遭遇【scene3】
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わずかな小休止の後、『勇者の団』は再び行軍を始めた。ミュルクヴィズの森が脅威の森であることは間違いないが、目立って異常な様子が見られるわけではない。そのせいか、行軍は順調だった。はじめは警戒された敵との遭遇もなかった。
レトは手のひらに木の葉を置いた状態で歩いていた。歩きながら魔法の練習をしていたのだ。その様子をノギスが冷ややかな視線で見つめていた。
「どうした? レトのことが気に入らないようだぜ」
オーギュストがノギスの隣に並んで尋ねた。ノギスはレトから視線を外すとオーギュストの耳元に口を近づけた。レトに聞かれないように小声で答える。
「正直、感心しないのさ。強くなりたいのなら剣の腕を磨けばいい。あいつは剣を極めたわけじゃない。あちこち目移りしていると、どっちつかずになっちまうぜ」
「……たしかにな。あいつ、何だって、いろんなことに手を出そうとするんだ?」
「自分のことがよくわかっているからよ」
ガイナスがノギスの背後から囁いた。ふたりは飛び上がりそうになったが、大声をあげることは堪えた。
「驚かすなよ、ガイナス。ところで、何だ? あいつが自分のことをよくわかっているって?」
「もし、剣士として一流を目指すのだったら、レトちゃんの行動は落第よ。でも、あの子が目指すのは剣術大会の優勝じゃない。目指すのは一流の『戦士』よ。戦場で生き残るのは剣の名人じゃないわ。生き残る術に長けた者よ。あの子は、最初から剣士なんて目指していないわ」
「レトが一流の戦士を目指している?」
ノギスが不思議そうな声をあげた。
「思い出してほしいけど、レトちゃんが緑龍と戦ったとき、レトちゃんは始めから剣で倒すことなんて考えていなかった。ためらうことなく、緑龍の首に爆弾を引っかけた。アタシを助けるためということもあったのでしょうけど、下手すりゃ自分の名誉を失い、『卑怯者』呼ばわりされる危険だってあった。でも、あの子はそんなことにまったく頓着しなかった。ただ、いかにして相手を仕留めるか。それだけを考えて行動していたのよ」
「緑龍の裏をかいたアレはたしかに見事だった」
ノギスはうなずきながら認めた。
「レトちゃんは特別に小さいわけじゃないけど、アタシたちと混じると、どうしても小柄に見える。実際、剣の間合いは誰よりも狭い。体格差だけは、どれだけ腕を磨いても覆せない。どうしても相手の間合いで勝負せざるを得なくなる。命を取られる心配のない競技ならともかく、命の取り合いで間合いがどうのなんて悠長なこと言ってられないわ。レトちゃんはそこを理解して割り切っているのよ。自分が戦場で生き残るのに最優先すべきは、剣の腕を磨くことじゃないわ。いかに『戦う術』を増やすのかってことなのよ。ナイフの技もそうだし、魔法もそうなのよね」
「レトは剣士や冒険者よりも兵士に向いているのか」
「さっきも言ったでしょ。兵士ではなく戦士。あの子はアナタたちが思っているより獰猛なのよ」
ガイナスの話にノギスが苦笑いを浮かべた。「レトが獰猛だって?」
「最初、あの子は敵を殺したことに衝撃を受けるような子だったわ。でも、味方が危機のときはためらわず敵の前に姿をさらして戦っていた。勇者がハイクラスと戦っていたときだって、あの子はハイクラスに剣を向けて襲いかかっていた。あの子ほど敵に牙を向けているのはいるのかしら?」
ノギスから反論は出なかった。
「あの子が優しい性格なのは間違いない。でも、戦いになると別。あの子には別の意味で甘さがない。勝負に徹するという点でね。強さのみを求めるのだったら、戦場なんて出ずに、山にこもって剣でも振っているほうがいいわ」
「レトのことをずいぶん買っているんだな、ガイナス」
「少し違うわね。楽しみなのよ。あの子が本物の戦士になっていく過程が。もし、もう少し、あの優しさが無くなれば、あの子はもっと手強くなる。相手のウラをかくことを勇者並みに躊躇しなくなればね」
「相手のウラをかくのが戦士の条件か?」
オーギュストが突っ込んだ。
「戦いに綺麗も汚いも無いわ。勝つためにすべてをつぎ込むことができるのが本物の戦士よ。気高さは戦い方の綺麗さで現われるんじゃないわ。たとえ汚くとも勝つための行動を取ること。それを信念持って行動する姿にこそ気高さが現れる。そんな人物は周囲の非難に動揺することも無いわ。本物の戦士はそういう『強さ』も併せ持っているものよ。その意味では勇者は本物の戦士よ。違うかしら?」
リオンが屍霊を使って敵本陣を急襲したこと、偽の噂を流して将軍を戦場に引っ張り出したことは、ふたりも知っていることだった。オーギュストもノギスもきまりが悪そうに自分の頬をかいた。
「あの子は、剣の腕だけでは戦場で生き延びることができないことを理解している。あの子の体格じゃ、ペックみたいなツヴァイハンダーみたいな大剣を振ることなんてできないしね。あの子の剣で斬れないぐらいの相手に出くわしたら万事休すよ。これまでは知恵の力でどうにかしてきたけど、ハイクラスを目の当たりにして、それだけじゃ足りないことを悟ったのね。投げナイフを教えるまで、あの子はずっと考え込んでいたわよ。自分でこさえた手投げ爆弾を見ながら、あれをどう運用しようかとか、あれこれとね。私たちの班の中で、ハイクラスとどう戦おうか考えているのって、ほかにいるかしら? はじめからハイクラスに敵わないって考えることを止めていないかしら?」
「おいおい、レトはハイクラス……アルタイルと直接戦う気か?」
オーギュストは呆れたような声を出した。さすがに「無謀だろ」と言いたい様子だ。
「魔侯じゃなくても、ハイクラスは存在する。魔侯の息子、ガニメデスは襲ってくるわよ、私たちに。そのとき、相手がハイクラスだから逃げるってワケにいかないわよ」
オーギュストは口をつぐんだ。ガイナスはその様子を見て首を振った。
「どうも、アナタたちのほうがおめでたいようだわね。面倒な相手を勇者に片づけさせるものじゃないわ。むしろ話は逆よ。勇者を無事にアルタイルの元へ届けるため、これまでの面倒な敵はアタシたちで片付けなくちゃいけなかったのよ。本来であれば黒狼も緑龍も、そして、ガニメデスも、みんなアタシたちで倒さなくちゃいけなかったのよ。それを一番理解しているのはレトちゃんだってことよ」
ノギスは先を歩くレトに目をやった。レトは相変わらず手のひらの木の葉を回転させることに集中している。はじめに見たときよりも木の葉は直立に近い姿勢で回っているようだが、ザバダックが手本で見せたように綺麗に回っていない。レトもそれは自覚しているようで不満そうな表情でぶつぶつとつぶやいている。文句を言っているというよりは、繰り返し呪文を唱えているようだ。
「呑み込みが早いわね、あの子」
ガイナスのつぶやきに、ノギスが驚いた表情を浮かべた。「呑み込みが早いって?」
ガイナスはうなずいた。
「魔法に詳しいとまでは言えないけど、魔法の修得は一朝一夕でないことは理解しているわ。あのザバダックって魔導士、ずいぶん無茶な指導をすると思っていたけど、レトちゃんは確実に修得しつつあるわ。それこそ一朝一夕で。あの子の記憶力、分析力、それに理解力はとんでもないわね。この森でしか役に立たないのが難だけど、レトちゃんが魔法を行使できるようになれば、この班は劇的に強くなるわよ」
それはノギスでも理解できる話だ。レトが魔法を修得すれば、レトは前衛だけでなく、支援に回ることもできる。ハイデラの中距離支援も心強いが、レトの魔法も加われば戦略の幅が広がるのは間違いない。
「ただ、この森限定の技能なのよ……。レトちゃんの魔法は。ほんと、あの魔導士。残酷な指導をするわよね」
ガイナスはレトの背中を見つめながら再びつぶやいた。
「たとえ、ここで最強の戦士になれても、国に戻ればどこにでもいる小柄な剣士でしかないのだから」
「参謀は先ほど、何しに後方へ回ってらっしゃったのですか?」
ザバダックが隊列前方に戻ってくると、エリスが待ち構えていたように尋ねてきた。彼女もザバダックと同じように馬に乗っていた。
「俺のことが気になるかね?」
ザバダックは口ひげをぴくぴく動かしながら笑いかけた。ご機嫌な様子だ。
「いえ、違います」エリスは冷静に手を振って否定した。ザバダックは「この子は本当に冗談が通じんなぁ……」と心の中でつぶやいた。
「ただ、最近の参謀は私たちと話し合いを持たず、独自に行動されているようです。8番隊の一班を使って屍霊がどこからやって来たかを探らせたりした件もそうです。どこか私たちと距離を取っていませんか?」
ザバダックは苦笑した。それを言うのであれば、リオンがこちらに諮らず、屍霊を使った急襲作戦を実行していたではないか。ザバダックはそう思ったが口にしなかった。緊密に行動していないのはお互い様なのだ。
「別に距離を取っているわけではないさ。お互いが即決即断で行動したいから、結果的にそうなっているだけだよ。勇者殿も、俺の意見を聞いている場合じゃないことはあるようだからな」
ザバダックはそう答えてエリスの顔を見つめた。嫌味で言っているわけではないが、こちらの意図を理解したか気になったのだ。
「そうですか……」エリスは宙を見つめる様子で返事をした。ザバダックが懸念した通り、彼の真意まで理解した様子はなかった。おそらく、ザバダックがリオンのことを避けてはいないと、そのことを確認したかっただけなのだろう。
……考えてみりゃ、この娘もナゾの存在だな。たしか……、ライデック家のひとり娘じゃなかったかな? 魔法使いでは珍しく、貴族の地位にある家柄だ。深窓のご令嬢が、元は名家といえ、下級市民のリオンとどのように接点を持って一緒に戦うようになったのだ?
「……何か?」
いつまでもエリスの顔を見つめていたせいだろう。エリスが不審な表情で尋ねた。ザバダックは慌てて顔をそむけた。
「いや……、すまない。君があんまり可愛いのでね……」
「年下趣味ですか?」
エリスの表情は冷ややかだ。違うと言いたいところだが、面倒になってきたので、ザバダックは黙って苦笑いを浮かべるだけに留めた。エリスは無言で手綱を握り直すと、ザバダックから離れた位置まで馬を進ませた。さすがにザバダックも不快な表情になった。
……ほんと、リオン以外には冷たい娘だよな……
ザバダックはエリス越しに前方へ目をやる。その先には、リオンが隊列の先頭で馬を進めていた。美しい金髪と白銀の鎧は、森の木漏れ日を反射して輝いていた。そこだけ光が集まっているように見える。後ろ姿なのだが、それでもこの森の中で映える存在だ。
……たしかに、あれだけの美男子であれば、どの娘も夢中になるよな。俺も最初リオンを見たときは、あの現実離れした美貌に驚いたぐらいだからな。
リオンはザバダックの視線に気付くこともなく、ゆっくりと馬を歩ませていた。しかし、突然右手を挙げて隊列の動きを止めた。
「どうした?」
すぐ後ろをついていたケインが声をかけた。リオンは無言で道の先を指さす。
「おい……、あれは……」
ケインはリオンの指さす先にあるものを見て、思わず声をもらした。
森の道はまっすぐ奥へと続いている。そのあたりは森の樹がいっぱいに枝葉を広げているらしく木漏れ日が見えない。しかし、一か所だけ、ぽかりと日の光の差し込むところがあった。そのあたりだけ丸い陽だまりができている。その陽だまりの中に、小さな人影が見えた。陽だまりでくつろごうと腰を下ろしているようだ。人影と表現したが、それは『人間』ではなかった。
大きく曲がった鉤鼻、濃緑の肌。そこにいたのは1匹のゴブリンだった。




