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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
10章 連理の契り
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3 庭の桜

 千紘のことをすっかり忘れてしまった須洛は仕事に集中し、彼女のことは新人の下女としてしかみていなかった。

 はじめはぎこちない仕草で朝餉夕餉を持って来ていた。今はでは大分慣れてきて自然に物を持ってくるようになった。須洛が酒が欲しいというと彼女は簡単なつまみを作り、酒を適度に瓶に入れ差し出してくれる。

 時折みせる悲し気な笑顔が引っかかるが、それ以上の詮索はしなかった。

 元々外の世界の人が鬼の里に保護されるなんて辛い目に遭ってきたのだろう。

 今の容姿、白い髪に金の瞳はおよそ人の外見からかけ離れている。

 容姿から彼は彼女の今までをあえて詮索しなかった。


「はぁ」


 須洛は自分の部屋で並べられた書に目を通し頭を抱えた。今まで乗り気ではなかった嫁とりの件である。各鬼の一族でめぼしい鬼娘の名が連なっており、気になったら通うように老鬼たちに言われていたのだ。

 まだそのつもりはなかったのだが、空閑御がいなくなった今自分までいなくなれば里は混乱するだろう。ある程度は朱音に任せているとはいえ、それでも彼女自身の負担も大きい。

 しっかりとした跡取りをつくる必要があった。

 戸が開けられ、千紘がいつものように茶を持ってきてくれたのだろう。

「ああ、そこに置いておいてくれ」

 目も向けずに書類を見つめる須洛に女の呆れ声が響いた。

「呆れたわ。あなた、こちらに視線を向けようともしないのね」

 朱音は心底呆れたといわんばかりに須洛を見つめた。手には白湯とお菓子が載せられた盆があった。お菓子を朱音はつまんでいる。

「なんだお前か。あれはどうした?」

「ああ、あの子。今は休憩中よ。いつも一生懸命に働いていたからたまには休ませないと」

 夕餉の支度頃には戻ってくるという。

 だが、戻らないかもしれないと朱音は呟いた。

「どういうことだ?」

「彼女を嫁に欲しいと言ってくれた男が里の外にいたの」

 今目合わせているわ。

「そうか、それはめでたいことだ」

 あのような年若い娘にもそのような話があるのか。あの容姿でも気にしない男らしいというので須洛は良かったと口にした。

 それにむっとして朱音は彼の前に座り込んだ。

「あなたは何も感じないのね」

「よかったとは思っている」

「そう。ならいいわ」

 朱音はどんと白湯を彼の前に置き、彼の目の前の文書に目を通した。彼から筆を取り出し、二つの名を潰す。

「あ、おい」

 そこには朱音と陽凪の名が刻まれていた。

「どうぞ、あんたは美姫を好きなように囲うといいわ。でも、私と陽凪姫は軽薄なあんたなんかお断りだから」

 そういい朱音はさっさと部屋を後にした。

「なんだよ。軽薄って」

 ため息をついて須洛は置かれた白湯をすすった。

 今日中に目を通せと言われた書は身に入らず、須洛はぽいっと横に置いた。

 はじめて千紘の存在を知ったとき、周囲から何度も問われた。本当に覚えていないのかと。

 どうやら自分が彼女を拾って連れてきたようである。

 だがどういうわけか自分はとんと思い出せない。

 気が付けば空閑御もいなくなってしまった。

 記憶があちこちまばらになっている感覚を覚える。

 眞鬼の一族の里で喧嘩を売った為、命を落としかけたという記憶はある。

 何故喧嘩を売ったのか自分はよくはわからない。

 確か神代の頃から外界から完全隔離された胡散臭い一族という認識はあったが。我慢できなくなり喧嘩を売ったのだろうか。

「ああ、くそ」

 そのあたりを思い出そうと思うと頭がひどく痛く感じた。それが煩わしく虫食い状態の記憶に関しては気にとめないようにしていた。

 しかし、周りはそれを思い出すようにと言ってくる。

 唯一千紘は思い出さなくてもよいと言っていた。

 不思議な娘である。

 自分が少し声をかけただけで嬉しそうに笑っていた。

 須洛はふと部屋の外を出て、庭先の木々を見つめた。その中で見覚えのない桜の木をみる。

 春になると千紘は嬉しそうにこれを眺めていた。

 桜が好きなのかと聞くと彼女は静かにうなずいた。特にこの木が好きなのだと。

 思い入れの深いものなのだろうか。

 その木に触れると拍動を感じた。首を傾げ須洛は桜を見つめる。

 すでに葉桜になっていたものは白の華を咲かせていた。

 それはとても美しく思わずため息を溢しそうである。

 多くの桜を何百年もみてきたというのにその白は美しく須洛の目に映った。

 そのとき頭の奥がうずきじくじくと痛む。頭を抑えながらも須洛は白い桜の花びらから目をそらすことはできなかった。

 まるでこの色は千紘の白い髪と同じ色である。

 自分はこの色をよく覚えていた。

 ある屋敷で白い華を悲しげに見つめる少女………その華はどれも落ちてしまい見事な枝はところどこ手折られていた。千紘は悲しげにそれをいつも見つめていた。

「ああ」

 思い出した。

 何故、今まで思い出すことができなかったのだろうか。

 自分はこんなにも彼女に会いたかったのに。


―――「彼女を嫁に欲しいと言ってくれた男が里の外にいたの」


 朱音の言葉を思い出す。それに慌てて須洛は朱音を呼び出した。

「千紘はどこに行ったんだ?」

「里の外よ。川があってよく水浴びにでかける場所があったでしょう。そこで里の外の人とお見合い中よ」

「そうか」

 須洛は急いで千紘のいる場所へと走り出した。彼女が自分以外の男の手を取るなど想像したくない。しかし、眞鬼の一族の里から戻ってから自分は千紘のことを思い出すことなく接した。千紘はいつも悲しげに笑い、何歩も後ろに控えていた。

 頼むから行かないでくれ。

 須洛は館を飛び出し、里の出入り口へと向かった。ずっと向こうに白い髪の女性がみえ速度を落とすことなくその方へとひたすら走った。


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