何もわかっていない、ということじゃないですか」ラリーが口をとがらせた。

 ザバダックは「まぁまぁ」というように両手で抑えるように挙げると、

 「何はともあれ、敵の目的が『名もなき陵墓』にあるのは間違いない。つまり、我々の次の作戦はメネアに向かうことが決まったということさ」

 ラリーに言い聞かせるように言った。

 「チリンスの丘はどうするんですか? 王国軍の援軍へは向かわないんですか?」

 ザバダックは首を横に振った。

 「チリンスの丘では、今はランブル将軍が指揮を執っている。将軍は味方の損害を抑えたいために積極的に攻めようとせず、守りに徹しているところだ。たしかに、将軍のおかげで味方の死傷者は少ない。だが、一筋縄でいかない魔侯の軍勢に、そんな戦略がいつまで通じるか知れたものでない。将軍には悪いが、チリンスの丘は抜かれると思う」

 「将軍が負けるのですか?」

 「まぁ、負けは負けになるのだろうが、将軍は不利と見るや、丘から兵を引き上げるだろう。将軍の戦略にあるのは徹底した防衛戦で、敵を疲弊させるというものだ。いいかげん戦いつかれた連中が撤退するまで持ちこたえる。それが将軍の考え方なのさ。長期戦で構わない姿勢なんだ。だが、陵墓をみすみす敵の手に渡すことになりかねない。もし、我々が明日、ここを出立しても、チリンスの丘に到着するのは3日後だ。そのときには王国軍が撤退している可能性がある。そうなれば敵の勢力圏にのこのこ出向くことになるんだ。そんな危険な賭けをするより、メネアに入って町と陵墓を守るほうが有益だと考えるわけだ。どうかね? 俺の考えがわかったかね?」

 「何か、参謀の話を聞くと、将軍はかなり無能な指揮官だと思えますね」

 ケインが苦笑して言うと、ザバダックはとんでもないというように首を振った。

 「味方の損耗を抑えるというのも、指揮官の立派な資質だよ。その意味では、将軍は稀有な才能の持ち主さ。ただ、あくまで防衛専門の指揮能力であって、『攻め』は心もとなくなるんだよな。敵を直接追い返すとなると、将軍には荷が重いだろうな」

 「それって、やっぱ、将軍としてどうかと思いますが……」ラリーがぼやくようにつぶやいた。

 「ただ、参謀のお考えはわかりました。リオンにはメネアに向かうよう話してみます」

 ケインが結論づけるように言った。

 「彼はどのくらいで動けそうかね?」

 「明日一日は様子を見る時間は欲しいですね。出立の日取りはそれからで……」

 ケインはリオンの容態を思い返しながら答えた。

 会議室の扉を慌ただしく叩く音が響いたのはそのときだった。返事を待つことなく扉が開かれると、支援担当の兵士が姿を現わした。彼は王国から派遣された兵士で、直接戦闘に関わることがなく、物資の移送や各所の連絡係を担っていた。『勇者の団』は戦闘に従事する千名のほかに、直接戦闘に関わらない者たちも百名ほど随行させていたのだ。

 「何かね、返事を待たずに入ってくるとは」

 礼儀に鷹揚なザバダックも、これにはやや不快そうな声を出した。兵士は青ざめた表情で額からはいくつもの汗の粒が浮かんでいた。よほど急いでいたと見える。

 「も、申し訳ありません。い、急ぎ、ご報告申し上げなければと思い……」

 「それは何だ、早く言ってくれ」

 嫌な予感に襲われ、ケインは顔をしかめて尋ねた。

 先を促された兵士は直立で敬礼すると、やや上ずった声で報告した。

 「王国軍がチリンスの丘から撤退しました。魔侯軍は丘を抜けた模様です!」

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