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今夜、十六夜の見える丘の上で  作者: 書常 時雨
7/13

バレンタインデーの放課後に

インフルエンザも完治し久しぶりに学校へ行ったがまるで世界が変わったように思えた。インフルエンザの間にとんでもない量の雪が降り積もり電車が半日立ち往生したというニュースが流れた。確かに県単位で見ればここは「雪国」であるものの低地であるこの街には1mも積もることなく冬を越す。しかし確実に1m以上雪が降っただろう。気温も1週間前とは違って格段に寒くなっている。学ランとマフラー生活はもう卒業。耐えられずPコートを羽織って一応病人で休んでいた証明としてマスクを付けて学校へ向かった。防水の効いているブーツを履いていてもくるぶし辺りから雪が入ってきて肌の温もりを通り抜けて水となりブーツへ侵入してきた。「大雪」とは「防水」という効果でさえ凌いでしまうような自然現象だと初めて知った。学校へ着いた頃には靴下の後ろ半分は濡れて灰色から黒へと色を変えていた。

もっと変わっていたのはテスト期間という部活をしている生徒も全員部活動停止となりクラスメイトの頭の中は定期考査が支配しているようだった。そういえば一緒に登校している友達は今日の朝LINEで「テスト近いから」とインフルエンザで休んでいた俺に断りを入れて早く学校へ行ったらしい。まるで獄中生活を終えて外の世界を眺めているような気分だ。いつの間にか取り残されてしまっていた。


2月14日、それは彼女がいない非リアにとっては切なく、悲しい日であった。自称進学校との呼び名がよく似合う北高でも考査があるがこの日だけはピリピリとした雰囲気の中にもザワザワという楽しい時に起こる胸騒ぎが女子から聞こえてきた。しかし皆が片手に抱えているのは参考書やシャーペンでありチョコレートという甘くも非リアを絶望に落し入れるお菓子ではなかった。ザワザワという楽しい時に起こる胸騒ぎは気のせいか。

考査は無事に二つの意味で終わった。もう1日考査があるため今日は考査が終わった午前中に放課となった。嬉しくも明日は化学と英語があるため重苦しかった。どうせ赤点なんだから重い2教科をどうして1日目に持ってこれなかったのか考査の予定を組んだ名前の知らない教務主任を恨んだ。

この日は休んでいた間の化学と英語のプリントをまとめていて考査に自信のある生徒たちが清々しく帰っていく姿を見ずに1人で帰ることになった。それにしても化学と英語のプリントを背に担ぐと鉛のように重く感じる。こんな日にどうして「先に帰ってて」と言ってしまったのだろうか。自分の発言にとても後悔をした。

バレンタインは考査が終わってから始まった。「友チョコ」という女子が男子に見せつけて「私彼氏がいなくても充実してますよ」とか「私友達多いですよ」アピールが予定通り決行された。男子でも女子から「友チョコ」を貰って嬉しそうにしている輩もいたがそんな奴らとは「陰キャ」は無縁だ。住んでいる世界が違う。女子と話すのは十六夜と母親(女子と見なせるのだろうか)ぐらいだから「友チョコ」のようなものは貰ったことがない。ましてや本命チョコなんぞ言うまでもない。高校生になれば自然と彼女が出来ると妄想を膨らませていた中学生の俺は頭がおかしかった。実際は陽キャになれず中学と変わらず高校生活の大半は終わった。もう彼女とは無縁のまた無縁の生活を送っている。本命チョコを貰った男子が少しだけ羨ましく感じた。華やかな学校生活を送れない俺にとって静かになった廊下を通って帰る姿はとても画になっていた。今ならどんな女子でもチョコを貰ったら有難く膝を地面に付けてお礼を言うだろう。お零れでいいからチョコが欲しかった。好きじゃない人からの本命チョコを頂けない男子の気が知れなかった。モテすぎた故に「俺、軽い男じゃないっすよ」アピールなんだろどうせ。品のない男だ。女子の間では安い男として名前が上がってるんだっつーの。多分。あーあ、生きているのも嫌になっちゃうな。さて、寒い外へ出るか。下駄箱から登校で濡れたままのブーツを履いて玄関から外へ出たところ誰かにぶつかった。俺は驚いて尻もちをついた。

「すみません、大丈夫ですか?」

「………」

再び立ち上がり前を向くと文系の朝岡さんが前に立っていた。

「またぶつかっちゃいましたね」

朝岡さんは少し微笑んでそう言った。今回は俺が手を差し伸べて立ち上がるのではなく自分で立ち上がった。

「今日は寒いですね」

朝岡さんは俺に話しかけてきた。学校で女子と話したのは何週間いや、何ヶ月ぶりだろうか。

「そうですね」

「考査があるからといって夜更かしせずにちゃんと睡眠時間取ってください。そうしなきゃ風邪ひいちゃいますからね」

「いやー、そうですね。俺この前までインフルエンザで休んでたんで痛いほど分かりましたよ。無理は禁物ですね」

そう言うと会話が途切れた。このタイミングで家路へ向かおうとした時

「待って」

と朝岡さんの声がした。

「あ、あの……」

口がモゴモゴしている。ガムでも噛んでいるんだろうか。それにしても朝岡さんのような凛とした顔付きで背も女子にしては高い方の人がマフラーとチェスターコートを羽織っている姿は十六夜と少し違う良さがあった。着飾らない素朴な人柄が出ているのに綺麗な人だった。

「これ、もし良かったら受け取ってください」

朝岡さんが渡そうとしていたのは綺麗に可愛げにラッピングされていて袋の開け口より少し下にあった留め具には「happy valentine」と書いてあった。ま、さ、か、これ本命チョコではないだろうか。待て待て、文系の男子が密かに狙っている朝岡さんからチョコですか。全く予想もしていない出来事だった。ラッキー!朝岡さんからとか万々歳だ。あれ?これ夢か?いや夢じゃない。勿論膝を地面に付けてお礼を申し上げよう。そう思った時俺の頭の中に十六夜が浮かんできた。十六夜の笑っている姿、イジられて怒っている姿、どこか悲しみを持って話している姿。そのどれもが愛しいと思ったのだ。まだ出会って短いが初めて守りたい人と思えた。このチョコを貰ったら十六夜にどんな面を下げて会えばいいのだろうか。いや、もしかすると一生会えなくなるかもしれない。そんなんなら貰わずに帰ろう。

「ごめん、その気持ち俺には受け取れない」

とても苦しかった。きっと朝岡さんは今とてつもない傷を負っただろう。申し訳なさもあるがここで家路へ向かわなければ十六夜を傷つけてしまう。そう思って俺は思い切って家路へ向かった。切なくて後ろを振り返れなかった。


こうなるだろうとは予想はしていた。けどここまで苦しいことは予想もしてなかった。体の力が抜けていくのを感じた。しかし帰れる力はあったためそのまま家の方向へ足を進めた。今やっと気付いたがとても寒い。顔が痛くなるほど冷えていた。今日は勉強しないことにしよう。英語と日本史なら何とかなりそうな気がするから。

家に帰るとすでに日出が帰っていてカップ麺にお湯を注いでいた。

「おかえり」

「ただいま」

「どうしたん?元気なくね?」

「いつも元気ないですよ」

「そっか」

女の子に振られた?以来少し日出の元気はなくなっていた。今なら気持ちを分かち合える気がする。

「赤いのと緑のどっちがいい?」

「じゃあ赤いの」

私がそう言うと日出は玄関の近くにある物置部屋から赤いパッケージのカップ麺を持ってきた。

「男に振られたん?」

日出が赤いパッケージのカップ麺にお湯を注ぎながら聞いてきた。私は無視をしてリビングのテレビに電源を付けた。

「あ、そうだ」

もういっそのこと翁長くんにあげようとしたチョコを日出にあげよう。

「はいこれ、余ったからあんたにあげる」

「振られた男にあげようとしていたチョコ?」

「それは分かんないよ」

「じゃあそうしておく」

日出は「happy valentine」と書かれている留め具を外し中を開けてチョコを取り出した。の前に白い紙を取り出していた。

「あ!それダメ!」

私がそう言っても遅かった。日出に見られた。終わった。一生お嫁に行けない。

「ねえ、俊って人俺知ってるかも」

「へ?」

馬鹿にされること覚悟でいたが思いもよらない返事が返ってきた。

「俺の好きな人も『俊』って人を好きだったと思う」

「へ?」

理解は少ししか出来なかったものの「俊」という1人の男が2人に関係していることは分かった。

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