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レトへの指南【scene2】

2


 『勇者の団』が小休止を取っている間、レトは樹に向かってナイフを投げつけていた。さきほどガイナスに見せられた投げナイフを練習しているのである。ナイフは樹人が投げ捨てたものをガイナスから譲り受けた。

 「レトちゃんはカンがいいから、モノになるかもしれない。だから、それをあげるわ」

 ガイナスは細い目をさらに細くして言った。

 「俺にはナイフを教えてくれないのか?」ルッチは不服そうに口をはさんだ。

 「アナタには無理よ。身体の造りが違うから」

 「身体の造りが違う?」

 「アナタは身体の鍛え方が剣に特化したものになっているの。腕回りの筋肉のつき方とか、ものを投げるのには向いていないわ。その点ではレトちゃんは肩の周りが柔らかいから、ナイフ投げにも柔軟に対応できるの。アタシは相手の素質を見極めずにものを教えたりしないわよ」

 「そうかよ」ルッチは不機嫌に横を向いたが、ガイナスの鑑定眼には感心していた。ルッチが剣の練達のために、身体の造り込みから取り組んでいたのは事実だからである。

 「なかなかまっすぐに飛びませんね……」

 レトはため息をついた。レトが投げると、ナイフはくるくると回転して、木の幹にぶつかるだけなのだ。ガイナスが投げてみせたように、刃先がまっすぐ標的を向いたまま飛ばせることができない。

 「一度見ただけじゃ難しいだろう。もう一度お手本を見せてやらないのか」

 ルッチはガイナスに話しかけた。ガイナスは木の根元に腰を下ろして目を閉じていた。

 「必要ないわ」ガイナスは目を閉じたまま答えた。

 「必要ないって……」

 「あの子には素質があるの。たとえば、一度見たものを細かく記憶する能力とかね。だからこそ、これ以上教える必要がないのよ。あとは、あの子が自分で工夫して会得するわよ。アタシはあの子の剣の腕前を見ているから、そう思うわけよ」

 「大した信頼だな」

 ルッチはレトに目をやった。レトは狙いを定めてナイフを投げるところだった。ナイフはくるくる回りながら木の幹にぶつかって地面に落ちた。

 「でも、先は長そうだ……」ルッチはため息交じりにつぶやいた。

 ざくざくと地面を踏む音が近づき、ルッチは音の聞こえたほうを向いて身体を固くした。ザバダックが馬に乗って近づいていたのである。

 「おや、ナイフ投げの練習かね?」

 ザバダックはレトに話しかけた。レトは木の根元からナイフを拾い上げると、ザバダックに頭を下げた。

 「戦いに幅を持たせられたらと……」

 「心がけは感心だな」

 ザバダックは馬から降りた。

……おい、通りかかっただけじゃないのかよ。

 ルッチは顔が強張るのを感じていた。ルッチ――ルチウスがトランボ王国へ留学するまで、勉学の師はザバダックだったのだ。数年は顔をつき合わせて過ごしている。ふとしたことで、仮面の剣士ルッチがルチウスであるとバレるかもしれないのだ。だからと言って、その場から逃げ出すわけにいかない。それこそ怪しまれて素性を調べられるかもしれないからだ。

 幸い、ザバダックの関心はレトに向いていたようで、彼はルッチには目もくれずにレトへ近づいた。

 「君にこれを渡そうと思ってね」

 ザバダックは懐からひとつの腕輪を取り出した。

 「それは……?」

 レトは首をかしげた。それは魔法使いが魔法を使う際につける腕輪に見えたのである。

 「魔法道具さ。魔力を制御したり、術式を整えたり、様々な補助をする腕輪だ。補助の中には、魔素を吸収して体内に魔力を送り込むというのもある」

 レトはザバダックが差し出す腕輪を受け取らず、ザバダックの顔を見つめた。

 「参謀。以前、僕に魔法の素質があるかお調べになったとき、素質が無いと確認されたと思うのですが」

 ザバダックは苦笑した。

 「俺はそんなことは言ってないよ。ただ、ここでは魔法が使えないなと言ったんだ。『ここ』ってメネアでのことだがね」

 「どういうことです?」

 「君には魔力がまるで無い。だから、ギデオンフェル国内では魔法が使えない。たとえて言うなら、君は油の入っていないランプなのさ。油が無ければランプは火を灯さないのと同じだ。しかし、このミュルクヴィズの森は違う。ここは魔素が満ちている。魔素は、その油と同じか、それ以上の燃料なんだ。空気中に油が満ちていると想像すればいい。つまり、君はミュルクヴィズの森限定ではあるが、魔法を使うことが可能ってことなのさ」

 「僕が……魔法を、使える……」

 驚いた表情のレトの肩に、ザバダックは自分の手を置いた。

 「魔法は魔力があれば使えるってもんじゃない。頭の中に術式を描く想像力、演算能力、論理的な思考力……と、いろいろと頭脳的な資質が必要なんだ。俺が知る限り、君はそれらの資質が高い。君なら、魔法を使いこなせると考えたのさ」

 「でも、ここで魔法使いの転向なんて……」

 ザバダックは首を振った。

 「君に魔法使いになってもらおうなんて考えていない。君には『魔法剣士』になってもらおうと思うのさ」

 ザバダックの答えに、レトはもちろん、周囲で話を聞いていた者たちも目を丸くした。

 「魔法剣士?」

 ザバダックはレトの肩をばんばんと叩いた。

 「君はいろいろと器用にこなしている。目端も利くしな。頭の回転も早い。だが、惜しむは剣士としては体格的に恵まれていない。腕力も『勇者の団』の中では一番劣るだろう。君はその自覚があるからこそ、さっきまでナイフ投げの修得に励んでいた。少しでも自分の戦闘力を高めるために。違うかね?」

 レトはうつむいた。はた目にも図星をさされたのは明らかだ。

 「俺は、君がこの団に必要な一員だと思っている。ただ、今のままでは不足する部分があるのも事実だ。そこで君に魔法を覚えてもらい、戦いの幅をひろげてもらおうと考えたわけだ」

 「僕は、魔法が使えるようになるのですか?」

 ザバダックは首を振った。

 「絶対の保証は無い。だが、君には素質がある。きっと、できるようになる。俺はそう思っている。それに、俺が使うような高度なものを考えなくていいんだ。魔法には敏捷度を上げたり、武器の強度を上げたりする補助系の魔法だってある。それらの難度はそれほど高くないんだ。君がそれらを使いこなせば、敵にとって脅威になるだろう。魔法剣士は希少でね。王国内にわずかしかいない。この『勇者の団』には、ひとりもいないんだ。あえて言うなら、『聖光十字撃グランド・クロス』を使う勇者殿がそれになるのかな」

 「補助魔法を使いこなすだけで勇者のように戦えますか?」

 ザバダックは大口を開けて笑い出した。

 「ハハハ! 君は欲張りなことを言う。聖光十字撃グランド・クロスは魔法の概念を超えた超必殺技だ。あれと同じことはできないさ。でも、自らの敏捷度や武器の強度を高めるだけで、君の強さは数段上がる。俺の提案に乗る価値はあると思うがね」

 レトはザバダックが差し出す腕輪に視線を落とした。

 「どんな修業をすればいいのです?」

 「君に課題を出す。課題の魔法が出来るようになれば、俺に見せに来ればいい。及第点の出来なら、次の課題を出す。そうして、魔法が使えるようになってもらう。ただし、時間はあまり無いぞ。魔侯のいる城への到着まで三週間は見ているが、道中でも敵に出くわすだろうし、修得は急いでもらわなければならない。ところで、せっかく修得しても、国に戻れば魔法が使えなくなるのは理解してほしい。君はミュルクヴィズの森でのみ、魔法剣士になれるんだ」

 「充分です」

 レトは腕輪を手に取り、左腕にはめた。腕輪に埋め込まれた魔法石がきらりと光る。

 「では、参謀。僕に課題を出してください。よろしくお願いします」

 「おいおい。本気か、レト?」

 思わずルッチはレトに話しかけた。ザバダックがルッチに顔を向けたので慌てて口をつぐむ。

 「僕が今以上に強くなりたいと願っているのは、参謀が指摘した通りです。それに、魔侯の息子ガニメデスと対峙したとき、僕はどうすれば相手を倒せるのか、まるで見当がつきませんでした。呪文の詠唱をせずに強力な魔法が使えるハイクラスは、それだけで化け物です。魔侯はそのガニメデスも上回る相手なのでしょう。そんな敵を勇者ひとりだけに戦わせられますか? 敵わないまでも、勇者の助力になりたいのであれば、僕はできることを何でもしなければなりません。それこそ何でも、です」

 「どうして、そこまで腹をくくることができる? お前がそこまで命を張るのはなぜだ?」

 これまで外野で様子を見ていたリッグが声をかけた。レトと違う班だが、隊列では隣だったのだ。

 レトは突然の質問に、言葉がすぐに出てこなかった。少し上を見上げるように考えると、困ったような表情をリッグに向けた。

 「なぜ、と聞かれるとよくわかりません。僕は魔族に家族を殺されていませんし、現時点では故郷も無事です。入団審査で戦ったダイダロンさんのような復讐心も持っていません。ですが、無関係ではないのです。誰かが戦わなければ国は滅ぼされるかもしれない。今は遠くの山火事でも、その火はこちらを焼き尽くそうと迫るかもしれないのです。とても他人事とは思えません。そして、この『勇者の団』に志願して正解だったと思いました。王国の中心にいる人たちはこの戦いに本気でなく、いたずらに長引かせているだけでした。その間に魔侯軍は占領した街の人びとを拉致して連れ去っているのです。もし、勇者が僕たちを率いて戦わなかったら、アングリアの奪還はもちろん、メネアを防衛することはできなかったでしょう。あのひとでなければ、この戦いを終わらせることはできないし、さらわれた人たちを救い出すこともできない。実際のところ、人びとの救出のため森に入ったのは、この『勇者の団』だけです。でも、戦争がひとりでできるものでないことは僕だってわかります。だからこそ、僕は必死になる理由があるのです。僕は、勇者の力になりたい。その一心だけです」

 あまりに無私で、純粋な回答だった。

 リッグは半ば呆れた表情だったが、やがて苦笑を浮かべながら首を振った。

 「参ったよ。そこまで演説されると思っていなかった。まぁ、どこまでやれるかわからねぇが、しっかりやんな。邪魔だけはしないぜ」

 レトは頭を下げた。顔を上げると、ザバダックに向き合った。

 「改めてお願いします。僕への課題は何ですか?」

 ザバダックは無言でうなずくと、かたわらの木に手を伸ばした。一枚の葉を摘み取ると、自分の手のひらに載せた。もう片方の手を葉にかざすと、呪文を唱え始める。

 ザバダックの手のひらに載っていた葉の周囲に風が舞い始め、葉は回転しながら直立した。くるくるとコマのように回っている。

 「小さな風を起こす魔法だ」

 ザバダックは説明を始めた。

 「葉に物理的な作用をもたらす魔法だが、これができるようになると、さっき話した敏捷度を上げる魔法や、武器の強度を上げる補助系の魔法も使えるようになる。この魔法自体に有効な使い道はないが、術式の基本部分が身につけられるんだ。まず、君にはこれを覚えてもらう」

 レトはザバダックから葉を受け取った。自分の手のひらに載せて、さっき聞いたばかりの呪文を唱える。しかし、手のひらの葉はぴくりとも動かなかった。

 「頭の中に術式ができていないと使えない」

 ザバダックはレトの頭の上に手を置いた。

 「もう一度、俺が魔法を使う。そのとき、君の頭の中に術式が浮かぶはずだ。君はそれをしっかり記憶するんだ。いいね?」

 レトは小さくうなずいた。

 ザバダックがさきほどの呪文を唱えると、レトの手のひらの葉が回転を始めた。少し前と同じ光景だ。しかし、レトの表情に明らかな変化があった。大きく目を見開いて、自分の手のひらを見つめていたのだ。

 「頭の中に……、何か文字の書かれた円陣が見える……」

 「それが術式だ。俺の頭の中に浮かぶ術式を転写したのさ」

 「これが……術式……」

 レトの手のひらで舞っていた葉が回転を止め、くたりと横になった。

 「もう一度、呪文を唱えてみたまえ。今度はさっき見た術式を頭に浮かべるんだ」

 レトは目を閉じると、さっき見えたものを頭の中で思い浮かべた。それから目を開けると、真剣な表情で呪文を唱え始めた。少し離れたところで様子を見ていたルッチは固唾を呑んだ。

 手のひらの葉がぴくりと動くと横になったまま、少しずつ回転を始めた。

 「動いた!」ルッチが叫んだ。

 「信じられん。魔力の無いやつが魔法だって?」

 周囲からも驚きの声があがる。レトの魔法で動き出した葉は、手のひらから滑るように動くと地面に落ちていった。レトは深く息を吐いた。

 「すごいわね、アナタ。ナイフ投げより魔法の修得が向いているようじゃない」

 ガイナスが嬉しそうな声をあげた。いつの間にか立ち上がって、ルッチの隣に立っていた。

 「でも、うまく回転しませんでした」

 レトは疲れたような声を出した。実際のところ、頭の中の術式を維持するのに意識を使ったので、ほかへの意識まで回らなかったのだ。

 「最初にしちゃ上出来さ」

 ザバダックはレトの頭をぽんぽんと叩くと、自分の馬にまたがった。

 「さて、それを俺が見せたお手本ぐらいに出来れば、見せに来たまえ。最初に言ったが、あまり時間は無いぞ」

 ザバダックはそう言い残すと、元来た道を戻っていった。レトだけに用事があったのは本当のようだ。

……信じられん、か……

 ルッチは立ち去るザバダックの背中を見つめながら考えた。レトがすぐに魔法が使えたのも驚いたが、ザバダックがレトに魔法を教えようとしたことのほうが信じられなかった。これまで、ザバダックはどれだけ請願されても弟子を採ろうとしなかったのだ。弟子の教育は面倒臭いというのがザバダックの言い分だった。ルチウスの教育係も嫌々していたものだ。そんな面倒臭がりが、自ら教師役を買って出たのだ。ルッチが信じられないと思っても無理はない。

……それだけ、レトに期待している……、いや、レトに何かあると感じているのか。俺だって、レトにはほかの者には無い何かがあると感じていたからな……

 ルッチはレトに視線を戻した。当のレトは、ガイナスから教わったナイフと魔法の訓練のどちらを優先すべきか、ナイフと葉っぱを見比べながら悩んでいるところだった。

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