リオン、突撃【scene9】
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丘の上で戦端が開かれたとき、リオンたちは森の陰で様子をうかがっていた。リオンたち1番隊、9番隊、10番隊は森の北西部に潜んでいた。アングリアの北の壁と西の壁が両方うかがえる位置である。正門があるのは西側だ。丘から怒声が起こり、戦いが行われているのは誰の耳でもわかった。丘の様子が見える者からは、戦いの推移を確認することもできた。丘は虫が群がるように黒い点がうごめいていたが、小さな点が動かなくなったとき、それは倒されたということを意味していた。
「始まりました」エリスは小さい声でリオンに報告した。
「そうだね」リオンは一点を見つめながらうなずいた。
リオンが見つめているのはアングリアの物見やぐらだ。アングリアの北西には、城壁から突き出すように細長い物見やぐらが伸びていた。やぐらの上では、数匹の魔族の姿が見えた。丘の異変に気づいたらしく、慌ただしく動いている。かすかだが、周りに急を知らせる声も聞こえる。
「丘のほうは大丈夫か?」ケインが手をかざして丘の上を見つめた。もやはだいぶ晴れてきたが、それでも視界が良好というわけではない。
「まだ出ちゃだめですよ、ケイン」スライスがケインの肩に手を置いた。「僕たちは正門から出てきた増援部隊を叩くのですから」
「わかってる。……くそっ! 早く出てきやがれってんだ」
ケインは正門に視線を移した。正門の扉は固く閉じられたままで、増援が飛び出す様子はない。
「丘が獲られそうになったら、あいつらは増援を出す。必ず!」トルバはすでに剣を抜いていた。いつでも駆け出せる様子だ。
「リオン、わかってるな? 聖光十字撃はあくまで奥の手だ。使わずに済むなら使わない。いいよな?」ケインはリオンに不安そうな表情を見せた。リオンは苦笑した。
「わかってるって。何だよ、ケイン。遠足に出かける子供を気遣うお母さんか?」
「からかうなよ。丘が3百程度の敵なら、アングリアには千七百の敵はいるってことだろ? 北の味方と合わせて6百で攻めるんだ、こっちは。半数以下で城攻めをするなんて常識外れ、俺じゃなくても不安になる」
「それは言うなよ、ケイン」
「わかってる。わかってるが……、お前に大きな負担をかけること前提の、この作戦が気に入らないんだ」
「それは、私も感じていました」エリスが同意した。「王国の態度は、国を救おうというものとは思えません」
リオンは苦笑を続けるだけだった。「どこも戦力不足なんだ。無茶を承知で戦わなきゃいけないんだよ、俺たちは」
「あまり、王国批判はしないで下さい」スライスがたしなめた。「ここにいるのは僕たちだけではないのですから」
「気にする必要はないぜ」
スライスは驚いて振り返った。あまりに近くから声がしたせいだ。振り返った目の前には9番隊リーダーのウォレスの顔があった。大きな頭で、団子鼻の下に口ひげを生やしている。
「俺たちは入団審査のときから、王国の考えに疑問を持っているんだ。あんたたちの本音が聞けて、正直ほっとしてるよ」
スライスは少しうつむいた。「すまない……」
「あんたたちにはあんたたちの事情があったってことだろ? 何となくわかっていたさ。それに、王国の態度が何であれ、俺は志願を取り下げるつもりはなかった。何せ、このアングリアは俺がガキのころの故郷だ。親戚がまだ残っているはずなんだ。王国のために戦うんじゃない。あんたたちの戦いに、俺の戦いが乗っかっているんだ。それだけさ」
「おい、出て来たぞ!」トルバが小声で叫んだ。正門へ目を向けると、アングリアの正門が大きく開かれて、ぞろぞろとゴブリンやオークたちが姿を現わした。北西の物見やぐらから激しい声が聞こえる。誰かがそこから指示を飛ばしているらしい。ゴブリンやオークたちは一斉に丘へ向かって走り始めた。
「何匹出てくる……」ケインは緊張した面持ちでつぶやいた。増援の数によって作戦行動が変わるからだ。
敵の数は4百ほどだった。最後尾が門を出ると、正門はすばやく閉じられた。
「クソッ」予想通りとは言え、ケインは毒づいた。
リオンは剣を抜くと、「さぁ、俺に続くんだ!」と言うなり森を飛び出した。鳥が飛ぶように丘へ向かう増援の側面に向かって行く。
「あのバカ!」
ケインが叫んだ。
「お前の足についていけるやつなんて、ひとりもいない!」
丘へ向かう増援のほとんどはゴブリンやオークたちだったが、数匹ホブゴブリンが混じっていた。そのうちの1匹はゴブリンたちの頭越しに、森から白い何かが駆けてくるのに気がついた。薄いもやを切り払うように、その「白い何か」は向かってくる。ちょうどそのとき、朝日がもやを打ち払って、あたりを明るく照らした。太陽の光は「白い何か」も照らし出し、それは銀色に輝いた。向かってくるのは白銀の鎧に身を包んだ剣士だ。それから遅れて、ほかの人間たちが森からわらわらと溢れ出している。
ホブゴブリンは足を止めて、剣で白銀の剣士を指さし怒鳴った。怒鳴り声に驚き、周囲の仲間たちも足を止め、指される方角に目を向けた。白銀の剣士の姿を認めると、全員が武器を手に身構えた。数匹は槍を相手に向けて駆け出している。
白銀の剣士は近くの者まで10数メルテまで迫った。不意に鎧が閃くと、剣士の動きが変わった。急に加速したのだ。ホブゴブリンは剣士の姿を見失って、左右を見渡した。すると、自分のすぐかたわらに剣士がしゃがんでいるのに気がついた。
「まずは5匹」剣士がつぶやいて、ホブゴブリンに顔を見せた。リオンだった。
どさどさと地面に何かがぶつかる音が聞こえ、ゴブリンやオークが5体、地面に横たわった。一瞬で仲間が5匹、斬られたのだ。ホブゴブリンは顔をゆがめて剣士に向き直した。
リオンはすでに態勢を直してホブゴブリンの脇を駆け抜けていた。ホブゴブリンは横腹から血しぶきを上げて倒れた。
丘へ向かった増援は、リオンによって完全に側面を突かれた形になった。先頭を除いて、誰もが足を止めて側面の敵に対応しようと身構えている。しかし、リオンの動きが見えず、彼らは次々と血しぶきを上げて倒れていく。
「この間と一緒だ」リオンを追いながらトルバが言った。「今度はひとりで何匹仕留めるつもりだ?」
「今度の敵は百匹程度じゃないんだ。2百は堅いな」息せき切って走りながら、ケインが答えた。ようやく近くの敵に迫ると、走ってきた勢いそのままに斬りつけた。斬られたオークは無言で地面に倒れる。
増援を襲っているのはリオンを含め10名程度の攻撃役だ。しかし、4百の敵はそれだけの攻撃に完全に浮足立った。隊列はすでに乱れ、数匹は正門に向かって逃げ出していた。動揺した敵はもろい。数で優っている彼らは、どう戦うべきかわからないままに倒されていく。ゴブリンやオークたちは、「軍隊」ではなく、「群衆」となっていた。戦おうとする者、逃げようとする者、ただその場で立ち尽くすものとが押し合い、怒鳴り声をあげて、まとまりの取れた動きになっていない。ケインたちは混乱で動きの鈍い敵を次々と切り捨てる。トルバは、でたらめに槍を振り回すオークを槍ごと斬った。
「俺で5匹目だ。お前は?」トルバはケインに話しかけた。
「8匹だ。競ってるんじゃないぞ!」ケインは目の前のゴブリンを切り伏せた。「9匹目!」
「早くリオンのそばへ! 僕たちは彼の護衛でしょ!」スライスはウォレスの陰から怒鳴った。ウォレスは巨大なハンマーを振り回しながら、大声で笑った。
「ははは! これじゃ、どっちが護衛しているんだろうな!」背後のスライスに笑いかける。スライスは神官が使う細い鉄棍を手に、小さくため息をついた。「そうですね」
リオンは敵の群れを切り開きながら、増援の先頭へ向かって行く。すでに先頭の者たちも背後から迫るリオンに気づいて向きを変えていた。全員でリオンひとりを取り囲もうとしている。リオンの口もとに笑みが浮かんだ。彼らは完全に足を止めた。
「雷球衝撃!」エリスは雷撃系の魔法を1匹の頭上に落とした。雷は1匹のホブゴブリンを貫き、さらに数匹のゴブリンやオークを襲った。巻き添えを食ったゴブリンたちは目や耳から湯気を出して倒れていく。
「リオン!」エリスは駆け出しながら叫んだ。ケインがエリスの肩をつかむ。
「魔法使いが前に出るな! お前の仕事は後方支援だろう!」
「だって!」ずり落ちかける三角帽子を押さえながらエリスは叫んだ。
「『だって』も、勝手もない! お前に万一のことがあったら、俺たちはリオンに殺される!」
ケインの言葉にエリスは目をぱちくりとさせた。彼女は顔を赤らめると、「わかりました」と小声でつぶやいて下がった。
「あの子の扱い方、お前うまいよな」トルバがケインと背中合わせに剣を構えて言った。
「そうじゃない。本当のことだ」ケインは吐き捨てるように言った。トルバが思わず振り返る。「まじ?」
リオンは隊列の先頭を切り崩すと、ついに丘のふもとに辿り着いた。丘を見上げると、丘の上では新たな戦闘の騒ぎ声が聞こえる。森の西側から侵攻した5番隊が戦っているのだ。街道に目を向けると、街道からゴブリンたちが転がりながら飛び出している。背後からは2番隊や3番隊の攻撃役が後を追っていた。
リオンは背後を振り返った。ケインがようやくリオンのそばへ駆け寄り、膝に手を当てて息を吐いた。「やっと、追いついた」
「ケイン、トルバたちと丘を獲るんだ」
リオンはゆっくりと剣を後ろに下げて身構えた。そして、集中するように目を閉じる。
「へ? お前は……って、まさか!」
リオンの周囲からキーンという鋭い音が響き渡る。ケインは慌てて敵の増援と戦っている仲間たちに大声をあげた。
「おおい! リオンから正門の間にいる者は左右に離れろ! リオンの射線上にいるぞ!」
リオンの全身が光に包まれ出した。キーンという鼓膜を破りそうな音は、ますます強まっていく。
正門からはリオンたちを攻撃しようと増援のオークたちが姿を現わしていた。皆、興奮した様子で、荒々しくリオンめがけて走り出した。光の中で身構え続けたリオンはすっと両目を開けた。
大音響が轟いた。




