6 耶麻禰と陽凪
「こっちだ」
一度通った道であり、儀式がどこで執り行われているか須洛はすぐに思い出せた。
石段を上ると巫女たちが薙刀を構え道を阻もうとする。
それに二人は応戦し薙ぎ払いながら前へ進んだ。
あともう一歩で例の巨大な扉へたどり着く。異界にいる古き神の世界と通じる境界線へ。
「やれやれ」
男の呆れた声が響いた。
「また性懲りもなく儀式の邪魔をするのか。須洛」
耶麻禰が二人の前を阻む。道を見ると巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされた。あれに手足をとられると時間がかかる。
「耶麻禰………」
「須洛、行くがよい」
陽凪がそう須洛に声をかけた。
「ここは私に任せよ」
「ほう、虚弱な椿鬼一族のあなたでは無理ですよ」
戦うことを苦手とする一族の血が半分流れている陽凪に対して、耶麻禰は何百年、何千年と戦いに身を置いた土蜘蛛の一族の者である。
以前、闘い敗れた経緯がある。
陽凪は錫杖を構え、大きく前へ振り落とした。
「はぁっ」
それと同時に突風が巻き起こり、鎌鼬のように目前の巣を壊した。
「耶麻禰よ、私がいつまでも学習しないと思っていたか?」
陽凪はにやっと笑った。
今の突風の業は元々陽凪にはない力であった。
いずれは役に立つであろうと犀輪に教えを請い学んだ業である。
「行け、須洛」
陽凪にそういわれるが、それでも須洛はここで陽凪を置いていいものか躊躇した。
「その躊躇いはよくない。そうしている間に姫は向こうへ行ってしまうぞ」
強く言われ、須洛はすまないと詫び壊れた巣の中へ飛び込んだ。それを遮ろうと耶麻禰が須洛へ近づくが、陽凪が再度突風を出し邪魔をした。
「悪いがそなたは私に付き合ってもらうぞ。全く、夫婦の仲を裂こうとは悪い男よ」
呆れながら陽凪はそういい錫杖を振り耶麻禰に襲い掛かった。耶麻禰は左腕で庇い錫杖を受け止める。
以前より陽凪の力が強くなっていることに耶麻禰はひしひしと感じ入った。
「なるほど、しばらく武者修行していたのか」
「うむ。そなたた土蜘蛛の動向が気になっていたので、あのままでは後れをとると感じた」
それゆえ、陽凪は犀輪に技を教えてもらうと同時に何度も剣戟を交わしたのだ。
「わからないな。何故、お前はあの姫に何も感じない。自分の境遇を呪ったことはないのか」
陽凪も耶麻禰も片親がかつては里の巫覡であった。しかし、名無姫と須洛の関係を黙認し、須洛の儀式の邪魔を手伝ったという罪により里を追われた。眞鬼にとって里の外は悪く、生命力が弱っていった。運よく他の鬼の一族に拾われなければもっと悲惨な末路を辿っていただろう。
「そうよな。確かに他の一族の血筋と言われお互い苦労したであろう」
だが、と陽凪は続けて言う。
「だからといってあの姫を恨んだことは一度もない」
「何故だ。あの娘さえいなければ私の母は、お前の父は………」
「お前は姫をみて何故気づかない」
陽凪は呆れながら耶麻禰に攻撃を続ける。
「名無姫は物心つく頃から親から引き離され、感情を抱くことを許されなかった身。社の奥で大事に育てられたようにみえるが、あれは姫にとってみれば牢獄」
名前を与えられず、この世に未練を残さないように大事な人を作ることも許されなかった。
「当然だろう。島国の命運を背負うのだから」
「阿呆め、姫はただの娘である。何故、誰かを好きになってはいけないと決めつけられた」
この世に未練を残さない為。
そんなものは里の傲慢である。里の巫覡たちは長い間、目を背けてきたのである。古き神を抑える為にしょうがないと他の方法も考えずに犠牲にしてきた姫に何の罪悪も感じないようにするために。
「私は須洛が見初めたばかりの三の姫をみたことがある」
大事にされ、情を向けられることに慣れておらず戸惑いをみせる幼い姫であった。夫に甘えることも知らない娘を歯がゆいと感じた。
「あの娘は幸せになってほしい。私はそう願う」
きっと私はあの姫が好きなのだろう。
「だから私は須洛を応援する。お前が邪魔するのであれば私が何度でも相手をしよう」
そう笑いながら陽凪は錫杖の先で耶麻禰の鳩尾に衝撃を与えた。鳩尾を抑え、耶麻禰はその場に崩れた。
「俺にはわからん。姫を許すことのできるお前が」
「許す? 何故だ。あの娘は何も悪いことはしておらんぞ」
ただ惚れた男ができただけだ。
そんなこと、誰も責めることなんてできない。




