雪解けの泥水のような
その後2人は作戦を練ってどうすれば相手にされるのか考えていた。最初はお互い振り向いて欲しかっただけだったが話しているうちにどんどんエスカレートしていき遂にはお互い奪ってやろうという気持ちになっていた。人間はとても愚かで自分だけ幸せになれば相手の幸せを願う事なんてしなくなる。「あなたの幸せを願います」なんて言葉の時効は自分が幸せになるまで。改めて残酷で惨めである。
そんな事が影で起こっているにも関わらず俊は暁のチョコを貰わなかったことに対して罪悪感が芽生えて家でボーッとしていた。無意識にLINEを開いたが届いていたのは公式アカウントのみだった。十六夜からのLINEは最近遅くなっている。アイツ意外とテスト勉強はちゃんとするんだな。感心した。勉強しなければならないのは分かっているがやる気が出ずに何もしていない。故に暇だ。俺は無気力のままベッドで横になりそのまま目を瞑りいつの間にか意識が飛んでいた。
まだ月が満月にも満たない頃、俺はいつも通り7限が終了してから家路へ向かった。その最中に東高の男子高校生に声をかけられた。
「あなたが翁長俊さんですか?」
「はい、そうですが」
変な緊張が走った。何処かで会ったことも見たこともない顔だった。しかし似ている人になら会ったことがあるかもしれない。はて、誰だったかな。
「突然声をかけてすみません」
ビックリしました。
「少し話しません?実は僕たちある共通の人で繋がりがあるんです」
待て、新手の誘拐か?でも何故JK狙いじゃなくて俺なの?
「怖がらないでください。僕、朝岡暁の弟です」
え、あの文系の朝岡さん?文系男子の影のマドンナの?
「双子なんですよ。二卵生の。だから双子と言われてもあまりピンと来ないでしょ?顔を近付けても何となく似てるくらいなので」
確かに似ていないが雰囲気は似ている。それに割と顔は整っている。姉ほどではないが凛としていて男らしい顔つきだ。あ、もしかしてチョコ貰わなかったことに腹を立てて弟が俺を殴りに来たのか。なんて姉弟の絆は強いんだ。恐るべし。
「今回は特に姉のことで。ではなくて、もう1人共通の人物がいるんです」
その言葉にホッとした。が、それも束の間だった。
「月島十六夜です。知ってますか?」
その名前を聞いてゾッとした。東高でも知らないだろうと思っていた心の奥の期待は一気に音を立てて崩れ落ちた。
「その子、あまり信用しない方がいいと思いますよ」
「なんでそんなことを言われなきゃいけないんですか?」
「彼女、俺に好意を寄せていますから」
「………」
声も出なかった。嘘だと思いたい。付き合ってはないんだ。だからそんなことがあっても文句は言えない。
「俺も好意を寄せていますから、両想いってことですよ。3年生になったら付き合おうと思うんです。お互いこの街に残るんで」
「それはおめでとうございます。けど何故このことを俺に伝えるのでしょうか?その理由が分かりません」
これが精一杯の強がりだった。今すぐにでもコイツを殴りたいが今は我慢しなければ。制服姿で北高の近くなんてすぐに通報されてしまう。
「それは、あなた達が東高の近くの丘で会ってたからじゃないですか」
終わった。もう何も言い返せない。
「あと彼女、遠距離は無理みたいですよ。同じ街に住んでいる人じゃなきゃ寂しいらしいですね」
学校から家までの道は何回も通ってきたが何処か遠くの知らない道へ迷い込んでいるように見えた。立春もとっくに過ぎたのに雪がこの街を征服し、雪が光を反射し太陽が雲に隠れていても眩しい帰り道、その光のように頭は真っ白だった。
その日の夜、十六夜から「十六夜の夜にあの丘へ行こう」とLINEが来た。普通なら即答で「いいよ!」と送るのだが今日の件があった。とてもすぐには返信できなかった。送られてきてから何時間も考え結局「いいよ!」とLINEを送った。朝岡さんの双子の弟が言っていたあのことがフラッシュバックで流れた。あれは真か偽か。考えることすら嫌になってきた。
ついに十六夜の夜が来た。外は妙に温かく解けていなかった雪がグチャグチャになって道路に寝そべっていた。道路を踏む度に「ビシャ」という下品な音を立てていた。そろそろ春が来るのだろうか。明日から雪ではなく雨が降るらしい。
東高の近くにある十六夜が綺麗に見える丘までにある坂は先月までは凍っていたが今はそれが解けて滑る心配もなかった。先月よりも遅く家を出たが先月よりも早く着いてしまいそうだ。丘の上には小さな体にキャラメル色のチェスターコートを羽織った十六夜がいた。不幸なことに初めて出会った時の恰好と同じだった。
「お、今日は早いね」
「氷が解けていたからね」
「最近LINE返すの遅くなってごめんね。ちょっと色んなことがあって返せなかったの。でね、今日ね、俊にどうしても話したいことがあるの。聞いて」
先月と同じ十六夜という人物、先月と同じ十六夜の匂い、先月と同じ十六夜の見える場所、先月と同じ満月よりも少し欠けた十六夜。なのに初めて出会った人、初めて出会った匂い、初めて来た場所、初めて見た月のように感じた。腹の底から煮えくり返るような怒りが込み上げて声すら聞きたくなかった。俺は聞きたくないからあの話を持ち込んだ。
「ねえ、俺が言える立場じゃないけど、俺よりも好きな人がいるんでしょ。なのに何で俺と会ってるの?」
「え?」
「心配してたよ。十六夜と両想いの人が。知らない男と東高の丘の上で会ってるって」
「そんなの知らないよ。しかも東高に好きな人なんていないよ。私俊ぐらいしか話せないし」
「朝岡さんって人分かる?」
「知ってるよ。でもあれは付き纏ってる人。ほら前に話してた好きじゃない人にされる好意で悩んでた人だよ」
俺は黙って十六夜の言い分を聞いた。そんな言い訳をしたところで何が起こるのだろう。
「確かに先月俊と会った次の日に聞かれたよ。俊のこと。でも私その人の事全然興味持ってないよ」
まだ弁解は続いていた。
「別に付き合うとかどうとかそんな低レベルな問題じゃないの」
その言葉の意味が分からなかった。ついに俺の堪忍袋の緒が切れた。
「もういいよ。意味が分からない」
俺はその場から退いて辿り着いた道をもう一度辿って家へ帰ろうとした。
「待って。待ってよ」
十六夜の声は泣き声に聞こえたがそんなのは構わなかった。もう知らねえよ。消え失せろ。ビッチ。果たして家へ帰ったら泣いたことをどう親に弁解するのでしょうか。あのくらい口が達者ならある程度言い訳を聞き入れてくれるだろう。
春の訪れを感じさせる気温になった今、身体に寒気が走った。




