5.遅い初夜
しばらく沫村に滞在することとなった。
陽凪は水面に加担した鬼の処遇で忙しく外に出る暇がなくなってしまった。
それに今回造反してしまったのは自分の放浪癖もあってのことだ。それを彼女は詫びもしまだ自分に協力してくれれば今まで通りにすると言った。
水面は座敷牢に幽閉の身となり、陽凪が許すまでそこにいることとなる。
毎日のように卯月が水面の元へ世話をしに参っているという。未だに口を聞いてくれないようだが卯月は嫌な顔ひとつせず水面の世話を続けるつもりだという。
陽凪も卯月を信用し水面のことは彼女に任せることとした。時折陽凪自身も水面に会いに行っているがやはり口を聞かない様子である。
水面の侍女伊山は行方不明である。あのどさくさに逃げてしまい鬼たちが総出で捜したがどこにもいなかったという。ひょっとするとすでに沫村の外を出たのかもしれない。何しろ水面を唆し土蜘蛛と手を結ばせたのは彼女だという。
須洛は沫村や阿輪山などを行き来して土蜘蛛退治にあけくれている。ほとんど屋敷におらずおかげで千紘はほとんど一人で過ごすこととなる。外に出ようと考えたがとてもそんな気分にはならない。
「姫さま、陽凪姫が来ました」
小鬼が陽凪を部屋に通す。お茶とお菓子を持ってきますと言いもってくるがちゃっかり自分の分のお菓子を多めに準備している。
「全く、須洛は相変わらず土蜘蛛退治か」
「ええ………その阿輪島の結界を解いてもらう条件で」
椿鬼の精霊が土蜘蛛を全部退治してくれたらという条件で阿輪島の結界を破ってくれたのだ。
「ふむ、椿鬼の精霊の。長姫の私ですら未だに会ったことがない」
「そうなんですか」
「ああ。母も祖母も見たことがないという。それをのう………」
陽凪はじっと千紘を見つめる。
「ふむ、まぁ仕方ないのかものう」
「え? 何かご存知で」
「よし、姫はこれより椿鬼の巫女として私の傍におられよ。須洛よりもずっと大事にしてやるゆえ」
そう言いながらそっと頬を撫でてきて千紘はかっと顔を紅くした。
「こ、答えになっていません」
「初心じゃのう。この程度で顔を赤らめて。既に須洛と夜を共にした仲であろうに」
それに千紘は困ったよに他所を向く。その反応にもしかしてと陽凪は考えた。
「ひょっとしてまだ致していないのか」
あまりにあっけらかんにものを言われ千紘は顔をますます赤くした。
「何でそんな………恥ずかしげもなくっ!」
「では致したのか?」
そう言われ千紘は俯く。
「その、私は………」
「初夜はどうしたのだ」
「そ、その、私がまだ幼かったから須洛が気を利かせて」
男女の営みを恐れ怯えてしまって須洛も手が出しづらかったのだという。
それを聞き陽凪ははぁっとため息をついた。
「あの須洛が目の前の姫に何もせず夜を迎えたと」
ずっとずっと求めていた姫が目の前にいながら。
そこまで小心であったとはと陽凪は呆れた。
「では今宵、姫は須洛に夜這いしてみよ」
「よ、夜這い?」
しかも女性の自分から。千紘は顔を真っ赤にして首を横に振った。
「姫は須洛をどう思っている」
「す、好きです。ですが………」
千紘はぐるぐると考えながら今の状況を確認した。
「今は椿鬼の方々が大変なときですし、そのような………」
「そうはいっても須洛と姫は客人に変わりはない。しかもうちのお家騒動に巻き込まれた」
椿鬼に気を使わなくてもいいのである。
「ですが、水面姫がこうなったばかりで」
ばしんと背を叩かれ千紘はびくりとした。
「水面のことは気にするな。あれも今はなんだかんだで冷静に考えているだろう」
水面がしてきたことは千紘にとって許しがたいことのはずである。
「なのにそれでも妹を気遣うその優しさは有難いが、度が過ぎるとただのお人よし。下手をすると姫は須洛を別の男に奪われるぞ」
「そ、それは………っ」
慌てる千紘に陽凪がにやにやとする。それに千紘はうぅっとうめく。
「困ります」
「では早く契ってしまえ。男は思った以上に奔放でいつ他所の女に目をつけるかわからん」
それを聞き千紘は落ち込む。
確かに自分のような平凡な顔立ち、何もない姫ではいずれ飽きてしまうかもしれない。須洛は優しいから今は優しくしてしまうがそのうちに別の女性の方へ行ってしまうかもしれない。
あまりの落ち込みように陽凪は少し言いすぎたかなぁと内心思う。須洛は豪快ななりをしていて内心小心であるし、この姫は超がつく程の奥手である。これでは百年経っても関係が進展するとは思えない。
(ひょっとしたらこの姫は今の状況に満足している節もある。須洛は小心だがあれはあれで………助平だから不満だろう)
「ど、どうすればいいの?」
千紘は上目遣いで陽凪に相談する。その可愛さに思わず抱きしめたくなってしまった。
「そうじゃな。まぁ………」
陽凪はうぅんと考え思いついて微笑んだ。
◇ ◇ ◇
「須洛、起きている」
千紘はそっと須洛が別に用意してもらった部屋に入った。土蜘蛛退治でいつも血の穢れがついて戻ってしまう為用意してもらったのだ。そこで須洛は汚れた体を清めていた。
「ああ、今はちょっと………、まだ穢れが」
「私ができることってない? 例えば背中を清めたり」
さすがに背中では届かない場所もある。千紘は両手で須洛に手ぬぐいをもらおうとした。
「じゃあ、背中だけ」
千紘のきらきらした目でいやとはいえず須洛は手ぬぐいを渡した。
それに千紘は須洛の後ろに座り水につけ直した手ぬぐいで清めた。思った以上に逞しい背中に千紘は少し顔を赤くする。
(あれ、よく見ると背中に傷がいっぱい)
「どうした?」
「い、いえ………須洛の背中をこうして見るのはじめてだから見とれていたの」
それを聞き須洛はそうかとだけ呟く。
「ん………ちょっと待て」
須洛はくんと匂いを嗅ぎ千紘の手を握る。そして千紘から酒の匂いが僅かにした。よく見れば彼女の頬はほんのりと赤く火照っている。
「酒を飲んだな」
どのくらい飲んだと聞くと千紘は困ったように三杯だけであると答える。ただでさえ酒に弱く一杯だけでも顔を赤くするというのに。
「全く。もう休め」
そういうと千紘は頭を振り両手を伸ばし、須洛の首に絡み付いた。
「ち、千紘………」
「一緒じゃなきゃいや」
「わかった。あとで………」
よほど酔っ払っているようだと須洛はため息をついて千紘をあやすように言う。子供扱いされて千紘はむくれてさらに腕の力をこめる。
そして顔をあげ潤んだ瞳で須洛を見つめた。
「愛して欲しいの」
その言葉に須洛は目を見開く。そしてその唇に自身の唇を重ねる。
「今の意味、わかっているのか?」
おそるおそる尋ねる須洛に千紘はもちろんと答えた。
「全く何故酒なんか………」
「だって、震えたら須洛は何もしないもの。だから」
「そうか」
須洛は愛しげに千紘の髪を撫でた。そして寝所の方へ運び横たわらせる。
もう一度千紘に接吻を落とす。今度は激しく。
千紘は両手でぎゅっと須洛の首に絡みつく。
「千紘、愛しているぞ」
「うん。私も愛してる?」
なだ言葉にするのは恥ずかしくてつい上ずってしまう。それがとても可愛くて須洛を千紘にもう一度接吻した。




