いくさの後始末【scene15】
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アングリアの街が夕暮れの太陽で朱に染まっていた。早朝に始まった戦闘は昼過ぎ頃に決着したが、まだ街に潜伏するものを掃討しなければならなかった。『勇者の団』の団員たちがひと息つけるまで、この時間まで掛かったのだった。
数では圧倒的に不利な状況を覆しての勝利だが、団員たちに笑顔は見られなかった。戦死者が3名で済んだのは、戦果だけで考えれば高く評価されるものだろう。しかし、戦死者の中に勇者の小隊の一員が含まれていたのが、その場の空気を重くしていた。リオンが倒れたことも理由に含まれるだろう。これまで連発できなかった必殺技を使用し、そのために意識不明となったリオンは、今もなお目を覚ます様子はなかった。目立った外傷はなく、ただ眠っている様子だ。黒狼のヴォーゼルを消滅させた『聖光十字撃』は、リオンに残っていた体力全てを使い果たさせた。生命力も削っていないかが心配されるところだ。
ケインはアングリアの正門の上に腰を下ろして、夕日に照らされたゼダンの丘を眺めていた。そこには、『勇者の団』によって通行可能になった丘を、王国軍が通過しているところだった。アングリア攻略の早期決着を受けて、彼らも進軍を前倒しで進めることになったのだ。彼らはチリンスの丘への救援に向かうことになる。
「残党狩り、あらかた終了しました。おそらく、もう残っているのはいないはずです」
スライスがケインの横に近寄り報告した。
「そうか……」ケインはのろのろとうなずいた。疲れ切った表情だ。
「チェックを失ったのは大変つらいことだと思います。リオンはもちろん、あなたにとっても」
「チェックは、リオンが覚醒者となってから初めての仲間だ。リオンは強いが危なっかしいし、俺は知恵が足りないからな。慎重で状況判断に優れるあいつが仲間になって、本当に助かったんだ。それから、すぐエリスが仲間になって、ラリー、メリー、そしてトルバとお前。続々と仲間が増えた。仲間が増えて、俺たちの雰囲気も変わったが、チェックだけはあのころのまま、俺たちがバカをしないための監視役を果たしてくれた。俺はあいつを頼りにしていたんだ」
スライスはうなずいた。「よくわかっていますよ、ケイン。私にとっても頼りになる先輩でした」
「あいつは膠着していた戦況に違和感を抱いていた。後方の参謀についていたから、本来はヴォーゼルなんぞにやられることはなかったんだ。だけど、あいつは危険を感じて俺たちの元にやって来た。あいつの判断は正しかった。でも、それが、あいつの命取りになっちまった」
ケインはそう言うと、抱えている膝に顔をうずめた。「後悔してもしきれない。俺はあいつを下がらせるべきだった」
「チェックさんはリオンを、そしてあなたを助けたいと思ったから来た。だから……」
スライスはそこで言い淀んだ。ここで『後悔する必要はない』と言うべきなのか。そうでないなら『仕方がないことなのだ』とでも言えるのだろうか。どちらにしても適切とは思えない。
「ケイン。私はこれからリオンの様子を見てきます」
スライスはケインの耳元で囁いて立ち上がった。去り際に様子を見ると、ケインは膝を抱えて顔をうずめた姿勢のままだった。そのせいか、スライスには大柄なケインが小さく見えた。スライスは顔をそむけるように正面を向くとその場を後にした。
「たった千人でここを落とすとは。さすが『勇者の団』でございますな」
アングリアの正面を通過中の王国軍から、戦況確認の兵士がリオンたちを訪ねていた。40過ぎと思われる中年男性で、いかつい人相は軍人らしいものだった。
「任務を果たせて、ほっとしています」
応対はトルバが勤めることになった。トルバは兵士と正門の前で向かい合っている。ほかの仲間はチェックの亡骸を囲んでいるところだった。
「街を解放され、市民たちも安堵していることでしょう」
兵士の言葉に、トルバの表情が曇った。「そのことですが……」
「どうされましたか、トルバ殿」
「このアングリアに、街の市民はひとりも残っていないようなのです」
兵士は目を丸くした。「ひとりも? 皆殺しにされたのですか?」
トルバは首を振った。
「わかりません。小さいと言っても、それなりの大きさのある街ですから、すべての捜索が済んだわけではありません。ですが、現時点で市民をひとりも見つけられていないのです。それこそ、遺体のかけらさえもね。住居は荒らされているようでしたが、血の跡がほとんど見つかっていません。ですから、住居に踏み込まれたとき、そのときには市民は殺されていないだろうと考えています」
「では、どこかへ連れ去られたと?」
「おおむね、そうではないかと。実は、アングリア奪還前に周囲の町村も解放して回ったのですが、そこでも住民の姿がありませんでした。遺体がまったく見つからなかったので、おそらく、それらの住民も連れ去られたと見ています」
兵士はあごに手をあてて考え込んだ。「やつらはいったい何を考えている? やつらの目的は何だ?」
トルバは再び首を振った。「皆目見当がつきません。人質であるなら、俺たちに何かそのことを示す手掛かりを残すはずなのですが。脅迫状とか、そういった類の物は残されていないんです」
「まったく不可解だな。我々はチリンスの丘へ向かうわけだが、何か参考になる話が聞ければと思ったのだが……」
「何か、すみません。余計こんがらがるような話で……」
「いや、無いものねだりだったのだろう。気にしないでほしい。では、私は隊に戻ります」
兵士はサッと敬礼した。
「俺たちはパジェット教授の連絡が入れば、チリンスの丘へ向かうか、メネアへ向かうか決定します。ただ、今回の戦いで負傷者が多く、勇者も昏睡状態です。すぐに向かえるかはわかりませんが……」
「勇者殿はそういう状態だったな。了解した。早い戦線復帰を願う。それでは」
兵士はトルバの前から去って行った。トルバは深いため息をつくと仲間たちのいる指令部へ向かった。アングリアの中央司令部を自分たちの司令部にしているのである。
街は高い城壁に囲まれているせいで、だいぶ薄暗くなっている。城塞都市の夕暮れはどこも似たようなものだが、さすがに物悲しく感じる。街を歩いているのが『勇者の団』の団員のみで、市民の姿が皆無であることが物悲しさをさらに募らせた。トルバはその景色に不快な気持ちを抱いたまま司令部の建物に入った。
司令部には戦死者を一時収容する部屋があった。チェックたち3名の戦死者はそこに安置されていた。聖域の結界が張られてあり、そこでなら遺体は数日ぐらいなら屍霊化することはない。彼らは明日には荼毘に付されるが、ここでなら何の不安もなく別れの時間を過ごすことができる。
トルバが遺体安置所に入ると、そこにはラリーとメリーの姿があった。見知らぬ顔が何人かあったが、それはほかの2人の仲間なのだろう。
チェックは台の上で目を閉じて横たわっていた。死んでいると知らなければ眠っているように見える。
「ほかのみんなは?」
トルバはラリーに尋ねた。
「エリスはリオンについているよ。スライスはケインの様子を見に行っている。戦いが終わる前から、ケインの様子がおかしいんだ。相当、参っていると思うよ」
ラリーの答えにトルバはうなずいた。「ケインはチェックを頼りにしていたからな。彼は俺たちより古い仲間だし」
「あなたは、どうしてこうなったのか知っているの? チェックは参謀の護衛で後方にいたはずよ。それが、どうして最前線で戦死なんてことになっているの?」
メリーが少しいらだったような声で言った。涙は見えないが目の周囲は赤くなっているのがわかる。怒っているような顔で、厳しい目つきでチェックの顔を見つめている。
トルバは首を横に振った。
「詳しいことは知らない。ただ、チェックは何ごとかを感じてリオンのもとに駆けつけたらしい。実際、『黒狼のヴォーゼル』の出現なんて、とんでもない事態が起きていたわけだがな。今回、彼のカンの良さがこんな結果になってしまったんだ」
「止してよ、そんな言いかた」メリーは吐き出すように抗議した。
「好きで言ったんじゃない。でも、悔しいんだよ、俺も」トルバが早口で言い返した。
「ふたりともやめろ。チェックにそんな姿を見せるつもりかよ」
ラリーがたしなめるように言った。ふたりは互いに顔をそむけるようにして口をつぐんだ。そのせいでチェックの周囲は気まずい沈黙が広がった。
「……で、王国軍からは何て言ってきた?」
ラリーが空気を変えようとトルバに話しかけた。トルバは気がついたように顔を上げる。
「そうだ、その話をしなきゃいけなかった。王国軍は無事、アングリアの前を通過した。このままチリンスの丘へ向かっている。同時にあのパジェット教授ってのが西の森にある『名もなき陵墓』の調査を始めるそうだ。こんな時間だから、どこまで確認できるかわからんが、陵墓が無事なら、俺たちはチリンスの丘へ援軍に向かうことになる。ただ、リオンの回復が条件だとこちらからは伝えているが」
「この戦争は不可解なことだらけだ。魔侯の目的が不明だわ、占領された街や村からは住民が消えているわ、戦争ってこんなものなのか?」
「俺にわかるわけがない、そんなこと」トルバは不機嫌な顔で答えた。そうだ。まるでわからないことだ。
「リオンが早く目覚めてくれないと」メリーが唐突に口を開いた。トルバとラリーがメリーを見ると、彼女はさきほどの怒っているような表情ではなく、さみしそうな様子でチェックの顔を見つめていた。
「私たちには目的が必要だわ。前を向いて進むための。今のままでは悲しみで進む自信がないわ」
ラリーはぽんとメリーの肩に手を置いた。メリーは普段のようにラリーの手を振り払おうとせず、そのままでうつむいた。トルバは顔をそむける代わりに身体の向きを変えた。
「じゃ、俺、スライスと参謀を探しに行くわ。さっきの話を伝えなきゃいけないんでね」
トルバ遺体安置所を出て行った。
「先生、もうすぐです」
うっそうとした森の中をパジェット教授は馬に乗って進んでいた。護衛の王国兵士の声に、教授はうなずいた。「だ、そうだ。ウスキ君」
ヴィクトリアは教授の後ろを馬でついて来ている。乗馬服姿だ。彼女はすらりとした長い脚なので、乗馬姿がさまになっている。馬に乗ることにも慣れているようだった。
「周囲は『勇者の団』で敵を一掃しているわけですよね? 残党がいる可能性はないのですよね?」
ヴィクトリアはやや不安顔だ。ヴィクトリアと並んで馬を進めている別の兵士が胸を張った。
「ご安心ください。そのために我々がついています」
「頼もしい限りじゃが、余計な気遣いかもしれんぞ」
教授が口を挟んだ。「何せ、彼女は最上級の魔法使いじゃ。あんたたちが束になってもかなわんくらい強いと思うぞ。得意系統は雷撃の魔法じゃ。雑魚モンスターなら一撃で皆殺しにできる」
「……教授、雷で『焼き』入れてあげましょうか?」
ヴィクトリアは握りこぶしをぶるぶる震わせながら言った。教授は「ほっほっ」と笑いながら正面を向いた。ヴィクトリアからは見えないが、額から汗をかいていた。
「もう、遅い時間です。明日でも良かったのではないですか?」
最初に話しかけた兵士が教授に尋ねた。彼の正面は薄暗い森の小道が続いている。ほとんどひとが通った形跡のない、ほぼ獣道のような道だ。ヴィクトリアでなくとも不安な気持ちになりそうなものだ。それも、日が暮れる時間に近いとあっては。
「なに、陵墓の様子を見るだけなら大して時間はかからん。無事ならひと目でわかるからな。問題は破壊されていた場合じゃ。その場合、今日中でも調査の準備をしておきたいのでな」
教授はのんびりした様子で答えた。教授の答えに誰もが無口になって馬を進めることになった。教授の言う通り、後回しにしていい事案ではないと改めて認識したからだ。
教授たち一行は間もなく深い森を抜け、ぽっかりと広がった空間に出た。森の中にくぼ地のような広場ができていたのだ。教授たちはくぼ地の中央に目を向けた。
「ウスキ君。ワシは城の人びとに詫びねばならんようじゃな」
教授のつぶやくような声にヴィクトリアは首をかしげた。
「詫びる……? 先生がですか?」
教授はうなずいた。
「そうじゃ。ワシの言ったことは、最悪の意味で正解だったのだからな」
彼らの正面にはごつごつとしたがれきが広がっていた。がれきにはゴブリンやオークの死骸が混ざっている。魔侯軍はここに現れていたのだ。
そして、目の前に広がっているがれきの山は、かつて『名もなき陵墓』と呼ばれていたものの残骸だった。




