第24話 スタンピードを防げ
迷宮から脱出すると、クラスの皆が心配そうに見つめていた。
だいぶ迷惑をかけてしまった。
「よし。全員いるようだな。すぐさま、ここを離れるぞ。護衛は殿を務めつつ後退だ!」
ガイルの指示のもと、皆急いで迷宮から離れる。
離れながらガイルが私の側に近づいてきた。
「ネリア、少し聞いておきたいことがある」
「何でしょう?」
「あまり、こういった大事に生徒を巻き込みたくはないが、今は非常事態だ。という事でネリア。君にもギルド所属の人員として、この事態に参加してほしい。実際、このような緊急型の依頼の場合は、拒否は基本的にできないんだが、君はまだ特例扱いである以上、拒否する権利はある。どうかな、協力してはもらえないだろうか?」
ガイルが真剣な眼差しを向けてくる。
私は一度、魔力のステータスを確認する。
基礎魔力値が、以前より少し上がり63。
そして、勇者の称号とレベルボーナスにより、基礎ステータスに4.5倍のボーナスがかかり、魔力ステータスが283にまで上がっていた。
魔力値283あれば、よほどの高消費魔法などを使用しなければ、すぐさま枯渇するという事はないだろう。
「協力する事に関しては、問題ありません。こんなことになってしまった以上、黙って見過ごすこともあまりしたくはありませんし、それにすでに巻き込まれてしまっているでしょう?」
「それもそうだな。私もだいぶネリア君に頼ってしまっているしな。わかった。引き続き協力を頼む」
「わかりました。それと1つ、今の状況を打開するための案があるのですが、いいでしょうか?」
「1万以上の魔物をどうにかする方法があるのか?」
「はい。まだ試したこともないんですが、成功すれば一瞬で片が付きます」
それを聞いたガイルは、ちょっと不安そうな顔になりながら、ためらいがちに聞いてきた。
「それ、大丈夫なのか?ネリアの事だ。なんかヤな感じがするのだが…」
「今……、少し試してみます?ご自身で」
「いや。大丈夫だ。問題ない」
私が少し怒気を込めて返すと、私からそっと目線をずらす。
余計なことを言わなければいいのに。まぁ、少しは余裕があるという事だろう。
そしてそれから5分ほど移動したところで、ガイルが全体に泊まるように指示を出す。
「よし。この辺まで来れば、とりあえずは大丈夫だろう。生徒諸君は、ここで1つに固まるように。護衛とネリアは、私のもとに集まってくれ。作戦会議をする」
ガイルのもとに、護衛と私は集まる。
そして皆が集まると、ガイルは私に向かって、手招きをする。
「ネリア。作戦会議を開く前に、どんな風にするのか聞いておきたい。どうやって1万もの魔物を斃すんだ?」
「私のスキルを使って、一度に全ての魔物の首と体には、永遠にお別れしてもらいます」
私が自信満々に答えると、ガイルはこめかみに手を置いて苦悶の表情を表す。
「あ~、もう一度わかりやすく説明してくれるか?」
「つまりはですね、あいつらの首から上の部分には、体から別の場所に行ってもらうんです」
「えっと、つまり魔物の頭を全て同時に落とすという事か?」
「少し違いますが、概ねはそんな感じです」
「そうか。それで今すぐにできるのか?」
「いえ。私もそんなことするのは初めてなので、護衛の皆さんにも手伝ってもらいたいかと」
「わかった。それじゃネリアが説明してくれ」
「はい。分かりました」
私はガイルの横に立ち、その他の護衛の冒険者達が、円陣を組むように集まる。
そして、ガイルが進行役になって作戦会議が始まった。
「よし。これから作戦会議を始める。始めるにあたって最初に紹介しておきたいことがある」
そう言って、私の背中を軽く叩いて来る。前に出ろという事らしい。
なので、1歩前に出る。
「今回、支部長権限で、この事態の解決に協力してくる事となった、ネリア・シャルティス・ドリュッセンだ」
紹介されたので、頭を下げて挨拶をする。
「学院の生徒ですが、今回のスタンピードの解決のため協力させていただきます、ネリアです。よろしくお願いします」
「と、いう事だ。それじゃネリア、どういう風に動くのかを説明してくれ。どんなふうにやるかは、今は説明する必要は、無いから」
「わかりました」
一度、冒険者たちを見回し、彼らの様子を確認する。
聞く姿勢になっているので、話し始めても問題ないだろう。
「それでは、皆さんにやってもらいたいことは1つだけです。魔物たちを迷宮の外に出さないようにしてもらいたいのです。出来れば迷宮の出入り口をふさげればよいのですが、出来る方はいますか?」
一同を見回す。すると1人がおずおずと手を挙げる。
「それじゃ、そちらの方には迷宮出入り口をふさいでもらって、他の方には魔物が迷宮から出てきてしまったら、それを抑えるか、斃すかしていただきます。私の準備が完了したら、すぐさま迷宮から離れてください。何か質問はありますか?」
もう一度見回す。皆うなずき問題がないことを確認したところで、ガイルの方を向く。
「それで離脱用の合図はどうしましょうか?何かわかりやすいものがありますか?」
「音が出るタイプで問題ないか?」
「大丈夫です」
「そうか、それなら警報用の物を使おう。これなら、よほどのことがない限り、聞こえなかったとか、聞き間違ったなんていう事は、無いだろうからな」
「わかりました、それでは私が合図したら使ってください」
「よし、それじゃこれより行動を開始する。一応、1人だけ念のために護衛として残ってくれ。以上だ!」
こうして、私たちは約1万もの魔物によるスタンピードを止めるべく、行動を開始した。
行動を開始してから約5分。冒険者達と私は所定の位置についた。
『よし、魔力波回線問題ないか?』
『問題ない』
『問題ありません』
『大丈夫です』
『私も大丈夫です』
『よろしい。それでは作戦開始!』
『了解!』
すぐさま土魔法にて、迷宮出入り口がふさがれる。
「あと数秒で、魔物の軍勢の第1段が到着します」
『そろそろ魔物が来るぞ、魔力全開で押さえろ!』
先ほどの作られた土壁に、さらに強化の魔法を重ね掛けしていく。
私は魔物が、しっかりと食い止められているのを確認して、私の仕事を始める。
万理眼を発動して、ミセルの行動を監視していた時と同じに、魔物の首に対してマーキングを施していく。
数が数だけに中々数を稼げない。
どうにかしようと、作業と並行に使えそうなスキルか何か探してみるが、思うような能力が見当たらない。
何か無いかなと考えているうちに、何かスキルのレベルが上がった感じがした。
急いで、どのスキルのレベルが上がったのかを確認する。
すると時空制御のスキルレベルが7に上がっていた。
どのような技能が出来るようになったのかを確認すると、特殊空間生成というのが増えていた。
すぐさま内容を確認すると、通常の物質世界以外の空間を作れるというモノであった。
ここで良いことを思いつく。
この技能を使って、演算をするための空間を作る事を思いつく。
簡単に言えば、自分でやらずパソコンを使って計算するようなものだ。
これならば、自分の計算能力以上のモノを作れば、現在やっている作業も超高速化できる。
すぐさま時空制御のスキルを使い、新たな特殊空間を生成する。
思い浮かべたのは、量子コンピュータである。
量子コンピュータならば、普通のコンピュータよりも高速である分、より作業の効率化ができる。
さらに、使用する量子を光子にすれば、電子等を使ったものよりも、さらに高速化できる。
方向性も決まったので、さっそく生成を開始する。
数秒程度で空間が生成された。
早速、万理眼スキルに生成した演算領域を組み込む。
関連付けを完了させ、現在行っている作業を演算領域に切り替える。
さらに今まで、ほとんど使用してこなかった高速思考を演算領域に関連付けさせる。
すると、今まで1秒間に2体程度しかマーキングが出来なかったところ、一気にマーキングが完了する。
マーキングが完了すると、現在の魔力の残量を確認する。
大体今までの作業で魔力を全体の半分程度消費してしまっていたが、今までよりも魔法の制御の効率化を図ることに成功しているので、問題は無いはずである。
今回使用する魔法は転移魔法である。
転移魔法をマーキングした座標をもとに発動させ、強引に指定した空間内部にあるものを空間ごと別の場所に転移させるというものである。
すべてのマーキングを意識し、マーキングより上の頭部の空間を転移させるようにイメージする。
ここまで準備を済ませると、ガイルに冒険者達に合図するようにお願いする。
「合図をお願いします!」
「わかった」
ガイルはすぐさま手に持っていた物に魔力を流す。
すると甲高い警笛のような音が大音量で鳴り響く。
すると同時に冒険者達が急いで、その場から走って離れだす。
離れ始めてから1秒ほどで土壁にひびが入り、破壊させる。
破壊されると同時に魔物たちが一斉に飛び出してくる。
私は、冒険者達と魔物達が十分に離れていることを確認して、魔力にイメージを投射し、一気に外部に放出する。
すると魔力はイメージ通りの状態へと変じていく。
そして、その瞬間が訪れる。
一斉に魔物達の首から上の部分がずれる。
ずれた首は重力に従い、切断面から血を滴らせながら落下していく。
一方の首から下の胴体は、頭がなくなってもすぐに止まることは無く、少しばかり前に歩むが、そこで頭部からの指令がないために、すぐさま全体から力が抜け、崩れ落ちる。
崩れ落ちながら、首の切断面から、心臓の動きに合わせて強弱をつけながら血が噴き出している。
離れて、この様子を見ていた冒険者達は、その異様な風景を唖然としながら見つめることしか出来なかった。
彼らが見ている風景は、普段から魔物を狩っている彼らからしても、あまりにも異質でしかなかった。
魔物の血など、いくらでも見てきたはずだった。
それでも、夥しい量の血をまき散らせながら、周りを赤く染め上げている風景は、いつものそれとは、また違った感情を呼び起こす。
それは言えしれない恐怖だったり、生理的嫌悪感だった。
そんな中、私はその風景をなんの感情も抱かないまま、漠然と視ていた。
それはまるで機械が、ただ単にその場の風景を観測しているようだった。
その様な事を思っている事に気づいた私は、急いでスキルを止める。
そのままで居ると、取り返しのつかない事になるような気がしたからだ。
ここでいきなり全身に激痛が走った。
その痛みは一瞬、意識を失いそうになるほどであった。
何とか持ち直すも、やはり意識を保てそうにない。
「大丈夫か、ネリア?」
「正直言って…、ダメそうです……。後の事は、お任せします」
「分かった、今はゆっくり休め」
「…はい」
ここで私は限界になって意識を失ったのだった。