表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
10章 連理の契り
64/68

1 鬼の心臓

「須洛、なの?」

「そうだ」

「どうして………ここに」

「あたりまえのことを聞くな。嫁を迎えに来ただけだ」


 さぁ、帰ろう。


 そう笑う彼に千紘は涙を浮かべながら、こくりと頷いた。

「そういうわけでその手を離してもらいたい」

 須洛がいうと古き神はおかしげに笑った。

「今日は何と愉快な日か。二度も同じ者に巡り合えるとは」

 だが、無理であると古き神は言った。

「その娘は私に捧げられた贄である。故に手放すことはない」


 むしろ、と古き神は須洛の額に手を翳した。強い衝撃がおこり須洛は飛ばされてしまう。


「須洛っ」


 千紘は須洛の方へ駆け寄ろうとしたが、古き神がそれを許さない。

「そうだな。では、ひとつ賭けをしようか」

 男はそう笑い、千紘を抱き寄せる。まるで新たな人形を手に入れ愛でるかのような仕草であった。

「また私を満足させておくれ」

 あの時は一人の娘の為に命を張り、生命の源ともいうべき角を捧げた。それはとても思い入れ深い話であり古き神は何百年も経った今でも先日のように覚えていた。

「次はそうだな。その心臓をもらおうか」

 それを奪われても果たして生きていられるだろうか。

 そう古き神は笑った。

「やめてください」

 千紘は首を横に振った。

「もうよいです。角を返してなんて言いません。彼をこのまま元の世界に戻してください………そうすれば私はどんなことにも耐えます」

 愛しい者が自分の為に命を捧げようなど耐えられない。

 呪詛にかけられたはずの須洛がこうして元気に姿を見せてくれた。それだけでも千紘は満足すべきなのだと自身に言い聞かせた。


「ダメだ」


 須洛は千紘の言い分を拒否した。

「お前は俺の妻だ。他の男のものになるなんて許さない」

 例えそれが神代の時代から存在する古き神であろうと。

「いいぞ。俺が生きながらえれば、千紘を返してもらおう」

「だ、ダメ………」

 千紘がそういい止めようとするが、須洛は自分の左胸に右腕を突き出す。ぐしゃりぐしゃりと肋骨がわけられ抉られる音とともに抉られ赤い血が噴き出た。

 須洛は取り出したものを前に出した。

 赤い液体とともに輝く宝石のようにみえた。

 それに魅せられ古き神は思わずそれを両手で受け取る。同時に解放された千紘は須洛の傍に駆け寄った。

「須洛っ」

 須洛はぐいっと千紘を右腕で引き寄せ笑って言った。

「さぁ、帰ろう」

 そういいながら彼は倒れこんだ。


「ああ、何といきのいい心臓か」


 うっとりと古き神は捧げられた心臓を見つめた。宝石を手に入れた子供のように無垢な表情であった。

「須洛………」

 千紘は倒れた須洛に近づき頬に触れた。先ほどまで感じられたぬくもりが消えていた。

 さぁっと頭の中が真っ白になった。

「いや、どうして。何で………」

 ぎゅっと彼の上半身を抱きしめる。何度も彼の名を呼ぶが応えてくれなかった。

「あなたがいなくなったら私、私………」

 目頭が熱くなり、視界が歪んでいく。とめどなくあふれる涙が落ち、彼の頬を濡らした。

「私は馬鹿だ」

 思い出した記憶の中、後悔してしまう。

 あの夜、彼に会わなければよかった。

 儀式が近づく毎に外の世界への関心が強くなってきた。世話係の巫女から外から客人が来たというのを聞き、彼を呼び込むように呪いをしてしまった。

 名無姫、かつての千紘はそのようなことをすべきではなかったのだ。

 生まれた時から与えられた役目をただ全うすることだけを考えればよかったのだ。

 外への興味を持ち、彼に出会ってしまったばかりに彼にはいらない苦労をさせてしまった。


「あなたに会うんじゃなかった」


 そうすれば須洛は角を失わなかった。あの時、呪詛にかかることもなかった。ここで心臓を差し出すこともなかった。

 彼には千紘の為にそこまでのことをする義務などなかったのに。

 耶麻禰が自分に言った言葉が重くのしかかる。

 自分の愚かしさがここまで来てしまった。


「私だけが消えればよかった」


「それは違うわ」

 優しい女性の声が聞こえた。

 目の前をみると白い髪の巫女が現れた。しゃらんと天冠についた鈴が鳴り響く。


「空閑御さん?」


 名を呼ぶと巫女は優しく微笑んだ。

「三の姫。自分を責めないで。どうして年若き少女おとめが愛しい人に出会うことを責められるのでしょう」

「でも、須洛は」

「大丈夫です。この子はまだ死んでいない。あなたを残して死ぬはずがないわ。この子はとっても執念深いのよ」

 しかし、心臓がないままではいずれは死んでしまう。

 そう言おうとする前に空閑御はどうか自分にまかせてと笑った。その時、ずっと目を閉ざしていた彼女の瞳をみることができた。それをみて千紘は驚いた。

 空閑御の瞳は右の方は空洞となっており、左のみ瞳が存在した。その色は金であった。

 彼女は笑って、古き神の前へ現れた。

「ご機嫌よう」

「ああ、今日は懐かしいものがよく訪れる日だな」

 須洛の心臓に夢中になっていた男はようやく顔をあげた。

「ご機嫌なところ悪いのだけど、それを返してくださらない?」

「昔と変わらず傲慢な女であるな。だが、これはそこの鬼との取引である。簡単には返せないな」

「傲慢なのはあなたですよ。自分より若い者に意地悪して、苦しめて………あなたのそういうところが嫌なのよ」

 空閑御はきっと男を睨みつけた。

 二人の様子をみて千紘は首を傾げた。まるで古くからの知己のような話しぶりである。


「三の姫、私も名無姫だったのよ」


 疑問を感じている千紘に空閑御は説明した。

「私もあなたのように贄に選ばれ、あの寂しい社で過ごしていた」

 そして千紘と同様に外への関心を抱き、同じように外から里へやってきた者を誘いだした。空閑御が出会ったのは鬼ではなく人であったが。

 まだこの島国に神々が普通に存在していた時代、人と神が共存していた時代である。そして朝廷の祖となる家系が少しずつ九州から本州へ根を下ろそうとした時代だった。

 空閑御の出会った男は神の加護を受けた者で多くの英雄譚を持つ男であった。

 彼の話はとても心躍るもので空閑御は彼にさまざまな話を請うた。

 そして贄の儀式の日が現れ、空閑御は男と別れ儀式へと向かった。

「そしてこの女は私の贄になることを拒み、逃亡しおった」

「だった腹が立ったのですもの。私の十数年間をこの男のせいであの社で過ごされたと思うと」

 しかし、古き神が世界にやってくるのを防ぐ為に捧げられた贄である。それがなくなれば古き神がやってきてしまう。

 空閑御は男の右頬に張り手を食らわせ、同時に右目を潰し抉りだした瞳を男に差し出した。それだけでは足りない為、臓器の一部を男に捧げた。

 これにより空閑御は男から解放され、元の世界に戻ってきた。しかし、眞鬼の一族にばれないように。ばれてしまえばまた贄に差し出されるかもしれない。次の年にもし災害が起きてしまえば自分の儀式が不十分であったと言われるかもしれない。

 それが嫌で空閑御は里へと飛び出した。

 幸い古き神は空閑御が行った初めての巫女の狂事を深く楽しみ満足しそのまま元の世界へ引っ込んだ。そのおかげで特に島国に何も災いは起きなかった。

 森の外を出ようとしたが片方の目を失い、臓器の多っていたため途中力尽きてしまう。

 このまま自分は死ぬのだと思ったが、偶然近くに現れた人に助け出された。

 空閑御が出会った例の人でった。

 彼は自身の血と肉を空閑御に与え、看病した。多少力をもらい空閑御は何とか一命を留めた。

 事情を離すと人は空閑御をかくまうように大江山へ連れていき、そこで彼女の為に村を作った。しばらく人は空閑御の元へ足しげく通い、女児が生まれた。

 名は咲良姫。美しい髪の少女おとめであった。

 しかし、空閑御は女児を産むと力尽きて命を落としてしまう。これに落胆した人は咲良姫が空閑御を殺したのだと思い込み、憎み訪れなくなった。

 咲良姫は周りの人々に育てられながら、いずれ眞佐良と呼ばれる男に出会い結ばれ二人の子を産んだ。

 男児と女児であり、咲良姫は女児の姿をみて驚いた。驚くほどの白い髪に右目が窪んでいたのだ。母と同じ特徴を持つ彼女は母の生まれ変わりであるとすぐに気づいた。

 男児には一族の名前の由来となる御暈の名を与えた。

 女児の方には母と同じ名・空閑御と名付けた。

 空閑御は成長するにつれ前世の記憶を持ち、自分は表に出るべきではないと考えた。そして社を構え、そこで父眞佐良の御霊を山の主として迎え入れ仕えるようになった。


「結局外の世界に憧れていた娘は、同じように社の中で過ごすようになるとは」

「同じではありません。私は自由なのだから」

「それでは今更、私に何の用だ」

「三の姫の解放と須洛の心臓の返還」

「ふむ、しかしあの鬼は賭けには負けたぞ」


 自分は心臓を失っても生きていればという条件であった。須洛は心臓を失い命を失いかけている。

「意地悪な賭けね。心臓を複数持っていない限りは誰でも死んでしまうものよ」

 空閑御は心底男を軽蔑して見つめた。

「それは無効よ。心臓は返してもらうわ」

「では、贄の娘は私のものというわけだ」

「いいえ、彼女は須洛と一緒に帰るのよ」

「それでは儀式にはならんな。あの贄の娘は私に何もしていない」

 それを聞き千紘は悲し気に俯いた。男の言う通りである。自分は何もしていない。

「良いです。私は自分にできることはどんなこともします。どんなことにも耐えます」

 だから須洛の心臓を返して。

 そう言おうとする前に空閑御は言った。

「ここにもう一人いるでしょう」

 空閑御はにこりと笑って自分を示した。

「私も十分贄に相応しい器といえます。しかも、啖呵ひとつであなたを異世界へ還した贄。十分釣り合いはとれると思いますよ」

「あんなに私を嫌がり、逃げた贄が自分を差し出そうというのか?」

「差し出すのではありません。あなたに嫁ぐといっているのです」

「………」

「あなたの女房となり、意地悪な儀式は二度と行えないようにしてやりましょう」

「ほう、贄の分際でこの私を尻に敷こうというのか?」

「嫁ぐというからには夫を誘導するのも妻の務めでしょう」

「はは、はははは………そこまで私に物言える贄はお前くらいだ」

 実に愉快そうに男は笑った。

「良いだろう。私を生涯楽しませてみせよ。だが、私が飽きてしまえばわかっているな?」

「そうなりませんよ」

 空閑御は自身に満ちた声で言った。

 そして彼から心臓を奪い、須洛の胸元に戻してやる。

「時間はかかるけど、これで助かるわ」

「本当に良いのですか?」

 千紘は不安そうに空閑御を見つめた。

「よいのです。私は十分自由に生きました。途方もない時間の中、ようやくあの男にどうしてやるかを考え決意したことです」

 そして千紘の頭を撫でた。

「はじめからこうしていれば、多くの贄の姫が犠牲にならずに済んだでしょう。でも、これでおしまい。もう贄の娘・名無姫は必要ありません」

 だから千紘は役目を果たす必要などないのだ。

 須洛とともに帰るのだ。


「幸せになってください」


 そう空閑御はほほ笑み、千紘と須洛を元の世界へと戻してやった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ