第29話 ソマリエ伯爵へのご挨拶
襲撃者を処理と新たな人材の加入を終えた翌日の夜。
私はとある屋敷の前に来ていた。
連れにミセルとジラスを連れて。
「すみません、失礼します」
そう言って強引に屋敷に入ろうとする。
もちろん守衛に止められるが、そっと懐から小さな包みを守衛の1人に握らせる。
そして顔を近づけ耳元で小さくささやく。
その際に懐柔スキルを発動させておく。
スキルのせいで守衛の眼が意思の光を失い、焦点があやふやになる。
「分かっているな」
「はい。ネリア様の邪魔をしないという事です」
「そう、そういう事だ。もう通っていいか?」
「はい。どうぞ、お通り下さい」
こうして守衛を強引にこちら側に懐柔すると、後ろで待っている2人に声をかける。
「入るよ」
そう言って振り返るとそれぞれ別の顔した2人がいた。
「どうかしたのか?」
「いえ、さすがだと思います、ネリア様は」
「それって、褒めてるのか?」
「はい」
「そうか」
ミセルは得意げな顔して、貶しているような雰囲気を少しばかり感じたが、私の気のせいだとして考えることをやめた。
きっと、その方が幸せになれると思ったからだ。
それよりも、もう1人の方は何やらいけないものを見てしまったような顔をしている。
「どうかしたのか、ジラス?」
「い、いえ、え、えっと、その~、なんといいます、え~と」
「ん~、ん」
「えっと、あの、ネリア様?」
不安そうに、こちらを見てくるジラスを見つめていると、なんだか私の中にあるいけないスイッチが入りそうになる。
今はそんなことをしている暇はない。
変な思いを振り払う。
「いや、とりあえずジラスは、これから慣れていけばいい。今は気にするな」
「は、はい。わかりました」
「よし、行くぞ」
という訳で屋敷の中に入っていく。
この先はさすがに人に見つかるといろいろと面倒なので、それぞれに隠蔽系を使ってもらう。
それぞれが持っていると魔法なんかで処理をしなくていい分、楽ではある。
こうして目的の部屋の前まで進む。
「それじゃ入るけど、大丈夫?」
「はい。私は大丈夫です」
「ジラスは?」
「問題ありません」
「そう、それじゃ予定通りに」
そう言いて扉を勢いよく開ける。
そのまま雪崩れ込むかの様に部屋へと入る。
全員入るとミセルが素早く扉を閉める。
それと同じくして、私が防音魔法を部屋にかけ、外部に音が漏れるのを防ぐ。
部屋の主は突然のことに驚いて、唖然としたままである。
それでもさすがは国を預かる政治家。何とかして余裕のある態度を見せようとする。
「いったい何様ですかな、ネリア騎士爵様?」
「ふむ。何様かとは、これは分かっているでしょう?」
「はて、いきなり部屋に押しかけられるようなことなど思いつきませんな」
「そうか。それは仕方がないな。それじゃジラス、しっかりと挨拶をして」
「は、はい!」
そう言ってジラスが少しばかり緊張で、若干ギクシャクした動きで前に進み出る。
そうして一度深呼吸をしてから話し始める。
「えっと、ソマリエ伯爵様からのご依頼は、達成することができませんでした!すみませんでした!え~と、それで、え~と、以上です!」
その場の空気が完全に停滞していた。
このままだと変な空気が流れ続けてしまうため、ジラスの代わりに私が話を引き継ぐ。
「という訳だから、あなたとの契約は切れ、その代わり私が新たに主従契約を交わしたという訳。よろしいですか?」
ソマリエ伯爵は、しばらく黙ったままジーっと私を見つめる。
私も負けじと見つめ返す。
それから静かにソマリエ伯爵が口開く。
「それでネリア殿は、この私をどのようにするおつもりで?」
「認めるの?」
「はい。これ以上言い訳をしたところで意味が無いようでしたので」
「そう。それなら、これ以上の用は無いので失礼しますね」
そう言って、踵を返して退室しようとすると、後ろから声をかけられる。
「待てくれ!」
振り返ると驚いた顔しているソマリエ伯爵がいた。
「何か?」
「本当に何もないのか?」
「もちろん。罪に問うことなどしませんよ。分かるでしょ、今この国の置かれている状況を。これ以上、優秀な人間がいなくなってしまっては、色々と問題が起こってしまうでしょ」
「それは……、そうだが。だが、今までの対応からは考えられなくてな」
「そう思われるって心外ですね。きちんと対応は分けていますよ。だからもし、同じようなことがあればね…。わかるでしょ、私という者がどういう人だかって」
「あ、あぁ」
ここまで言って立ち去ろうと思い、歩き出そうと思った時、ふと思い出したことがあった。
このことを伝えれば、多分だが協力的にはなってくれるはずだ。
ソマリエ伯爵は不正をやってしまったとはいえ、この国の事は真剣に考えている人間である。
たまたま長い平和な状況が長引いたせいで、退屈さとストレスから不正をやってしまったのだろう。
再び立ち止まり、振り向いた私に怪訝な顔を向けて私の様子を伺うソマリエ伯爵を見て、だいぶ警戒されてしまったのかと、内心ため息をつきながら話を始める。
「そうでした。一つこの機会にお伝えしたいことがありました。将軍閣下」
その言葉にソマリエ伯爵は、その佇まいを正した。
ん、私の言葉をしっかりと聞いてくれるようだ。
「何でしょうか、ネリア・シャルティス・ドリュッセン騎士爵様」
「前置きで言っておきます。いつあるか詳しいことは私にもわかりません。しかし、ことは非常に重大な事です。であるからしっかりと聞いておきなさい」
「はい、どうぞ」
「簡単に言えば、世界の危機です」
私の言葉に、あまり要領が得られていない様子。
「その、世界の危機とは?」
「そうですね。詳しく言う前に私の事について先にお話しします」
「あなた様の事について…ですか?」
「そうです。その方が分かりやすいと思いまして」
「そうですか。どうぞ」
「私が転生者であることは、すでにご存じかと思います。そして、私には転生時に最初から与えられていた称号があるのです」
この言葉で察しがついたようだ。
この世界の転生者というのは、生前に得ていたものを来世にも持ち越すことができた者を言う。
つまり転生者が最初から得ていたものは、生前に所持していたものだといえる。
「して、その称号というのは、もしや勇者の称号ではありませぬか?危機的状況に必要となる称号といえば勇者の称号以外ではありえませぬから」
「その通りだ。ただ先ほども言ったとおりに、いつになるのかは知らない。あなたが現役でいるときなのか、それとも次代の時なのかは分からないけどね」
「そうか、分かった」
「そう、それじゃ今後ともよろしくね。次会う時に鉄格子のなかには居ないでいてね」
今度こそ、私たちはソマリエ伯爵邸を後にした。
「ネリア様、少しよろしいですか?」
ソマリエ伯爵邸からの帰り際、何か聞きたそうにしていたジラスが自宅に戻る道中、質問をしてきた。
「ん?あぁ、もしかして私の事か?」
「はい。その、勇者様なのですか?」
「そうだな。一応そういうことになっている。それにしても何か気になることでもあるのか?」
そう尋ねると、少し照れながら答える。
「いえ、そのお恥ずかしい話で、勇者という者には一種の憧れみたいのがありますから」
「なるほど。そういうモノか」
「ハハッ」
なるほど、簡単に言えば子供の特有のヒーローへの憧れみたいなものか。
残念ながら私は、前世から含めればいい大人である以上、特にそういう感じのモノは無かった。
前世の記憶でも特になかったような気がする。
というよりも単純に忘れているだけかもしれないが。
少し寂しい気持ちになるが、すぐにまぁどうでもいいかと思い、そのことを考えるのをやめる。
とにかく、今のところの問題も出ていないようだし、明日の事を考えることにした。
ちょうど明日は休日で、しかも特にこれといった用事もなかった。
ちょうどいいので、この機会に一度村に戻り、色々とお金になりそうなのを見繕う事にする。
「そうだ、ミセルにジラス。明日の休日は村に行くぞ。たまにはギルドの方の用事を済ませてしまおう」
「わかりました」
ミセルはいつもの事なので良いとして、問題はジラスの方である。
まだ雇ってから1日程度しかたっていない。
さすがに1回は説明しておかなくては。
「ジラス」
「はい、何でしょう?」
「明日について話しておきたいことがあるから、後で私の部屋に来るように」
「わ、わかりました」
という事で、いったん自宅につくとそこで別れ、私は自室へと向かう。
自室に戻り、普段の室内着へと着替えると、明日の準備を始める。
30分ほどすると、扉をたたく音がする。
「ジラスです。今よろしいでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「失礼します」
ジラスも来たようなので、いったん準備の手を止める。
「それじゃ早速だが、明日の用事にジラスも参加してもらう。やることは私の村に戻り、そこでギルドに納品する物を捕獲及び採取する事。人員としては、ミセルとジラスにファスタも連れていく。ここまでは良いかな?」
「はい」
「で、ジラスは向こうに行ったらやってもらいたいのは、私が育てている薬草の採取をやってもらいたい。捕獲の方は、今回は見学だけだが、そのうちはジラスにも参加してほしい。ここまでは大丈夫か?」
「はい。とりあえずは大丈夫です。それで予定では何日ぐらいになるんでしょうか?」
「ん?いや、日帰りだが」
「え?でも確か王都からシャルティス村までは、最速便でも半日近くはかかりますよね?」
「あぁ、そうか。そのことも知らなかったのか。それについては問題ない。気にする事は無いよ。明日の楽しみとしておきなさい」
「そ、そうですか。わかりました」
それから明日必要なものを伝える。
ジラスが必要なものを、メモを取り終えるのを持つ間、私は机の引き出しから1枚のカードを取り出す。
「メモは取れたかい?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃジラス、これを渡しておこう」
そう言ってジラスに先ほどのカードを渡す。
もらったカードを見てジラスは目を見開く。
「あの、これって…」
「それは君の冒険者ギルドの所属証だ」
「えーと、いいんでしょうか?」
「当たり前だろう。これが無いと、これから色々とやるときに不便だからね」
「あ、ありがとうございます」
ジラスは今まで裏の仕事をしていたせいで、こういう表のモノには感慨深いこともあるのだろう。
それからもう一度、深々と頭を下げてお礼をしてから、自分の仕事へと戻っていった。
私は残っている準備を済ませ、当日の朝でもいいのだが、一応ファスタにも伝えておこうと思って、ファスタを探しに部屋を出たのだった。
おかげさまでユニークPV数が1万PVを超えました。
今までありがとうございます。