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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
6章 紅葉の宴
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2.不穏

 須洛を部屋から追い出した千紘はお伴の小鬼を連れて外出していた。向かう先はずいぶん館から遠くなるが奥にある社である。

 御暈一族の先祖や神を祭っている社である。

 かたりと社の戸が開き幼い少女が千紘を迎えた。社にて巫女を務める空閑御の補佐を務める巫童たちである。

 以前千紘が土蜘蛛の瘴気に中てられた際は空閑御と一緒に助けてくれたのを千紘は思い出した。

「え、と………こんにちわ。空閑御さまはいるかしら」

 そう言うと少女は千紘を社の中へ招いた。

 社の中には白い巫女姿の女性が座っていた。この社を守る巫女の空閑御である。神秘的な白い髪と透き通るような白い肌の美しい女性である。

 見た目は若い、十代の少女のように見えるが実際は何百と生きている須洛よりもずっと老人なのだという。

 千紘は今でも信じられないと思うが、彼女のまとう落ち着いた雰囲気から自分より大人だと実感する。

「いらっしゃい。姫。ここに来るなんて珍しいですね」

「はい……あの、突然の来訪申し訳ありません」

 千紘は畏まって頭を下げると空閑御はくすくすと笑った。

「いいのです。あなたが来てくださって眞早良まさらさまも喜んでいます」

 折角ここに来たのだから挨拶してちょうだいと空閑御は社の中に安置されている鏡を示した。

 千紘は前に出て鏡に礼をする。ちらりと古い鏡を見つめた。鏡は光を反射して美しい姿をしている。

「あの、空閑御さま」

「さまはいらないわ。須洛の妻なのですから須洛と同じように呼んで下さい」

 呼び捨てはどうも抵抗がある。自分よりも年上でこの里について、一族についてずっと詳しい人なのだから。

「空閑御さん、こちらで祭られているのは眞早良さまという方なのですか?」

 その問いに空閑御は意外そうな表情をした。

「須洛に聞いていないのですか?」

「………すみません」

「謝る必要はありません。全く、自分で迎えた妻なのだからきちんとしてほしいわ」

 空閑御は文句を言いながら説明を始めた。

「眞早良さまは私たち御暈一族の祖。今からずっとずっと古い時代、神代の頃に出雲から大江山へやってきた方です。彼はすぐにこの山の神に気に入られ、この山神の娘を嫁にもらい、子を儲け、それが一族のはじまりだと言われています」

「そうだったのですね。では、御暈一族は出雲の国と関わりがあるということですか」

 この前見せてもらった地図で出雲がどの辺にあるかを思い出す。千紘にとっては未知の世界である。

「姫は古事記を読んだことがありますか?」

「いいえ………ですが、乳母に軽く寝物語で聞いたことがあります」

「八岐大蛇の話とか」

「あ、知っています。須佐之男という神様が八頭の巨大蛇を退治する話ですよね。その後生贄にされそうになった櫛名田姫を妻に娶って」

「実は眞早良さまはその八岐大蛇の子なのです。」

「へぇ………えぇ!」

 千紘は驚きの声をあげる。思った通りの反応に空閑御は楽しそうに笑った。

「櫛名田姫の姉たちは生贄として八岐大蛇に差し出され食われてしまった、というのが外の一般のお話でしょう。実際は食われたわけではなく嫁として迎えられたのです」

 それでも櫛名田姫の姉たちは生贄に近い心境だったであろう。巨大蛇と一緒にすごさなければならなかったのだから。

「ほとんどの姫が亡くなりました。八岐大蛇の子を身ごもったのですが、その強い生命力に耐えられず生む前に死んでしまったのです。唯一子を産むことができたのは、古事記には名は連なれていないですが秘名田姫ひなだひめのみ。この姫が生んだ子が眞早良さまだったのです。でも、子を産んで秘名田姫も出産で衰弱してしまって死んだと言われています」

「そんな話、知りませんでした」

 乳母から聞かされた話で八岐大蛇は須佐之男によって殺されて終わりだった。だからその子孫がいるなんて想像もしていなかったのだ。

「眞早良さまは幼少時は古事記に登場することのない眞鬼一族の里で育ったのです。だから彼の存在は知られることはありませんでした」

 空閑御が言うことによると八岐大蛇は元々は眞鬼一族の血筋の鬼だったという。八頭の巨大蛇の姿をしているが、人の姿にもなれたという。その姿は鬼灯色の瞳と髪だったという。

「まだこれは御暈一族の歴史の一部ですが、長くなりますし今はここまでにしておきましょう」

「ありがとうございます」

 この里の歴史について全く知らなかったのでとても興味深い話であった。聞いたことのある話には別の話があり、里に来なかったら知ることはなかったのだ。

「それで姫は一体私に何の用があったのでしょう」

 それを後回しにしてしまって空閑御は申し訳ないと付け加える。

 あやうく忘れるところであった。

「ええっと。たいした話ではないのですが、須洛に衣を縫いたいと思って………それでどんなものだったら須洛はきてくれるのかと思いました」

「まぁ、私に相談を?」

 そう言われ千紘は恐縮してしまう。朱音に聞こうと思ったが、彼女だと須洛にすぐばらしてしまいそうだと思ったのだ。

「確かに口が軽そうに見えますね」

 空閑御はくすくすと笑った。朱音が聞いたらいじけることだろう。

「そうね………姫がわざわざ縫ってくれるものなら何でも喜びそうだけど、普段きている羽織でも良いけど」

 須洛の普段の服装は黒の裏地に渋めの朱色の羽織を着てそれを帯で結ぶ簡単なものである。それに瓢箪をぶら下げている。

「折角だから狩衣とかどうでしょう」

「狩衣かぁ………縫物はやったことないのですが、できるかなぁ」

「ご安心を。私が教えます!」

 今まで控えていた小鬼がぴょんと主張した。空閑御はこくりと頷いて言った。

「この子がいるなら安心ですよ」

 何しろ一通りの雑用ができるのだ。針子の仕事もお手の物。

「そうね。折角ですし、狩衣を縫ってみようと思います」

 次に出た質問は色はどんなものがいいだろうかというものだ。それに空閑御はうぅんと考えて答える。

「赤系はいつも見慣れているし、緑系とか彼の髪と程良く馴染むんじゃないかしら」

 あとは千紘がいいなと思った柄を選べばいい。

 空閑御の言葉に千紘は納得したように頷いた。

「ありがとうございます。できるか不安ですがやってみようと思います。それであの………」

 須洛にはこのことは内密にお願います。

 そのお願いに空閑御はふわっと綻びを見せた。とても優しい微笑である。

 巫童に千紘を見送らせた後、空閑御は笑顔をすっと消した。険しい表情である。

「姫の髪………」

 ばっさりと切られた彼女の髪についてひっかかるものを覚えていた。

 土蜘蛛の一族に誘拐され逃げる際に切ったということはすでに報告で知っている。

 ではその切られた髪は今どこにあるのだろうか。

「悪いことが起きなければいいのだけど………」

 一応彼女が去る前にいろいろと祓いを行った。悪い瘴気が彼女に寄り付かないように念入りに。

 これで何事もなければ良いのだが、それでも不安は拭えなかった。



   ◇   ◇   ◇



 社を後にした千紘は館の方へまっすぐと歩いて行った。館と社の間は森がありその中に通りやすいように路を作っている。以前通ったときは真っ暗で輿に乗せられて移動したため気付かなかったが行く時は結構きついと感じた。帰る今はずいぶん楽である。

 鬼の里は山の中である程度なだらかな地に作られているが、社は里よりも高い場所に建てられている。

 だから社へ行くときはきつく感じたのだろう。

 下るように移動している間にふと大きな屋根を見る。館とは違うのだが、大きな屋根である。そこから湯気がもくもくとたっているのを見た。

「そういえばあそこへは行ったことがないわ」

「蹈鞴場ですか? あそこは姫さまにとって面白いものはないと思いますが」

「たたら? どういうことをやっている場所だったかしら」

「山からとれる鉄や銅などの金属を加工しやすいようにする場所です。実際刃物や鋏など作っていますよ」

「ふぅん、見に行ってみたいわ」

 見に行ってもいいのだろうかと尋ねると小鬼はうぅんと迷った。

「姫さまにとって面白いものはないと思いますが、………とーりょの許可を一応とった方が」

「ちょっと近くまで行くだけならいいでしょう?」

 中を見なければ問題はない。そう言いながら千紘は大きな建物の方へ行こうとする。それを慌てて小鬼は止めた。

「今日はもう遅いですし、このまままっすぐ帰りましょう。あまり遅かったらとーりょが心配します」

 そう力説され千紘は頷き言われるまま館へ帰った。

 見張りの鬼たちに挨拶をして部屋へと戻る。すでに夕餉の支度がすんでいる頃合いで千紘が部屋に入るとすぐに膳を持ってきてもらった。

 今日はずいぶん歩いたので千紘はおいしそうに夕餉をたいらげた。

「美味しかったわ」

 膳を片づける小鬼にそういうと小鬼は嬉しそうに笑った。

「今日はおやつもあります。おだんごを作りました」

 そういうや盆の上にたくさんのだんごが盛られている。

「美味しそう」

「せっかくですので外の月を見ながら食べましょう」

 小鬼の提案に千紘は賛成した。

 ちょうど夜になれば月は丸くよい姿をしている。今日は十六夜だったのねと千紘はそれを眺めながら小鬼の作ってくれただんごをひとつつまむ。

 千紘の傍に控える三匹の小鬼はただそれを見守っているだけで千紘はおやと思った。

「食べないの?」

「よろしいのですか?」

「あなたたちが作ったものよ」

 そういうや小鬼たちは一斉に盆の上のだんごに襲いかかった。自分の腰あたりまであるだんごを転がしながらばくばくと食べるその姿はとても愛らしい。しかも、だんごと共に転がっているのに気付かないのに千紘は思わず頬を綻ばせた。

 月を眺めながらふと庭の方を見やる。そこには挿し木されて間もない木があった。

(そういえば、私の部屋から見えるところに桜を植えたと言っていたわね)

 嫁いで間もない時、確か土蜘蛛の瘴気に中てられて伏せっていたときに頻繁に顔を見せた須洛がそう言っていた。

 本当は私が来たときにすぐに見せたかったのだと。

 千紘はふと小さな桜の木のことを思い出した。

 京の紅葉少将の邸の隅に植えられた千紘の母の形見のひとつであった小さな桜の木。春になると愛らしく咲く姿は千紘にとって数少ない楽しみであった。

 だから千紘はその桜をとても大事にしていた。

 冬の寒い時期には下人に頭を下げて藁をわけてもらってそれで桜の木を寒さから守ろうとした。何度も語りかけては次の春にはまた咲いて欲しいと願った。その願いに応えるように小さな桜は懸命に咲いてくれた。無為に過ごして千紘もそのときはひそかな喜びを覚えていた。

 だがその喜びはすぐに途絶えてしまう。いじわるな父の正室や異母姉が下人に言って桜の枝を折って持ち去ってしまうのだ。異母兄も綺麗に咲いているのを恋人に送るために千紘の持ち去るのをやめてほしいという願いも聞き届けずに綺麗に咲いている部分をごっそり持って行ってしまう。

 だから桜は一日と持たずにすっかり痩せてしまうのだ。そのたびに千紘は心を痛めた。

 いつも千紘は桜に謝ったのだ。

「ごめんね。いつも守れないで………せっかく綺麗に咲いてくれたのに」

 それでも千紘は桜に願った。また咲いて欲しい。ほんの少しでもいいのだと。

「あなただけしかもういないの」

 母も乳母もいない千紘にとっては桜だけが心の拠り所だったのだ。

 だが何年目かの春に桜の花は咲かなくなっていった。それでも僅かに咲いているが、すぐに持ち去られてしまう。

 だんだん桜の生命力が小さくなっていくのを千紘は感じていた。


「姫さま?」


 小鬼たちが心配そうに千紘を覗きこむ。過去でのつらい日のことが表情に出てしまったことに気づき千紘はにこりと笑った。

 須洛は千紘を大事にしてくれる。こうして心配してくれる小鬼たちもいる。

 今の自分は本当に幸せなんだと噛みしめていた。

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