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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
6章 紅葉の宴

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1.夫婦

 須洛の部屋では真剣な面持ちで鶴耶が声を張り上げていった。白髭を蓄え一族内ではしっかりとした角を持つ男である。

 仕事中で一族に関連した書類を整理していた須洛は唖然とした。

「今三の姫とはどうなのでしょう。結婚してはや四ヶ月、兆しがありますか」

 それに朱音はぶふっと噴出した。おかげで仕事途中の書がぐちゃぐちゃになってしまってあららと呟く。

「兆してまだ姫は若いのだしそう急くな」

「対して須洛様はおいくつですかな?」

 鶴耶はきらりと目を光らせて言う。それに須洛はうっと他所を向いた。

「先代は須洛様の今のお年よりも五百年も若いうちに世継ぎを作られました」

 先代の話を持ってこられて須洛は困ったように反論する。

「む、昔は昔………今は今だろ」

「今の価値観でみてもまだお子を為していないのですがね」

 まだという部分が強調される。

「まぁまぁ鶴耶じいさま」

 朱音はくすくす笑いながら鶴耶を落ち着かせる。

「急いでは姫の方が可哀想だわ。まだあの子は十五、裳を済ませて一年しか経っていない。それに慣れない鬼の里の暮らしで子供のことを言われては変にストレスになってしまうわ」

 朱音にとってこのストレスが大問題である。

「ストレスはよくないわ。髪が痛みやすいし」

 そうぶつぶつ呟く彼女はなんとも恐ろしい。

 里に戻ってきて千紘の髪を見て一番ショックを受けていたのは彼女であった。千紘の髪をいたく気に入り傍仕えをしている小鬼にあれこれと髪へのこだわりを叩き込んだのである。なのにその髪がばっさりと短くなってしまうとは。

 数日経った今でも気にしているようである。わざわざ外に行商にでかける鬼に命じて海草などを仕入れるように言ったそうだ。

「しかしなぁ朱音よ」

「それにまだ早いわよ。須洛は今まで姫に全く手をつけていなかったのだから。ようやく沫村で成就したという感じ」

 くすくすと揶揄するように朱音が言うと鶴耶はぱぁっと表情を輝きだした。

「成るほど、最近ですか。沫村から戻ってきたのは五日前………むむ、ではその兆しが見られるのは一ヶ月後」

「いくら何でも早すぎる」

 須洛は呆れながらつっこみを入れた。

「と、とにかく俺と三の姫は今うまく言っている最中なんだ。世継ぎはまだまだ先の話で今は放っておいてくれ」

 そう言って須洛は鶴耶を追い出す。鶴耶は顎ひげを撫でながらふむふむと頷く。

「そうか。最近か………最近最近」

 そうぶつぶつ呟いて自分の仕事場へと戻った。

「はぁ………何が世継ぎだよ」

「でも、老い先短い老人としては最大の心配事ということよ」

「そうだけど………まだ子供いいかな」

 第一子供なんてできてしまったら千紘は子供の方につきっきりになってしまう。彼女は小さくて可愛いものに弱いからなお更。

「そんなことになったら俺は、子に嫉妬してしまうかもしれない」

「五百年も生きててしみったれたこといわない。だいたいあんただって子供のときは母親につきっきりで見てもらったんじゃないの?」

 それを言って朱音ははっとして口を噤んだ。今のは失言であったと後悔した。

「いえね、今のは」

 須洛はとんと筆をおいて立ち上がった。

「ちょ、どこへ行くの。さっきのは私が悪かったわ」

「別に怒っていない。ただ最近仕事ばかりでよくないと思うから姫のところへ行ってくるだけだ」

「最近とかあなた最近夜は姫につきっきりでしょうが」

 朱音の言葉を聞かず彼は飛び出してしまった。それを見ながら朱音ははぁとため息をついた。

「ま、今の私の失言はスルーしてくれたようだからいいか」

 そう言いながら自分の仕事を片付けようと思った。




   ◇   ◇   ◇



「姫さま、見てください」

 小鬼たちは嬉しそうに反物を持ってきた。それに千紘は目をきらきらさせる。

「まぁ、綺麗」

「これで姫さまの為に新しい袿を縫います」

「え?」

 思いもよらないことに千紘は驚く。この綺麗な反物が自分の新しい袿に。

「いいわよ。勿体無いわ。私には今ので十分すぎるし」

 京にいたときに比べるととても贅沢なことである。季節に合わせた色の着物を考える余裕すらもなかった。

「そうだわ。ねぇ」

 千紘は小鬼たちに声をかける。小鬼たちはつぶらな瞳で何でしょうと応えた。

「私でも縫い物てできるのかしら」

「勿論ですよ。なれるととても楽しいです」

 一匹の小鬼が嬉しそうに応えた。もう一匹の小鬼が千紘に尋ねてくる。

「姫さまはお裁縫をしたいのですか?」

「うぅんとしたいというより興味があるかな」

「何をおつくりになりたいのですか?」

「うんと、何と言われても………そうだわ。狩衣とか縫いたいわ」

 その言葉に小鬼たちはお互いの顔を見合わせる。

 狩衣というのは男ものの着物のことだ。ということは男のために作るということ。

 それに小鬼たちはにやりと笑う。

 小鬼たちの笑いに千紘は一瞬驚く。

「とーりょに作りたいのですね」

 にやにやと小鬼が千紘に尋ねてきて千紘は顔を赤くする。

「うん。だっていつもしてもらってばかりだし、私も何かしたい。でも何も思いつかなくて」

 何かできることはないかと須洛に一度尋ねたことがある。須洛は笑ってただ自分の傍にいてくれればいいと言った。必要なもの欲しいものは何でも言えば良い。

 千紘はその言葉に複雑な気分になった。

 こんなに大事にしてもらっている。愛されているとわかっている。

 それはとても嬉しいことである。

 だが、自分が何もしてあげていないことに違和感を覚える。

 何かしてあげたい。自分も………。

 そう思いながら布を一枚手に取る。鮮やかな紅葉の色………まるで須洛の髪の色のような。

 まだ季節にそぐわない色であるが、千紘はそれに強く惹かれた。

「ああ、紅葉色か。まだその季節じゃないな」

 須洛の声に千紘は驚き後ずさる。

「え? ま、まだ仕事じゃ」

「ああ、だが千紘に会いたくて抜け出してきた」

 そう言いながら愛しげに千紘の髪を撫で須洛は笑って言う。千紘は顔を真っ赤にして視線をそらした。

 結婚して何カ月か経つがやはり照れてしまう。

 傍では小鬼たちがきゃきゃっと二人の様子を見守っていた。

「千紘にはこれとかどうだろう。唐渡りのもので煌びやかだぞ」

 確かに豪奢な織物でそれを単衣にすればきっと華やかであろう。

「い、いりません」

「気に入らないか? じゃぁ、これなんてどうだ」

「私は今頂いている分で十分です」

 それに須洛は不服そうにする。

 だが千紘にとっては本当に今ので十分すぎるのだ。十分以上と言ってもいい。

 京にいた頃よりも綺麗で新しい衣を与えられ、調度品も新しいのを揃えてもらっている。何よりもありがたいのはまだ夜は肌寒い春の時期に暖かい衣を用意してもらったこと。夜の山は冷え込むことも多いのだから千紘にとってとても助かった。

「ならほかに何か欲しい」

「何も………あの、逆に聞いて良いですか?」

 千紘の上目づかいで聞いてくるのに須洛は可愛いと思いながら頷く。

「須洛は何が欲しいですか?」

「千紘だ」

 決まったようなことをわざわざ聞くなよという彼に千紘はがくりとする。

「もういいです」

 千紘はため息をつく。それに須洛は首を傾げどうしたのだと聞いた。

「何でもありません。さぁ、そろそろ仕事にお戻りください。部下の方も困るでしょう」

 そう言い千紘は須洛を部屋へ押し出した。須洛は千紘のか細い腕で押し出されて部屋から追い出された。抵抗しようと思えばできたし、そうすれば微動だにしなかったが。

「何だ。どうしたのだ?」

「仕事をさぼる方は今宵は来ないでください」

 わざと意地悪げに言う千紘に須洛はぽりぽりと頬をかく。夫を仕事へせきたてる姿はとてもかわいらしいと思ってしまう自分に苦笑いした。仕方なく彼は戻ることにした。




   ◇   ◇   ◇



 仕事場に戻ってきた須洛に朱音はおやと首を傾げる。

「姫は?」

「まだ仕事なのに放り出して来るのはよくないと追い返された」

 朱音はくすりと笑う。

「あはは、姫もずいぶん厳しい。で、姫は今何をしていたの?」

「外に出ていた鬼が持ち帰った衣を眺めていた」

 須洛はため息をつきながら机と周囲に積まれている書簡の山を眺める。

 沫村に思った以上に長く滞在していた為に書簡が増えていく一方である。

 須洛の代わりに朱音を置いてきたのだが。

 彼女は必要最低限のことしかやらずあとは棟梁本人の意見がないとできないと須洛の机に積んでいったのだ。

 何の為に不在中は朱音にすべてを任せるという印を書いたと思っているのだ。

 須洛はきっと朱音を睨みつける。朱音はその理由に気づいているのかいないのか相変わらずくすくすと笑った。

「沫村からずいぶん尻に敷かれてしまって」

 朱音は揶揄するように言う。須洛は不機嫌な表情で書簡の整理を始めた。

 衣という言葉を聞き朱音は思い出したように言った。

「そうねぇ。そろそろ九月、季節の変わり目だから姫の為に新しい単衣を用意しなければ………」

 外から持ってきた衣はその為に千紘に届けられたのだろう。

「あとで私も衣を見て来ようかしら。髢も用意したいし」

 忙しい須洛に遠慮なさげに言うその言葉にさすがに呆れた。だが、髢という単語に引っかかりを覚える。

「必要か?」

「必要よ!」

 何を言っているのと朱音は力説する。

 もうすぐ稲の収穫時で、新しい酒も用意される。それに合わせて宴を開くのである。

 千紘にも参加させる為に新しい十二単を着つけてもらわなければならない。

「それなのにあんなに短い髪では姫がおかわいそうだわ」

「だが、千紘に合わせた材料が用意できるか」

 里の者の多くは髪の手入れに関しては無関心である。朱音が鬼としてこの里にやってきたときは里の者たちのあまりにひどい髪質に衝撃を覚えた。

 朱音は簡単な手入れの知識を広めようと必死になる。京の貴族が使うような高い油などは使えなくても食事や日々の手入れを必死に説いた。その甲斐あってか少数の若い女性がようやく髪について気になるようになってくれた。

 それでも千紘のように美しい黒髪の者はまだいない。

「そうね。京か堺に飛んでいって仕入れてくるわ」

 こういうことを出稼ぎする鬼たちに任せられない。自分の足で目で確かめてから手に入れなければいけない。そう朱音は言った。


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