善戦と拙攻のあいだ【scene10】
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腹の奥まで揺さぶられるような振動で、誰もが思わず身をかがめた。ある者は大音響に驚いて耳を塞いでいる。衝撃でひっくり返った者もいた。
リオンを包んでいた光は、光の矢となってアングリアの正門へ飛んでいく。一瞬にしてオークたちは光の帯に飲み込まれた。光は新たな大音響とともに正門の頑丈な扉に激突した。さらにまぶしい光があたりに広がり、ひとはもちろん魔族たちも、目を開けることができなかった。一瞬遅れて、突風が巻き起こり、周囲の者を敵味方区別なく吹き飛ばした。
ケインはとっさに両腕で光を遮っていた。あの技を目の当たりにするのは5度目である。さすがに周りほど驚くことはない。すぐに状況を確認しようとアングリアの正門に目を向ける。
『聖光十字撃』が通過した跡には、多くのゴブリンやオークたちが物言わぬ肉塊となって横たわっていた。その数はあまりにおびただしく、正確にどれだけの魔族を倒したのか見当もつかない。
「くそっ、丘を獲れって言われてもな」
ケインは丘を振り返った。丘まではまだ距離がある。しかし、遠目でも勝敗はついているように見えた。こちらに向かって、逃走を試みるゴブリンたちの姿が目に入ったのだ。ケインはかたわらのトルバに話しかけた。
「トルバ、丘の残存勢力を排除してくれないか? 丘がケリついたら、そのままアングリア攻略に加わるよう指示も出してくれ。一気に丘を駆け下りて、正門から内部に攻め込むんだ。俺はそれまでに正門周辺の敵を掃除してくる。あっちも弓隊は用意しているはずだからな」
ケインはそう言い残すと走り出した。トルバは「え? 俺が指示出すの?」と戸惑った声をあげたが、ケインはすでに丘を駆け下りたところだった。トルバは困ったように片手で自分の頭をくしゃくしゃと掻きまわしていたが、その手を下ろすと自分の後ろに続く仲間へ向きを変えた。
「おおい! 9番隊、10番隊! 丘から駆け下りる敵を討て! 1匹も逃がすなよ!」
それから、1番隊の仲間に顔を向けた。
「1番隊はケインの後を追ってくれ。あいつの支援についてほしいんだ。エリスも頼むぜ……って……。エリス?」
トルバはエリスの姿を求めて、あたりをキョロキョロ見回した。やがて、一点を見つめてため息をついた。「言うまでもなかったか」
エリスはケインに遅れまいとアングリアの正門めがけて走っているところだった。ケインはエリスの姿に気づくと、立ち止まって大声をあげた。
「君はまだ来るな! 敵の矢に狙われる!」
「だから、私の支援が必要でしょう!」エリスは大声で返すと、立ち止まって樫の杖を構えた。すばやく呪文を唱えると、杖の先端を正門の上部に向けた。
「雷球衝撃!」
正門の上から稲妻が閃き、どおんという大音響が轟いた。正門から弓を構えていたゴブリンたちは雷に打たれて、全身から湯気を出してくずおれていく。
「雷球衝撃の有効範囲は広くないんです! 敵の近くでないと届きません!」エリスは杖を掲げてケインに言った。「リオンは正門でひとりです。早く誰かそばに行かないと!」
「わかってる!」
ケインは正門に向かって駆け出した。正門から離れた城壁からゴブリンが弓を放ったが、まるきり見当違いの方角へ飛んでいく。
「ゴブリンども、もっと近くで撃たなきゃ当たらねぇぞ!」
ケインはゴブリンを大声でからかった。正門に駆け込むと、いまだ晴れない砂ぼこりの中からリオンの姿を探す。
「リオン、どこだ! 返事をしてくれ!」
ケインの視界に、砂ぼこりの中からスッと立ち上がる影が入った。ケインはその影めがけて走り出した。
「リオン、どうだ。動けるか?」
ようやく砂ぼこりが晴れて、リオンは笑顔をケインに見せた。「問題ない。これなら普通に戦える」
「ひとの忠告は聞かないやつだな、お前は!」ケインは憤慨した様子で言った。「これで、お前が動けなくなっていたら万事休すなんだぞ!」
リオンは剣を握り直した。自信たっぷりに剣を掲げてみせる。
「だが、俺は動ける。むしろ、今ここでおしゃべりしているほうが危ない」
リオンは飛んできた矢を斬って防いだ。
正門から入ると、背の低い石造りの搭が左右に分かれて立っている。そのてっぺんから、ゴブリンやオークたちが弓を構えて矢を放ってきた。ケインは自分めがけて飛んできた矢を、剣を盾にして防いだ。
「ああ、くそ! お前への説教は後回しだ。塔の弓隊を始末するぞ!」
リオンはうなずいた。「俺は右の搭をやる。ケインは左を頼む」
「わかった」ふたりはすばやく二手に分かれた。ふたりともそれぞれ槍を構えている敵の群れに飛び込むと、次々と切り倒していった。塔から弓を構えているゴブリンたちは矢を放つべきか悩んでいた。敵は味方の群れの中にいるのだ。矢を放てば、ほぼ間違いなく味方に当たる。
リオンたちは相手を倒しつつ、塔の裏手へ回っていく。裏手に回ると、塔の入り口が開いている。
「お前たち、油断し過ぎだぜ」ケインは入り口前で槍を構えていたオークを切り倒した。
「入り口を開けっぱなしにしてるなんてな!」ケインは倒したオークの槍をつかむと、塔の中へ飛び込んだ。剣を腰に戻すと、ナイフを抜き出して口にくわえた。オークの槍を握り直すと、塔のはしごへ駆け寄って登り始めた。塔の屋上では、ゴブリンたちが弓を構えてはしごの上から姿を見せた。ケインは槍を突き出すと1匹のゴブリンを刺し貫いた。刺されたゴブリンははしごの上に倒れ掛かり、屋上への出口を隠してしまった。弓を構えていたほかのゴブリンたちは、ケインが見えなくなり身動きできなくなった。1匹が手を伸ばし、仲間の死体をどかそうとした。
倒れたゴブリンの脇からナイフを持った手が現れ、近づいたゴブリンの顔を切り裂いた。両目を潰されたゴブリンは悲鳴をあげて後ずさる。ゴブリンの死体を持ち上げて、ケインが姿を現わした。ケインは軽々とゴブリンをその仲間たちに投げつける。仲間の死体をぶつけられて、ゴブリンたちは声をあげてひっくり返った。ケインはすばやく反転すると、反対方向にいる1匹にナイフを投げた。ナイフはゴブリンの額に突き刺さり、ゴブリンは屋上に倒れた。ケインは剣を抜き放つと、身体を起こしつつあるゴブリンたちを次々と斬っていく。ケインは瞬く間に塔の屋上を制圧した。
「これぐらいの規模だと、最速記録になったかな」
ケインは隣の搭に目を向けた。すると、塔の屋上でリオンがケインに向かって手を振っているのが見えた。ケインはリオンを指さした。「お前、早すぎ!」
ふたつの搭には続々とゴブリンやオークたちが押し寄せてくる。ケインはすばやくはしごを蹴り落とすと、ゴブリンの死体を屋上の穴に詰め込んだ。これで簡単に攻め込まれることはなくなった。
ケインは屋上から周囲を見渡した。塔はゴブリンやオークたちに包囲されている。いずれも口々に喚きながらリオンやケインを指さしている。
「まぁ、常識では逃げ場なしの状況ってことになるんだが」
ケインは騒ぐ敵を見下ろしながらつぶやいた。
「でも、ここは常識が通用しない戦場なんだぜ。追い詰めたなんて考えるなよ、てめぇら……」




