序 真鬼の里
土蜘蛛の里に連れ去られた千紘をおいかけ須洛は足早にいくつもの山を越えていった。ようやく港へとたどり着く。さすがに長い時間かけて泳いで九州まで渡ることは須洛にとっては厳しい。
犀輪とともに九州へ向かう船を探すこととした。人の中に入る為須洛は朱音からもらっていた染料で髪を黒に染めた。その間、犀輪には港から出る船の確認をしてもらっていた。
戻ってきた犀輪からちょうど今からでる船があると聞き急ぎ港へと向かった。
しかし、九州への船はすでに満員であり次の便まで待つように言われてしまった。
「頼む。急ぎなんだ。二人、………せめて一人くらいは余裕はあるだろう」
犀輪はいざとなれば飛んで海を渡ることができるし、須洛一人乗るくらいのスペースはあるだろう。
「私からも頼む。そやつらは私の知人なんだ」
船の上から女性が降りてきた。尼僧の姿をしている彼女をみて須洛はすぐに気づいた。
「陽凪」
椿鬼の長である陽凪であった。彼女をみて船の業者はしょうがないなと頭をかいた。
「陽凪さんの頼みならしょうがないなぁ」
船の業者は船の中へt須洛と犀輪を案内した。
「どうしてお前が」
船の中、陽凪が休んでいた場所へ案内された。
「しかし、何でお前が九州に」
しばらく椿鬼一族は水面姫の策謀で混乱していて動けないと思っていた。
「ああ、あれから落ち着きを取り戻したからようやく動けるようになった」
いろいろ一族の醜態をみせ、迷惑をかけた須洛と千紘に詫びとあいさつに行かねばならないと思っていたが、まだしていないことを陽凪は頭を下げた。
「それで九州に行く理由は」
「土蜘蛛の里、尹褄へ行こうと思ってな」
それを聞き須洛は驚いた。
「何しに行くんだ」
「あの騒動を誘導した土蜘蛛に話をしにな」
陽凪はちらりと窓の外の風景を見つめた。青青とした海が広がっていた。
「あの土蜘蛛使い耶麻禰を覚えているか?」
「ああ」
水面姫を誘惑し村に潜入し、千紘を誘拐した男であった。
今回起きた御暈一族の騒動にも彼が関わっているだろう。一度ならず二度も千紘を誘拐したことに須洛はおおいに腹を立てた。
「耶麻禰は私の父の妹の子だ」
「ということは佐鳥の?」
陽凪はこくりと頷いた。それに須洛は複雑な表情を浮かべた。あの時、千紘に向かって言っていた耶麻禰の言葉を思い出す。
「そうか………」
それならば一層自分で何とかしないといけない。自分が蒔いた種でもあるのだから。
「ところで主らも何故九州に? 三の姫は」
「姫は攫われた。土蜘蛛に」
須洛はここまでに至った経緯について話した。始めは動揺していた陽凪は少しずつ落ち着いて話に頷いていた。
「なるほど……ここまで行動を起こしたとは。しかし、妙だ」
今まで尹褄一族はいろんな他の鬼の一族や妖に手を出していた。中原に位置する須洛の御暈一族も手にしたかったが、力関係は同等もしくはそれ以上であったため手を出せずにいた。そのため周囲の一族から切り崩しにかかっていた。前回の椿鬼一族の一件もそれに該当する。
「今まで直接御暈一族に手を出すことはなかった。それを都の人間の手まで使って、どうしたということか」
「知るかよ」
自分としては早々に千紘を取り戻すだけであった。その後のことはそのとき考える。
今まで二人の話を聞いていた犀輪は須洛に休むように言った。
「須洛、陸にあがるまで時間がかかる。ずっと大江山から飛び続けていたのだ。休みをとれ」
しかしと異を唱える須洛を無理やり横にさせ休ませる。
「共と連れず棟梁が疲れて傷を負ったとなると三の姫がどう感じるか」
それを言われると何も言えず須洛は言われるまま休みをとることとした。
瞼を閉じながらその後犀輪と陽凪の会話を耳にする。その間、陽凪の父親のことを思い出した。そして、その妹………彼女が仕えていた姫のことも。
きっと彼女は今も悲しんでいる。
早く迎えに行ってやらないと。
そう思いながら少しずつ夢の中へ身を沈めて行った。その中で昔のことを思い出していた。
何百年も前のことを。
◇ ◇ ◇
鬼の里にも色々ある。元々鬼と呼ばれる者たちは神の子が祖になっていることが多い。須洛の一族も神話の時代に登場した神の類から派生したと言われている。
多くの里の中で格別な扱いを受けてるのは真鬼の一族であった。名の通り全ての鬼の祖と言われている。
あちこちで勢力を伸ばし他の一族を侵食してる土蜘蛛も逆らえないと言われてる。
鬼の祖であり、その力は神代のころから全く弱体化されていない。他の鬼の一族は徐々に弱体化しているというのに。神代から世界の主導権が人に握られるようになった流れで鬼の力は少しずつ失われつつあった。
これには古くを知る鬼たちは慌てだした。そして鬼の真祖に頭を下げ礼をつくしその血を得ようと必死になる一族が後を絶たなかった。
真鬼の一族はそれに辟易しおおくの鬼を里から締め出した。いまや真鬼の里に入れるのはごく一部の者のみであり、幸いなことに須洛の一族はまだ締め出されることはなかった。対して土蜘蛛も真鬼一族の顰蹙を買ったらしく数百年前に締め出されたという。だからこそ土蜘蛛の一族を警戒している須洛の一族は真鬼一族との縁を続ける必要があった。
決まった周期年月に一族で作成した鉄製の剣や調度品を真鬼一族に納め縁を続けるのが今回の役割であった。
長になってまだ十年しか経過しておらず、里に入ったのは3回目であった。
どうにも落ち着かない重い雰囲気があり須洛はあまり真鬼の里に長居するのを良しとしなかった。そのため、一族の縁がなければとうに放り出していた。
以前来たときより重い感じがするな。
須洛はそうひしひしと感じ取った。
それに真鬼の者、名前は佐鳥といったか。彼が須洛の表情を察し、説明した。
「そろそろ古き神がこの世界に近づいてきているのです」
真鬼一族が長い間仕える神である。名前は不明である。ただ古き神と呼びどのような神かは須洛は知らなかった。
「どのような神ですか?」
他に話すことはなく差し障りなければ教えてほしいと願った。
「さぁ、どのような益があるかは不明です。あまりの巨体と大きな力で近づくと押しつぶされそうな重圧を感じる、と曾祖父から聞いています」
普段は遠い世界に住んでいるので問題ないが、五百年に一度この世界に近づいてくるという。
「一度世界に来たことがあったが、あやうくその重圧でこの島が沈むところだったといわれています」
「恐ろしい神のようで」
この里はその神の通り道でもあるという。重い雰囲気が強く感じるのは世界で一番その神の気配を感じ取ってしまうかららしい。
「このまま来てしまったらやばいでしょう。ですが、幸い14年前にようやく姫を見つけました」
佐鳥は続けていった。
古き神に世界に入らず帰っていただくには捧げものをしなければならない。それは清い力を身に宿した娘である。娘が古き神を慰め、満足してもらえれば古き神は帰っていくといわれている。
「巫女、ですか」
確かに巫女に神楽をまわせたりして荒れた神を鎮める話はよくある。真鬼の里でもそういった話があったのか。
「ただの巫女ではありません。古き神があえて目印をつけた娘でなければなりません」
「目印?」
「白い髪と金の瞳………、それが目印です」
「今のこの国では生まれる色じゃないな」
昔は色んな色が存在していたが、今の島国では基本的に黒髪、黒い瞳………時折茶の瞳が出る程度--が主流である。今では須洛の赤毛と翡翠の瞳も珍しく感じられた。
「もしそういう娘がいなかったら海の向こうから攫ってくるのですか?」
それに佐鳥は首を横に振った。
「いいえ、生まれるんです。周期的に古き神が近づいてくるであろう頃に………そして14年前に生まれました。一族は責任もってその娘を引き取り大事に育てます。儀式のために」
「………なら今回も安心ですね」
話はそこで終了した。須洛はその後里に用意された部屋で数日過ごすことになった。自身の里の道具を貢ぐことで、真鬼一族から祝詞を受けなければならない。祝詞を受けたからどうというわけではないが、受けたという事実が他の一族への示しとなるのだ。




