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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
6章 紅葉の宴
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3.土蜘蛛の里

 先日、千紘を誘拐した耶麻禰は部下と己の土蜘蛛を連れ九州の里の方へ戻った。土蜘蛛を使役し、呪術を使う忌まわしき鬼の一族とされてきた伊都馬一族の里である。

 瀬戸内海の海を渡り辿りついた筑後の湊を離れ数日かけて鄙びた村に辿りつく。そこからさらに山の奥へ行けば人が入ることのできない岩山へと入る。そこに多くの土蜘蛛たちが住みついている為人は恐れて近づこうとしないのだ。

 岩の洞窟の中を見るといくつか館が建てられている。そうした洞窟があちこちとあり、それが土蜘蛛を操る伊都馬一族の里なのだ。

 耶麻禰の部下・弧縁は里の中に入ると同時に嫌な顔をした。

 二人が里に入ってくると同時に里の者がじっと耶麻禰を見て路を開ける。彼らの視線はとても冷たいものであった。弧縁が不機嫌になったのは里の者たちの耶麻禰に対する態度なのだ。

「そんな表情をするものじゃないよ」

 弧縁の表情に注意する耶麻禰は平然としていた。。

 片親が余所の鬼である故に耶麻禰は里の者たちから冷遇されて育ってきた。そのためこの態度はもう当然のものと諦めている。一族の者たちに認められようと努力し修行し術を会得し良い土蜘蛛を手懐けついには幹部の地位に昇るであろう若手一位となっても彼らの反応は変わらずであった。むしろ嫉妬という感情も混ざって厄介である。もうこのときから耶麻禰は一族に認められようとは思わなくなった。

 それでも一応生まれ育った里であるし、一族の長姫から重用されている故に定期的に戻ってくる。

 奥にある長姫の社に辿りつき耶麻禰は取次を頼んだ。

 出迎えの巫女が現われ奥へ案内する。

 社の中は岩と柱が混在する造りとなっている。かつかつと足音が響き大きな扉の前へと通された。

尹褄いつま姫さま。耶麻禰、今戻りました」

 そう言うと扉が開く。中は本殿らしくかなりの広さである。その奥に長い黒髪の女性が耶麻禰を待っていた。黒髪はおそろしいほど長い。九尺(3m)で十分長い方だというのに彼女はその何倍もの長さであった。それらは波打ってひとつの海のようにもみえる。それほどの長さというのにとても美しい艶やかな様子であった。

 尹褄姫、伊都馬一族の長姫である。

 彼女は生まれたときよりずっとこの本殿に坐し一族の命運を背負って生きてきた。その歳は八百ほどだと言われている。

 すっと目を細め、耶麻禰に笑いかけた。

「椿鬼の里を手に入れるのは叶わなかったか」

 強い尊大な声である。長い年月、里を守ってきた老女のものにふさわしい。

 それに耶麻禰は深く頭を下げて謝罪を述べる。長姫から命じられたことに失敗したのだからそれなりの処罰を受けることになるだろう。

「弁明を聞こうか」

「既に報告に出した文の通りです」

 御暈一族の長がやってきて、それに一緒にやってきた奥方の姫がいた。彼女を誘拐すれば御暈一族に対する脅しになるだろうと目先のことに眩み失敗に終わってしまった。

「甘いことを………気まぐれで娶った人の娘など奴の弱みにならん」

 鬼は人とは異なる種族である。人とは時間の流れが異なる。どちらかといえば神に近い者なのだ。戯れに人を愛することがあったとしてもあくまで戯れに過ぎない。

 尹褄自身そう考えているのだ。須洛の行動に理解を示せない。

「ですが、私が見るにあたりずいぶん大事にされているようでした」

 美しい衣を与え、大事にしている。彼女に万が一のことがあれば決して容赦がない。

 それに尹褄は信じられないと首を振った。

「………確か何年前かおったな」

 人と一緒になった鬼が。

 かつては大江山の茨木童子と怖れられていた鬼女が人に恋をし、里を捨てて命にも等しい角を手放した。

「何故そうも人に恋することができるのか」

 理解に苦しむと尹褄は頭を傾げた。

「例の姫はどういう感じだ」

 ほんのわずかだが尹褄は千紘に興味を抱いて質問した。

「彼女は非常に美味な血肉をしておいででした……人食いの鬼や土蜘蛛が好みそうな」

 自分が使役している土蜘蛛も千紘の匂いに喉を鳴らすことが多かった。耶麻禰自身も千紘から美味な匂いを感じ取った。

「お前自身もか………」

 伊都馬一族の鬼も人を食らうことがある。といっても年に一度程度である。

 神代の頃ではもっと人を捕え食らっていたが、南からやってきた帝の一族によって退治された。わずかな生き残りがこの岩山の奥へと逃げ延び、それ以来ここで生活するようになった。その頃に人を食べる回数はかなり減ったのだ。

 数少ない人を食う時は年に一度程。伊都馬一族の里周辺にある人の村々が贄として数人送ってくるのだ。鬼が岩山から出てこないよう願い、いつの間にか風習化されたのだ。

 それ故、一族の鬼は人を食べるときは量より質を厳選するようになった。

 送られた少女の中でとびきり美味なものを選び祭りのときに分けあうのだ。

 だから伊都馬の鬼たちは美味な血肉に敏感になった。

「ご覧ください。例の姫の髪です」

 外に控えさせていた弧縁に布の包みを持ってこさせる。包みを開けてみると黒い髪がまとめられていた。

 尹褄はそれを指に絡めこくりと頷いた。

「美しい髪だ………」

 それは手入れがされているからだけではない。その者の清らかな魂と身から髪に影響を与えている故の美しさがあったのだ。

「きっとこの髪の主の血肉はさぞや美味なのであろう」

 どうやら彼女も例の姫に興味を持ったらしい。耶麻禰は身を乗り出し尹褄に願った。

「もし許可をいただければ、御暈の里へ侵入し、例の姫を攫うことを許可していただきたい」

 きっと祭りの良い贄となるだろう。美味な血肉は鬼にとっては滋養剤である。さらなる力を蓄えることも可能だ。これからの里の動向を思えば出来る限り良い贄が欲しい。今までも他の鬼の里に介入し、腕づくで伊都馬一族の領域を広げてきた。これからももっと領域を広げる必要があるだろう。

 だがその為には御暈一族の大江山が邪魔になる。彼らは今まで伊都馬の申し出を断り続け、警戒態勢をとっていた。そして今回の騒動により伊都馬一族は御暈一族と完全に対立するようになった。

 その中で御暈の里に忍び、千紘を誘拐するというのは至難の業。だが、今回の失敗を挽回するにはこれ以上にないものだろう。

 尹褄は須洛の千紘への寵愛をただの戯れ程度に思っていたが、千紘を人質にするのは須洛に対する強みになるだろう。

「しばし待て」

 尹褄は今にも大江山に向かわんとする耶麻禰を制止した。

「まだ急ぐな。今主だけが動いてはまた失敗に終わる」

 千紘の髪をなでながら尹褄は目を細め遠くを見つめるようにして笑った。

「そのうち好機は訪れる。それを待つのだ」

 すでに尹褄には何か得となる情報を得ているのだろう。それを利用し千紘を誘拐し、御暈一族に打撃を与える良い方法があるのだという。

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