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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
【5】椿鬼 後
32/68

4.名無姫

 密かに千紘たちは水面の屋敷へと向かった。まだ暗い夜の中、思ったよりも早く目的地にたどり着けた。

「大丈夫ですか?」

 少し顔色の優れない卯月に千紘は心配するように声をかけた。

「犀輪さん、きちんと診てあげてください」

 土蜘蛛の瘴気はあなどれない。自分も一度は三途の川を渡りかけたのだから千紘は心配した。

 卯月は首を横に振った。

「いいえ。ここで時間をとるわけにはいきません。水面姫を何とか止めなければなりませんですし」

「それに須洛とて例の香のおかげで水面姫にめろめろじゃろうて」

 付け加えて言う犀輪の言葉に千紘はぐさりと胸にささるものを感じた。

「姫、先ほど私が渡した香袋」

「あ、これ?」

 千紘は懐から取り出す。

「しっかりと姫の身にその香が染み付いていますね」

 卯月は確認するように千紘の周囲を嗅ぐ。そして安心したように言った。

「その香の中には解毒の作用のものもいれてあります。須洛様に会ったらしっかりとその香りを嗅がしてください」

 それに千紘は驚く。まさか卯月はそのためにこの香袋を千紘に渡したのか。

「うん、ありがとう」

 千紘はにこりと笑って香袋を懐にしまった。



   ◇   ◇   ◇



 屋敷の中に入るとやはり中はがらんとしている。どうしてこんなに気配がないのかしら。

 そういえば先日入ったときも同じことを感じた。

 あの時はただ夜だからと思っていたが。

「ふん、お前が水面姫に造反した人の娘か」

 その声に千紘ははっとした。

「須洛?」

 千紘は前を進む。

「姫、うかつに前に出るな」

 呼び止めようとするが犀輪の前に鬼が現れた。夜流戸である。

「主らも落ちたか。たわけが」

 犀輪は呆れて錫杖を構えた。

「呆れるのはこっちだ。犀輪のじいさん」

 建物の階の腰をかけ、須洛は肩をならしていた。

「あんたまで人の娘に落とされるなんて」

 目の前に現れた須洛の雰囲気がいつもと違い千紘は困った。

「私が、わからないの?」

 まるで千紘に初対面のような言い草で千紘はついそれを尋ねた。それに何を言っていると須洛は首を傾げた。

「わからないもなにも俺はお前を知らない」

 そう言われ千紘はひどく傷ついた表情をした。まさか須洛にこのようなことを言われるなど思ってもいなかったのだ。

「ふん。鬼を誑し込む程の女と聞いたけど」

 須洛はがっかりしたように呟く。その言葉に千紘はうぅっと呻く。水面に操られ、自分が誰なのかすっかり忘れているようである。それでもそう言われると何だかいたたまれない。

「確かに私は美人じゃないけど」

「だが」

 須洛は階から立ち上がり、千紘の前に立つ。冷たい眼差しでみられ千紘は悲しげにそれを見つめた。

 すると須洛は千紘の首に手をかける。それに卯月が叫ぶが咳き込み倒れてしまった。

 犀輪も須洛をとめようと思っていても目の前の鬼たちに阻まれて動けない。椿鬼が前に出ようとするが犀輪は足手まといだと下がらせた。

「うぅ………」

 千紘は須洛に首を絞められ上の方へあげられる。体重もかかり首への負担と須洛の手の締め具合が苦しく呻いた。

「本当に人か………人ならちょっと力こめればすぐに逝けるな」

 だがそうはしない。彼の目的は水面を殺そうとした者をじわじわ苦しめて殺すことである。

「全く、水面とお楽しみだったのにいい迷惑だ」

 そうため息交じりで言う須洛の言葉に千紘はどくんと胸が締め付けられる思いがした。首を絞められて苦しい。だがそれ以上に胸が苦しかった。

 本当に覚えていないのか。

(苦しい………本当に私を殺そうとしている)

 何の躊躇いもなく。水面のために千紘を殺そうとしているのか。

 千紘はふと思い出す。

 かつて自分は須洛を殺すために大江山にやってきた。何度も殺そうと思った。冷たい刃を須洛に向けたこともあった。それでも須洛は千紘を受け止めようとした。

 どうしてそこまでして自分を受け止めようとしてくれるのか千紘にはわからなかった。

 ただその表情はとても優しく心から自分を大事にしようとする想いが伝わってきたのだ。

 それに対し千紘は須洛を殺すことなどできないと思った。

(ああ。好いた者に殺されるってこんなに辛いものなのね)

 今更ながらようやく身をもって知る。

 須洛はあのとき笑っていたがきっと苦しかったに違いない。

「っ………」

 千紘はじっと須洛を見つめた。須洛は何の感情も示さず千紘をただ見つめていた。

(ごめんなさい。須洛………)

 声にならない声でそう呟くと須洛は目を見開く。そして僅かに力を緩めた。その瞬間を見て犀輪は錫杖を須洛の右肩めがけなげつける。見事それは命中し須洛は千紘を掴む手を放した。

「けほけほっ」

 地面に倒れた千紘は咳き込んだ。肩を抑える須洛を見てふらふらになりながら起き上がる。

 須洛はじっと千紘を見つめて動かない。その細い首に再び自分の手で締め付ければいいと頭でわかっても千紘の目をじっと見ていると動けなかった。

「須洛………」

 千紘は須洛の首に両腕を伸ばす。そして須洛の顔を落としその顔に自分の顔を近づけた。

 その瞬間須洛の目は大きく見開いた。

 千紘の唇が須洛の唇に重なったのだ。

 触れるだけの接吻。千紘にとってはじめて須洛に与えるものであった。

 その瞬間今まで動かなかった須洛の手が動く。再び首を絞めようとしているのではと卯月は叫ぶが、須洛の左腕は予想外に千紘の腰に周り右手は千紘の頭を抑えた。

「んーーーーっ!!」

 突然のことに千紘はあわてて須洛から離れようとしたが須洛はそれをよしとしない。触れるだけの接吻だったはずなのに須洛の舌が千紘の唇を押し分け口内に入る。

「んあ………」

 千紘は情けない声をあげながら何とか逃げようとする。肩を叩き抵抗するが須洛の舌は深く千紘の中を絡めとった。

 ようやく解放された千紘は力なく須洛の胸に落ちる。須洛はそれを愛しそうに抱きしめ髪を撫でた。

「いつから………戻ったの?」

 涙ながらに千紘は須洛に訴える眼差しを送る。それが心地よいのか須洛は愛しそうに笑った。

「千紘が接吻してくれたとき」

「嘘………その前に戻りかけていたわ」

 千紘は恥ずかしくて顔を埋める。しばらくして千紘は思い出したように香袋を取り出した。

「そうだ。これを持って」

 香袋を手にし須洛は首を傾げた。

「この香は解毒の作用があって水面姫の毒の香を消してくれるわ」

「ふーん。俺は千紘に接吻してもらえればいいから不要だな」

「い、いる! いります!!」

 千紘は顔を真っ赤にして叫んだ。

「んー。まだ本調子じゃないな。もう一回」

 そう言いながら千紘の顔を近づける。

「ちょ、須洛。あなた、こんな時に………こんなことする人じゃないでしょう」

「それは毒のせいでな。だから、千紘」

「うぅ………」

 翡翠の瞳に見つめられ千紘は何も言えなくなる。

「いてっ」

 須洛の後頭部を犀輪が錫杖で叩いた。

「全く。発情しておる場合か」

 犀輪はこれ以上にないくらい呆れていた。

「何だよ、全く………というか俺の千紘をこんなところに連れてきたのはじいさんだな」

 須洛の責めに犀輪はつんとそっぽ向く。

「簡単に水面の小娘の毒術にかかった主に責められるいわれはない。それに姫にずいぶん酷いことを言ったな」

「そ、それは………」

 須洛は慌てて千紘を見る。千紘は困ったように他所を向いた。

「いいの。私が美人じゃないのは事実だし、水面姫とお楽しみだったのね」

「いや、だから違う」

 何とか弁明しようにも何も思いつかない。

(だから術にかかった姿なんか千紘に見られたくなかったんだ)

 内心水面を何度も殴り倒したい気分だった。

「ところで夜流戸さんは?」

 千紘は先ほどまで犀輪と戦っていた鬼のことを尋ねる。

「ああ。押さえつけて解毒の香を嗅がせおとなしくなっておる」

 卯月が予備に用意してくれた香袋を今嗅がせているようである。ようやく夜流戸は自分を取り戻したといったところだろう。まだ呆然としているところがあるが。

「犀輪さんは強いのですね」

「まぁな。わしがあんな青二才相手に負けるわけがなかろう」

 実際全力で全く加減しない鬼に苦戦したが何とか押さえつけ香袋の中身を鼻に突っ込んだのだ。いまだに夜流戸は鼻を押さえつけているし、かなり強く突っ込まれたのか血が出ていた。


「どうして」


 屋敷の奥から見る目の前の光景に水面は声を震えた。

 忌々しい千紘を愛しげに抱きしめる須洛の姿。

 自分の毒や術は完璧だったはずだ。なのにこんなにあっさりと解かれるなんて思わなかった。

「水面様、お逃げください」

 もはやこうなってはそうする他はない。向こうには天狗の犀輪までいるのだ。

 自分に勝ち目などない。

「待て。水面」

 須洛は逃げ去ろうとする水面を呼び止める。

「よくも俺につまらぬ毒を盛ったな」

 そういい水面の腕を掴みあげる。

「きゃ………」

 あまりの痛さに水面は悲鳴をあげた。水面は須洛を見つめる。潤んだ瞳で悲しげに。

 その様を見て須洛は冷たく言い放つ。

「まさかお前がここまでつまらん娘だったとは………」

 だがそんな水面の術中にはまり千紘にひどいことをしてしまった自分がもっと許せない。

「っひ」

「やめて、須洛」

 今にも殴り殺そうとする須洛に千紘は止めにかかる。

「止めるな!」

「だめよ、だめ!」

 千紘は首を横に振って須洛を必死にとめる。その様子を見て水面は冷たく言い放った。

「何よ。見せしめ………?」

「違う」

「いいわ。あなたに命乞いされるくらいなら好きな人に殺された方がぜんぜんまし」

 水面は皮肉げに笑った。その傍らに卯月が近づいてくる。思いもよらない人物に水面は動揺した。

「何よ」

「水面、すべての罪をここで詫びるのです」

「何よ。偉そうにっ! たかが一介の椿鬼が長姫の私に意見しようと」

「あなたは長姫になれません」

 卯月ははっきりと言い放った。あまりにはっきりと言われ水面は真剣な面持ちの卯月を見た。ようやく自分を見てくれたと卯月は悲しげに瞳を揺らす。

「あなたは白尼僧様の娘ではありません。私の娘なのですから」

「なっ………何を」

「あなたは私と同母の兄との間に生まれた禁忌の子。それ故に例え陽凪姫がいなくなってもあなたは長姫になれない。椿鬼の精霊たちがお許しにならないでしょう」

 その事実に作り話だと笑い飛ばそうとした。だがそれができなかった。

 あまりにも目の前の女性は真剣な表情で言うのだ。そして何より女性の顔は自分の姿に似ていた。成長した自分はこうなるんじゃないかと思う程に。

 以前まではこの女が似ているのは遠い親戚に入るからだ程度に思っていたのだが。

「嘘よ。わ、私が………同母兄妹の子? 長姫の子じゃなくて?」

 水面の声が震える。どうやら余程の衝撃であったのだろう。

 今まで自分は長姫の娘であることを何よりも誇りにしていたのだ。他所の鬼の血を半分に引く姉よりもよほど純粋な椿鬼の長姫と精霊の子だと。

 物心つくころから伊山にそういわれてきて信じてきた。だから父親の存在について大して問題にはしなかった。

 なのに自分はいくら純潔といっても禁忌とされる同母兄妹の子だなんて。

「ひどいわ。ひどい………どうして、ならどうして私を生んだのっ!」

 その言葉に卯月は唇を結んだ。一番言われたくない台詞だったのだ。

 卯月は何度も死のうと考えた。だがその度に白尼僧に救われ、そして大きくなっていく腹の子を感じながら願うようになった。

「あなたに、生きて欲しかったのです」

 愛しい者との間に作られた命を消したくないと。生きて欲しいと強く思うようになった。

 それがどんなに罪なことかそれは腹が重くなると同時に実感した。

「そして今あなたが過ちを犯したときやはりあの時共に死ねばよかったと思いました。ですが、それも違った」

 自分には母としての喜びを得てはならない。水面が生まれ大事に育てられているだけでよしとしようと思い水面に会うことはしなかった。会っても一族の椿鬼と長姫の子という間柄程度にとどめ様と。

「せめてあなたともっと話し、あなたをしっかりと護っていくべきだったわ」

 そうすれば水面は変な野心を芽生えることなどしなかったかもしれない。

「ごめんなさい。水面………私は知らないうちにこんなに罪を重ねていました」

「ばっかじゃないの」

 水面はそうはき捨てる。

「罪とか言うんだったら私の前から消えて、今すぐ!」

 そう言われ卯月は悲しげに頭を下げその場を去った。水面はその後姿を見ようとせずそっぽ向いたままであった。

「もういいわ。興ざめよ」

 ため息混じりにそう呟く。そして両手を床につき膝をおる。恭しく須洛に頭を下げた。

「今回の謀叛の件、数々の無礼、如何様な罰も受けましょう」

 そういう水面に須洛は頬をかきため息をついて言い放った。

「俺も、興ざめだ。おい、水面を座敷牢に閉じ込めろ。陽凪が許すというまでそこから決して出すな」

 そういうと椿鬼は頭を下げ水面を連れ去った。

 残った千紘はじっと須洛を見た。

「ありがとう」

「いや、許していない」

 わざわざ自分が手にかける程でもないとそう踏んだのである。

 それに千紘はにこりと微笑んだ。


「卯月、しっかりせい!」


 老人の声に千紘ははっとした。慌てて屋敷を出ると外には真っ青になっている卯月が倒れていた。

「卯月さんっ!」

「瘴気を祓う為に巫女を呼べ」

 そう叫ぶと夜流戸が頷き、巫女のいそうな場所へと向かった。

「どうしよう。土蜘蛛の瘴気にやられて………」

 部屋に運ばれ寝所で横になる卯月は苦しげに呻いていた。

 不安そうに涙を浮かべる千紘に須洛は落ち着かせるように頭を撫でる。

(どうしよう。このままでは死んでしまう………)


 しゃらん


 そのとき鈴の音と共にある光景がうかびあがった。赤い椿の木が見える。

 一瞬であったがその木にもたれる白髪の老人の姿があった。

「そうだわ………」

 千紘は部屋を出る。

「待て、どこへ行くんだ」

「沫山の祠……」

「なぜそこへ?」

「わからなけどそこに行きたいの! お願い。行かせて」

 千紘に懇願され須洛はだめとは言いづらかった。

「わかった。俺も行く」



   ◇   ◇   ◇




 須洛に抱えられる形で沫山の祠へと向かう。ここは白尼僧が篭っていた場所であった。彼女の生前招かれない限りは入ることはできないといわれた場所。

 そこには紅い椿の花が年中咲いているという。

「一体ここに何が」

「ここにいたと思うの」

 一瞬だけ見えたあの光景は間違えなくここだ。千紘はおそるおそる椿の花に触れた。

 するとまた波打つ不思議な空間に放り込まれる。髪を見るとやはりあのときのように見事な銀色であった。波打つ水面のようなものに顔を映したらさらに驚いた。自分の目の色が金色だった。

「うわぁ………別人みたい」

 自分の姿をまじまじと見つめていると白髪の老人が現れる。長い白髭をたくわえて。

「また会ったな。名無姫よ」

「名無と呼ぶのはよしてください」

 千紘はむすっと呟く。

「さてわしに何か用かな。どうやら無事水面の件は終わったようじゃが」

「うん。卯月さんが瘴気に侵されて大変なの。あなたが椿鬼の精霊というなら助けられないかしら」

「ふぅむ………他所の鬼の飼っている土蜘蛛の瘴気か。ちと骨が折れるのう」

「無理なの。あなたならできると思ったのに」

 千紘はしょんぼりと落ち込んだ。

「ふぅむ、少し私は力が衰えておる。何しろ水面があちこちに土蜘蛛を放ってその瘴気で弱ってしまっての」

 今は回復途中だという。快方に向かったら可能らしいがそこまで待っていると卯月が死んでしまう。

「どうすれば」

「少し姫の力をわけてもらえんか?」

「私の?」

 千紘は自分を指差して首を傾げた。それに老人はこくりと頷く。

「どうすればいいの?」

「わしと少し手を繋げばいい」

 そうすれば勝手に必要な分をもらおう。

 千紘は躊躇わず両手を差し出した。それに老人は困ったように笑った。

「少しは疑うということを知らぬのか」

「一刻の猶予もありません。それに私の命ごっそりとるというわけじゃなさそうでし」

 それに老人はぽりぽりと頭をかく。そして千紘の両手に触れた。その瞬間千紘は不思議な心地を覚えた。力が抜けて体がふわふわしていく感触だ。

 ついうとうととしてしまい崩れようとするとそれを支えるものがあった。

 それどころか支えるものは千紘を力強く引っ張り老人の手から引き離してしまった。

「え………す、須洛」

 目を開けると鮮やかな紅葉色の髪の青年がいる。それが自分を後ろから抱きしめていた。

「ほう、これはこれは………御暈の棟梁か」

 須洛はちらりと老人を冷たく見つめた。

「ふん、今まで長姫がどんなに呼んでもでてこなかったのに」

「ふふ、懐かしき名無姫に出会えてついつい浮かれてしまっての」

 それに反応して須洛は千紘を力強く抱きしめた。

「この娘は名無姫じゃない。俺の大事な姫だ」

 強くそう言い放つのを見て老人はおかしげに笑った。

「千紘姫であったか。そうだったな」

「そ、そうよ」

 ようやく名前を呼んでもらって千紘はつんとした。

 その後ろから須洛は老人に冷たく言い放った。

「俺たちは戻る。お前は千紘の願いを叶えろ。その分の力は十二分にもらったはずだ」

「ああ、姫のおかげでずいぶん若返った気分だわ」

 それを聞き須洛は忌々しげに吐く。

「二度はない。今後千紘から力を得る為に呼ぶなら俺はこの土地を踏み荒らし人も鬼も殺しつくしてやる」

 その言葉に全くの躊躇いがないのに千紘はぞっとした。本当にそれをやるのではないかと不安になりじっと須洛を見つめた。

 銀色の髪に金色の瞳をした千紘に見つめられ須洛は悲しげに瞳を揺らした。

「はっはっ。それは恐ろしい。ではこれっきりじゃ。姫よ、願いは果たしてもらおうぞ」

 そういうと視界は真っ白になり千紘はうとうとと瞼を開けた。気づくと須洛は後ろから力強く抱きしめている。

「ちょ、苦しいっ」

 千紘は放すようにいうが全くその気配がない。それどころかさらに強く抱きしめてくる。

「やめて、このままじゃ私抱きしめ殺されちゃう」

 そう言われようやく須洛は千紘を解放した。そして確認するように千紘の髪を撫で目じりに触れる。髪の色は黒く瞳の色も黒である。

 ようやく安心したと須洛はため息をついて言う。

「屋敷に戻ろう」



 屋敷に戻ると卯月の容態は安定して瘴気もすっかり浄化されていた。祓いを行っていた巫女は突然ぱっと消えた瘴気に首を傾げていた。

 気づけば日は高くあがり昼ごろであった。

 安心した千紘はお腹の音を響かせ赤面することとなる。

 その頃にようやく陽凪が船を使って沫村に戻ってきた。藤依を伴って。

「ずいぶん早い帰りじゃなのう」

 とぼけた風に言う小さな老人に陽凪はきっとにらみつけた。その表情は般若の如く恐ろしい。

「これがのんびりできるか。どこぞの天狗じじいが姫を連れ去ってしまったからな」

 まだ怪我が癒えていないというのに無理をしてやってきたという。

 恨みがましい陽凪の声に犀輪は知らぬ存ぜぬとそっぽ向いた。

 そこで陽凪は須洛から水面の処遇を聞かされ、陽凪はそれに頷いた。



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