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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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戦いを終えて【scene20】

20


 深く沈んだ沼の底から水面に上がっていく。レトはそんな感覚で目覚めた。ようやく息のできるところへ上がった気分だ。

 見知らぬ部屋のベッドの中だった。ルッチたちと相部屋だったベッドとは違って、ふかふかとしたものだ。そして、その感触はレトにとって初めてのものだった。

……こんなに柔らかい寝床があるなんて。

 レトは身体を起こそうとしたが、全身に痛みが走り、たまらず横になった。顔だけを巡らせて部屋の様子を観察する。壁の色は自分が泊まった兵舎の部屋と同じだ。部屋全体に消毒液の臭いがする。どうやら、ここは城内の病室らしい。そこで、自分がリオンに吹っ飛ばされて気を失ったことを思い出した。正確にはそうだったのだろうと推測した。記憶があいまいな部分もあったからだ。リオンが光の塊となって襲い掛かったとき、レトはどう対処しようかなど考えることができなかった。頭の中が真っ白になり、そのまま閃光に包まれて気を失ったのだ。 

……とんだ思い上がりだった。勇者のあの技を見るまで、僕は本気で勇者から一本取るつもりでいた。勇者の太刀筋を見極めたつもりでいた。とんでもない話だ。勇者は太刀筋なんかバレても構わなかったんだ。あの技はいくら見えても防げない。太刀筋なんてまるで関係なかったんだ……

 レトは自分の手の甲で目の部分を隠した。涙は出ないが泣きたい気分だ。

……恥ずかしい。思い上がっていた自分を思い知らされて、こんなに恥ずかしい気持ちになるなんて。よくも勇者に向かって『戦えます』なんて言えたもんだ。

 レトは自分の顔を隠していた手を脇に動かした。身体にかけられたシーツの上にぱたんと置く。

 これから自分はどうなるのだろう。レトはぼんやりと考えた。勇者からは一本が取れなかった。さらに勇者から怒りを買い、見たこともない技で失神させられた。自分は何ひとついいところを見せられなかった。入団は認められないだろう。

 結局、自分はカーペンタル村に帰ることになるのか。しかし、帰りたくない。いや、帰れない。自分はまだレンガ職人に戻る気持ちになっていないからだ。

……とは言っても、何をどうすればいいのかまるきり浮かぶでもなし。考えてみれば、義勇兵になれなかった場合の先のことなんて、まるで考えていなかったんだよな。

 レトは深いため息をついた。気持ちがさらに滅入ってくる。

 「よお、目が覚めたか」

 レトは顔だけを動かして、声のしたほうを向いた。病室の扉からルッチの仮面がきらりと光っていた。

 「ルッチさんですか」レトは枕に頭を預けてつぶやいた。

 「アタシも来ているわよ」ガイナスの声も聞こえてきた。

 ルッチとガイナスのふたりはレトの寝ているベッドまで近づくと、並んでレトの顔をのぞき込んだ。

 「思ったより顔色もいいな。ほっとしたぜ」

 普段から仮面姿のルッチは顔の下半分しか見えないが、朗らかな笑顔だとわかる表情だ。

 「昨日はお疲れ様ね。あなたの戦いぶり、しっかりと見させていただいたわ」

 ガイナスも優しい笑顔を向けている。

 それを聞いて、レトは天井に目を向けた。「そうですか。あれはもう昨日のことになりましたか」

 「下手すりゃ、一生目が覚めないんじゃないかって心配したぜ。幸い、打ちどころが良かったんだろうな。全身打撲で済んだそうだ」

 「……全身打撲で、打ちどころが良かったんですか?」

 ガイナスがホホホと笑った。

 「実際、運が良かったかもね。あなた、あの伝説の大技、聖光十字撃グランド・クロスを喰らったのよ。勇者ラファールが魔王を倒したという、あの技よ。一般民があの技を受けて、それが打撲で済んだって言うなら、そりゃ『打ちどころが良かった』って言いたくなるわよね」

 ガイナスは再びホホホと愉快そうに笑った。

 「あれが聖光十字撃グランド・クロス……」

 「会場も伝説の大技を目にして大興奮よ。あなた、勇者からあの技を使わせたということで評判よ。みんな『よくやった』という感じね」

 レトは弱々しく笑みを浮かべた。「皆さんを楽しませる意図はなかったんですけどね。でも、皆さんに楽しんでもらえたのなら、僕のあがきも意味はあったようですね」

 「意味のないあがきだと思っていたのか?」

 ルッチの表情から笑みが消えた。

 「結局、僕は何の結果も残せませんでした。少なくとも、僕は皆さんとともに戦場に立てないでしょう。大した祈りになりませんが、おふたりの健闘を祈っています」

 ルッチはガイナスと顔を見合わせると、吹き出すように笑い始めた。レトはルッチの顔を訝しそうに見上げる。

 「ははは。いや、悪い。お前、落ち込んでいたんだよな。だが、お前の早とちりだ。お前も正式に入団が認められたよ。俺たちは仲間だ!」

 レトは目を見開いた。「本当ですか?」

 「ああ、本当さ。審査員全員一致で合格だ。みんな、勇者からあの技を使わせたお前の実力は認めるほかないってな。文句なしの合格だ。ダイダロンとの戦いで異議を唱えた勇者自身が『判断を任せる』って言って、そのあと何も言わなくなったんだ。そもそも実力を測るなんて言い出したのは勇者のほうだぜ。その勇者が黙ったんだ。お前に追い詰められたことを、おおやけで認めたくなかったのさ。文句のあろうはずもないって話さ」

 ルッチの話には一部正確さが欠け落ちている。実際にはエリスがレトの入団を認めるべきではないと主張したのだ。『勇者が一緒に戦いたくないと思う者を仲間にするべきではない』と。しかし、彼女は別の仕事で審査員に入っておらず、彼女以外はそのように考えなかったので、『審査員全員一致』で合格となったのだ。

 そんなことを知るはずもないレトは、ようやく笑みを浮かべた。「良かったです。皆さん、これからもよろしくです」

 「ああ。よろしくな、レト!」

 ルッチはぽんとレトの胸のあたりを叩いた。途端にレトの表情が笑みから苦痛で歪んだ。

 「……痛い……」

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