6.山の紅葉、庭の桜
秋、千紘は小鬼とともに里内で紅葉の景色がよく見える場所へとやってきた。千紘は山中に満ちた紅い葉を眺め楽しんだ。これ程見事な紅葉の山の景色を楽しめるとは思いもしなかった。
「いかがでしょうか。ひめさま」
小鬼たちは千紘に感想を求めた。
「とっても素敵よ。私、紅葉をこんな間近で見ることもなかったもの」
京にいた頃は千紘のいた対屋の庭には紅葉の木はなかった。寂しく桜の木だけがただずみ雑草が無造作に生えた景色しか覚えがない。母屋や他の対へ行けば紅葉少将の館と呼ばれるだけの見事な紅葉の木々が生っていたが彼女はそこへ行くことはなかった。宴があっても呼ばれることもない。父には存在すら忘れ去られる日々であった。
寂しいと感じたが、それが寂しいというのを彼女は知らなかった。
だから今自分がここにいることをとても感謝している。
同時に須洛を退治してしまおうと考えていたことをすまなく思っている。
だから、自分が彼のためにできることをしたい。
「紅葉の宴が楽しみですね」
小鬼はうっとりと眼をとろかせて呟いた。脳裏に浮かんでいるのは御馳走であるのは明らかである。千紘はおかしく笑った。
「紅葉の宴ではどのようなことをするの」
「冬支度前の山の神への感謝を示す宴です。とーりょとひめさまは空閑御さまのいる社にて山の神に挨拶をします」
婚儀の日とだいたい順番は一緒だという。
山の神、一族の神に一年山で過ごせたことを感謝し、これからも一族を守ってほしいと願う。そして、挨拶が終われば一族全員で盛大に酒盛りをする。今回は山の外へ出稼ぎに行っていた一族の鬼も戻ってくる。また旅立つ日までの骨休みをするのだという。宴には改めて千紘の紹介があるという。
「また挨拶かぁ……」
緊張するな。
そう呟くと小鬼は大丈夫と言う。
「ひめさまはとーりょの一番の人です。一族の誰もがひめさまの輿入れをお待ちしていました」
「そうなの。そういえば須洛は何百も生きているのでしょう。私以外に妻はいなかったのかしら」
いても不思議ではない。現に朱音と恋仲だっというし、他に良い女はいなかったのだろうか。
小鬼は小難しそうな顔をした。
「いいえ、とーりょの妻はひめさま一人だけです。一族の誰もが嫁とりを勧めたのですが、五百年以上もの間彼は嫁をとる気配はなかったのです」
「どうして」
「今までのことから察するに、名無姫でしょうか」
やはりそれか。
千紘はため息をついた。
一体名無姫とは何なのか、結局わからないままである。
何度か聞こうとしたがその度に躊躇した。聞くのがおそろしいことのような気がして。
自分の前世など全く知らない。彼女が知るのはあの寂しい対屋での無為の日々のみである。
そろそろ館に戻らなければならない。
そう考え、千紘は立ち上がった。
館に戻ると宴の準備で侍女たちが大忙しであった。自分も何かできることがないかと聞いたが、断られてしまった。新しく用意される衣装の寸法のために少し身を預けるだけしかやっていない。
邪魔になるといけないので千紘はそそくさと部屋へと戻った。部屋からみえる庭先にあるものが目にとまる。
千紘はじっとそれを見つめた。
桜の挿し木である。
確か須洛が千紘のために植えたものだと聞いた。まだ花を咲かせるのは先でありそれにはまだ何もなっていない。だが、何故か千紘はそれが気になった。
庭に出てそっとその幹に触れる。懐かしい肌触りであった。触れると懐かしく温かい気分になる。
どうしてだろうか、それを考える間もなく千紘はわかってしまった。ほろりと涙をこぼし、傍にいた小鬼は慌てる。
「これ、どこから?」
わかっているが確認するように千紘は尋ねた。
「ひめさまの元いた場所の桜の挿し木です」
ああ、やはり。
この懐かしさは間違えなく千紘の桜である。千紘の母が遺した数少ないもの。
小鬼が言うには須洛は千紘のためにあの桜の挿し木をここまで運び植えたという。
「どうして彼は私にここまでのことをしてくれるの?」
想い人・名無姫の生まれ変わりだからだろうか。そんなこと千紘は知らない。
切なく感じる。
だが、須洛がここまで自分を大事にしてくれることが嬉しい。
改めてそう思った。
「私、とても幸せね」
愛しい者にここまで愛されて幸せだ。
だから千紘は彼に応えたい。彼のために何かしたいと思った。
「では、早くあれを仕上げてしまいましょう。紅葉の宴まで、私たちが手伝えば可能です」
小鬼は言う。今の調子なら紅葉の宴まで間に合うはずである。
「そうね。須洛は、喜んでくれるかな」
勿論ですと小鬼は笑った。
千紘はそっと桜の幹を撫でた。
「来年、少しでもいいから咲いていたらいいな」
須洛と一緒にこの桜の花を眺めたい。心からそう思った。
◇ ◇ ◇
紅葉の宴当日、千紘は朝から小鬼と朱音にあれこれと身だしなみを整えられていた。髪も綺麗に梳かされ朱音が京より仕入れた髢をとりつけた。これで千紘は以前と同様の髪の長さにみえるようになった。
「ありがとう、朱音さん」
気にしていないとはいえ、髪の長さは姫として大事なものだというのは知っていた。
「姫の髪に見合うものではなかったのが残念ですが」
これが精一杯であった。あちこちの街でみた髢の中で一番良いものだったのだ。
「そんな………朱音は私の髪を褒めすぎよ」
千紘は苦笑いして言う。
「まぁ、良いわ。ところであれはもう出来たのかしら?」
朱音に言われ千紘は顔を赤くする。その様に朱音はくすりと笑った。
「………はい、小鬼たちに頑張ってもらいました」
「なんの、姫さまは日々上達し最後はわたしたちの助言など必要ありませんでした」
小鬼はぴょんと跳ね嬉しそうに言った。朱音はその小鬼を子猫のように撫でた。
「ふふ、じゃぁ今晩お渡しなさい。紅葉の宴のあと、閨の中で」
そのつもりで作ったのだろうと朱音は察しあえて千紘に囁いた。きっと喜んでくれるわと付け足して。
「そう、だといいな」
千紘は苦笑いした。
「ほら、まだ仕上げが残っているわ」
朱音は千紘の最後の帯をとりつける。これも今日の為に新調した紅葉の襲であった。
「ありがとう」
「ふふ、今日は紅葉の宴、………里の始まりの季節でもあるのよ」
「そうなのですか」
「だから、里の外にもいた鬼たちも集まる。桜の宴にいなかった重席もいるのだから姫の大事なお披露目の日なの。だから、うんと綺麗にしなきゃ」
千紘にとって二度目の主役となる宴である。心弾みながらも緊張はしてしまう。
「大丈夫、姫はとても綺麗よ」
「ありがとう。朱音さん」




